【29】迅雷
「なんて、格好付けてみても……俺が厄災にビビってた事実は変わらないんだけどな」
ユランは自重気味にため息を吐くが、その瞳には、確かに闘志が蘇っていた。
「だ、誰だアレは? アリエス様に伴われて来た様だが……少年ではないか」
貴族の一人は、現れた援軍らしき人物がたった一人で、それも少年であった事に落胆の色を滲ませ、呟く。
「おお! ユランくんではないか!」
ユランの出現に、アーネストが弾んだ声を上げた。
神人のユランは、この場を打開するには最適の人間だと言って良い。
ユランが神人である事を知るアーネストは、その出現に喜びの声を上げた。
「ユラン……神人の?」
アーネストの言葉に、最初に反応したのはジェミニだ。
ジェミニとユランは、直接会った事はないが、ジェミニとて王族──
神人の名前くらいは把握している。
「神人! 神人だって!?」
「や、やった! その話が本当なら、何とかなるかもしれないぞ!」
ユランの事を知らぬ貴族たちも、ジェミニの発した言葉の真偽など度外視で、神人の出現に沸いた。
と言うよりも、極限まで追い詰められた貴族たちの、『本物の神人だと信じたい心』が、貴族たちにの疑う心を押さえ付けたのだ。
「神人……。確かなのか?」
その中でも、クロノスだけは半信半疑と言った顔をするが──
「確かだよ、叔父さん。彼はボクの神人くんなんだ」
と、嬉しそうに語るアリエス言葉を受け、クロノスも信じる事にした様だ。
僅かに頬を朱色に染め、見たことのない笑顔を見せるアリエスを見て、アーネストは、
「……ほう」
と、口端を吊り上げ、ニヤリと邪な笑みを浮かべた。
「アリエスの婿に良いかもしれん……。神人が完全に手に入るぞ……。ふふ」
誰にも聞こえない様な小さな声で、アーネストは呟く。
いや、近くにいたジェミニには聞こえていたらしく──
この期に及んで、そんな事を考えているアーネストに、心底軽蔑した目線を向けていた。
「神人殿……どうかご助力願いたい。敵は強大だが……神人殿のご助力が叶うなら、討伐できるやも」
クロノスはユランに懇願し、頭を下げるが──
「その必要はありません。俺一人で十分ですよ。と言うよりも……アレらは〝俺の獲物〟なので、手を出されも困りますね」
ユランはにべもなく、クロノスの提案を拒否した。
「馬鹿な!? いくら神人とはいえ、この数を相手に無謀すぎる! アレはとてつもない強者なんだぞ!」
貴族の一人が、そんな事を叫ぶ。
ユランは神人だとしても14歳の少年だ。
その発言に礼儀など感じられない。
『な、何だが妙な展開になってるけど……。誰が来ようと、こちらが有利な事に変わりないさ』
ユランの殺気に気圧された事を必死に誤魔化そうとしているのか、上位の魔王はおどけた様に言うが、その表情は硬い。
余裕の笑顔を作ろうと努力するが、表情筋が固まってしまい、半笑いの間の抜けた表情になっている。
「さて、あまり時間もないし……始めようか」
ユランはそう言うと、右手を聖剣に──
左手でサブウェポンを逆手で引き抜くと、柄の部分をくるりと回転させ順手に持ち替える。
その動作の間に、大広間全体の様子を伺う事も忘れない。
ユランがざっと見た感じでは、ケガ人は一人もいない様だ。
相手が舐めて掛かり、攻撃を仕掛けなかったのが幸いした……。
上位の魔王が本気で戦っていれば、ユランの登場を待たずに、ここに集まった面々は全滅していただろう。
『ひ、一人で全員を相手にする気? 俺らを完全に舐めてんな、お前……』
上位の魔王は声を低くし、ユランを威圧しようとするが──
しどろもどろになりながらの言葉であるため、威圧感など与えられない。
「舐めてないさ。最初から全力だ」
『抜剣レベル4── 『迅雷』を発動──使用可能時間は40分──使用可能回数は──2回です──カウント開始』
「2回か……不運だな。それでもまあ、この程度の相手なら十分かな」
ユランは『抜剣』を発動させると、腰を低くして戦闘体制を取った。
*
ユランのレベル4『迅雷』は、制限時間とは別に、使用回数も定められている。
『迅雷』の使用回数は、『抜剣』発動時に1〜5回までの回数でランダムに決定され、使用できる回数は『抜剣』使用の度に異なる。
制限時間は40分で固定されており、仮に制限時間内に『迅雷』を使い切ったとしても、『抜剣』は解除されず、身体強化などの恩恵は継続する。
*
ユランは構えを取ったまま、両目を閉じると──
『迅雷』
と唱える。
その瞬間──
ユランの周辺に、灰色のモヤの様なものが漂い始め──
ゴロゴロ──……
ゴロ──ゴロロ──……
腹の底に響く様な、とてつもない轟音が鳴る。
例えるなら、怪物の咽喉なりの様な──
巨竜の咆哮の様な──
そんな音だ……。
そして、その轟音と共に、ユランの身体全体が電流を帯び、バチバチと火花を散らす。
「……」
周囲の者たちは、ユランの次の動きをジッと観察するが、ユランは目を閉じたままでその場を動かない。
次第にユランを取り巻く電流が強くなり、目視できるほどに雷を形成していく。
──エネルギーをチャージしているのだ。
『な、何だかわからないけど……アレはヤバい! お、お前たち──アレを止めろ!!』
上位の魔王が焦った様に叫び、周りにいた魔貴族や魔王に指示を出す。
魔貴族や魔王たちは、指示を受けて慌てて動き出すが──
得体の知れない技に、自ら飛び込むのを嫌がり、急いで眷属を召喚してユランに向けて攻撃するよう指示した。
数秒も待たずに召喚された眷属──魔物たちは、主人の指示を受けてがむしゃらに突進して行く。
その数、ざっと見積もっても50体以上……
巨大な面積を持つ大広間の、5分の1ほどを埋め尽くす数だ。
その数の魔物たちが、津波の様に猛烈な勢いでユランに迫る。
たが、ユランは目を閉じたまま微動だにせず……構えも解かない。
「神人くん!」
アリエスがユランの危機を伝えるため、叫ぶが──
ピッ──
ゴォォォォガウンッ!!!!
