18 女子会 若菜の場合
少し、久しぶりの女子会。
ちょっと、いや、結構、めんどくさい。正直それどころではない。やることは山程ある。
でも、パパが最近変に優しくて、女子会があると知るや否や、「行っといで、たまには羽を伸ばしておいで」とやたらに言うもんだから、行くことにした。
インフルエンザの後の爆発が効いているのだろう。あの時は結局、二十三時過ぎに帰ってきたパパに呆れ返って何も言う気が起きず、三日間完全に無視した後、何度も謝ってくるパパに離婚届を突きつけた。
仕事をしていて良かったと久々に思った。収入があるので、慎ましくはなるが、裕太を自分で育てることができる。私は本気だった。
慌てふためき、終いには土下座したパパに今までの不満を全てぶち撒けた。予想に反し、一切の言い訳をせず、謝り続けるパパの姿に一旦は許すことにした。
もう一ヶ月程前のことである。改まった態度が緩む気配はない。気を使われ過ぎて、少し気持ち悪いくらいだ。でもそんなことを言ったらあまりにも可哀想だから、素直に感謝している。実際、有り難い。
やっと今家族になれた気がする。痛みを共有できる存在。
結婚当初の私は自分の痛みをパパに癒してほしいと思っていたし、それが無理だと分かってからは、痛みを隠し続けた。でも今回、辛いのだと素直に言えたその言葉は、そのままパパに届いた気がする。 初めて痛みを共有できた。
私も未熟だったのだ。でも気付いてよかった。バラバラになってしまう前に。
そんなことを思うと急に家族との時間が大事に思えて、やっぱり余計女子会はめんどくさいのだけど、パパのためにも行こうと思う。せっかく気を遣ってくれているのだから、受け取るのが筋なのだ。お互いのために、それが一番良い。実際の所、行ったら行ったで楽しめるのだ。それぐらいには大人になったと思う。
おしゃれなカフェだった。裕太が生まれてからこういう場所には、全然来ていない。アンティークなのだろうか、様々な種類の椅子に、センスよく散りばめられた観葉植物。
ゆったりくつろげることをおそらく売りにしているのだろうが、慣れない空気にむしろ緊張する。
年末ということもあり、店は割と混んでいる。無論若い子達ばかりだ。清子の後輩が働いているということだが、当の清子は仕事が長引いたとかで、遅刻していた。
彩乃と二人、少しぎこちない空気を感じないフリをして、先に飲むかーと注文をした。場が持たないわけではないけれど、なんとなくどちらかが喋っていないと白けた空気になりそうで、カフェの感想などをやたらに述べた。一方の彩乃は気楽なもんで、のんびり相槌をうちながらお通しのオリーブのピクルスをパクパクと食べている。「清子早く来ないかなぁ」ともう少しで言ってしまいそうになった時、清子が来た。
「ごめん、ごめん」
と相変わらず化粧っ気の無い顔にくたびれた服。見るからに忙しそうな様子に我が身を振り返る。化粧はそれなりにしてきたが、服はプチプラばかり。それも数年前に買ったものだ。もちろん靴はペタンコ靴。美容室には半年近く行っていない。人のことなど何にも言えない身の上なのだった。
その後、いつもの如く各々の近況を言い合う流れになったが、みんなが望んでいるであろう話題として、パパのことをかなり悪く言ってしまった。嘘ではないし、話し始めると実際にその時の怒りが蘇ってきた。でも、やはり改心したパパが脳裏にチラつき、言葉は力を失っていく。
罪滅ぼしではないが、その後最近の改心したパパの話もした。話しながら、帰ったらうんと優しくしようと決める。
こんな時、私はとことん自分勝手だと思う。勝手にけなして、勝手に褒めて、勝手に優しく接しようと決める。
ずっとパパを悪者にしていたけれど、私も私で改める所は大いにあるのだ。久々に飲んだ白ワインにクラクラしている頭で、反省する。
話しているうちに、彩乃が、不妊治療中だという話になった。
