☆世眠と三宝の家出3;お盆の森で思い出す
『シリーズ設定が分からず、『浮雲九十九番地』シリーズを一作品にしている所です』の第5話と同じです。
「あんた達、また、ここで妖怪ポーカーしてるの?」
お盆の森の番妖怪、赤目守りが、呆れた顔をして言った。
今日も今日とて、童の姿で小豆色の浴衣を着ている。
いつもは赤い下駄を履いているが、今日は珍しく草履だった。
「僕たち暇なんだ~」
十羽が愛想良く答えると、九羽も微笑んで聞いた。
「君は、何をしていたの?」
「迷子の子ぎつねを探してる所」
「へ~え、君も大変だね~」
労いの言葉を形だけ言って、十羽は、ぷくぅっと小さな唇を膨らませた。
そして、妖怪カードを、ぽいっと放り投げた。
五枚のカードは、もとから草の上に散らばっていた四十三枚の上に、はらりと舞い落ちた。
「僕、飽きちゃった。妖怪ポーカーなんて、二人でしても面白くないもん」
足を伸ばして寛ぎ始めたのを見遣って、九羽は、首を大きく横に振った。
「集中力が欠如してるよ。敵に背後を取られたら、どうするの?どんな時でも、油断は大敵だよ」
九羽は、正座を崩さず眉を寄せて、十羽が放ったカードと自分のカードを見比べた。
「うーん、今度は、十羽が、スリーカードで、僕がツーペアかあ………さっきと逆かあ………」
「ねえ!飽きたってば!カード、全部捨てていい?」
十羽が、ぶすっとして頬を膨らませると、九羽もむっとした表情で言い返した。
「言い出しっぺは、十羽だよ。僕だって、飽きてるから」
「……あんた達の顔を見たら、久しぶりに、あの子たちを思い出したよ。世眠と、三宝は元気?」
赤目守りが、目を細めて尋ねると、十羽が、にまにま笑って答えた。
「来年は、遂に下界実習が始まるよ。一体、何の騒ぎが起きるか、今から楽しみにしてるんだ。ねえ、九羽?」
問われて九羽は、肩をすくめた。
「僕は、面倒くさい事が嫌いだからね。騒ぎなんて起きて欲しくないよ」
《騒ぎ》と聞いて、赤目守りが、眉をひそめて声を落とした。
「近頃、一掃家に動きがあるんだ。あんた達の義兄の六羽と七草、それに、爝火までが、あいつらの味方に回ったからね。十分すぎるくらい気を付けたって、損はないよ。世眠たちの下界実習は、正直なところ心配だよ。おばば様の調子が良くないんだ。先日も、お盆の森を、あたしに託すなんて言い始めてね。後継者にするって言うんだ。あたしは、断ったけどね」
赤目守りは、顔を曇らして言い終えた。
それから、思い出したように、「あ!迷子の子ぎつねを忘れてた!じゃあね!世眠と三宝に、よろしく言っといて」そう言うと、慌ただしく走り去った。
「僕たちも帰る?」
十羽が聞くと、九羽が、カードを拾い集めて立ち上がった。
「捨てないの?」
「捨てないよ」
不機嫌な表情で言うと、辺りを見回した。
「少し、邪魔が入ったね」
「迷惑だよね?切る?」
十羽が聞くと、基本的に面倒くさがりの九羽は、首を横に振った。
「献上用の牡丹餅は持参してるみたいだし、殺気の矛先は、僕たちみたいだから問題ないよ。余程の命知らずでない限りは、襲って来ないでしょ」
「そうだね。この森で血を流したら、カラスたちに文句を言われるからね」
十羽が頷いた時、色とりどりの朝顔が、そこかしこで開いて、冷たい夜風が吹いた。
「あれっ、いつの間に夜になったの?」
十羽が呟くと、九羽が即座に突っ込んだ。
「腕時計では、まだ朝の九時だよ。お盆の森は、季節も天気も気まぐれなんだから。いっつも、そうでしょ?ほら、あそこ、紅葉の下でチューリップが満開だよ。赤いチューリップ畑だ」
九羽が指差す方を見て、十羽が笑った。
「ふふっ、今日は冬の気分らしいよ。さっきは、夏だったのに。僕らと同じで飽き性だね。気分屋だ」
十羽が空を見上げて、降り始めた雪を右の掌で受け止めた。
その時、ふいに、あの日の出来事を思い出した。
「そういえば、あの日も、雪が降ってたね」
「あの日?」
九羽が首を傾げると、十羽が苦笑して続けた。
「六歳の世眠と三宝を迎えに来た時だよ。あの時は、驚いたよね。カラスの背に乗って、遊んでたんだから」
「ああ、そんな事もあったね。雲影滄瀛・螺旋運を使ったせいで、下界に墜落したんだったね」
「落下だよ。懐かしいよね。牡丹餅泥棒の頭上に落っこちて、泥棒を下敷きにしたから喜ばれたんだよね」
二人は、しばし物思いに耽った。
長女の一羽に頼まれて、家出少年と少女を迎えに行った時、子供たちは、巨大カラスの背に乗って、きゃあきゃあ騒いでいたのだ。
九羽と十羽が、見上げて耳を澄ますと、仲良く会話までしていた。
「世眠は跡継ぎになるのを嫌がってるけど、私は、仕方ないと思う。だって、他に兄弟がいないから。それに、世眠は、すっごく頭が良いのよ」
三宝が、巨大カラスに話すと、その横で、世眠が口を膨らませた。
そして、真剣な表情で、カラスに尋ねた。
「俺は、どうしても、老舗焼鳥の跡を継ぎたいんだ。どうしたら、いいと思う?」
カラスに相談しているのを聞いて、九羽だけでなく、十羽も呆れた。
「あれを連れて帰るの?ダダこねない?めんどくさいよ」
十羽が九羽に同意を求めた時、雪が降り始めたのだ。
「あれ?何で雪?」
十羽が、降り始めた雪を右の掌で受け止めた。
「あれ、十羽は、聞いた事ない?お盆の森は、季節も天気も気まぐれらしいよ。あの二人、カラスの背で、雪合戦し始めたよ。ワガママが二倍だから、面倒くさすぎるね。放って帰ろうか」
九羽が、同意した瞬間、背後から声がした。
「あんた達が、浮雲九十九番地の最強兄弟?」
二人が振り向くと、おかっぱ頭の女の子が、赤い下駄を履いて立っていた。
小豆色の浴衣を着て、にこっと歯を見せて笑うと可愛かったが、お歯黒だった。
「君だれ?」
十羽の問いには、九羽が答えた。
「この子が、赤目守りだよ」
赤目守りは、上を向いてチラッと雪合戦を見ると、すぐに二人に視線を戻した。
「あんた達、来るのが遅いよ!さあ、とっとと連れ帰っておくれ」