第3話 二人組の泥棒と、最強兄弟
奏は、化け枝の上から気の毒そうに木の葉を見送って、ナレーションを続けた。
《お妃様は、城を出て森に入ると、否、入る前から森ですが、とにかく森に入って、五分と経たないうちに迷ってしまいました。それで、思い切り悪態をつきました》
「クソっ、地図を持ってくりゃ良かったぜ」
台本通りのセリフを口にした時、当然だが、その場には木の葉しかいなかった。
「クソっ、ほんとに迷った」
木の葉は、勘を頼りに前進した。
ぶつぶつ文句を言いながらも、劇の練習は続けた。
至極真面目な顔つきで暫く歩いた時、突然背後から声を掛けられた。
木の葉が驚いて振り向くと、生き血のように真っ赤な羽が、視界に飛び込んだ。
その瞬間、木の葉は目を剥いて大声を上げた。
「十羽さん!?」
化け樹を背にして、驚くほど美しい男が立っていた。
童顔で令嬢より可愛いが、身長は185cmある。
短い髪は、ブロンドでサラサラ、二重の大きな瞳はゴールドブルーだ。
「どうして、ここに?」
「やあ、久しぶり。ちょっと用事があってね。そんな事より、君たち面白い事やってるねえ」
ケラケラ笑いながら登場したのは、浮雲九十九番地で最強兄弟と呼ばれる一人、炎の宮十羽だった。
色白で細身だが、この森の化け樹たちが束になって掛かっても敵わない妖怪だ。
「今日は、面倒事を片付けに来たんだよ。この森は、僕たちの管轄だからね。ああ、もう来たかな」
背後を振り向いた十羽と同じ方へ目を遣って、木の葉は更に驚いた。
まるで双子なのだ。十羽とそっくりな美丈夫が現れた。
「九羽さん!?二人とも来たの!?」
これは只事ではない。木の葉は、すぐさま理解した。
文化祭の練習をしどころではない。
「その二人組は誰?」
思い切って九羽に尋ねると、髭面の小男が濁声で吠えた。
「おらたち、泥棒だ!けえしてくれ!」
九羽に首根っこを捕まれて、中年の男は暴れていた。
長袖長ズボンだけでなく、黒い長靴もボロボロで、暮らしが豊かでない事は一目瞭然だった。
短い両手両足をバタバタさせて必死にもがいていたが、のっぽの若い男は観念しているのか、何の抵抗もせず黙って九羽の右手にぶら下がっていた。
「こいつらは、牡丹餅も持たずに森へ入った。挙句、森の動物たちを捕らえてペットショップに売り渡すって言うんだから、始末しないわけにはいかないだろ」
九羽のゴールドブルーが険しく光ったのを見て、木の葉は身震いした。
(九羽さん、ブチ切れてるな)
二人に出くわしたのを後悔したが、すぐさま考え直した。
今は最強兄弟の十羽と九羽の管轄だが、この森を守るのは本来、木の葉たち奉公屋で、奉公屋の役目とは、人と妖怪の仲を取り持つ事だ。
木の葉たちは、まだまだ未熟だ。手を貸してくれるのは有難い。
けれど、いずれは、お盆の森を守っていく身だ。
「お願い、殺さないで。奉公屋が守るお盆の森で、命を始末しないで。九羽さんは、人間の記憶を食する保持妖怪だよね?その二人組から悪心を奪ってよ。それで十分だよ」
十羽が、背中にしょった大太刀に右手を伸ばしたのを見て、木の葉は慌てて止めた。
すると、十羽の鋭い眼差しが、木の葉を射抜いた。
「君、誰に指図してるか分かってる?」
背筋が寒くなるような険しい声音に、内心は震え上がった。
しかし、木の葉は怯まなかった。
両手の指は小刻みに震えていたが、十羽を見据えて、きっぱりと言い放った。
「お盆の森で人間を殺す事は許容できない。そもそも、俺たちは奉公屋だから、妖怪の横暴は見過ごせない」
もがき続けていた小男が、ポカンと大口を開けて目を丸くした。
のっぽの方も、目を見開いて木の葉を凝視した。
森は静まり返ったが、ほんの一瞬だった。急に笑い声が辺りに響いた。
「面白い子だね」
笑ったのは九羽で、十羽は、美しい顔をしかめたが笑わなかった。
「十羽に喧嘩を売るなんて、大した度胸だ。そこまで言うなら、君が守ってごらん。僕たちは、君が勝ったら手を貸すよ。この森に手を出した命知らずの二人組から、悪心を奪ってあげる。でも、負けたら大人しく引き下がるんだ。十羽も、それでいいよね?」
