【28】雷の神人
『なかなか、面白い能力じゃないか。使い勝手は悪そうだけど』
上位の魔王が感心した様に、クロノスの能力に対してそんな感想を述べる。
どこまでも余裕の表情を崩さず、その顔には笑みすら浮かんでいる。
「腕が断てぬなら……!」
クロノスが次に狙うのは、腕よりも弱い部位──クロノスは、3本目の宝剣に指示を出した。
『──宝剣のⅢは左目を切断する──』
3本目の宝剣が独りでに動き出し、上位の魔王の左目を狙う。
左腕に続いて、左目を狙う……
左ばかり狙ってしまうのは、聖剣士の癖の様なものだ。
聖剣士の戦いは基本的に右手が聖剣、左手がサブウェポンを握るため、左側の身体操作は戦いの要となる。
左腕を落とせばサブウェポンを握れず、戦力は半減するし──
左目を潰せば、そちらが死角となり、戦いを優位に運ぶ事もできる。
まあ、魔族相手に、その攻め方はあまり意味を成さないのだが……
クロノスとしては、とにかく、片方でも封じて戦力を半減させたい一心だ。
ブゥン!
上位の魔王は、振り下ろされる宝剣の攻撃を避けようともしない。
あくまでも余裕の表情を崩さず、されるがままの状態だ。
宝剣の一撃が、上位の魔王の左目を捉え──
バギィ!!
刃が届く前に、障壁に阻まれ、粉々に砕け散った。
……残る宝剣は2本。
「速い……。もう防壁を展開したのか……。ならば!」
クロノスは、無駄に終わった攻撃に怯む事なく、立て続けに宝剣に指示を出す。
『──宝剣のIは防壁を切断する──』
1本目の宝剣が防壁を切断し、そして──
『──宝剣のⅣは左目を切断する──』
4本目にも即座に指示を出す。
だが、それだけでは終わらない。
クロノスは4本目の動きに合わせて、サブウェポンを突き出し──
右目を狙った。
──ザンッ!
──バギィ!!
二つの同時攻撃がもたらした結果は、まさに対極……
4本目の宝剣の攻撃は、上位の魔王の左目を難なく切断し──
右目を攻撃したサブウェポンは、右目を貫く事が出来ず、柄の部分だけを残して粉々に砕け散った……。
「やはり、強すぎる相手だ……。防御力も普通じゃない」
左目を切断された上位の魔王は──
左目を失ったと言うのに特に気に留める様子もなく、言った。
『こんなの、すぐに再生できるけど……せっかく頑張ったんだから、これはそのままにしておこうか?』
「無駄だ……。宝剣に斬られた部分は治療できん。防壁の様に新しく生み出せば別だかな」
『うん、それなら丁度良いね。さあ、次は何を見せてくれるのかな?』
上位の魔王が、ワクワクした様子でクロノスに向かってそう言った。
上位の魔王の左目こそ獲ったが、状況は絶望的だ。
上位の魔王の左目は再生されないが──
それは同時に、指定したものしか切断出来ない都合上、宝剣のⅣが無用の長物と化した事を意味する。
つまり、クロノスに残ったのは……
『防壁を切断』する、1本目の宝剣だけと言う事になる。
サブウェポンでの攻撃も、上位の魔王に擦り傷一つ付けられない……。
すでに勝負は決していた。
ギリィ──……
クロノスは忌々しげに歯を噛むと──
今だに地面にへたり込み、戦闘を傍観していたジェミニに視線を向け、叫んだ。
「ジェミニ! いつまでも呆けてないで、こっちに来て手伝え! コイツだけでも殺るぞ!」
やむを得ない。
クロノスの攻撃は通らずとも、ジェミニの『Over Drive』による一撃なら、防壁無しの生身なら貫けるはずだ。
防壁ならば、クロノスの宝剣がなんとか出来る。
しかし、その選択は同時に──
『一対一の約束を破ったね。それなら、ここからは総力戦だ。まあ、なんともつまらない結果に終わったね』
上位の魔王との〝約束〟を反故にする結果となる。
「あ、叔父上……。しかし……」
一度緊張の糸が切れてしまったジェミニは、完全に戦意喪失しており、へたり込んだまま動く事が出来ずにいた。
「終わりだ……。何もかも……」
貴族の一人が、震える声で呟く。
口に出してはいないが、大広間にいる全ての〝人間〟が、その事実を受け入れてしまう。
それは、今だに戦闘中のクロノスも同様だ。
「くっ……。ジェミニ!」
誰も動く事が出来ない中、アーネストだけがジェミニを護る様に前に出た。
『素晴らしい愛情だ。どうせ全員死ぬけどね』
上位の魔王が軽く右手を上げると、後ろに控えていた『魔貴族』や『魔王』がゆっくりと動き出す。
『やっと出番……。人間、コロスコロス』
『ふふ、久しぶりの〝人間狩り〟。存分に楽しみましょう』
圧倒的な戦力差を持って、蹂躙しようと迫る魔族たちの行進に、遂にクロノスも戦意を喪失し、俯いてしまう。
「……数百年に渡って繁栄した王国も、遂に終わるか……。レオ、アリエス……そして他の王国の子らよ。後は任せた……」
クロノスは目を閉じ、〝王国の負け〟を受け入れた……。
その瞬間だ──
ドゴォ!!!
激しい爆発音を立てながら、大広間の巨大な両開きの扉がひしゃげ、左右に吹き飛んだ。
そして、
「父さん! ジェミニ姉さん! クロノス叔父さん!」
その扉の向こうから、アリエスが親族たちの名前を呼びながら駆けてくる。
「アリエス!? なぜここに来た! 早く逃げろ!!」
最初に反応したのはクロノスだ。
王国の後継者たるアリエスが、死地に飛び込んで来る様を見て、大声で静止する。
しかし、アリエスの足は止まらず──ガバッとクロノスの身体に抱き付いた。
「叔父さん、大丈夫? 怪我はしてない??」
アリエスは、父親のアーネストや姉のジェミニではなく、一番懐いているクロノスの身を一番最初に案じた。
クロノスも、アリエスの事を自分の娘の様に可愛がっているため、嬉しい気持ちになるが、その反面──
死地に飛び込んできたアリエスの事を案じ、心が締め付けられる様に痛んだ。
「……アリエス。何で来てしまったんだ……。お前だけは──」
そのときだ──
コツン……コツン……コツン……
重々しい足音を立てながら、扉の向こうから歩いてくる者がいた。
走り出したアリエスから遅れて入ってきたため、クロノスたちはそのとき初めてその存在に気付いた。
その者が放つ異様なほど大きな殺気に、クロノスは怯み、思わず口を噤んでしまう。
いや、クロノスだけではない。
それまで、余裕の表情を崩すことのなかった上位の魔王も──
その顔に、笑顔を張り付かせたまま固まり、一筋の冷や汗を流した。
「今日は久しぶりの〝全力〟だ。本戦前の肩慣らしだな……。まあ、〝俺〟のウォーミングアップに付き合ってくれ」
そう言って現れたのは──
『雷の神人』ユラン・ラジーノだった……。




