私の娘がめちゃくちゃすごい魔法使いなんだが
その日の朝も、ルビーは小さな体をぴょこぴょこ動かして、何かを作っていた。横で母親がじっと見守っている。辺境の村の小さな家に、母と子は2人だけで暮らしていた。
「おかあちゃま、できまちた!」
「すごい!これなら1人じゃ難しい重い荷物も、楽に運べるようになるね!」
目の前には、何もしていないのにカタカタと前に進んでいく荷運び用の手押し車がある。いや、何もしていないわけではない。ナディアの娘、ルビーが魔力をこめた石を動力源にして動いているのだ。
「車輪にあるくぼみに石を入れておけば、3日くらいはうごきまちゅよ」
「ルビーは本当にすごい!!天才だね!」
「てんさいではなく、まほうでちゅ」
舌っ足らずの4歳のルビーだが、その魔法の才能は突出している。
物心ついたころから、ルビーは誰にも習うことなく魔法が使えた。真冬の朝手を洗うのが冷たいと言えば、桶の水を温水に変えられるようになった。暖炉に火を起こすのに苦戦していると、指先から小さな炎を出してくれるようになった。
母親も、まわりの村人も、魔法が使える人間は近くに居なかった。森に住むといわれる魔女に相談してみると、100年に一人の逸材といわれ、その場でルビーは魔女の弟子になった。
そんなルビーだが、外見は年相応の可愛らしい女の子だ。ようやく肩まで伸びたふわふわの濃い茶色の髪に、まさしく宝石のルビーのような美しい赤色の瞳をしている。ほっぺたはぷくぷくで、とっても触り心地が良い。
いっぽうルビーの母親――ナディアは普通の人間だった。ルビーと同じブルネットの髪に、榛色の瞳。元々は王都にある貴族の屋敷で使用人として働いていた。事情があってルビーを身ごもり、仕事を辞め、1人でこの辺境の村に来た。ここは早くに亡くなったナディアの実母の故郷でもあった。
村の人はとても親切で、ナディアを歓迎し、出産から子育てまで色々と助けてくれた。ナディアは手先の器用さを活かし、町から針子の下請けの仕事をもらって生活することができた。
能力が開花すると、ルビーは森の魔女に、生活で使えるちょっとした魔法を習いはじめた。
それを使って、井戸の水汲みの滑車を自動化したり、夜の暗い道に獣避けの光る石を置いたりした。村人たちはとても喜んでくれた。
この国では、魔法使いは大変貴重な存在である。魔法の力があることがわかれば、たいていは子どものときから王都に出て、専門の学校に通い、やがて国からたくさんの報酬を約束され働き始める。
王都まわりの仕事がほとんどのため、辺境には魔法使いは少ない。昔からいる魔女が森に住み、その都度人々の生活を助けていた。ルビーの存在は、田舎の小さな村でとても重宝されていた。
「おかあちゃま、明日は魔女のおばあちゃまの家にいきまちゅよね?とちゅうでベリーをつみたいのでちゅが」
「そうね、ひさしぶりにジャムを作ろうかしら」
「やった!ぱんけーきにちゅけて食べまちょう!」
小麦粉とふくらし粉をまぜて焼いただけのものだが、ルビーにとっては絵本のなかの美味しそうなパンケーキなのだろう。
――もしあのまま王都にいれば、本物の美味しいパンケーキを食べさせてやれる生活だったのか――。ナディアは何度考えても答えの出ない問を、今晩もぐるぐると繰り返していた。
翌日、ルビーの小さな手をとり、森に分け入り魔女の家を目指す。朝の森は空気が澄んでいて、苔と土の匂いがした。
「森はちょっとこわいけど、ルビーは好きでちゅね」
「分かるわ。生えてる植物もまわりの雰囲気も、村とはまったく違う世界よね」
「おかあちゃまは『とかい』に居た、ってリオのママが言ってまちた。『とかい』には森はないのでちゅか?」
「そうね、無いわ……」
ルビーとよく遊んでくれる、隣家のリオの両親には、ナディアとルビーの事情を話してある。
「ルビーのおとうちゃまは、とかいにいるのでちゅよね?」
「そうね、でもとても忙しい方だから、すぐにお会いすることはできないの」
「そうでちゅか」
「お父様に会いたい?」
「あいたいけど、いまじゃなくていいでちゅ。ルビーにはおかあちゃまも、リオも、村のみんなもいるので。森がないなら、とかいに行かなくてもいいでちゅち」
舌っ足らずだが大人を真似した物言いの、そのアンバランスさにナディアの頬も思わず緩む。だが、ルビーのためにも、このまま父親に存在を隠しておいて良いものか、ナディアは最近悩みに悩んでいた。