木の葉は即座に頷いたが、十羽は苦々しげに尋ねた。
「一体、何で勝負するの?この僕に刃向かうなんて、こんな命知らずな子供は見た事もないよ」
不満げな弟の顔を見つめながら、九羽はにんまり笑って話した。
「そう言ってやるな。一応、奉公屋の子供だ。願いの一つも聞いてやろう。この命知らずの大バカ共は、ギャンブルで身を滅ぼしたんだ。今や牡丹餅を買うどころか、米を買う金さえない。どうやら、ポーカーも好きらしい。資金が欲しくて、この森に目を付けた」
九羽は、すっかり黙りこくった二人組をブラブラ揺らしながら続けた。
「西野小には、面白い授業があるらしいね。頭脳戦を鍛える為に、ポーカーを教えてるなんて、おかしな事をするもんだ。そんな遊びで心理戦も同時に鍛えられるだなんて話、聞いた事もない。全く愉快な話だね。ゲームは、人間たちのルールだって聞いたけど」
突然話をふられて、木の葉は、ごくりと唾を呑み込んだ。
しかし、逃げ場はないのだと分かって腹を括った。
「そうだよ。俺たち奉公屋の役目は、人と妖怪の仲を取り持つ事だから、人間たちに合わせてる」
力強く答えると、九羽が意地悪く微笑んで言った。
「奇遇だね。僕たちも知ってるよ。食べた事があるからね。世界チャンピオンの記憶を。今でも保持してるんだ。君の言う通り、僕たちは、人間の記憶を食して、食した記憶を永遠に保持できる保持妖怪だからね。それでも挑む?」
九羽は、見る者をぞっとさせるような黒い笑みを浮かべた。
木の葉が唇を噛みしめた時、凛とした声が頭上から響いた。
「そんなの卑怯過ぎる!」
厳しく一喝した親友は、最強兄弟を見下ろして高らかに宣言した。
「その勝負、僕も参加する!十羽さんと九羽さんは、その二人組の記憶を食べてよ!世界チャンピオンの記憶で戦うなんて、あんまりだ!卑怯すぎる!」
その力強く鋭い瞳は、大妖怪・輝龍と全く同じだった。
「ことり!!」
木の葉の隣に降り立った奉公屋に迷いはなかった。
「受けて立つよ!お盆の森は、僕たちの守る森だ!」
「おまえ、どうして来たんだよ」
木の葉は驚きながらも喜びを隠せなかったが、十羽と九羽も同様に驚きを隠せなかった。
「さては森の樹々が裏切ったね」
九羽は、珍しく感情をあらわにして眉を上げた。
その一方、十羽は苦笑して肩をすくめた。
「困ったね。輝龍さんには恩があるし、まさか、爝火の息子を呼ばれるなんて。どうするの、九羽。こいつらの記憶なんか、食べたくないよ。絶対まずいもん。今回だけ大目にみてあげたら?」
別に優しさから出た言葉ではない。単に面倒くさくなったのだ。
しかし、九羽は引かなかった。目に怒りを燃やして告げた。
「それなら、十羽は小男を持っててよ。勝負は、僕と、のっぽでするから」
九羽が勢いよく放り投げた小柄な男を、十羽は慌てて受け取った。
「待って!!本気なの!?ディーラーは、誰がやるの?」
「そいつにやらせろ。ディーラーがやれるだけの記憶は残した」
指をさされた小男は、もはや何の抵抗もしなかった。
ポーカーへの関心も執着心も、記憶から消えていた。
残されたのは、基本的なルールだけだ。
「……分かったよ」
十羽は、力なく返事をした。
ブチ切れた九羽を止める術はない。
それは、十羽が一番分かっている。
十羽は空を見上げて、化け樹たちに無言の威圧を送った。
(これ以上、応援を呼ばないでね。責任もてないよ)
木の葉は、ことりに囁いた。
「来てくれて助かった。俺、瀬奈にも勝てねえくらい下手クソだから」
「うん、知ってる。間に合って本当に良かった。木の葉が弱いのは知ってるけど、それでも二人で守ろう!僕たちの森だよ」
心強い言葉が、木の葉に勇気を与えてくれた。
頼もしい横顔は、無敵の大妖怪、輝龍にそっくりだ。
「ああ、守ろうぜ。俺たちは、奉公屋だ」
木の葉の瞳も、ようやく輝きを取り戻した。




