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01 絵本の中の勇者様

 此の世界の勇者は元々はただの農民だった。……それは誰が言ったか知らないし真相は不明だけれど、その人は魔王が指揮する魔物によって世界が危機に瀕している事に嘆き……早急に魔王を倒さねばと決意をしたらしい。


 彼は年単位で鍛え上げ、圧倒的な力を有し……自らの命を犠牲にしながら魔王を倒す事に成功した。


 ーーーー此処までは、全世界に絵本として知れ渡るぐらいの有名で希望が溢れるステキなお話。さて、此処からはかなり暗い部分の話しをしなければならない……。


 何故なら、魔王は確かに倒されたが……奴は死んだ肉体が変質化し世界を揺らす程の大地震と共に魔王城の地下に超巨大な……後に"ダンジョン"と言われる大迷宮を生成したのだから。


 そこはダンジョンに蔓延る魔物同士が争い、次なる魔王を生み出す為の"蠱毒の壺"の様な恐るべき地。

 加えて、人の欲を刺激する"財宝"と言っても良い様なモノが数多く確認される。だからだろう、その甘い蜜を欲する為に人間はダンジョンに潜り……その多くは手酷い目に合い人生が脆く崩れていった。


「なぁドーナさんよぉ。どう言う事だ、俺等に賃金が払え無いって!!」

「し、仕方が無いだろう。お前達がロクな成果も上げずに損害だけを残して帰ってきたのが悪いんだ」

「そうなったのは、トーナさん!! あんたがマトモな資金を俺等にくれなかったのが悪いんだろうッ。あんな危険な場所にあんな資金でどう攻略しろと言うんだ!! 解ってるか? ダンジョンは猛獣すら簡単に殺しちまう位に獰猛な魔物が沢山居るんだぞ!!」


 言うまでもないけれど、ダンジョンには人を餌だと認識して平気で襲ってくる人の道理など理解しない魔物で蔓延っている。

 それだけじゃぁなく、慣れない地形の対応も必要だ。言ってしまえば決して楽に突破出来る場所では無いのだ。


 ……だが、今しがた数多くのガラの悪い男達に言い寄られているフォリッシュ・トーナと言われる貴族の男は、短絡的にダンジョンを活用をしてビジネスを行えば必ず儲かると思い立った。


 彼は貴族ではあるが、元々手掛けている事業が上手く行かず、没落寸前まで陥っていた。そんな所にダンジョンと言う危険と富を併せ持つモノが現れたのだ。

 フォリッシュは思う……活用しない手は無い、と。故に多くの人を集った。だが元々の事業が上手くいっていない為に資金は少なく雇えたのは多少は腕が有るゴロツキの類。


 彼等に渡す準備資金も心許ないままに、ダンジョンへ向かわせた。その結果が……向かわせた人の大半が大怪我を負い、何も持ち帰る事は出来なかったのだ。


「う、煩い煩い煩いッ。お前達が、お前達が強ければこうはならなかった。俺は悪く無い、お前等が全部悪いんだ!!」


 ……彼の様な者は多く居た。

 人の世界には決して未知の存在、ダンジョンを舐めて掛かり人生が詰んでしまう者が。もちろんフォリッシュもその内の1人で、今まさにその光景を此の貴族の娘の1人。ルシスは目撃してしまう。


「ふざけるなよ、没落寸前の貴族が。こうなったら、お前の屋敷にある者全てを奪ってやる!! 金も!! 物も!! お前が大切にしてる家族もなぁッ!!」

「な、何を言って……止め、あ゛!!」


 そこからは悲惨なモノだった。複数人のゴロツキ達は屋敷にある金目の物を全て奪い、あろう事か家族でさえも攫っていく……。


「へへッ。それともぉ、今此処で俺等の相手をするってのも良いなぁ。エヘ、エヘヘヘヘ……」

「止め、おい止めろ!! 何を言ってるんだ、家族に……か、かか、家族に手を出すグハァッ!!」

「るっせぇなぁッ、クソオヤジが!! 全部お前が撒いた種だろうが。俺等は一切悪く無い……全部お前が悪いんだ」


 ガシャン、ガヂャッ、パリン、パキキ、バヂッ!!!!


