5 女子会 清子の場合
久々の「女子会」も終わりが近づいてきている。デザートのアイスが出てきて、ラストオーダーの飲み物も来た。
私と若菜と彩乃。高一からの付き合いだから、かれこれもう知り合ってから十年以上になる。
大学卒業後も年に一回ぐらいのペースで会っていたが、若菜が妊娠したため、ここ二年ほどは会っていなかった。
だから今日は久しぶりの「女子会」だった。子どものいる若菜は遅くても二十二時には帰りたいと言っていた。結婚する前の若菜はお酒が好きで、私達が帰ろうと言っても、もうちょっと、そうだ、バーに行こう、カラオケに行こう、といつまでも駄々をこねるような子だった。
それが妊娠を機に禁酒したことで、出産後もそのまま、ほとんど飲まなくなったとのこと。もう乳離れはしているようだが、前程飲みたいという気持ちにならないらしい。
出産の前と後で女は変わるというのは、よく聞く話だ。でも、いざそれを目の当たりにすると、自分が結婚、そして出産を望んでいるのか途端にわからなくなる。
今のままの自分でいたいような、変わりたいような。わからない。
子どもが欲しいかどうかも、「いつかは欲しい」という漠然とした思いでしかなく、老後の安心も、好きな人との子どもを見てみたいというのも、なんだかしっくり来ない。
強いて子どもが欲しい理由を挙げるとするならば「産休、育休が取れるから」という、人に言わせたら最低な理由がどうやら今の私にとって一番しっくりくる。大手を振って、合法的に休めることほど素晴らしいことはない。
でも、そもそも彼氏すらいないのだから、子どもの話自体、現実味はない。どのみち私は明日の土曜日も朝から部活だから早めの解散はありがたい。
「女子会」と呼んで良いのか怪しいアラサー女の飲み会の話題は自然と結婚だの、子どもだの私生活に近付いていく。
仕事の多忙、それにより回らない家事、相変わらず彼氏がいないことなど、何のオチもない私のつまらない身の上話を二人は真剣に聞いてくれる。
何もかもを仕事のせいにして、自分の弱さと向き合っていないことを自分が一番良くわかっている。それでも、正当化はやめられない。若菜は究極の手札を提示してきた。
「もういっそ転職しちゃえば?」
「ね、ホント辞めたい」
と言いつつも、全く辞める気のない私。
彩乃は「部活はなんとかならないの?」と優しいパスを出してくれる。
「よっぽどな理由があれば他の部に変えてもらえるかもしれないけど、理由っていう理由もないんだよなぁ」
素直じゃない私。嫌だったら嫌だと、別の部活が良いと校長に言えば良いのだ。なんなら副顧問の先生に相談し、時々休みをもらうことだって、本当はできる。
でもそうしないし、できないのは、自分でやり遂げたいという気持ち半分、嫌われたくないという気持ち半分のせいなのだ。つまりは弱い自分のせい。人に頼ることが苦手で、だったら弱音など吐かずに取り組めば良いものを、自分の辛さは誰かに知ってほしくて、愚痴をこぼす弱い自分。
友達に相談したとて、助言を実行する気のない私は、変化を恐れているということなのだろうか。
変化を望んでいるというのは口だけで、本当は望んでなどいないのだろうか。自分で自分の気持ちが分からなくなってくる。
絡まった毛糸のスタートの一端を見失ってしまったように自分がどうしたいのか分からない。部活に来なくて良いよと言われたら喜んで休むが、自分から行きたくないですとは言い出せない。
見え透いた自己防衛に、話していて虚しくなってくる。でも人間、そんなものじゃないのか?
