02後編 魔物は魔王になる事を夢見てる
さて、此処で此の世界で活動をしている、とある宗教について話しておこう。それは《リィジオス教》だ。
それはダンジョン街から離れた位置にある村、その中に建っている石造りの美しい教会にてかつどうをしているしゅうきょである。外は大きな畑や花畑が有り、とてもキレイで。中には立派な礼拝堂が有る……。
そんな教徒達はダンジョンで死んでしまった者達を回収し埋葬する働きをしていた。ソレは……数年前にダンジョンにて保護された魔物、ドッペルゲンガー。
いや、今は"ゲペル"と名付けられたモノも例外では無い。因みにそう名付けられた理由だが……。
ゲペルは此の世界の言葉で。
"変化に対応出来る者"
と言う意味合いがあるらしく、そうなって欲しいと言う思いから付けられたらしい……。
さぁ、改めてゲペルの容姿について教えよう。
身長はなんと、140㌢ほどで前髪が目を隠す位に長くてツインテール。肌の色は人のよりも明らかに白い。所謂アルビノ肌、というモノだろうか?
そんなゲペルは正に可愛い女の子の様な見た目だ。
ゲペルに性別は無いと言うのに。
此れも強かった人間の脳に残された情報の一部なのだ。ドッペルゲンガーの変身能力は脳内に残っている情報を元に創られる。つまり……強かったあの人間は女の子が大好きなのだろう。
さて。特徴的な事を言えば、彼女の目は白黒反転していて、右目が潰れてしまっている事だ。此れも治る見込みは今の所は無い。しかし、当の本人はあまり気にしていない。だって、そんな難しい事を考えたら頭が痛くなるから……。
「教祖、ただい……ま。今日お店、野菜届けいてき……たよ」
「あぁ、御帰り。朝からご苦労だったね。ゲペル」
教祖に保護されたゲペルは、教祖率いる教徒達によって手厚く育てられた。その中で畑仕事や色々な事を教わってゲペルはソレを日々やっているのだ。
正直、手伝ってやる必要は無かったが……此処に住む以上、環境に溶け込む為に手伝う事にした。本当は面倒臭くて堪らないと思っているのだけれど……。
「あ。お店いる皆、伝言。いつも助かるて言ってた、よ」
「そうか、そうなのかい。彼等はそう言っていたのか。お礼の言葉は不要だと言うのに。あぁそれはともかく、ゲペル。広間に君への食事が置いて……」
「食べ物!? たべ、食べる。人ご飯、ゲペル好き。食べる、食べる、食べ、る」
「あははは、凄く元気の良いはしゃぎ様だね。良いね、良いよ。沢山食べると良い。食べることは生きる事だからね」
と、話しはガラリと切り替わる。
教祖から、食事が有ると言われた瞬間にゲペルは目を嬉しそうに丸くし爛々と輝かせた後に、小さくピョンピョン跳ねて喜んだ。
そう、保護されてから食事も与えてくれたのだが……その瞬間から、ゲペルは人間が食べている食べ物の味を知り魅了されてしまった。
それに温かい寝床や、お風呂……というのも味わったし。他にも人間が生きる中でしている事をたっっくさん味わった。
その中でゲペルは思ったのだ。
あれ? 此れ作れるのなら人間殺すの勿体無い。と思ってしまう程に。しかも、取るに足らない存在と思っていた認識が、"弱いけど有能"となるまで変化していた。
あ、加えて言うと……。
「教祖、そ言えば。撫で撫でまだ。ゲペル、今日も野菜運んだ、沢山。褒めて、褒めて良い。よ」
「あぁ、そうだ、そうだね。偉いよゲペル。君は偉い娘だよ」
ゲペルは褒められる事が大好きになった。
此れは出会った強かった人の脳を少しだけ吸い取った影響か? 本当に褒められて喜ぶ人間的な感情が強く表れたのだ。此の心情の変化にゲペルは最初こそ戸惑ったものの。
うん、別に悪いものじゃぁ無いかと結論付けて、更には居心地の良さを感じ、いつの間にか此の教会を自分の"縄張り"に決めていた。
そんなゲペルは教祖によって優しく頭を撫でられて嬉しそうに目を細め、猫の様に喉をコロコロコロと鳴らす。その後に教祖は話した。
「でもねゲペル。最初の時と比べて随分と喋れる様にはなったけど。もっと流暢に話せたのなら、もっと褒めてあげられるんだけどね」
