02前編 魔物は魔王になる事を夢見てる
突然だが……ダンジョンに蔓延る魔物についてを話そうと思う。
奴等は自身の強さに極めて誇りを持っていて。皆して、我こそは最高だと思い込んでいる。
現在はダンジョンの中に存在し、次なる魔王になる事を目指して日々、他の魔物と争い合っている。
その際、ダンジョンに有る物資を求めて潜ってくる人間に対しては……一切の恨みは無い。ただ、一種の餌として認識し、容赦なく襲い掛かって来る。捕るに足らない相手で有り、そんな相手に逃げるのは恥……と思って。
時は、ルシス・トーナに悲劇が襲った頃。
此処はダンジョン内部、その4階層。内部の気温は、ヒンヤリと仄かに冷たい。
そこは闇夜に建つ古い屋敷の様な不気味な内装で、常に霧が出てカビ臭い場所である。
次なる魔王を目指すべく争い合う魔物の中でも一筋縄では行かない魔物が潜んでいる階層だ。
ヒタ、ヒタ、ヒタ……。ザリ、ザリ、ザリリッ、ズシャリズシャリ、ズシャリ
聴こえてくるのは重々しい足音、その足音の主である魔物は霧の中でギラリと目を光らせている。
『グッ、ガ。ァ……ゥゥッ』
「はぁ〜、まぁぁったく歳を取るのは嫌なこったなぁちくしょうめ。魔王の奴が生きてた頃は魔物なんだ須らく訳なくパパッと倒してたってぇのによぉ。それが今はどうだぃ、中々倒せねぇでやんの」
『ぅ、ぁ゛……ッ。はぁ……ッ。ガ、グゥゥ』
「いや……魔王がおっ死んでダンジョンが出来て産まれたアンタ等が前より強くなったって口かもしれねぇなぁ。そこん所どう思う? 魔物さんよぉ」
そんな階層で、いま一体の魔物が危機に瀕していた。その身は人型ではあるが影のようにボヤケており背中には薄くて細長い4枚の羽根が生えてある。
そんな魔物に相対するは、たった1人の50歳ぐらいの男だ。
背中まで伸ばした黒い髪を1つ括りにし、黒い顎髭を蓄えた男。彼は自身の背丈程の木の棒を器用に数回回した後に、ポンッと自分の肩に置いた。
『ガッ、グギギッ。ゲ、カゥ』
「あぁ〜……悪いなぁ。何を言ってる解らねぇわ。なら、もう喋るのは無意味っつ〜訳でよぉ。サクッと倒させて貰うぜ。なんせ地上に戻ったら美人のお若ぇ姉ちゃんと飲む約束があんのよ。ヘヘヘ、解るか? 姉ちゃんって。俺の事を癒してくれる天使の事だぁ」
魔物からしてみれば、彼は絶大な力を持った敵だ。勝てない、負ける、死ぬ!! そんな言葉が頭をよぎり動揺をしてしまう。取るに足らない存在だと認識していた人間相手に、だ。
「そんじゃぁ、あばよ。数多くいやがる魔物さんよぉ」
ドンッ!!!!
彼は爆発音の様な音を立てて地面を切り抜いたかと思うと、圧倒言う間に魔物の傍まで近いていた。その合間に彼は棒を天高く掲げて勢い良く振り下ろしていて……ッ!!
ズガァァァァンッ!!!!
『グキャゴッ、アガァッ!!?』
その強烈な一撃は魔物の顔の右側を大きくめり込ませ……視界の半分が消し飛んで、魔物は勢い良く吹き飛んでいった。
(ま、ずい。まける、まけ、て。シ、ヌ)
魔物は暫く吹き飛んだ後、床に転がり崩れ落ちた後、必死に片膝を付いて起き上がろうとする。だが、身体が痺れて思うように動けない。
(ど、うする? 避ける、反撃……、い、や逃げる、ダメそれ、絶対……いや!!)
人間相手に逃げたとあっては、自身の強さが崩れてしまう。人間だぞ……本来なら簡単に倒せる相手だ。苦戦を強いられるのは可笑しい。
だが、どうしてだ?目の前にいる人間は勝てるイメージが湧かない……と、此の魔物は思う。
「おっと、こいつぁショックだわぁ。まだ生きてやがらぁ。最近修行を怠けてたから力が落ちたかぁ? たぁく面倒くせぇったらねぇよ、一撃で倒れとけちくしょうめぇ」
『!?』
魔物は面倒くさそうに喋っている此の人間に対しては逃げる選択肢は無い、無いが……それ故に危機的状況は加速していく。また目の前に彼は居たのだから。しかも今度は棒の先端を向けており、付き貫く体勢を既にとっていた。
「おらよ」
ズドゴッ!!
