第4話 SBとBBの代わりは……命の花びら
十羽は、九羽の指示で開けた場所を探したが、二分とかからず見つかった。
化け樹たちの協力があっての事だ。
四本の大樹が、それぞれ二メートルほどの間隔を空けて、ちょうど円を描くように生えていた。
四人は、化け樹の根本に腰を下ろした。
もちろん、化け樹に一言断りを入れてからだ。
「全部が全部、人間のルールじゃない」
ゲームが始まる前、九羽は、あくどい微笑を口元に浮べて二人に釘を刺した。
九羽が魔法のようにパッパッと取り出したトランプは、どこからどう見ても、誰がどう見ても普通のトランプで、裏は赤の網目模様だった。
五十二枚のカードを、九羽は、化け樹の根本に腰掛けたまま空中へ放ってシャッフルした。
木の葉とことりは驚いて見入ったが、二枚のカードが手元へ飛んで来た時、はっとして受け取った。
小男と十羽は、並んで真ん中に立つと、十羽が残りの四十四枚を手に持った。
「始めるよ」
十羽が不承不承声を掛けた時、それを遮って九羽が喋った。
「待って!SBとBBは、命の花びらだ」
これを聞いて、十羽は思わず聞き返した。
「命の花びらが、SBとBBの代わり!?正気なの、九羽?この子の母親は、輝龍さんだよ?」
「それが何?全部を、人間のルールに合わせる決まりはない。僕たちは妖怪だよ。君たちも、奉公屋なら分かるよね?」
九羽の本気は、ことりと木の葉に十分伝わった。
「命の花びらは、寿命だよ?この子たちの寿命を奪うつもりなの?流石にマズいよ」
十羽が焦るのは何十年ぶりだろう、本人でさえ覚えていない。
けれど、九羽は全く動じなかった。
「全部が全部、人間のルールじゃない」
九羽は、もう一度二人に念を押して確認した。
「止めるなら今だよ?SBとBBは、君たちの寿命だ」
脅されても、ことりと木の葉の答えは変わらなかった。
「止めない!!」
答えた瞬間、二人の胸元から桜色の花びらが飛び出して、ピューンっと飛んで行った。
そして、十羽の頭上でピタリと停止した。
同時に、大きな赤い花が100本、四人の両手に落ちて来た。
花弁は、一本数えただけでも五百枚ある。
「花弁が、チップだ。これの他に、ややこしい縛りは無い。君たちのうち、どちらかが勝てばいい、それだけだ。僕は優しいから、一人がフォールドしても、もう一人が勝負を降りなければ、SBとBBを返してあげよう。勝てればの話だけどね。勝者は一人だ。時間は、東風が西風に変わるまで。それまでに勝負がつかなければ、君たちの負け。SBとBBは、永遠に戻らない。SBは、100から。命の花びら一枚だ。BB200は、二枚だよ。消える寿命は、一枚十年だ。覚悟はいいね?僕は、十羽と違って恨みがある。君の父親、爝火に」
BBが、ことりで、SBは、木の葉だった。
ことりの左隣に座っているのっぽは、先ほど梅之助と名乗ったので、梅と呼ぶことに決まった。
梅は、自分の手札を見た後、左隣をちらりと見た。
ハートのKと、スペードのKだった。
卑怯な大人たちが、視線で意思疎通を図っているのを、ことり達は知らない。
「僕は、ハートのAと、スペードのJだ」
心の声は、梅だけに伝わった。
十羽は、知っていたが黙っていた。
ことりは手札を見て、胸中でほくそ笑んだ。
ダイヤのKと、スペードのAだった。
梅と九羽が視線を交えたほんの一瞬、ことりは、右隣の化け樹に目を遣った。
すると、化け枝に止まっていた小柄なシジュウカラが、嘴に挟んだ黄金の葉を一枚、木の葉の頭上に、はらりと落とした。
木の葉は、奉公屋しか読めない文字に素早く目を走らせると、瞬時に葉に息を吹きかけた。
黄金の葉は一瞬で風に変わり、ことりの掌に吸い込まれた。
三秒の早業に気付いたのは、十羽だけだ。けれど、十羽は知らんぷりした。
(不正を報告しろなんて言われてないし、咎めろとも言われてない。あの野鳥にも罪はない。お盆の森は、いつでも誰にとってもお盆だから。僕たちに叱る権利はない)
ことりが子供の頃に亡くなったシジュウカラのピットは、ちゃんと成仏しているが、偶に、ことりに会いに来る。
ピットの姿が見えるのは、ことりが信頼を寄せる者たちだけだ。
