【26】集うは烏合の衆か、それとも……
「ああ、君は〝ボクの神人くん〟じゃないか。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
先程まで命の危機に晒されていたというのに、アリエスはユランとの再会を喜び、フワリとした笑顔を浮かべた。
「アリエス様……。咄嗟の事で、手を出してしまいました。申し訳ありません」
「いやいや、謝る事はないよ。ボクでは手に余る相手だったからね。むしろ助かった」
笑顔でそう言ったアリエスに、ユランは怪訝そうな顔で疑問符を浮かべた。
アリエスは皇級聖剣の主である。
皇級聖剣は、魔王すら討伐できるポテンシャルを秘めている聖剣であるのに、魔貴族が手に余るとはどういう事だろうか?
ユランが疑問を抱いている事に気付いたのか、アリエスは「はは……」と自嘲気味に笑う。
「ボクの聖剣は戦闘向きじゃないんだ。王国に存在する皇級聖剣の中では……いや、貴級聖剣を含めたとしても、ボクは間違いなく最弱だろうね」
アリエスが浮かべた笑みは、脆弱な自分を嘲笑っている様で──
また、自分の不甲斐なさに苛立っている様でもあった。
自分は、何のために皇級聖剣を与えられたのか。
こんなに弱いのに……。
アリエスは、皇級聖剣を授けられ、自分の〝能力〟を知ったその日から、いつもそんな自問自答を繰り返して来た。
暗い気分に落ち込みそうになる自分を叱咤する様に首を振ると、アリエスはユランに向き直る。
「ボクは、他の後継者候補に勘違いされない様に、必要以上の力を持つ事を良しとしないんだ……。でも、何故か君だけは側に置きたいと思った。……ボクを助けに来てくれたんだから、期待して良いのかい?」
アリエスは暗い気持ちを誤魔化す様に、冗談めかしてそう言った。
「……いえ、アリエス様を助けに来た訳では……。結果的にはそうなりましたけど」
「はは、君は正直だね。そう言う所も悪くないよ」
ユランとアリエスがそんなやり取りをしていると、近くにいた近衛兵が、遠慮がちに二人の会話に割って入る。
「アリエス様。そろそろジェミニ様たちの下へ行きませんと……」
そう言った近衛兵の言葉に、アリエスは──
「そうだったね。そろそろ行こう……。それで、ボクの神人くんは何用でここに居るのかな? もし、手が空いているなら、ボクらを手助けして欲しいんだけど……」
そう答えつつも、ユランに助力を乞うてきた。
ユランとしては、アリエスに要件を伝え、一刻も早くリリアたちの下に戻りたかったのだが……。
「王城には『魔王』が一体いるそうですが、それでも戦力的には十分ではないでしょうか? それよりも、王都の町が魔族の襲撃を受けているんです。そちらに兵を回せませんか?」
ユランは『王都に危機が訪れている』という事を伝えに来ただけで、王城に長居するつもりはなかった。
ドラゴン・オーブを、バル・ナーグの下に運ぶという重要な仕事もあるのだから……。
「『魔王』がいるのか……。それは不味いね。ジェミニ姉さんたちなら迎撃できるだろうけど、時間がかかりすぎる。普通の聖剣士は、城下町に投入するよう指示は出すけど……魔貴族クラスが出て来たら戦闘は厳しいだろうね。主戦力はあの中なんだ……」
アリエスが、状況を整理しようと言葉を並べ──
ジェミニたちが戦闘を繰り広げている大広間を指差した。
「状況は良くない……。ですか。どの道、僕が手助けするとしても『抜剣術』は使えません。城下町には〝『魔王』よりも強力な敵〟がいるので……出来るだけ温存したいんです」
ユランが言う敵とは、バル・ナーグの事なのだが、それをアリエスに詳しく説明する暇もなく、『魔王より強力な敵』とだけ話した。
とにかく、早く城下町に戻りたい一心だ。
「ああ、それは大丈夫。ボクに考えがあるから……君は存分に、全力で戦ってくれ」
アリエスの言葉の意味が分からず、困惑するユランだが──
アリエスがユランの耳元に顔を寄せ、その考えとやらを説明した。
「実はね──」
*
「──と言う事なのさ。ジェミニ姉さんたちを助けた後、主戦力を街に出した方が効率も良いよね?」
「そうですか……。そう言う事ならば、僕もお供しましょう。本気でやって良いなら、相手が『魔王』であっても〝即座に〟片付けてみせます」