 色々な物が壊れる音が聴こえる、お皿や骨董品、絵画。他には椅子やテーブルまでも倒されていく……。


(あ、ぁ゛……な、ぇ? なに、これ……なんで? なんでお父様が踏まれている、の?)


 当時、5歳の彼女は理解が出来なかった。ただただ怖くて部屋の中の光景を黙って美しい銀色の背中まで伸びた髪と褐色色の肌を震わせて見ている事しか出来ない。

 本当に不安で不安で仕方が無いのだろう、首から掛けているイエローダイヤモンドをあしらったシルバーのロケットをギュッと握りしめた。


 そこに写っているのは、自分と2人の姉、そして父と母の家族写真が入っている。


「あぁぁ、そうだそうだ。もう2つほど教えておいてやる」

「ッ!?」

「1つ。俺等の他に仲間が既に此の屋敷のリビングにいる……お前のキレイな奥さんに"大切な話しがあるから家族全員をそこに呼べ"って言ってあるから集まっているだろうぜ?」


 その言葉はルシスは確かに聞いていた。けれど、彼女は多くの男に怯えながら連れられる父を見てしまい気になり、こうして覗き見をしてしまったのだ……。


「な、なんだと!? ワタシの家族に何をするつもりだ!!」

「慌てるなよ、ちゃぁんと教えてやる。囮だよ」

「…………は?」

「お前は没落寸前のお貴族様だから人道に外れた情報なんて入ってこないんだろう。ダンジョンは極めて危ない場所だ、だからよぉ危機的状況にあった時の為に……か弱い女子供を魔物に投げ捨てて自分だけ助かろうとする人で無しがいるって事をな」

「ちょ。おい、ま、待ってくれ話しが見えてこないぞ。意味が分からない。お前は何を言って……?」

「いや、お前は解りたくないだけだ。本当は解っている筈だぜ? お前等の家族は全員はすべからく、その人で無しに売る。俺等は都合良く其れ等を斡旋する組織を知ってるんだ。美人揃いだ高く買ってくれるだろうよ」

「や、止め……止めろぉ゛ッ!! ワタシの、ワタシの家族に手を出すんじゃぁ無ァァァ゛い」


 身の毛もよだつその会話も、ルシスは意味がわからなかった。けれど、唯一理解できた事は……。


 ドシューーッ!!


「ガゲッ。ァ゛!?」


 父が1人の男によって背中を剣で刺され断末魔を上げて殺された事だ。


「あ……。お、とぅ、さ…………ま?」


 余りの事にか細い声を上げ、ルシスは後退りをした直後。ドサッと後ろに転んでしまう。ーーーいま直ぐに逃げないと。でも、どこへ!? いや、その前に家族に知らせるのが先なんだろうか?

