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秋晴れのレーディアル城。魔術大会が開かれる魔術師団の演習場は、異様な程の熱気に包まれていた。
「本当にたくさんの人がいらっしゃるのですね、クララ様」
「ええ、すごいでしょ。特に市民にとっては大掛かりな魔術を間近で見れる貴重な機会なので人気なの。トーナメント後半ともなれば、凄い倍率らしいわよ」
「そうなんですね。わぁっ! すごい閃光ですっ!」
「光の魔術ね。私達が護身用にしている何倍もの魔力が使われているわ」
大きな演習場の周りはぐるりと階段状の観客席があり、多くの市民が駆けつけている。
一方私達がいるのは、観客席の上部にある貴賓席の、さらに上の王族専用の席だ。高い位置にあるからか、広い演習場も一望できる。数カ所に分かれて進んでいる戦いも、全て見渡せた。
「あら! あれはベルナール様ですね。やっぱりお強いですわ。なんならお相手の方が少し可哀想なくらいです」
「まあ、あそこまで一瞬でやられるとね……でも、魔術の腕は生まれ持った魔力量も関わるから。ああいう強い相手ならば、善戦しただけでもちゃんと評価されるわ」
歴戦の魔術師達の中でもベルナールの強さは異様ささえ放っている。すでにトーナメントも終盤。残っている魔術師達は精鋭ばかり。にも関わらず、まるで赤子をひねるように彼らをねじ伏せるベルナールは、いっそ恐怖すら覚える強さだった。
そうしてベルナールは順当に決勝まですすむ。いや、決勝すらもあっという間だった。最後は昨年優勝の遊撃隊長との戦いとなったが、彼をもベルナールは圧倒する。
「勝者。副団長ベルナール・プレスティア!」
あまりにもあっけない戦いに、慌てて司会者が彼の名前を読み上げる。ところが会場から降ってきたのは拍手ではなく、困惑のざわめきだった。
「ど、どうしたのでしょう? ベルナール様が優勝なんですよね」
「ええ……けど彼があまりにも強かったから、みんな呆気にとられているのかしら……」
パチ、パチという拍手は聞こえる。しかし同時に
「誰だ彼は?」
「何なんだあの強さは?」
という、困惑の声があちこちでこだまする。貴賓席のほうからは
「いきなり副団長になるくらいだから、陛下に贔屓されてるんだろう。優勝も仕込みでは?」
という失礼な声さえも聞こえてきた。
「どうしましょう、クララ様? 表彰は私から、と聞いてますがこの状況では……」
「流石に無理よねぇ……」
このままベルナールを表彰しても、騒ぎは収まらないだろう。かといってどうすれば……そう思っていると、ここまで黙って私達の隣で試合を見ていた兄様が急に動き出した。
「へ、陛下? どうされたのですか」
「いや、ちょっと考えがあってな。ほのかはここで待っていてくれ」
そう言うと陛下はパチリと指をならして、フワッと身を浮かす。貴賓席までショートカットした陛下は、そこから悠然と歩いて、演習場に降り立つ。周りでは護衛の騎士、魔術師達が大慌てをしていた。
「「「「「陛下」」」」」
突然演習場に降り立った国王の姿に、魔術師達が慌てて膝をつく。彼らを見回すと陛下は
「突然すまない。みな顔をあげなさい。今日はみな素晴らしい戦いぶりだった。今後も鍛錬に励み、国を守ってほしい」
力強い返事が帰ってきたところで、陛下は一つ頷き、それからベルナールへと視線を向けた。
「してベルナール。そなたは近頃我が妹、クララに熱心に求婚しているそうだな」
「はい! 恐れながら私ベルナールはクララ王女殿下をお慕いしております」
国王の強い眼差しにも負けず、即答するベルナール。彼の言葉に演習場と観客席がどよめく。
「そうか。そなたは確かに類稀なる魔術師で、性格も家格も王女の夫として申し分ない。私としてそなたの求婚を止める理由もない……だが」
狩りをする獣のような目線の兄様に、会場中の視線が注がれた。
「だが、気に入らんものは気に入らんな。そう簡単にクララは渡せん。ーーせめて私を倒してからでないと! ベルナール、延長線だ。私の相手をせよ」
そう言うと陛下はいつの間にか手にしていた金糸の刺繍が入ったローブをひょいと羽織る。それは、限られた人しか知らない、魔術師としての兄様の姿だった。
突然始まった延長線。しかし普段はまず見れない国王の魔術師のとしての姿に観客は熱狂し、歓声を上げる。
一方の私は、思わず兄様に向けて叫んでいた。
「に、兄様! 何を言ってるの! 兄様に勝てる人なんているわけないでしょ!」
「あの……クララ様? 陛下が優秀な魔術師なのは知ってましたが……そんなにですか?」