「……。それ、ヤ。勉強嫌い。べ〜」
「あははは、そうかいそうだったね。……じゃぁ、確りと食べておいで。それが済んだら、地下室に降りてきて欲しい。解るったね? 」
「…………。ン」
叱られた子供が不機嫌さを露わにする様に舌を出したゲペルに言われたのは、嬉しいことと頼まれ事。此れにゲペルは静かに頷くと小走りで、先ずは広場へと向かった。
すると、そこにいたのは背中に銀色の∞マークが描かれた白い修道衣服を着た教徒達だ。年齢は様々。幼い男女も居れば老齢の男女もいる。
「あ、ゲペルちゃん。お帰りなさい」
「朝の神事、お疲れ様でした〜。ほら、此処に座って? 一緒に食べましょう? 此処にいる人達もまだ朝食を食べていないの」
皆は微笑みながらゲペルに手招きをして、椅子に座らせると、皆も席に座ってきた。どうやらゲペルは教会内の人気者らしい。
「ん。ん〜。きょうお肉有る。やた、嬉しい嬉し〜。あ、野菜もある? 野菜少しで良い、よ」
「ゲペルちゃん、お肉好きだもんね〜。良かったね。教祖様、ゲペルちゃんの為にって、早起きして作ってくれたんだよ? 感謝しないとね。あと、野菜もちゃんと食べようね?」
「ん。良かた。教祖、感謝する。野菜食べる、少し遠慮したい、よ。うん」
皆に可愛がられて、口元をほんの少し緩ませてゲペルは微笑むと、早速肉を手で掴んで「んあ〜」と食べようとする。……けれど。
「あ〜、ゲペルちゃん。まだ食事前のお祈りが済んでないでしょ。あと、手掴みで食べちゃダメ〜」
「むぅ……」
「むぅ、じゃないでしょ。ほら、食器をちゃんと使って」
めっ!! と、強めに注意をされたゲペルは『はぁ、やれやれ』と思いながら目を瞑って手を合わせた。
「「あぁ、転生を司るリィジオス様、いつしか大迷宮の呪縛が解けるその日を夢見て、我等は命を頂きます……」」
……意味深な言葉が含まれたお祈りの言葉は真剣な雰囲気で言われた。でもゲペルはこんな長文を流暢に話せないので、途中で言うのを諦めて"頂きます"とだけ口にした。そんな事もあり漸くゲペルは……。
「んあ〜……」
使い辛そうにスプーンを使って、大口を開けて朝食を食べていった。それはもう美味しそうに。
そうゲペルは最早、人間が食べる飯の味にすっかり魅了され、教会内の雰囲気に居心地の良さを感じてしまっていたのだった……。
◆
さて、ゲペルが朝食を食べて数十分程が経った。……彼女は教祖様に言われた通りに地下室へと向かう為に長い長い階段を降りていく。その時に一緒に広間で朝食を食べた人達が2人着いて来ていた。
さぁ。その3人は階段を降り切り、やがて大きな扉の前にたどり着く。ゲペルはその扉を開くと……。
「おや、おやおや。ちゃんと来てくれたんだね。ありがとう」
大柄な体格には少々似合わない優しい笑顔を見せて教祖は言った。そんな教祖がいる部屋は……石造りの広い部屋。
涼しさを感じるソコには、少々独特な香りのする香が焚かれてあり、白い仮面を被った修道衣服を着た信徒達が既にいる。
「さぁ、祈りだ。祈りの時間だ。我々の悲願を掛けた儀式は今執り行われているところだよ。ゲペルも、後ろにいる皆も祈りを捧げよう」
「「「リィジオス」」」
教祖様はそう言うと、ゲペルの後ろにいる人達は不気味なほど素直に従った。ゲベルは目を細めた後、遅れて「りぃ、じお……す」と同じ言葉を言う。
……あぁ、不気味だ。そして異質だ。今のやりとりもそうだが、此の部屋全体が異質なのだ。何故だって? 理由は簡単。
此の部屋の奥には……擦り切れた赤色で描かれた1メートル程の五芒星が描かれ、その中央には何やら白っぽい粉が入った壺が置かれているのだから。
確実に怪しい儀式を行っている。そうとしか思えない。
「……教祖様、大迷宮によって断たれた者の遺灰の準備が出来ています」
「ありがとう、あぁ。ありがとう。いつもはワタシがやると言うのに。代わりにやってくれるなんて……」
「何を言いますか。我等は大迷宮によって過去を不幸で染め上げられた者達を望むことは皆同じです。だから手伝うのは当たり前なのです」
