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2 秋本 若菜には不満がある

 二十一時十四分。

 さっき寝たばかりの裕太がパパの帰宅の音で起きた。ぐずり始めるもんだから、あやしながらパパの夕飯を温め直す。

 育休中、私が育児全般を行うことは仕方がないと思っていた。が、育休が明け、職場に復帰した現在も育児全般は私の分担となっている。

パパは休日にちょっと遊んでくれる程度だ。結局オムツ替えも大の時はしてくれないし、夜泣きの時など、不思議なぐらい熟睡していて、全く起きない。

たまにお風呂に入れたり、ミルクをあげるだけで大仕事をしたかのように振る舞う。そこに偽りはなく、普段私がこなしていることへの労りもない。

その清々しいまでの視野の狭さに、苛立ちを通り越して軽い羨望すら湧く。

どうやったらこんなに鈍感に立ち振る舞えるのか。罪悪感や義務感が欠落しているんじゃないか。これを当たり前だと思うなよと、心底思う。

私がもし体調でも崩したらさぞ困るだろうと想像すると、少し心が晴れる。

虚しい夜だ。

バタバタしている間に煮立ってしまった味噌汁にチンした唐揚げ。ご飯、サラダ、キムチをテーブルに並べる。

だっこしていたら裕太はいつの間にか寝ていた。そっと布団に寝かせに行く。

その間、パパは着替えて、ビールを片手にスマホをいじっているだけ。

ちょっと手伝ってと言うことすら面倒なので、私は何も言わない。

「いただきまーす」

 パパは何も知らず、何も感じず、夕飯を食べる。

「唐揚げちょっと中冷たいね」

 それは暗に私に温め直せと言っているのか。

いや、そこまで考えてすらいないだろう。

「チンしなおす?」

 自分ですればと言わない私も私だ。

これを情と呼ぶのか、諦観と呼ぶのか、弱気なのか、強がりなのか、分からない。

でもとにかく、そんな歪な私の優しさにすかさずパパは漬け込んでくる。

「ん、ありがと」

 そこに悪気はない。もちろん。だから。だけど。結局は、手を口を出してしまう私が悪いのだという結論に辿り着く。

行き場を失った苛立ちは自己嫌悪へと変わる。

 しかし実際、口酸っぱく言っていた時期もあったのだ。家事に育児にもっと協力してと、あれやって、これやって、それは自分でしてとうるさく言っていた時期もあった。

しかし、その結果どうなったかと言えば、確かにやってはくれるものの、明らかに不満が表出する。嫌々やるから内容も適当だ。

それを少しでも指摘しようものなら、「ママは朝もゆっくりだし定時で上がれるけど、俺は残業もして、疲れているのになんでこんなに家事をさせるんだ」と喧嘩。

裕太が言葉を覚え出す時期だと言うのに、家の中の空気はどんどん澱んでいった。

だから、私は少しずつ口を出さないようになっていった。その方が夫の機嫌も良いし、空気が悪くなることもない。

ごくたまに自分から動いてくれる時もあり、それには私も素直な感謝が示せた。

 でもだからと言って、日々の私の不満が消えることは無いわけで、夕飯を食べながらYouTubeを見て、笑っているパパを見ているだけで苛立ちはつのる。

せめてもの反発で、「音もうちょっと下げてよ。裕太起きちゃう」ほぼ毎日言っている台詞を投げつけた。

「あ、うん、あはは、これおもしろいよ」

 気持ち音量を下げたが、思いが届いている気配は全くない。私だって、育休が明けて、今日だって仕事してるんだ。

いくら定時に帰れるからと言って、すべてを押し付けられて大丈夫なわけがない。

食器を洗いながら悔しさと、憎らしさがぶくぶくと膨れ上がっていく。皿を投げつけてやりたい衝動に駆られる。

「たまには食器洗ってよ」と、口に出したとて、「ん? うん、今度洗うよ」こう返ってくるだけだ。「今度」など、絶対来ない。

もっと強く言えばやってくれるだろうが、代わりに反発と不満をぶつけられる。

そのやりとりによる消耗を考えれば自分でやってしまった方がいいという結論に結局たどり着く。

諦めたら変化も望めないことはわかっている。しかし、何度言っても変わらない彼をこれ以上どうすればいいのか。

これが私の夢見ていた生活だったのか。結婚して、子供が産まれて、その先には幸せが待っているはずだった。

しかし、蓋を開けてみれば、仕事に家事に育児に追われる毎日だ。

休まる時がない。こんなことになるのであれば、いっそ専業主婦になれば良かったという気持ちが込み上げてくる。

しかし、マイホームを建てた今、パパの給料だけでは心許ない。

ため息をつくしかないのである。

独り身だった頃、あんなに憧れていた結婚生活は、世間の作り上げた虚構に過ぎず、あくせくと婚活までして、まんまとその策略に乗ってしまった自分の愚かさを悔やまずにはいられない。

もちろん裕太に出会えたことは一生の宝物だ。

でも、こんな日々が来ることが分かっていたら、パパをあの手この手で結婚に焚きつけたりしなかったのに。

もっと自由な、一人の時間を謳歌できたのに。

人はいつだって失ってから大事なことに気が付く。「なんか良いことないかなぁ」独身時代よく口にしていた台詞が、最近また頭の中をこだまするようになった。

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