「えぇそれはもう……魔力量が違うもの。結婚式を思い出して? 個人で召喚魔法を使う人なんて聞いたことないわ」
「あっ、そういえば……」
兄様は以前、ほのか様の結婚式の際に彼女の両親を、一時的にだけど、こちらの世界に召喚している。本来神のみぞ使う召喚魔法は、理論上使用可能でも、あまりにも必要な魔力が多いのと、繊細な魔力の調節が必要なせいで、使える人はほぼいない。少なくとも今、この国で使えるのは兄様だけだろう。私もほのか様に話を聞いた時、驚きのあまり卒倒しそうになった。
そんな話をする間にも、二人の試合の準備は進む。念の為に会場の結界が強化され、二人は真ん中の試合会場で、互いに細身の剣を向けあった。
「それでは、国王陛下と副団長ベルナール・プレスティアの試合を始める。ルールは本戦と同様。ではーーはじめ!」
掛け声と共に、二人は互いに空に向けて指をパチンと鳴らし、それから地面を蹴った。
刹那、キーンと高い音がして、二人の剣閃が交わる。それだけ見れば騎士の戦いのよう。しかし違うのはベルナールは剣は氷を、陛下の剣は炎を纏っていることだ。
この国の魔術師は、多くが片手剣に魔術を付与し、同時にいくつかの魔術を展開しながら戦う。魔術大会もその戦い方を基本にしており、先に膝をつくか、武器から手を離した者が負けだ。
二人に視線を戻すと、ベルナールがパチンと指を弾き、氷の刃をいくつも陛下に向けて放ったところだった。
「陛下とはいえ、容赦はいたしませんよ!」
「望むところだ! 大体そなたは昔からそうであったろう」
陛下はそう言って、炎の盾を展開する。氷の刃はあっという間に溶け落ち、煙が立ち込める。と、その間から今度は陛下が火球をいくつも放った。
ベルナールを襲う火の粉。しかし彼は冷静に雪を纏った風を起こし、火球をはたき起こす。
片手は互いに剣をさばき、もう片手は次々に魔法を打ち込む。一進一退の勝負を続ける二人だが、先に動きが鈍ったのはベルナールの方だった。
「クララ様? ベルナール様のご様子が……」
「魔力の差ね。兄様の魔術を受け止めているんだもの。魔力も尽きてくるわ」
剣に業火をまとわせ、打ち込む陛下。ベルナールも負けじと凍った刀身で受け止めるが、じりりじりりと後退していく。そしてついに、ベルナールの身を陛下の打つ火球が襲った。
「ベルナール!」
悲鳴を上げる私。しかしベルナールは既のところで火球をかわす。しかし艷やかだったはずのローブはところどころ焦げている。
明らかに辛そうな表情で陛下の剣を受けるベルナール。そんな彼に私はいつの間にか立ち上がり、席から身を乗り出していた。
「ベルナール! 何をやっているの! 負けちゃ駄目よ、勝ちなさい!」
いっそ傲慢な程の言葉。でも次の瞬間、ベルナールがニカッと笑った気がした。
そして、彼は何を思ったか、突然陛下の懐へと剣を振りかぶって突っ込む。突然の捨て身にちかい攻撃に兄様も驚いたのだろう。もちろん兄様はベルナールの剣を避けるが、若干の隙が生まれた。
その隙にベルナールが、地面に向け氷魔法を展開する。またたく間に陛下の足元が凍りついた。
「クッ。まだそんな力が……」
そう言いつつ、炎の魔法を展開して、氷を溶かす陛下。が陛下が指を弾いた一瞬、ベルナールが至近距離で打ち込んだ氷塊が、兄様が持つ剣を撃ち抜いた。
カーン
いっそ気持ち良いほどの音が響き、吹っ飛んだ剣はそのまま結界に深々とささる。次の瞬間、会場が恐ろしいほどに静まり返り、そして湧き上がった。
「勝負あり! 勝者、副団長ベルナール・プレスティア」
司会の宣言に、今度こそ歓声と拍手が響く。国王に勝つ、という大金星に会場中が沸き立つ中、私は一人へにゃりとその場に座り込み、唖然と呟いた。
「勝った……ベルナール……陛下に勝っちゃった……」
「大丈夫ですか? クララ様?」
声をかけてくれるのはほのか様。さっきまで夫が死闘を繰り広げていたのに、もう平然としている。こう見えて、芯の強いほのか様らしかった。
「え、えぇ。大丈夫よ。ちょっと腰が抜けただけ」
彼女の手を借りて立ち上がる。会場に視線をやると、魔力切れで息も絶え絶えな様子のベルナールが兄様に手を差し出されているところだった。
「ベルナール。素晴らしい戦いぶりだった。私の負けだ。今後も鍛錬に励み、この国一の魔術師であり続けるように」
兄様はそう言いつつ、ベルナールの右手を力強く握ると、それからパチンと指を弾く。と思うと、兄様の体はふわりと浮いて、そのまま私達のいるところまで戻り、何事もなかったように、悠然と会場を見下ろす。
負けはしたものの、魔術師としての格の違いを見せつけた兄様に、また会場は一段と沸き立つのだった。