ルビーの父親は、王都で名のしれた魔法使いである。ナディアはその魔法使いの男と、偶然夜の酒場で知り合った。
仕事休みの日の前夜、ナディアは手持ちの一番良いワンピースを着て、普段行くことのない少し高級な店に入った。その日がナディアの21歳の誕生日だったからだ。早くに両親を亡くし、1人で生きてきたナディアは、誰にも祝われることのない誕生日を、せめて自分自身で祝おうと思っていた。
「見ない顔だね」
横から低い声で話しかけられた。いつの間にか隣に座っていたのは、癖っ毛の短い黒髪にワインのような深い赤色の瞳をした、美しい男だった。
ナディアは最初とても警戒した。何故こんな男が、いかにも金の無さそうで、容姿も普通極まりない自分に話しかけてくるのか、と。
「私、お金持ってませんし、一夜のお相手も求めてません」
「はは、そう身構えないで。一緒に飲もうよ。君が可愛かったから、話をしてみたかっただけ」
ナンパだ!こんなところで!ナディアは椅子を動かし、男と距離を開けた。
男は自らを、魔法使いシェザードと名乗った。ナディアはその名前を聞いたことがある。王都にいる魔法使いの中でも、国の治安維持に関する重要な位置にいる人物だ。だが、今目の前にいる男が本物なのかを、ナディアは確かめるすべを持たない。嘘などいくらでもつける。
どうせ今ここだけの関係だ、とナディアは割り切って楽しむことにした。魔法使いには少々エキセントリックなイメージを抱いていたが、シェザードは紳士的で、優しい物腰の男だった。彼との会話は思いのほか楽しく、酒もすすみ店を出るころにはすっかり打ち解けて、離したはずの椅子もいつの間にかくっついていた。
その日は何もせず店の前で別れた。翌日は二日酔いになったが、良い誕生日になったと満足していた。だが予想だにしなかった事が起こる。シェザードがナディアの住み込みで働いている貴族の屋敷を訪れたのだ。ナディアは酔った勢いで自分の勤め先をうっかり話してしまっていた。
「俺と交際してほしい。あと、遅れてしまったが誕生日のお祝いだよ」
シェザードはナディアに大きな花束を渡しながら言う。屋敷は大騒ぎになったが、降って湧いたシンデレラストーリーに皆が祝福の言葉をくれた。
(それまでは良かったのよね)
大きな木の根につまずかないよう、ルビーを抱え上げながらナディアは思い出していた。朝露を乗せた森の道はすべりやすく、小さなルビーは転ばないよう注意が必要だ。
(やっぱり分不相応のことをしてはいけないのよ……)
二人の交際は順調にすすみ、ナディアはシェザードに心も体も許すようになった。週に一度は彼の家に泊まり、朝まで一緒に過ごしていた。
半年ほどたったある日、シェザードはナディアの顔を覗き込みながら、ぽつりと言った。
「君の瞳は本当に綺麗だな、深い森のような湖の底のような、様々な色がみえるよ」
「そうなの?自分ではよくわからないわ。あなたの宝石のような瞳のほうが、私は美しいと思うけど」
「……ナディア、一緒に暮らさないか?」
ナディアは驚いた。というのも、ナディアにとってシェザードは初めて交際する相手で、すべてが初体験だったからだ。こんなふうに皆、関係を深めていくのだろうか?と。
「嬉しいわ……それは、あなたとの将来を考えて良いということかしら?」
「もちろん。仕事の関係で、今すぐ結婚というわけにはいかないけれど、ずっと君と一緒にいたいと思ってる」
ナディアは喜びながらも、その言葉に少し違和感を感じていた。だがシェザードなら信じられる、いつか詳しく話をしてくれるだろう、そう思っていた。同棲の話は、おいおい進めて行こうということになった。
しかし程なくして、ナディアは自身の不調を自覚しはじめた。微熱が続き、体が怠く、気持ちも塞ぎがちになった。風邪かと思い数日休んでみたが、変化は無い。
気分転換にと、町へ使いに出されたナディアはその日、細い路地を抜けていた。するといきなり、目の前に1人の女が立ち塞がった。女は長いブロンドの髪をふりみだし、国に所属する魔法使いが着るローブを羽織っている。
「貴女がナディアよね?シェザード様につきまとっているんですって?」
つきまとうも何も、シェザードのほうから誘ってきたのだが?そう言おうとすると、女はナディアに人差し指を突きつけて言い放った。
「魔法使いは、魔法使い同士としか結婚できないのよ?ご存知?」
「ええっ!?」
初耳だ。だから一緒に住もうと誘われたのに、結婚は待ってくれと言っていたのか?