 ダメだ、頭が回らない決断出来ない。ルシスに出来る事はただ怯える事と少しずつあの部屋から這って遠ざかるだけ。


 ずっと這ったままなのは幼いながらも理解が出来た、だから必死に立ち上がり脚がもつれそうになりながら……ルシスは逃げた。静かに、静かに、静かに。


 恐怖で高鳴る心臓を直接抑え込む様に胸を押さえてゆっくりと。

 ……その結果、ルシスは家族が待っているリビングへと辿り着いた。近付くとさっき見聞きした光景が嘘だと思える様な賑やかな声が聴こえてくる。


「お母様、お父様はお客人と何を話しているのかしら?」

「さぁ。ワタクシも解らないのよ。でもきっと、直ぐに解る事だと思うわ」

「えへへへ〜、そうかなぁ。そうだよねぇ〜」


 ……知らないんだ、家族は。ルシスだけが知っている。あの部屋……父の部屋で起こった惨劇を。あのゴロツキ達が企てている事を。


「奥方様、娘様方。もう少しだけお時間を頂けますかねぇ……。もう少ししたら用件が終わると思いますんで」

「あら、そうですの? なら、皆……もう少し待ちましょうか。あ、その前にルシスを見付けてこないと。あの娘ったら何処かへ行ってしまったのよね」


 教えないと、教えないと……。リビングにはゴロツキ達の仲間の声が聞こえた。確実に彼奴等の仲間だ。でも、それでもルシスは入って全てを伝えなければならない。

 そう、幼かったルシスはそう思い込んだ……。だが、彼女が思ったのは。


(……お、お屋敷から出ないと。す、直ぐに街を守る兵士様方に伝えなきゃっ)


 外に出て助けを求める事。だからルシスは屋敷の外へと出ていった。誰にも悟られる事無く静かに。そこから兎に角走った、走った、走った!! 早く助けを呼ぶ為に……。




 ◆



 さぁ、話しは悲劇の時から随分と時が経った時代に切り替わる。


「……ン。あぁ、またあの夢をみるとは。私の心はまだ弱いままらしい」


 ルシス・トーナ。

 彼女は、あの悲劇から10年が経ち現在は15歳になった。彼女は少々古い部屋にある少し年季の入ったベッドから起き上がると……着ている寝間着から傍に置いてある衣服を着ていく。

 それは……此れから冒険にでも行くかの様な動き易さを重視した布製の衣服。でも胸部分には鉄製の胸当てがあるから、防御性は少々あると言っても良いだろう。


「ふっ。やれやれだ、あの夢を見る度に後悔ばかりしてしまうよ」


 当時、背中まで伸びていた美しい銀色の髪はバッサリと切り。今はショートボブに……線が細いとは言ってはいたが全体的にキレイな褐色の肌には薄っすらと筋肉が付いたその体は決して弱そうには見えない。


「小さい頃に読んだ"絵本の勇者様"はどうしていただろうねぇ。きっとあの時は危険を家族に伝えていた。若しくは圧倒的な力で彼奴等をねじ伏せたんだろうか」


 ルシスは傍に置いてある、過去にも身に着けていたロケットを開き家族写真を悲しげな瞳で見た。


 ……本当に今でも思い出してしまう。兵士達を呼びに戻った頃には亡骸となった父親以外誰もいず、酷く荒らされてしまっていた。

 そこからは……良く覚えていない。孤独になったルシスは孤児となり、いつの間にか孤児院に行くことになって。1人の女性に引き取られて今に至る。


 実際に耳にした訳じゃない。でもルシスには想像が出来てしまう。家族達が父親を殺された瞬間の反応と無慈悲にも連れ去られていく所を。


 自分一人だけ助かった、いや……万が一助けられた可能性があったのにも関わらず逃げてしまった。あぁ……なんと弱いのだろう。情けないのだろう。こんな事では……。


「勇者様の様にはなれない。危機的状態に颯爽と現れて光の速さで敵を屠る。美しもあるワタシの……いや、オレの憧れ。そう、オレは彼の者の様に美しく強くなる。出来うる限り、早く!!」


