第1話 お盆の森で、劇の練習 1
季節は、十月だが、お盆の森は、春だった。
「ソメイヨシノが、ちょうど見頃ね。綺麗だわ」
知世が、しみじみ言うと、その隣に座る瀬奈が、口を尖らせた。
「私は、秋の気分だった。行楽弁当の気分だった」
「食ったら、同じじゃねーか」
木の葉の指摘は最もだが、今は、あまり関係のない話だ。
結花が、軌道修正すると言わんばかりに、わざとらしく咳払いした。
「ごっほんっ!!それでは改めて!今年の文化祭は、樊籠小学校と西野小学校が、合同ですることになりました。劇をする場所は、お盆の森です。これから、練習を始めます。張り切って頑張りましょう!」
元気よく立ち上がろうとしたが、奏が、異議ありと右手を挙げた。
「ねえ、ちょっと待って!本当に、この台本でやるの?やっぱり、嫌なんだけど。普通の白雪姫で良いと思う。最初にも言ったけど、パロディにしない方が、絶対に良いよ」
「そうだね。僕も、気持ちは変わってない。嫌なままだ。原作に優るものはないよ。だって、これ、面白い?」
ことりも、諸手を挙げて加勢した。
その横で、森の番妖怪、赤目守りが、楽しそうに台本を読んでいた。
赤目守りは、トイが成仏した後、お盆の森の中でだけ、人間の女の子でいられるようになった。
それで、ことり達、演劇組は、お盆の森を劇の舞台に選んだ。
残りの児童は、屋台や、お化け屋敷、他にも色々と準備で忙しい。
文化祭当日は、校内で、わいわい楽しんだ後に、お盆の森へ行くからだ。
ことり達は、「眠れる森の美女」か、「白雪姫」をやるか、多数決を取って決める事にしたが、男子と女子の二つに分かれた。
「眠れる森の美女」を推したのは、ことりと奏、木の葉と春人の四人で、女子は、瀬奈と知世、結花、龍絵の四人に、赤目守りが加わった為、一票差で決まった。
男子四人は、正直どちらでも良いが本音なので、特に反対しなかった。
それで、演目は、あっさり白雪姫に決まったが、この決定を、すぐさま悔やんだ。
瀬奈が、余計な事を言ったからだ。
「ねえ、普通の白雪姫って、面白くないよね?」
ことり達は、嫌な予感がした。
「ねえ、パロディにしない?」
おそろしい事を言い出したのだ。木の葉は、即座に反対した。
「俺は、やんねーぞ。普通の白雪姫しか出ねえからな!」
続いて、奏とことりも、瀬奈を止めた。
「瀬奈が考えたら、絶対に、すべるよ」
「僕も、そう思う。笑われるのがオチだよ。ね、春人くんも、そう思うよね?」
ことりが、同意を求めると、春人は、返事を躊躇った。
瀬奈に、じっと見つめられたからだ。
しかし、加勢する事に決めた。
何しろ、春人自身、正直に言えば反対なのだ。
「うん……そう思う」
しかし、女子は盛り上がった。
「面白そうね。台本は、私が書くわ」
結花が、張り切ったのだ。
「確かに、そうね。王子さまのキスで目覚めるなんて、つまらないわ。ね、タエちゃんは、どう思う?」
知世に聞かれて、龍絵も即座に頷いた。
「うん!イマドキっぽいやつがいい!」
赤目守りが、女子側に賛成したので、又しても一票差で決まった。
(トイがいれば、同じ五票で、じゃんけんに持ち込めるのにな)
春人は、成仏した親友を、こんな形で思い出したが、他の四人も、同じ気持ちだった。
「トイくん、遊びに来ないかな?」
ことりが、ぽつりと言った。
奏も、ことりの横で、小声で言った。
「折角、お盆の森でやるんだから、観に来て欲しいね」
木の葉が、黙って頷いた。
そんなこんなで、パロディ白雪姫の台本は、仕上がった。
今日は、最終確認をしようという話になって、皆は、朝から車座になって芝生に座り、話し込んでいた。
赤目守りは、読み進めながら、感極まって周りに尋ねた。
「これ、とっても面白い。お豆腐は、木綿しか食べた事がないけど、絹ごしって、喧嘩して家出するくらい美味しいの?」
「そこまでじゃない」
春人が、首を横に振って、きっぱりと否定した。
「そこまでじゃないけど、私は、絹ごしが好き。だから、この役、とっても嬉しい」
龍絵が、すかさず主張した。
白雪姫なのだ。
そして、ちょっぴりチャライお妃様は、木の葉が演じる。
じゃんけんで負けたのだ。
「早く練習を終わらせて、皆でお弁当食べようよ」
瀬奈が、せっつくと、知世が、呆れて言った。
「さっき、マドレーヌを食べたでしょ?」
「マドレーヌは、お菓子だよ。私は、おむすびが食べたい!」
「瀬奈は、食い意地が張ってるよね」
ことりが毒づいた。ことりは、鏡役に決まってから、ずっと不機嫌だ。
「奏くんは、まだマシだよ。ナレーションなんだから。瀬奈、僕と変わってよ」
「おい、待て!そんなん言ったら、俺だって、変わって欲しいぜ。瀬奈の方が、ぜってえ似合うぞ」
木の葉も、訴えたが、結花が、ばっさり切り捨てた。
「ダメよ!じゃんけんで負けたんだから!つべこべ言わない!見苦しいわよ!」
見苦しいと叱られているのを見て、春人は、喉の奥に不満を引っ込めた。
それぞれが、様々な思いを胸に抱きながら、劇の練習は、始まった。
ナレーション役の奏は、瀬奈の余計な一言のせいで、大樹の枝に上って、皆の頭上から行う事になった。
「ナレーション役が、役者の視界に入る位置に立つのは、何か変じゃない?」
「変じゃないよ!」
奏は、必死に訴えたが、あっさりと退けられて、親切なクスノキが、化け枝を使って奏を持ち上げた。
「奏くん、頑張って」
ことりは、小声でエールを送った。