「魔法使い同士の結婚だと、より強い魔力を持つ子どもが産まれてくるのよ。だから国が推奨してるの。中でもシェザード様は選り抜きの魔法使いだから、お相手が普通の人間だなんて職場では許されないのよ」
「そんな……」
「たまには珍しいものも食べたくなるのかしら?貴女遊ばれてるだけよ。だってシェザード様は、ゆくゆくは私と結婚する予定だもの」
「はぁ!??」
この性格の悪そうな女と?ナディアはあの紳士的で優しいシェザードと、目の前のあけすけで意地悪な女が一緒にいるイメージが浮かばなかった。
「わかりました。詳しくはシェザードに聞きますので、いったん失礼します」
女のそばをすり抜け、逃げようとしたナディアの考えを読んだかのように、女が怒りをあらわにする。
「ちょっと何よ!バカにしてるの?」
「大切なことは本人に確認したいだけです。間違いがあってはいけませんので」
「生意気な女ね!」
それは自分のことだろう?不調もあり余計イライラしていたナディアは、思わず女を睨みつけた。すると女が激昂した。
「あんたなんか!!」
女の声が響きわたり、ナディアまわりの空気が揺れ、体が宙に浮くのがわかった。次の瞬間、近くの民家の壁に、ナディアの体はしたたかに打ち付けられていた。女が魔法を使ったのだ。
「ぐっ……」
痛みで声が出ない。「何の音だ!?」と騒ぎを聞いて人が集まって来ると、女はいつの間にか姿を消していた。
ナディアはそのまま病院に運ばれた。
体の怪我は軽いものだったが、そこで医者に驚きの事実を告げられる。
「妊娠していますね、お相手の方はご存知ですか?」
思えばタイミングが悪かったのである。妊娠初期の気鬱もあり、正常な判断ができなくなっていた。ナディアはシェザードと離れる決心をした。心が抉られるようだったが、魔法を使えない自分とシェザードは結婚できないと聞き、絶望した。何より子どもができたのを知られたら、あの女に今度は何をされるか分からない。お腹の子を守らなくては……と。
ナディアは勤め先である貴族の屋敷に、暇を申し出た。理由を聞かれたが、本当のことは言えなかった。
長年勤めてくれた感謝にと、退職金を多めに出してもらえたので、当面は働かず暮らせそうだった。ナディアは身一つで少ない荷物をまとめ、誰にも言わず、実母の故郷であった今の村に身を寄せたのである。
回想にふけっていると、ルビーの弾んだ声で意識が戻された。
「おかあちゃま、見えてきまちた!」
「やっと着いたわね。今日は、早かったんじゃないかしら」
魔女の家は、森のほぼ中心にある。ただ、その場所は日によって少しずつ変わるらしい。これは盗賊や、悪意を持った人間から襲われないようにするためだと聞いたことがある。
ノックをする前に、ツタのはった家の扉が開く。赤い髪を後ろでまとめ、エプロンをつけた老婆が中から出てきて、優しい顔で微笑んだ。
「おやおや、いらっしゃい、可愛い可愛い私の弟子よ」
「ミーレちゃま!」
「魔女ミーレ様、お久しぶりです」
ナディアたちは揃って頭を下げる。魔女ミーレはこの近郊に住む唯一の魔女で、薬師の役割も担っている大切な存在である。ルビーの才能を見出してくれたのもこの人だ。
ルビーは定期的に、ミーレに体調を診てもらっている。魔力の多い子どもは、感情が昂るとその力が暴走しやすいので、いわゆるメンテナンスが必要とのこと。ミーレはルビーの額に手をあて、魔力の流れを観察した。
「ルビーは問題無いようだね。元気でなにより。お前さんも変わったことは無いかい?」
「はい特には。いつもありがとうございます」
ナディアはお礼に、パッチワークで作ったキルトのひざ掛けをミーレに渡した。柄がおしゃれで暖かいと好評の品である。
「今日はルビーに、これを渡そうと思ってね」
ミーレは金のリボンをつけた、1本の白い杖を差し出した。樫の木でできたそれは、ミーレが自ら木から彫り出し、魔力をこめて磨いた品だ。
「弟子が人生で初めて持つ杖を贈れるなんて、私も幸せ者だね」
「こんな貴重なものを…!ありがとうございます、ミーレ様!」