専業主婦で、旦那さんも優しそうな彩乃はずっと悩みなんて何も無いのかと思っていた。いつも平和そうな顔して、人生の美味しい所をちゃっかり手に入れていた彩乃。高校での出会い以来、何かと羨ましいと思っていた。
のんびりしているのに、成績は良く、大学も指定校。就職活動もあっさり大手に決まり、結婚も早かった。
いつも一歩先を理想の形で進んでいく彼女を初めて不憫に思った。
私は拍子抜けするぐらいあっさりと裕太を身ごもれ、スムーズに出産まで漕ぎ着けた。でも、ママ友たちからは妊活が大変だった話や、流産の経験、第二子がなかなかできないことなど聞いている。そんな中、聞き齧った知っている限りの妊活に関する情報を彩乃に伝える。
まだ結婚していない清子も真剣に相槌を打ち、彩乃も来た時より表情が明るくなった気がする。
急に懐かしい感覚に襲われた。高校の時もこんな風に放課後の教室で三人、話し込んだことがあった。
彩乃は彼氏が途切れることがほとんどないほどモテていたが、ある時、バスケ部の先輩に片想いしている時期があった。たしか、球技大会でその先輩が活躍していたのがきっかけだった気がする。
でも自分から行動は起こせず、まごまごしているうちに彼女ができてしまったのだ。彩乃は泣いていた。
その時私は放課後の教室で、ろくに恋愛経験も無いくせに、次を探した方が良いとか、すぐ別れるんじゃないとか、その彼女あんまり良い噂聞かないよとか、とにかく耳あたり良さそうな話を矢継ぎ早にして、落ち込む彩乃を励まそうと必死だった。
清子は清子でずっと真剣な顔して、隣でうんうんと言っていた。その放課後の励ましが、どれ程効果があったかは分からないが、彩乃は少しずつ元気になっていき、数ヶ月後にはちゃっかり新しい彼氏ができていた。
ふと、そんなことを思い出した。あの頃と話題は違えど、私達の関係性は何ら変わっていなかった。
まだパパと出会う前、もちろん裕太も存在していない頃、妻でもママでもない、私が私だった頃の自分が、まだこうして自分の中にいる。そんなことがとても嬉しかった。
いつの間にか、自分自身の何もかもが変わってしまった気でいた。むしろ、変わらなければいけないと思っていた。そのままの自分ではなく、「妻として、母として、ちゃんとしなければ」こんな意識が無意識のうちに働いていた。
きっとそれが苦しくて、最近の私は自分を含めて、誰も悪くないのに、目の前のことを誰かのせいにしたくなっていた。そうしなければ、自分が悪いことをしているような、ちゃんとできていないような気がしてしまう。
本来幸せであるはずの子育てを素直に楽しめず、後ろめたさを抱えながら我が子に向かう自分を言い訳したい。仕事がうまくこなしきれないことも、家事に手が回っていないことも、裕太が熱を出したことも言い訳したい。
誰かにそれは仕方ないねと言って欲しい。私は悪くない。誰に責められたわけでもないのに、浮かぶのは自己弁護の言葉ばかり。
こんな状況の何もかもを誰かのせいにしたい。そうすれば安心できるのに。でもその対象が見つからない。結局矢印は自分に向く。
最近そんなことばかり考えていた。だから、昔の自分と出会えたことはとても嬉しかった。変わっていく中で、変わらないものがある。結局私は私でしかなく、いくら完璧を演じようとしたとて、無理がある。
私は友達を励ますために、あの頃から不器用にジタバタしていた。今のジタバタも自分の一部で、私は私のやり方で裕太に、パパに、仕事に向き合えば良いんだと思えた。私なりに頑張れば良いのだ。他の人になろうとしなくていい。何かがストンと腑に落ちた。
飲み会も終盤だ。お冷を三つ頼んで、二人の声に耳を傾ける。
私達はそれぞれ変わっていく。境遇や考え方も。でも、こうして三人で集まる時は変わらない自分を見つけられる。それはなんだかとても幸せなことだと思えた。
錨を下ろせるような、原点に戻るような。自然と口元がほころぶ。意外と私達は幸せなのかもしれない。今日は来て良かった。