灰色のモヤ──灰雲から、一瞬、稲光が走ったかと思えば──
アリエスの叫びを掻き消すほどに、耳をつんざく爆音が大広間に轟いた。
目視などできない。
何かが一瞬だけ光っただけとしか……。
瞬きも許さぬ一瞬の間に、50体の魔物は黒焦げになり、跡形もなく消滅した。
これは、『迅雷』の効果の一つ──近付く者を滅殺する『神の雷』だ。
何者も、雷神の行手を阻む事は出来ない。
しかし、『迅雷』の本質は『神の雷』などではなかった。
それは──
きっちり10秒のチャージの後、ユランはゆっくりと両目を見開き──
『一閃』
その言葉と共に、ユランの身体にチャージされていた電流が爆発し、ユランは雷そのものと化した。
目にも留まらぬ速さ──
まさに光だ──
それを目にしたときには、もう手遅れ──
なす術もなく──
抗えるはずなどなく──
そこに集った『魔貴族10体』──
そして、『2体の魔王』──
それらが、雷に触れた瞬間、まるで、蒸発する様に──
チリとなって消え失せた。
『ごふっ──……』
その中にあって、上位の魔王だけが身体の大半を失いつつも、辛うじて生きていた。
「……防壁を張っていたのか。少し手元が狂ったな。使い慣れてないとこれだ」
『迅雷一閃』の勢いを殺すため、空中に高く飛び上がっていたユランは、その〝失敗〟に自嘲気味にため息を吐く。
バリンッ!!
そんなとき、ユランが握っていたサブウェポンの刃の部分が、音を立てて砕け散った。
これは、『迅雷一閃』の弊害──強力な一撃に武器が耐えきれず、自己崩壊したのだ。
ポイッ──
ユランは柄だけになったサブウェポンを無造作に投げ捨てると、懐から小さな玉の様なものを取り出し──
『解放』
『解放』の神聖術を使い、玉に封印されていたサブウェポンを取り出した。
この玉は、封印玉というアイテムで、任意の物(1メートル四方程度の物)を一つだけ収納できる。
しかし、『解放』するためには専用の神聖術が必要な上、封印玉一つ一つが高価なため、便利だが使う人間は少ないと言う代物だ。
サブウェポンを『解放』したユランは、空中に飛び上がったままで再び目を閉じ──
『迅雷』
チャージを開始する。
すでに上位の魔王は瀕死の状態で、『迅雷一閃』を使わずとも苦もなく討伐できるだろう。
しかし──
(手は抜かない。情けはかけない。魔族にはそんな価値もない)
ユランは、残りの1回の『迅雷』を容赦なく発動した。
ユランがチャージを始めると、霧散して掻き消えていた灰雲が、再びユランの周りに漂い──
ユランの落下速度が急速に落ち、フワフワと宙に浮いた状態になる。
足場もないのに、空中に立っている様だ。
『ぐ……ぞう……。俺はこんな事じゃ……じなない……』
高位の魔王は、身体の大半を失いながらも、『空間魔術』を使って後方に時空の扉を出現させる。
今更、新しい魔族でも召喚するつもりか……
いや、上位の魔王は、その扉を通って逃走するつもりなのだ。
『ご……んな……ばけもの……きいでな……い……』
まさに息も絶え絶えと言った様子だが、相手は魔族──逃してしまえば、いずれ再生し、再び人間に牙を向くかも知れない……。
「奴が逃げるぞ!」
ユランの戦いを傍観していた一人、クロノスがそんな考えから、叫び瀕死の状態の上位の魔王に追撃をかけようとする。
が──
パリリッ──
灰雲から、目に見えないほど極小の電撃が発せられ、逃走しようと動き出した上位の魔王に直撃する。
『が……がらだが……』
電撃を浴びた影響で、上位の魔王の身体が麻痺し、硬直して動けなくなる。
これも『迅雷』の効果の一つ。
逃走しようとする者の動きを止める『雷の楔』だ。
『雷の楔』は、『一閃』の範囲内ならどこまでも届き、相手の動きを止める……回避不能の電撃である。
近くに寄れば『神の雷』で身体を焼かれ、離れようとすれば『雷の楔』で動きを止められる……。
『迅雷』に相対した者は、雷神の怒りをその身に受け──なす術もなく敗れ去るのみ。
そして、上位の魔王は二度目の『迅雷一閃』をその身に受け、跡形もなく消滅するのだった。




