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17 女子会 彩乃の場合

 忘年会と称して約半年ぶりに三人で集まった。

夜も営業していて、お酒も出しているオシャレなカフェである。

前回は創作居酒屋で、若菜のチョイスだったが、今回は清子が選んだお店だ。大学の後輩がここでバイトしているらしい。以前一緒に観た劇に出ていた子だ。

なんでも、深夜ドラマの出演が決まって、バイトをもうすぐ辞めるから顔が効くうちに行こうとのこと。その子は劇中でも印象的だったから、よく覚えている。SNSもフォローしているぐらいだ。

自分のやりたいことを貫いて、テレビの出演まで決めるなんて、本当にすごい。自分にはない強さに、羨ましさをすっ飛ばして、畏敬の念すら抱く。生足で短いスカートをひるがえす女子高生を見ているような、滝に打たれる修行僧を見ているような。自分とはかけ離れすぎて、参考にならない感じ。

 今日も今日とて部活のある清子が、少し遅れて来て、乾杯まで済ませると、「三人で集まるの久しぶりだね。と言っても半年ぐらいか。どう? 最近は」こんなありきたりな切り口を放り投げてみた。少し乱暴すぎたかなと若干そわそわしながら行方を見守る。

「どうって、相変わらず忙しいよ。この前なんか裕太からインフルもらっちゃってさ。もう、その時、旦那にあったまきて、ちょっと聞いてよ、本当にあり得ないんだから。あぁ、思い出すだけで腹立つ」

 若菜のスイッチが入った。

「あーもう、彩乃んとこが羨ましいよ。優しい旦那さんに余裕のある生活」

 散々に会社と旦那さんの愚痴を言った後、そんな言葉で若菜の語りは締めくくられた。少し、困る。きっと、こんなこと言ったら私が困るだろうなと、若菜も予想は付いているんだろうけど、言わざるを得ないぐらいには追い詰められているのだろう。

「いやぁ、そんな優しくないし、余裕ないよ、正直。パート始めようかなって思ってるんだ、最近」

ほとんど嘘だが、こんな言葉がこの場にはふさわしい。

「えーそうなの? でもたしかに子どもできたら忙しくなるし、稼ぐなら今かもね」

 清子の何の邪気もない相槌。邪気が無いからこそぐさりとくる。子どもができることが人生の延長線上に自然に起こりうる出来事であるかのような言葉。

自分でも過敏になり過ぎていることは分かっている。でも仕方ない。そう思ってしまうのだから。勝手に傷付きに行っていることは重々承知している。

「うん。そうなんだよね。実は、最近不妊治療始めてさ。思ったより妊娠しにくいみたいで」

 今まで何となく言い出しにくかった妊活のことを気付くと言えていた。生理が来た時のように、自分の意志に反して、自然に。

「え、そうなの」

と清子。

「なるほど、それで余裕ないのか。お金かかるんだよね、けっこう。ママ友で四年不妊治療してた人いるよ。今子どもが裕太と同じ一歳でさ、諦めなくて良かったって言ってる。総額三百万ぐらいかかったみたい。彩乃も大変だろうけどさ、応援してるよ」

と若菜。

「ありがとう」

 素直に言葉がでた。誰かから、不妊治療を応援されたことなどこれまで一度もなかった。ほぼ誰にも話していないから当たり前ではあるのだけれど。ちょっと嬉しかった。 

 若菜はその後も妊活について、知っていることをあれこれ教えてくれた。私は私で日々情報収集には余念がないので、正直知っている話も多かったが、それでも実際のママ友たちの話は興味深かったし、ブログやSNSとは違うリアリティがあった。

何より知っていることを少しでも伝えようとしてくれる若菜の気持ちが嬉しかった。

 一通り不妊治療の話題が済むと、それからはお互いにまた近況をとめどなく話した。相変わらず清子は部活に追われていること、でもマッチングアプリを始めてみたこと、そこで出会ったクズ男の話はかなり盛り上がった。若菜は後輩と全然話が噛み合わないこと、ブチギレてから旦那さんがかなり育児に協力的になったこと、私も私で最近ハマっているアイドルや韓国ドラマの話などをした。

 お互いどこまで本気で聞いているのか、いないのか、とめどなく肯定的な相槌を繰り返し、順繰りに話したいことを話したいだけ話す。

バイトしている詩織ちゃんも「それはあり得ないですねー」とか「これ店長からのサービスです」とか時々話に加わった。愚痴や悪口、不満や心配などネガティブな話題も多かったが、聞く方も話す方も表情は呑気なもんだ。先週生理が来ていたので、心置きなく四杯目に梅酒のソーダ割りを頼んだ時、なんとも間抜けで幸せな会だと思えた。あんなに悩んでいた不妊治療のことも、言葉にしてしまうと大したことないような気すらしてくる。

優しい相槌にぬくぬくと包まれて、何だって良いような、どうだって許されるような、心の引っかかりが溶けて消えていくような気がした。

デザートの自家製ティラミス。美味しい。とても美味しい。三人の間にしばしの無言が訪れ、満ち足りた時間が流れる。悪くない。なんだか久しぶりに自分を肯定できた気がする。今日は良い。こんなので良いのだ。気持ちを軽くするには。こんな無責任な同意がたまには必要なのだ。

若干ふらつく足取りは軽く、鼻歌なんか歌いながら帰途に着いた。



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