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「……というわけで、この魔道具を地面に当てると強烈な光が放たれます。お試しください」
「わかりました。えぃっ」
夕暮れの中庭にほのか様の可愛らしい掛け声と、球状の魔道具が風を切る音が響く。と、魔道具が地面に落ちた瞬間、まばゆい光があたりを包んだ。
「きゃっ! 本当にすごい光ですね。これなら目眩ましもできそうです」
「えぇ、ただの光ですが、相手をひるませることは出来るでしょう……」
落ち着いた声音で、理路整然と魔道具の解説をするベルナールにほのか様が神妙に頷く。魔術を教える術も勉強してきた、というのは本当のようで、昔彼に魔術を習ったときよりも、さらにわかりやすい。ベルナールの姿はどこか理知的で、不覚にも鼓動が早くなった。
「王女殿下でしたら、魔道具なしでもこういった魔術はお使いになれるはずですね。今お見せいただくことは?」
「へ? あ……ごめんなさい。光の魔術よね、もちろん出来るわ」
突然話を振られ動揺する。それでもなんとかすぐ冷静になれた私は、右手を空に向けて挙げ、パチンと指を弾いた。
と、同時に私の周りを先程と同じような強い光が包む。ほのか様が使ったの同じ、目くらましの魔術だ。なんだかんだ命を狙われる時もある王族にとっては、幼い頃から親しんでいる護身術でもある。
しばらくして光が消えると、ベルナールは「ふむ」と頷き、そして私の方を向いて微笑んだ。
「さすが王女殿下です。明るさも持続時間も完璧でしょう。私が向こうへ行く前よりもさらに上達されましたね」
「そりゃあ、3年も経ったんだもの、当然よ」
ベルナールに手放しで褒められるのは気恥ずかしく、思わず口調が冷たくなってまう。慌ててベルナールの顔色を伺うが、彼の方は特段気にもとめていないようだった。
「時間が経ったからこそ、下手になることもあります。王女殿下がきちんと努力なさったからかと。さて、ほのか様。それではこの魔道具の使用条件についてもう少し解説しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
完全に教師モードのベルナールは私の憎まれ口もさらりと流し、続きに戻る。それはそれでなんだかモヤッとした。
「さて、そろそろ陽も落ちてきましたね。今日はここまでにしましょう。次の講義の最初に光魔術についてお尋ねしますので、復習をお忘れなきようお願いします」
「はい、ベルナールさん!」
ほのか様が元気よく返事をし、思わずといったようにベルナールが笑みを零す。
では、帰りましょうか? とベルナールが切り出したところで、
「ちょうど終わったところか?」
という声と共に、大きな影が私達を覆った。
「陛下!? どうされたのですか?」
「いや、執務が早く終わってな。せっかくだから迎えにきた」
「そんな、わざわざ……でも嬉しいですわ!」
予想外の陛下の登場にほのか様は満面の笑みを浮かべる。ほのか様の腰に陛下が当然のように手を回したところで、ベルナールが私のほうへ声をかけた。
「王女殿下。もしよろしければ少しお時間を頂戴したいのですが……いかがでしょう?」
「時間? はあるけど……どうしたの?」
私は目を瞬く。するとベルナールは私の方に近寄り、そっと耳打ちをした。
「せっかくの機会です。陛下とほのか様にデートの時間を作って差し上げたいと思いまして」
怪しまれないようにか、ベルナールはすぐに離れる。一方私は彼の言葉に「なるほど……」と一人小さく呟いた。
夫婦になって数ヶ月、まだまだ新婚の兄様とほのか様だが、夜以外に二人で過ごせる時間は少ない。なんなら夜だって多忙な兄様はなかなかほのか様の元へ戻れない日があるらしいのだ
そう考えれば、例え城の中庭だろうがデートの良い機会。私はベルナールと2人で帰ることになるが、城内だし、侍女や従僕も控えているから問題ないだろう。そうとっさに判断する。
「だそうです。時間もありますからベルナールの話とやらを聞いてから戻ることにしますわ。どうぞ兄様はお先に」
私の言葉を聞いて、ベルナールと2人になる、ということに一瞬ためらった兄様。しかし、結局私と同じ判断になったのだろう。周りの侍女や従僕を見回してから、
