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第1話 影山優斗は今日も演じる

「ねえ‥今日も触れてくれないの?‥‥なんか最近冷たくない?」


 帰り際、彼女の綾瀬瑠奈あやせるなは寂しそうにドアの前で言った。


 何も知らず盲目的に瑠奈を好きだった頃の俺なら、すぐにでも彼女を抱きしめてキスしていただろう。


 でも今は違う。とてもそんな気分にはなれない。最近は交わるどころか、キスもろくにしていない。だから俺は、今日も体調が優れないフリをしてごまかす事にした。


「そうだったか?ごめん、疲れが取れなくてそんな気分じゃなかったんだ‥」

「もうっ!最近はそればっかり!」


 ぷくっと頬を膨らませた瑠奈が、彼女の方から顔を近づけて来る。


 5秒にも満たない軽いキス。たったそれだけなのに、身体がビクッと警戒してしまう。


 以前は何者にも変え難い幸福感を得られた瑠奈とのキスが、これ程不快に感じる事になるなんて誰が想像出来ただろう。


「私の事ちゃんと好きだよね?」

「当たり前だろ?大好きだよ」

「‥ならいいけど。私も大好き」


 こんな簡単に『嘘』を吐きあう関係になるなんて事も、誰が想像出来ただろう。


「ふふっ、次までにちゃんと体調治しておきなさいよ?じゃあね!」

「ああ、またな」


 作り笑いで見送った後、一気に疲れが押し寄せ俺はソファに倒れ込んだ。


 もはや彼女に一片の愛情もない。愛おしくてたまらなかった彼女の整った顔も、その身体も、慣れた匂いも、どう足掻いても不愉快に感じてしまう。


 それでも、今日もあくまで人の良さそうな笑みを作った。「何も知らず瑠奈を愛する優しい彼氏」を演じる為だ。


 瑠奈にとっては俺はただの保険でしかないと知ったあの日から、俺はずっと瑠奈に会う時は彼女の望む都合の良い影山優斗を演じると決めた。


 本当‥何がダメだったんだろうな‥。


 今は高校一年生の夏休み最終日。学校はなく両親も仕事で他県に出ていて一人暮らしの為、どれだけダラダラしていても咎める者はいない。


 これからもこんな演技、続けられるのだろうか。


 だけど俺はもう、こうすると決めたんだ。


 大切にしていた分だけ、酷く裏切られた時の反動が大きい。その事を深く思い知らされたのはあの日の事だった。


 ◇◇


 瑠奈とは付き合ってもうすぐ三年になる。知り合ったのは中学に入学してすぐで、付き合うようになったのは二年に進学して間もない頃。


 瑠奈は中学の時から可愛くて誰に対しても明るい性格で性別問わず人気があった。それに比べて俺は特に自分で何の取り柄も思い浮かばない男子。普通なら不釣り合いなのだが、隣の席になったのをきっかけに徐々に二人きりで遊びに行くほど仲良くなっていく。


 美少女と仲良くなるなんて俺は遠慮がちに接していたのだが、瑠奈の方はうるさいくらい構ってきてくれたのだ。モテない俺が自分に優しい美少女に淡い想いを抱くのに時間はかからなかった。


 中学二年になってすぐに、瑠奈が俺に告白してきた。いくら仲良しだと言っても高嶺の花の美少女からの告白で全く予想してない出来事だった。勿論俺も彼女が好きだったので舞い上がってしまいその場で恋人同士になった。


 初めての彼女。俺は出来る限り優しく、好きになってもらうよう最大限努力した。恋人として時間が経てば経つほど愛しい気持ちが強くなっていく。触れたいという想いも強くなっていったが俺たちはまだ当時中学生だ。


 ゆっくり‥ゆっくりと関係を深めていくよう努力した。付き合って一年の記念日にファーストキスを、つい先月の高校一年生の夏休み前に初めて瑠奈を抱いた。


 この時の俺は、この後すぐに奈落の底に突き落とされる事になるなんて思ってもいなかった。


 横でスヤスヤと眠る瑠奈が無防備に枕元に置いたスマフォ。そこに届いた一通のLINE。画面に一瞬表示されたお相手の名前は瑠奈と同じクラスで、俺たちの高校で一番女子から人気のある伊集院翔いじゅういんしょうからだった。


《今度いつ会えるんだ?》


 え?瑠奈と伊集院って仲良かったっけ?‥まあ、二人だけで会うというわけではないだろう。


 すぐに続けて二通目のLINEが画面に表示された。その内容を見て、俺はすぐに楽観視した事を後悔する。


《7月28日!前にも言ったけど俺の誕生日だし会うの確定な?》


 誕生日?そんな大事な日に会うのか?


 ‥凄く嫌な予感がする。


 瑠奈はまだ起きそうもない。今なら‥!


 他人の携帯を勝手に触る罪悪感はあれど、いてもたってもいられなくなり、瑠奈のスマフォを開こうとした。‥が、思いつく全てのパスコード候補を入力しても一向に瑠奈のスマフォは開かない。


 瑠奈の誕生日、俺の誕生日、瑠奈と付き合った日、瑠奈と初めてキスをした日。そのどれもが弾かれてしまう。


 そこで、ふと先程の伊集院から瑠奈に届いたメッセージを思い出す。


 7月28日、伊集院の誕生日‥はは‥まさかそれは‥


 ないないと思いつつ、嫌な予感は一向に止まりそうもない。震える手で「0728」と入力すると――


 希望を嘲笑うかのようにパスコードが解除された。

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