『ケハッ、ガォ、グ……ウォェ゛』ビチャ、バチャバチャ!!!!
結果……。見事に鳩尾部分に突きを食らい、魔物は上半身を大きく仰け反らせた後に悶絶し、大量に血を吐いた。その刹那、魔物は彼を強く睨み……飛び掛かった!!
「ふん。魔物は逃げの一手がねぇから楽だぜ」
彼は鼻で軽く笑った…。
あぁぁ、笑われた。余裕だと思われた。事もあろうか人間に? 魔物である自分が楽に倒せる相手と思われている?
(ゆるさ、なぃ。……ユルサ、な、ぃ゛!! 此奴は、ころ……ス!!)
魔物は腸が煮えくり返る程の怒りを感じた。故に激痛が走る身体を必死に起こして……飛び掛かった!!
「おっと、そいつは悪手じゃぁねぇか? 魔物さんよぉ」
しかしその攻撃は、彼に急接近する事は出来たが容易に躱されてしまう。……が、魔物は此の事を想定していた!!
(くらぅ、食べる。啜り食う!! 此奴を……食ぅ。全部、の……脳を!!)
魔物は身体から新たに4本の腕を生やし、其の内の2本の腕を彼の頭に触れた!!
「うぉ。お前さん腕が六本あったンか………って。ぇア?」
その瞬間、魔物は自身が有している性質を活用したッ!! それは……相手の頭部に触れた瞬間に"脳を吸い取り、対象の知識を得る"事が出来るのだ。
そう、此の魔物は此れが出来る……そんな此の魔物名はドッペルゲンガー。
此の世界では、人型の影の様な姿であり……大概の人なら出会った瞬間に脳を吸い付くされてしまう恐ろしい魔物である。
(や、た……ッ。このまま吸い付くす……ッ!!?)
だがドッペルゲンガーは此の逆転が出来る状況、もはや勝利が確定した!! と思った直後に……恐ろしい殺気が襲う。その刹那、眼前に……鞭の様に異様にしなった棒が自分自身に振られている事に気が付いた。
(あ……)
刹那ーーッ。
気が付いた刹那……ドッペルゲンガーは全身から汗を噴き出し脳を吸い取るのを止め、直ぐ様に彼から離れて逃げ出した!! だが。
ブヂブヂギブヂィィッ!!!!
『アギャガハァッ、ア、ア゛ァぁぁぁぁッ!!!!』
僅かな隙を縫って、6本有る腕のうち4本を殴り千切られ大量の血が噴き出した。瞬間、脳内に流れる人間相手には絶対に感じる筈の無い感情が流れ込んだ。
(怖い、怖い、こわ、い。この人間が……こわ、い)
カタカタと強く震え、ドッペルゲンガーは恐怖故に彼から視線を外して一心不乱に逃げ出した!! その時にドッペルゲンガーの耳に聴こえてくる……気がした。確実に追い掛けて来ている……気がした。
現実か、それとも幻聴か。今のドッペルゲンガーには区別などつかない。ただ逃げる事だけに集中をした。突如出くわした、たった1人の人間相手に……。
◆
さぁ、逃げ出してから何十分も経った頃。ドッペルゲンガーは1階層まで逃げる事は出来た。だが……。
『ぃ゛……あぐ。くぅ……も、ぁ、が。ぁ』
ドッペルゲンガーの身体は満身創痍であった。千切られた腕からは大量に出血をしている上に右側の視界が完全に潰されてしまっている。
人間よりも身体能力があったお陰で此処まで逃げ延びたが……遂に限界が来て、石壁に背中を付け弱々しく崩れ落ちてしまった。
(……ッ!? 誰か、ちかづぃ、て……きて、る? 此の気配、人…間!?)
今のドッペルゲンガーは、ただの人間のか弱い攻撃1つで死んでしまう程に弱り切っている。故に警戒心を高めた。だが、現実は極めて非情。
今のドッペルゲンガーに出来ること等、殆ど残されてはいない。……ただ、此の状況で生き残るには唯一出来ることに掛けるしか道は残されてはいなかった。
(……ッ。やるし、か、ない。やりたくはなかった、弱い人間に……へんか、するの、は!!)