ただ、大妖怪レベルの妖力を持つ者には見えてしまう。
いつでも会えるわけではないが、今日は運よく会えたのだ。
ピットのおかげで、二人は意思疎通を成功させた。
ことりと木の葉は、ピットの手を借りて各々が新しい能力を開花させた。
「俺のは、ハートの5と、スペードの7だ。わりい、良いカードが来なかった」
木の葉は、無意識に肩を落としていたが、無理もなかった。
ゲーム開始前、九羽は、十羽に耳打ちして命じたのだ。
「ハイカードになるカードを配って。いいね?」
十羽は、言葉通り従った。
それで今回は、ことりの方へ、ダイヤのKと、スペードのAを配った。
(だって、「二人に」とは言われてないから)
完全に子供の言い訳だった。
けれど、九羽が命じたのは、配る手札だけではなかった。
「ハイカードになるフロップを作るんだ。出来るよね?」
十羽は返事をしなかったが、九羽は、何の疑いも持たなかった。
十羽が裏切った事は、ただの一度もなかったからだ。
(「出来る」なんて、僕は一言も言わなかった)
これも、子供の言い訳だった。十羽は、生まれて初めて九羽に手を貸さなかった。
手札だけ、九羽の言う通り良いカードを配ってやった。
(フロップに細工はしない。後は、自力で何とかして)
梅は無表情なまま、九羽の無言の命令に従って最初からレイズした。
「6000」
梅が千切った六千枚の花びらは、梅の目前に移動して空中で留まった。
九羽は、自分もすかさずコールして、六千枚の花びらを目前に浮かせた。
それを見て、木の葉は躊躇うことなく叫んだ。
「SB100!!」
「何だって!?」
九羽は、仰天して木の葉の手札を指差した。
「君の手札は、命を削るほどの価値があるの?」
木の葉は、その質問に答えなかった。
木の葉の胸元から、花びらが一枚飛び出して、ピューンっと十羽の頭上へ飛んで行った。
そして、ピタリと停止した。
一方で、ことりは、チェックを選んだ。
それを見て、十羽は危ぶんだ。
(まさかKとAのハンドを捨てるとは思わないけど、どんな戦略か分からないから不安だな)
十羽は心配したが、ことりの直感を信じる事にした。
十羽は、自分の面前に三枚のカードを浮かせると、一枚ずつ丁寧にくるりと裏返した。
一枚目が、ダイヤの5だったので、ことりと木の葉は喜んだが、顔には出さなかった。
ポーカーフェイスは、習得済みだ。
九羽も、顔には全く出さなかったが、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えていた。
一枚目から、ワンペアでさえない。
二枚目のカードは、又もや最悪だった。ハートのQが出ると、三枚目はクラブの5だった。
ダイヤの5・ ハートのQ・クラブの5が並ぶと、九羽は十羽を睨みつけたが、十羽は、しれっとした顔で季節外れのミニ向日葵を見つめていた。
ハートの5と、ダイヤの5、クラブの5でスリーカードが出来た瞬間、ことりは、木の葉に託すと決めた。
梅は、更にレイズした。
「8000」
梅が千切った八千枚の花びらは、梅の目前に浮いたが、九羽は、コールしなかった。
フォールドしたのだ。
十羽には、その考えが読めた。
(勝者は一人だから、梅を勝たせる事にしたんだね。最後の二枚に、Kが出る可能性は、ゼロじゃない。九羽は、あの子が、ダイヤのKを持っている事を知らない。でも、ダイヤのKと、クラブのKが残っているのは分かる。僕が、ハートのKと、スペードのKを配ったから。ハートの5が、木の葉の手札とも知らない。でも、梅の方は、KとKで最初からワンペア。5ポケも出来たから、現在ツーペア。ここで、Kが出れば、フルハウスになる。Kが三枚、5が二枚、梅の勝ちだね。出ればの話だけど。木の葉の方は、既にスリーカードで、今のところは有利だから、ぜひとも勝って欲しいね)
十羽が、そう願っていると、八千枚の花びらを見て、木の葉が躊躇うことなく叫んだ。
「オールイン!」
木の葉の力強い声を聞いて、ことりは、フォールドした。
木の葉が、全ての花を差し出した時、ことりの左隣で、か細い声がした。
「オールイン」