「そうか、そう言ってくれるのだね」
……。いま、1人の信徒が言った遺灰。
もう、何も隠さず言ってしまおう。此れはダンジョンを探索し、その際に死んでしまった者を此の教会まで持ち帰り身を清め、火葬したモノだ。
そう、此の教会は……こう言う事を何年も前から続けている。
ダンジョンにて死んでしまった者の死体を回収する"死体運び"と称して、だ。ダンジョンを管理するギルドとしては、代わりにやってくれて助かるし何も言われない……。
誰もがやりたがらない事を率先してやってくれる事に、むしろ感謝すらしているぐらいだ。だが、此の様な異質な儀式を行っている事は知る由もない。
「諸君、あぁ諸君よ。此の儀式が始まり、最早40年は経つ……気が遠くなる程の年月が経った。故に此の儀式に意味は有るのか疑問に思うものもいるのだろうね」
教祖は皆に向かってそう言うと、ゲベルを含めた信徒達は目を瞑り手を合わせて祈りを捧げた。深く、深く、深く……。
「しかし、ワタシは此の儀式を始めた、故に……解かるのだ、その時は必ず近付いて来ていると、感じているのだ。此の世から大迷宮を消滅させてくれる救世主たる"異世界転移者"が召喚されるその時を」
教祖は常人には理解出来ない事を言う。けれど信徒達は何も意見を言わない。ただただ祈りを捧げるだけだ。
その合間に数名の信徒達は、遺灰が入った壺を五芒星に置かれている壺に静かに入れていく……。その瞬間、中の遺灰が仄かに薄い緑色に光りだす。
「その為には供物がいる、時間がいる、祈りがいる。皆には感謝しか無いよ。あぁ、ワタシは皆に感謝する……」
「何を言いますか。私達も教祖様に感謝しています」
「そうですよっ。お、俺は……俺は冒険に出た息子が大迷宮で無残に死んで……う゛ぅ」
「私は、冒険者によって乱暴されました」
「僕はーーッ」
「私は……ッ!!」
「ワシはーーッ!!」
教祖の言葉に続くのは感謝の言葉と、大迷宮……"ダンジョン"が出来てから起きてしまった悲劇。此処にいる皆はダンジョンを憎んでいる。ダンジョンがあるから悲劇が起きた。
ならばソレを取り除けば良い。そう考えたのが、リィジオス教の教祖……ペアッケ・ワイルズその人である。
年齢は72歳。老齢に似つかわしく無い程の筋肉質でスキンヘッド。大柄な体を揺らし五芒星に置かれた壺の前に立つ彼は言った。
「……此の儀式は古い、とても古い書物を読んで見つけたモノ。愚かな事だろうね、ワタシはソレに縋り付いた。禁忌であると書かれた此の儀式に。結果として儀式の力は徐々にではあるけれど高まって来ているのだ。皆に感じてもらえないのが悲しいけれどね」
悲しげに目を細めるペアッケは続けた。
「宣言しよう。後少し、もう少し……だよ。ワタシ達が待ち望んだ救世主様が、異世界転移者様が来て下さるのは……ッ!!」
その言葉に信徒達は各々で驚きや嬉しさの涙を流す者が現れる。大迷宮からの解放の時は近い。彼等にとって此れほど嬉しい事は無いのだろう。
「…………」
さぁ、そんな時。たった1人、ゲベルのみが此の空気感に取り残されていた。
(……何年此処、居る。ゲペル、此れだけは理解、出来ない。ダンジョン、永遠残る。消滅あり得ない)
だってゲペルは元々は魔物。ダンジョンの事は人間よりも格段に詳しい。だから此の儀式が滑稽に見えて仕方が無い。
(あそこ、次なる魔王誕生させる場所。だから)
その事を心の中で留めて口にしないのは。やはり強かった人間の脳が教えてくれた。
"今は言うべきでは無い"
と。自身を瀕死まで追い込んだ奴の情報に従う義理は絶対に無いのだが……ゲペル自身も感覚で察していた。今此処で敵対しそうな言葉を言うべきでは無い、と。
ゲペルは強い魔物だ、だが自身が強いと言うプライドも強いが……それもゲペルの強さとなる。そうやって此の人に化けた魔物は粛々と強さを求めていずれは魔王へと至るのだ。
その事を思いながら、ゲペルは静かに……とても静かに儀式をみつめた。いつしか自分が過ごしやすい良い世を手に入れる為に。