「ありがとうございまちゅ!!わーい!」
ルビーはニッコニコで、ピカピカの杖をふりまわす。
「簡単な呪文もいくつか教えてあげようじゃないか。何かあったとき、母様を守れるかも知れないよ。いいかい?」
「はい!」
「まずは基本だ、一緒に言ってご覧、『Fiat Lux』」
『ひあってりゅくす!!』
ルビーがそう言い、杖を振り上げた途端。まばゆい光が杖の先から溢れだし、天を突き抜け、1本の光の筋となりあたり一面を明るく照らした。小鳥たちが驚いて、逃げていく声と音で木の葉が揺らされた。
「えっ……すごい……」
「こりゃたまげたね……」
ミーレも予想外だったようで、ぽかんとしながら空を見つめている。普通なら杖の先が明るく光る程度らしい。ミーレの優秀な杖と、それを媒介にしたルビーの大きな魔力が、すごい出力を産み出してしまったようだ。
「こえ、どうやって消ちゅの?」
ルビーだけが、きょとんとして振り上げた杖の先を揺らした。
「いいかいルビー、お前は将来すごい魔法使いになれる」
「本当でちゅか!」
「ああ、だけど、それまでたくさん練習が必要だ。特に力をコントロールする練習が」
「こんとろーりゅ」
「そう。力が暴走すると、たくさんの人を傷つけてしまうんだ。お母様や友だちが傷ついたら、嫌だろう?」
「うん…………」
ミーレは、ルビーに何度も大切なことを言って聞かせた。生活が便利になる魔法の呪文もいくつか教えたが、決して非常事態以外に使うなと念を押した。
「ひじょじたい、とは?」
「困ったときや、だれかが危なくなったときだね」
ミーレはナディアにも向き合った。
「父親は、この子のことを知っているのかい?」
「いいえ。私が何も言わず出てきましたから……」
「早めに話したほうが良い、この子の力はすごいよ。悪用されないとも限らないからね」
ナディアは背筋が震えた。ルビーの人生を、自分だけで背負うのは無理だと確信したからだ。
類まれなる才能を父親であるシェザードが知ったら、ルビーを連れて行ってしまうかも知れない。そうでなくても、力を利用したい誰かに囲い込まれたら?何も持たない自分とは、もう会わせてもらえなくなるかも……。
そんな想像をしてしまい、血の気が引いた。
ミーレに挨拶し、色々なことを考えながら森を後にした。ようやく村に戻ると夕方になっていて、何故か村長の家のあたりが騒がしくなっている。ルビーは途中で疲れて眠ってしまい、ナディアが背負って帰ったため、一度家で寝かせてくることにした。
ルビーを家のベッドに下ろし、人が集まっていた村の広場のほうへ急ぐ。
「ねえ、何かあったのかしら?」
人だかりから少し離れた所に、ルビーと仲良しの、隣家の息子リオが居たので聞いてみる。
「あっ、ルビーのママ!王都から魔法使いが来たんだって!みんな大騒ぎだよ!」
「王都から、魔法使い……!?」
なぜこんな辺境の村に?ナディアはそう考えて、昼間の出来事を思い出す。まさかと思うが、ルビーの出したあの光を見られたのだろうか。それにしても早すぎる、王都からここへは急いでも馬車で3日はかかる距離なのに……。
遠くから見ていると、国の魔法使いである証のローブを着た人々が、何人か居るのがわかる。その中の、背の高い、黒髪の男と目が合った気がした。するとその男は、明らかにこちらに向かってきた。ナディアはひゅっ、と息を吸い込んだ。
「ナディア?ナディアなのかっ!?」
「……っ、シェザード……!!」
それは5年ぶりの再会だった。かつて愛し合い、今でもその気持ちを胸に仕舞っている、ナディアの想い人のシェザード。彼は記憶とほとんど変わらない姿だったが、年齢とともに少し陰りのある表情になり、それがまた彼の美しい容姿を際立たせているようだった。
「ナディア、まさか、こんなところにいたなんて……!どれだけ君を探してまわったか……」
「シェザード、私……」
「何故、なぜ急にいなくなってしまったんだ……」
シェザードは震える手でナディアを腕を取った。その低い声も、変わらぬ深く赤いルビーの色の瞳も、今にも泣き出しそうで、思わずナディアの声も震えた。
