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「……そんなことがあったんですね。それで、クララ様はどうなさるのですか」
「……まだ決めてないわ……」
私は俯きつつ答える。もっとも決めていない、というのは答えのようなもの。ほのか様も承知のようだった。
「重ね重ね余計なお世話かもしれませんが、やはりクララ様はベルナール様を憎からず思っていらっしゃるのではありませんか?」
私にそんなことを直接言えるのはほのか様と兄様ぐらいだろう。だからこそほのか様も敢えて口にしたのかもしれない。
重い沈黙のあと、私はゆっくりと首を縦に振った。
「そうよ……ええ、そうよほのか様。昔っから好きだったわ。でも駄目なの……ベルナールだけは。だから駄目なのよ」
「駄目、というのは? ベルナール様は実力も身分もクララ様が降嫁するのに問題ないですよね」
「えぇ。だからこれは私の問題だわ」
追求を緩める気はないらしいほのか様に、私は天井を仰いだ。
「私は王女よ。今は王族が少ないから、私は降嫁した後も元王族としての振る舞いが期待される。それは私の夫もそう。元王女の夫、という看板は大きいし、私の夫になる人はそれに沿った働きが求められるわ」
「確かにそうかも知れませんね。でもそれはベルナール様以外も……」
「ベルナールは特別なのよ! 彼といると彼の全てを独占したくなる。彼の言葉も笑顔も、彼の隣にいる権利も全部! でも駄目なの!」
思わず声が大きくなり、広い部屋にこだまする。
「駄目なの……私は王女だから。私の夫になれば、社交界でも注目を浴びるし、この前みたいに国賓をもてなさないといけない場合もある。そのたびに醜い嫉妬に駆られていては王女失格ーー」
「クララ様は独りよがりですわ!」
私の言葉を、ほのか様が遮った。普段の彼女ならまずしない行動に私はビクッと跳ね上がる。けどほのか様は話すのをやめなかった。
「王族には王族の責務があることも、多少は理解出来るようになりました。でも……陛下がいますし、未熟ですが私もいます。それに私達を支えてくれる人たちもいっぱい。みんな、クララ様が夫になる人に可愛らしい独占欲を持ったって怒らないと思いますし、それで潰れる国でもないと思います」
「そ、それは……」
ほのか様の言葉に私は、口ごもる。そんな私にほのか様はどこか遠くを見るような顔をして、それから今までに見たことがないほど、真剣な表情になった。
「好きな人に好きって言えるのって、とっても貴重ですよ、クララ様」
「……!」
続く言葉に私は思わず息を呑む。今は幸せそうなほのか様だが、元の世界では病気がちで、早くに亡くなってしまったらしい。彼女に恋人がいたかは知らないが、家族、友人……気持ちを伝えたくても伝えられない相手はいるだろう。
「本当に差し出がましいことを言いました。……でも私はクララ様に後悔はしてほしくないんです。では」
そう言ってほのか様は、一礼して部屋から出ていく。残された私の頭の中で、先程のほのか様の言葉が何度も鳴り響いていた。