 だからルシスは戦う為に髪を切った。貴族の嗜みとして習っていたレイピアの扱いを鍛錬した、ダンジョンへ向かう為に。

 理由は……ゴロツキ達は、家族は"囮役"として売ると言っていた。だから逃げずに立ち向かうのだ。危険極まりないダンジョンへ。

 心の中に尊敬する"絵本の中の勇者様"を宿して。


 そんな事を思いながら、ルシスは窓の傍にあるソードラックから鞘に納められたレイピアを取り腰に携え、部屋から出ていった。そこから軽い足取りで一階へと降りていく。


 丁度降りきると……。


「あらあらまぁまぁ、おはようルシス。立派な装備を身に着けているわねぇ。あ、そう言えば……本格的に冒険者を始めるのは今日、だったかしら?」

「おはようございます、ヘラさん。はい、今日がその日です。漸く貴女様に今まで育てて頂いた恩を返せる時が来ました」

「ふふふ、そうね。貴女が何になろうが別にどうだって構わないんだけどね。私が掛けてあげた恩はたっぷりと返してちょうだい」

「はい、もちろんです」


  縦に長いBARの光景が目に入った。店内は朝であっても少々薄暗くて、良いお酒の香りがする。あと、今日は少し寒いのか暖炉に火が焚いてあって温かく感じる。それに……結構早い時間なのに、たった1人だけだが男性の老人客がカウンターに突っ伏していた。

 それらを感じながら、此のBARのマスターである女性がルシスに話し掛けた。


「必ず返します」

「えぇ、忘れないでちょうだいね」


 物腰柔らかくも、少々棘がある様に喋る彼女は栗色の髪をし、頭頂部の髪が跳ねたヘアスタイルをしている。

  年齢は60歳だが、それを感じさせない程に身体つきがグラマーな女性。名前をヘラ・メータルティンという。常に目を瞑っているような糸目をした、何処か掴み所のない雰囲気を放つ人だ。


 もう先に言ってしまうが、彼女が孤児院からルシスを引き取ったのは……補助金が貰えるからである。この世界はダンジョンが出来てしまった影響でルシスの様な孤児が多く出てしまった。故に国側が処置した対応策である。


「さぁ、行くのなら早くお行きなさい。成人した貴女には何の世話をする義理は無いんですよ?」

「はい、今まで育ててくださりありがとうございました」


 ヘラは「フフフ」と微笑みながらルシスに向かって手を振った。それに深い礼で返したルシスは足早にBARから出ていこうとする。


「……ンぁ。酒、酒がねぇ……ヒック。ヘラ、ヘラよ〜。酒、ワシにぃ酒持って来いよぉぅ」 


 背中まで伸ばした白髪で白い口髭を蓄えた皺だらけの老人が手を震わせながら空になったグラスをジッと覗き込むのが目に入った。

 ……ルシスはこの老人の事はよく知っている、此のBARの常連客で殆どの日を此処で暮らしている不思議な客だ。手には古めかしい黒いシミだらけの杖を持っているし、何処か妙な雰囲気を感じてしまう。


(……まぁ、気にする事は無い、か)


 ルシスはそう思い、改めてBARを出た。その瞬間に聴こえるのは賑やかな喧騒である。そして直ぐに発展した木造建築の街並みが写る。

 鼻腔を擽るのは香ばしいスパイスの香り、聴こえるのは喧騒の合間を縫うように聞こえる鉄を叩く音だ。


 そんな街並みを行くのは、ルシスの様に冒険に行く為の装備を着ている者や、此の街で平穏に暮らす一般的な衣服を身に纏う人々だ。


「ん。今日は少し冷える……手早くダンジョンへ行こう」


 ルシスが住む此の街は、かつては魔王城があった場所であり、その地下に広大なダンジョンが有る、通称"迷宮街ラビリシア"

 ダンジョンで得られる財を目的として商売をする者や、冒険者になる者が多く訪れている此の街を歩いていくルシスは、真っ直ぐとダンジョンがある方向へ寒さを感じ白い息を吐きながらと向かっていく。


 そこは元々は魔王城であったが、此の世界の国が協力しあって立てられた砦の様な堅牢な建物、冒険者ギルド。


(必ずお母様とお姉様達を助ける、その為にオレはダンジョンへ挑むんだ)


 ルシスの気持ちは熱く、決意は燃え盛っていた。……彼女は此のダンジョンで"絵本の中の勇者様"を心に宿す。


 そして、ルシス・トーナはいずれ……。此の世界の主人公になる、その為の第一歩が今始まった。


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