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第11話:目覚める準備

※準備は、気づかないうちに整っているものです。

異世界は、穏やかになりすぎていた。


戦いは終わり、脅威は消え、世界は安定している。

人々は笑い、街は賑わい、俺は称えられる。


――やることが、ない。


英雄とは、本来そういうものなのかもしれない。

物語が終わったあと、舞台に立ち続ける存在。


だが、ここは“俺のために作られた世界”だ。

それでも、空白は埋まらなかった。


最近、夢を見る。


異世界の夢ではない。

現実の夢だ。


朝のキッチンで、妻が味噌汁を温めている。

背中越しに、「おはよう」と言われる。


子供が、ランドセルを背負っている。

靴がうまく履けなくて、もたついている。


――些細な光景。


かつては、何も感じなかった日常。


目覚めるたび、胸が痛む。


頭痛はない。

女神の言う通り、遮断はほぼ成功している。


それなのに――

“感情”だけが、向こう側と繋がっていた。


城の中庭で、団長が言った。


「最近……遠いな」


「そうか?」


「前は、ここに“いた”」


彼女は、胸を指す。


「今は、どこか別の場所を見てる」


否定しようとしたが、言葉が出なかった。


姫も、同じことを言った。


「あなた、夢を見るでしょう」


「……どうして?」


「私たちは、あなたの夢に出てこない」


胸が、ひどく締めつけられた。


その夜、女神が現れた。


以前より、さらに薄い存在になっている。


「あなたの意識は、均衡を失い始めています」


「世界は安定している。

けれど、あなたが……満たされていない」


「満たされる必要はないだろ」


強がりだった。


女神は、首を横に振る。


「この世界は、“逃げるための場所”でした」


「逃げ切った今、あなたは――

次に進む準備を始めています」


「……進む?」


女神は、答えない。

代わりに、問いを返す。


「あなたが本当に欲しかったものは、何ですか?」


英雄の称号?

力?

自由?


どれも違う。


答えは、ずっと胸の奥にあった。


「……選ぶことだ」


「誰かに決められた役割じゃなく、

誰かの期待でもなく」


「自分で、“ここにいる”と選ぶこと」


女神は、微笑んだ。


「あなたは、すでに選び始めています」


その夜、異世界で初めて、

はっきりと“現実の声”を聞いた。


「……意識、戻ってきています」


「呼吸、安定」


「今なら……」


妻の声が、震えながら続く。


「ねえ……お願い」


「帰ってきて」


胸が、裂けそうになった。


俺は、女神を見た。


「この世界は……どうなる」


「あなたが目覚めれば、役目を終えます」


「人々は?」


「物語として、完結します」


それは、消える、という意味だ。


俺は、目を閉じた。


異世界で過ごした日々が、流れていく。

剣を振るった手応え。

称賛の声。

必要とされた実感。


――すべて、本物だった。


だからこそ、言える。


「ありがとう」


女神は、泣きながら笑った。


「あなたが生き延びるために、存在できて……光栄でした」


世界が、静かに、ほどけ始める。


光が、薄れる。

音が、遠ざかる。


最後に見えたのは、

姫と団長が、何も言わず、こちらを見送っている姿だった。


俺は、歩き出す。


裂け目の向こうへ。


怖かった。

だが――


逃げるためじゃない。


戻るために。

※逃げるためではなく、戻るために。

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