「そうか。ではベルナール、あまり長くはひきとめないように」
とやや厳しい表情で言い、それからほのか様と城へ向けて歩いていった。
2人が去って、辺りは急に静かになる。高い城の建物の間から、秋めいた風がビューッと吹き込んで
私は思わず身震いをした。
「どうぞ、こちらを」
と、私にベルナールが何かをかけてくれる。肌触りの良い飴色のそれは、彼の魔術師ローブだった。
「良いの? ローブは魔術師の象徴でしょう?」
「お引き止めしたのは私ですから。王女殿下がお風邪でも召されたら大変です。それにローブがなくても魔術は使えますからね」
そう言うとベルナールは、さっき私がしたように腕を突き上げてパチン、指を鳴らす。
と、ふわふわしたなにかに辺り一帯が包まれ、急に風を感じなくなった。
「ルーヴェッフェンでは一般的な、結界術の一種です。音や光はそのままに、風だけを遮断するので防寒には最適なのです」
「あら、便利なのね。でもならなおさらローブは……」
実際寒さはかなり和らいだ、とローブを返そうとする私だが、ベルナールは首を振って受け取らなかった。
「完全に寒さを凌げるわけでもありませんから、どうぞローブはそのまま。それよりも少しお見せし魔術があるのです」
ベルナールはそっと私の手をとり、近くにあった大きな木の下へ向かう。そこは侍女たちが持つランプの明かりで、ようやくベルナールの表情が判別出来るかどうか、というほどには薄暗かった。
「どうしたの? こんな場所へ」
突然薄暗い場所へ連れられ私は思わず眉をひそめる。護衛を兼ねる従僕たちの視線も厳しい。が、ベルナールは気にする様子もなく、私に微笑んだ。
「これは失礼。ですが、多少暗くないと意味のない魔法ですので……それではどうぞ!」
ベルナールは、またパチリと指を鳴らす。すると、私の足元に光の玉が現れ、パチパチという音を立てながら淡い光のシャワーを放ちだした。
「まあ……綺麗。これは?」
「先程の護身術を応用した魔術です。ほのか様の故郷には花火、というものがあるのだとか。それを再現してみました」
「花火……私も聞いたことはあるわ。確か炎に色をつける技術を使うのよね」
「ええ。この世界では聞かない技術ですので、代わりに魔術を。色も変えることが出来ます」
そう言うとベルナールはまたパチンと指を鳴らす。すると今度は、さっきと同じような光の玉がいくつも足元を漂い出す。違うのはそれぞれが赤や青などいろいろな色の光のシャワーを放っていることだった。
「本当に綺麗ね、とっても素敵だわ。……でもこんな綺麗な魔術、私が独り占めしても良いのかしら? 特にほのか様なんて喜ぶでしょう……」
花火はほのか様にとって大切な思い出の一つらしかった。せっかくなら彼女にも見せてあげたい、と言う私に、ベルナールは思わせぶりな表情を作ってみせた。
「もちろん、彼女にもご覧いただきます。ですがせっかくでしたら好いた男からのプレゼントの方が嬉しいでしょう? ーーちゃんと陛下にもお伝えしておりますよ」
「まあ! じゃあきっと……」
「えぇ、今夜にでも……」
陛下の腕の中、幻想的な魔術を見て目を輝かせるほのか様と、彼女に甘く微笑む陛下。そのまま二人の距離は重なりーー
そんな場面を想像して、私は思わず顔をニヤけさせた。
「どうされましたか? 王女殿下?」
「な、何でもないわ。ーーところでこうしているとなんだか昔を思い出すわね」
やましい想像をかき消すように、私は自分の子供時代を思い出す。よく魔術の練習に付き合ってくれたベルナールは、いろいろな魔術を見せてくれた。
声を変える魔術で、嫌な先生の声真似をして笑わせてくれたこともあれば、突然辺り一面を花畑にしてくれたこともある。どれも今思えば良い思い出だ。
「確かに懐かしいですね。あの頃の王女殿下は魔術の練習がお嫌いのようでしたから……少しでも殿下に笑っていただこうと、必死でした」
「ふふっ、余計な世話をかけたわね。でも私だって必死だったのよ。王女たるもの魔術が苦手、なんて言ってられないから」
「ですから王女殿下は真面目すぎるのですよ」
「……昔もそんなことをあなたに言われたわ」
昔話をしながら、二人して小さな光のショーに見入る。結局、ディナーの時間が近づくまで私達はこうしていたのだった。