開き直る気持ちすら湧き、ますます自分で自分を現状に縛りつける。しかしぽろりと、心の奥底の本音が出た。
「もう、早く結婚して、産休とって余裕のある生活がしたいよ」
その言葉は紛れもなく本心だった。産休、育休を合わせれば少なくとも一年以上働かなくて済む。復帰したとて、他の産休明けの先生のように主顧問ではなく、土日に活動のない文化部の顧問をできる。何なら時短勤務もできるかもしれない。夢のような話だ。
働くことは嫌いではない。しかし、心にも時間にも余裕のない今の状況をずっと続けていくことは、考えるだけで気が狂いそうになる。もう少しゆとりのある働き方をしたいのだ。
それこそ、教員の本分である授業の準備をもっとしっかりしたり、勉強会にも出たりしてみたい。その気持ちがふと口を継いで出た。
しかし、若菜の声が空を裂いた。
「そううまく行くかなぁ」
「え?」
「育休とって、そこまでは良いとしても、育休明けの職場復帰は正直きついよ。子どもが風邪ひいて急に帰らなきゃいけなくなったり、時短勤務も周りに対して変に罪悪感持ったり、清子の性格じゃ育児も手抜いたりしないだろうから、帰っても仕事って感じになって自分の時間なんて、皆無になるんじゃない? 私は普段時短だし、帰りも定時で上がれて、土日も休みだけど、正直今の生活ゆとりのゆの字もない。今日来れたのも割と奇跡」
子育て中の若菜の言葉に私も彩乃もたじろいだ。
一瞬の間が生まれ、気まずい視線がやり場なく泳ぐ。
「そうなんだ……。やっぱ子育てって大変なんだね。というか清子はまず彼氏作らないと!」
彩乃の言葉が場の表面を撫でる。
そんなことを言っても何の足しにもならないと分かってはいても、言わざるを得ないフォローの言葉を発してくれた。
私は私で、そりゃ大変だろうけど、家族のため、子どものための時間なら土日に仕事するよりましだよなぁなんて思ってしまっている。
でもそんなことは言えない。
「たしかにそうだね。余裕のある生活は、定年までお預けかな」
そんな程度の言葉でお茶を濁す。
経験者の言葉の重みはひしひしと腹に来る。
それでも、今の私の生活に比べたら、きっともっと私生活に重きを置いた生活ができそうな気がするのだ。子どもだって、自分の生活の一部だし、大変かもしれないが、苦にはならないはずだ。
確かに、子育てしながら働くのは大変かもしれない。でも、今の自分と比べたら、どうしたって楽に見えてしまう。毎日定時で上がれるなんて、そんな幸せなことはない。
そこから自ずと若菜の子育て話になっていった。彩乃はまだ子どもがいないので、あまり口数は多くない。
若菜が溜まっていたものを吐き出すかのように、話しまくっている。いかに子育てが大変で、いかに旦那が非協力的か。彩乃が「それでも子どもは可愛いんじゃない?」と合いの手を入れるも、「可愛いは可愛いよ、もちろん。でもね、二時間おきに」と、すぐに元の筋に戻ってしまうのだった。
仕方がない。出産以降、久々にこうして集まれたのだ。約二年ぶりの「女子会」で、鬱憤をとことん晴らすつもりなのだろう。気付くと二十二時を過ぎていた。「やばいやばい」と連呼する若菜に連れられ、私達は別れの挨拶もそこそこに各自家路についた。
帰り道、意外と混んでいる電車に揺られながら考えた。
皆が皆、それなりに問題を抱えていて、多分各々自分が一番大変だと思っている。
太宰治の本の中にあった描写を思い出す。自分の置かれている状況に他の人を置いたら、その人はきっと、潰れてしまうだろうとかいった内容だ。今まさにそんな気分。
明日も明後日も仕事があり、よく考えれば百日以上連続で勤務していることが普通になっている私の状況にどれだけの人が耐えられるだろう。
そんなことをふと考えずにはいられないのだった。逆にそうやって気持ちを奮い立たせでもしないと、自分を支えられないぐらいには追い詰められていた。電車の窓に映る顔は女子会帰りとは程遠い、疲れ切ったおばさんのようだった。
悲しくなって、目を背ける。
幸せになりたい。休みがほしい。結婚したい。