故にドッペルゲンガーは、ドッペルゲンガーと言う魔物が有している能力を使う事を決心する!! それは……吸い取った物の脳から情報を読み取り姿形を変化させる、と言うもの。
早急に読み取る、生き抜く為に。
ドッペルゲンガーの身体は大きく波打ちながら変化していく。
変化した身体は初等学生ほどの低身長で、黒髪で前髪が目を隠すほどに長くツインテールな髪型。肌の色は人には珍しい程に白い。
スタイルは、ペタンっとした胸……と小柄な感じであった。
(ぁ゛……く、そ。傷が深くて……出来るのは、これだけ、か。う、うぅ)
此の姿になったドッペルゲンガーは、一糸まとわぬ姿で、尚且つ傷だらけ。特に酷いの顔の右側で、完全に潰れてしまっていた。
本来なら、体を変化させる過程で傷を癒す事が出来るのだが……どうやら傷が深すぎて治せなかったらしい。それに身長も大きくは出来なかった、此れも血を失った事と傷負ったせいだ。
(あいつの脳が言ってる。同じ人間同士……なら。助かる可能性、ある……って。な、なにより……)
ドッペルゲンガーは、不確定ではあるけど。彼の脳から教えられた。
"今日はよぉ、可愛い系女の子が良いなぁ。今日はそんな気分だぜぃ"
正直、何のことか解らない。しかし、脳の言葉に従うままに変化した結果……ドッペルゲンガーの身体は今の幼い子供の様な体になってしまった。
……もしかしたら彼は、かなりのスケベな男だったのかも知れない。
それはさておき。ドッペルゲンガーは……。
「我が信徒達、少し、ほんの少しだけ待って欲しい。信じ難い事だが……ほらご覧。あんな所に子供がいる」
白い修道衣服を着て、堀の深い顔付きで大柄な体格の老齢の男が渋く優しい声音で黒い修道衣服を着て、白い仮面を被った者達を呼び止めた。
「なんてこった。こんな所に子供が……しかも何一つ着ていないじゃないか」
「嘘でしょう? まだあの"悪行"の被害に合う子供がいるといるなんて」
あぁ、見付かってしまった。
だが、運が良いのだろうか? 敵意は感じられない。しかしドッペルゲンガーは激痛に苦しみながらも警戒を緩めはしない。
瀕死の状態だが、身に危険が襲えば、喉笛に噛み付く事は今のドッペルゲンガーでも出来るのだから。
「信徒達よ。ワタシは悲しい、とても悲しいよ。だからと言って此れに目を背けてはいけないよ? あの悪行……子供を魔物の囮に使う悪行は、まだ秘密裏に行われていたようだ」
ドッペルゲンガーが知る由もない事を言う老齢の男は人間に化けた魔物に気づかずに慈悲深い笑顔を見せながら、自身の修道衣服を脱いで着せて上げた。
「あぁお嬢さん、お嬢さん。ごめんなさいね、ワタシの身体は大きいからブカブカだ。さぁ、持ち上げるよ」
「……」
やはり人間は弱い。自分は魔物だと言うのに警戒心の欠片も無い事をする。老齢の男はドッペルゲンガーを胸に抱き寄せると、信徒達と言う者達に話し掛けた。
「信徒達。あぁ信徒達よ。まだ我が目的は済んではいない……けれどご覧の通り状況が変わった。我等は大迷宮の害に瀕した者は須らく救済をする。そう心に決めているね? それが、我がリィジオス教の教えだ」
「「はい、教祖様」」
「うむ。では教会に戻るとしよう、此の娘を今世から大迷宮の害に晒すわけにはいかないから。そうだね?」
「「 リィ・ジオス。我々は大迷宮から解放の為に尽力します」」
その言葉は全く理解は出来なかったが、ドッペルゲンガーは謎の人達に保護される事になった。助かるのなら、今はどうなったて良い。
(弱い人間、助けられる気に食わない。け、ど。利用する、生きて魔王、なる……為に)
そう、ドッペルゲンガーは魔王になる為の魔物の1体。故に人を利用する事にしたのだ……それが己の運命を大きく変える事を知る由も無いのであった。