「頼もしい限りだね。でも、ボクの言葉を疑いもせずに信じるのかい?」
「きちんと説明して頂いたので。そもそも、アリエス様の言う事を──僕が疑う事はあり得ません」
「そ、そうかい。何か、別の意味で心臓に悪いなキミは……おほん! ……時間がない様だし、早く行こう!」
そう言って、ユランを急かすアリエス。
その頬には、ほんのりと赤みが刺していた……。
*
ユランがアリエスの下に駆け付けるより少し前。
第一王女ジェミニを始め、ロイヤルガードのメンバー……
そして、国王のアーネストは、本城にある大広間に集まっていた。
周りには王国の強者──
高い実力を持つ聖剣士たちの姿もある。
王国の主戦力の大半が、この大広間に集まっていると言って良い。
「此度、皆に集まってもらったのは他でもない。王国に危機が迫っているからだ」
国王アーネストが、集まった面々の前で声を張り上げ、言った。
「危機とは? 王国には『グレン』が居るというのに、何が危機だと?」
アーネストの言葉にそう反論したのは、第一王女のジェミニだ。
資源も豊かなアーネスト王国には、飢饉の訪れの予兆もなく、国力自体が高い。
危機と言えば、魔族や敵国の襲撃くらいだが──
ジェミニの言う通り、グレンの存在が大きなファクターとなっているため、王都に魔族や敵国ご攻めてくる可能性は皆無だ。
そう、思われていた。
今までは……。
「第三王女──キャンサーが予言したのだ。アレは聖剣こそ『貴級聖剣』だが、『予言』と言う特殊なスキルを持って生まれた子……その予言の信憑性は高い」
アーネストの言葉を聞き、ジェミニが顔を顰め小さく舌打ちをする。
「キャスが予言したのなら……信じるしかないのだろう。〝アレ〟を呼び戻した方が良いのですか?」
ジェミニが言うアレとは、グレンの事だ。
グレンは今、リアーネ家の屋敷で執務中のはず……。
呼べばすぐに駆け付けるだろう。
「そうしてくれ。予言の詳しい内容は不鮮明の様だが……今までにない危機だとキャスが言うのでな。最悪の場合も考えねば……」
「では、我々は有事に備え、市民の避難誘導の準備をしましょう。我々の家を護るのが我ら貴族の努めですからな」
そう申し出たのは、集まった聖剣士──王国貴族たちだ。
その代表である貴族の一人が、皆の意見を代弁した。
「よろしく頼む。ここに集まらぬ〝貴族派〟共は捨て置いて構わん。市民の避難を優先させてくれ」
「御意に……」
テキパキと今後の方針を決めていくアーネスト。
「ジェミニとクロノス──そして、ロイヤルガードたちは戦闘準備を頼む。キャスが言う脅威とは、おそらく魔族の襲撃に違いない。いつ、その脅威とやらが訪れるのかは不明だが、目前に迫っていると言っても──」
『あー、悠長な事言ってるねぇ。危機なんてものは、気付いてから対処してちゃ激遅なんだよん』
突然、アーネストの言葉を遮る様に、そんな声が広間に響き渡る。
「……」
大広間に集ったものたちは、一言も声を発する事ができず──
背筋が凍りついた様に身体が震え、足が地面に張り付いてしまったかの様に身動きが取れない。
大広間の出入り口付近、庭園へと通じる扉を遮る様にして、〝ソレ〟は立っていた。
静かに、まるで波打つ事ない水面の様に静かに……立っていた。
ソレの放つ圧倒的な魔力に、最初に反応したのはジェミニだった。
過去に一度、『魔王』との戦闘経験があるジェミニが、ソレを見て一番最初に思った事は──
【恐怖】
だった……。
四年前、『不死の魔王』によって植え付けられた、『魔王』に対する恐怖の記憶……。
しかし、それを大きく上回る──
『不死の魔王』なんて比じゃない強さ、恐怖……。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
『抜剣レベル5── 『Over Drive 2』を発動──使用可能時間は30分です──カウント開始』
自らを縛るトラウマを振り払う様に──
ただ、叫び──
ただ、『抜剣術』を発動し──
ジェミニは、ただひたすらに、愚直に、がむしゃらに──
何の対策もせぬまま、ソレに突っ込んで行った……。