「ごめんなさい、私っ……色々ありすぎて、1人で抱えられなくなって、逃げてしまったの……本当は、あなたに言わないといけないことが……」
涙が溢れてきて、なかなか言葉が出てこないナディアの手を、優しくシェザードが握りしめる。
「良いんだ、生きてる君にまた会えた……」
事情のある2人の再会を、理由を知らない村人たちは遠まきで静かに見守ってくれていた。その沈黙を、幼子の高い声が破った。
「おかあちゃま!!」
「ルビー!」
起きたら母親がいないので、探しに来たのだろう。寝癖をつけたルビーが杖を手に走りよってくる。
「あの子は……?」
訝しむシェザード。ついに言わないといけない時がきた、ナディアが覚悟を決めたとき、ルビーが思いもよらぬ行動を取った。
「おかあちゃま、何れ泣いてるの?その人にいじめらえたの?」
「違うのよ、ルビー、この人は……」
「おかあちゃまこれ、ひじょじたい、でしょ?わたちにまかせて逃げて!!」
ルビーは杖を振り上げ、さっき魔女に習ったばかりの呪文を力の限り叫んだ。
『Congelato《凍りつけ》!!』
強い感情に乗せられ、膨れ上がった魔力はルビーの髪を逆立たせた。そのまま杖を振り下ろすと、氷点下の突風がシェザードに向けて襲いかかった。
が、魔力の制御などできないルビーの氷の風は、側にいるナディアとリオにも向かってくる。
「えっ、めちゃくちゃ寒いんだけど!?」
「ルビー!やめて、みんな凍ってしまうわ!!」
シェザードはすぐに魔法で防御壁を作り、自分と二人を守る。
「昼間の光もあの子か!!嘘だろ、あんな小さな子どもに、これだけの魔力があるなんて!」
「シェザード、ごめんなさい、あの子は……」
シェザードはその時、ナディアの言葉をすべて聞かなくても気が付いた。
自分と同じ深い赤色のルビーのような瞳に、ナディアと離れていた年数と同じ位の歳。そして、あれだけの魔力を有する存在――――
「よし、こっちに向かって来い!」
シェザードは一通りルビーの冷気を跳ね返すと、人のいない方に向かって走り出した。
「シェザード、何をするの!?」
シェザードはナディアに大丈夫だと目配せをする。そしてルビーに向かって言った。
「ほら、母親を守りたいんだろう、全力でかかってこい!」
「逃げゆなあっ!!」
再び杖を振り下ろしたルビーが、シェザードに攻撃をしかける。先ほどよりもさらに激しい氷の嵐を浴びながらも、シェザードは笑っているようだった。
皆が固唾を呑んで見守るなか、少しずつ近くの木々の葉が凍りついていく。そして一瞬の隙をつき、シェザードがルビーのすぐそばまで近づいた。
「ぎゃっ!?なにしゅる……」
逃げようともがくルビーを、シェザードは強く抱きしめた。
「すごいな!これが俺の子どもなのか!!なあ、ルビー?俺がお前のお父様だよ!」
「おとうちゃま……!?」
ルビーは杖をそろそろと下ろした。だが、その溢れ出た力は止まらず、周りの気温をどんどん下げていっているようだった。
「ルビー!シェザード!」
ナディアは2人に駆け寄り、シェザードごとルビーを抱きしめた。
「おかあちゃま……?」
「ルビー、ごめんなさい。お母様が意気地なしで、お父様ときちんとお話せず、逃げ出してしまったの。それで、お父様をたくさん傷つけてしまった。ルビーのことも守れなくなるところだった。」
「ナディア、君だけが悪いんじゃない」
「いいえ、シェザード、私が強くならなくてはいけなかったの。1人ではこの子を育てられないと、もっと早く気づくべきだった。今までだって村の人に助けられて、やっとここまでやってこられたんですもの」
冷たい風に声が震えないようにしながら、シェザードの目を見てナディアは懇願した。
「この子のためにも、貴方が必要なの、シェザード。もう一度、私を、私たちを貴方の側に置いてほしい。たとえあなたの妻になれなくても良いから」
ナディアの震える瞼から、再び涙がこぼれる。
「おかあちゃま、寒いの?ルビーのせい?」
「大丈夫よルビー、あなたのことが大好きだから、大丈夫」
ナディアがルビーの冷えた手を握ると、安心したのかルビーの起こした冷たい風は少しずつおさまった。
「君は本当に、思いがけない無茶なことをしてくれるよ」
シェザードは呆れたような、しかし少し嬉しそうな声で言った。ルビーを抱いていない、もう片方の手でナディアを抱き寄せた。
「全部俺に任せておけば良い。手は2本あるんだ、大丈夫。君たち2人は必ず俺が守るよ」
それは3人が、ようやく親子として、家族として歩きはじめた瞬間だった。
シェザードは、国の機関に勤めており、国内の治安維持を任されている。普段は王都で仕事をしているが、何かあるとすぐに転移魔法を用いてその地に赴き、状況を調べなくてはならない。
今日は辺境の村で、今までに無い強い魔力の光が観測されたと報せを受け、急いでやって来たのだという。
「ナディア、俺がしっかり説明をしていなくて、君を不安にさせたからこんな事になった。1人で抱えさせてしまい、本当に申し訳ない……」
「謝らないで。私もあなたと話し合うことができなかったの」
シェザードも、ナディアがいなくなってから、必死に行方を探していた。勤めていた屋敷にも行き、関わりのあった人すべてを当たったが、ナディアは誰にも言わず村に来ていたため分からなかった。王都の周辺も、あらゆる伝手を使って探してくれていた。
屋敷の使用人の同僚が、辞める直前の体調不良のことを伝えてくれ、まさかとは思っていたらしい。
ナディアは自分の考えだけで突っ走ってしまったことを、深く反省した。思えば自分のことばかりで、シェザードの気持ちなど置いてけぼりだったのだ。
「ごめんなさい、シェザード……」
日も暮れたあと、2人が狭い家でぎゅうぎゅうになって座り、お互い謝り合っているのを見ながら、ルビーは杖を磨いていた。
「なんれおとうちゃまは、凍らなかったんらろ?」
「いやあの人、肩のとことか、凍ってたよちょっと。ルビーのママもだけど……」
なぜか同席してくれているリオも、先ほどのことを思い出して寒そうにぶるっと震える。
「それから、君を襲った女は投獄された」
「ええっ?」
「君にしたことも許し難いが、他にも色々と問題を起こしていたんだ。昔一緒に仕事をしただけなのに、それから勘違いして俺につきまとっていたし」
つきまとっていたのは、あの女のほうであった。ナディアは女が牢の中にいると知り、少し安心できたような気がした。
そして魔法使い同士のみの結婚制度も、シェザードが先頭を切って変えさせていた。魔法使い同士と、片方がそうで無い者同士との結婚で、産まれた子どもの魔力をそれぞれ数字に起こし、比べて統計を取った。その結果、ほとんど両者に差が無いという結論になった。両親のどちらかが魔法使いであれば、子どもにも受け継がれる可能性がある、という話に留まったという。
「ナディア、俺と結婚して、一緒に王都へ来てほしい。もちろんルビーも一緒に」
シェザードは、狭い部屋でナディアに跪き、その場でプロポーズした。
「シェザード……ありがとう……!!」
ナディアも今度こそ満面の笑顔で、素直にその言葉を受け取ることができた。
「ええっ、ルビー、都会に行っちゃうの?」
「わたち、とかい行きたくない!森も無いしリオも魔女様も居ないもん!」
感動的な場面で子どもたちが騒ぎはじめると、シェザードが優しい声で言った。
「大丈夫、いつでもこっちに来れるよう、転移魔法を作っておくから。ルビーがもう少し大きくなったら、自由に行き来できるようにしてあげる」
「ほんとう?」
「もちろん。だって、ルビーがすごい魔法使いだから、ナディアともう一度会えたんだ。ルビー、俺の娘、ありがとう!」
シェザードはルビーを再び抱きしめて、くるくるとまわった。ルビーは「ぐえっ」と声を出して、落ちないようシェザードにしがみついた。
そうしてようやく、3人は家族になった。
成長したルビーが、本当にすごい魔法使いになって、愛しのリオを迎えに来るのは、また別のお話である。
読んでいただき、ありがとうございました!