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【24】ユランとニーナ

 ユランは王城に向かって走りながら、回帰前の事──


 バル・ナーグとの戦いを思い出していた。


 いや、あれは戦いと呼べるものではない。


 一方的な蹂躙……


 ただの殺戮劇だ。


 当時、人類最強と呼ばれた神人──


 『神級聖剣レベル4』だったシリウス・リアーネですら、まるで相手にならなかったのだ。


 同じレベル4のユランが戦ったところで、何が変わると言うのだろうか……。


 それに、相手はバル・ナーグだけではなく……


 おそらく、『魔女アリア』と同程度の力を持った聖人までいるらしい。


 ユランは、今まで失わないために必死に足掻いてきたものが──


 少しずつ崩れて行くのを感じた。


 結局、大切なものは何も護れない……。


 だが、ユランもただ大切な者が失われていく様を、指を咥えて見ている訳にはいかない。


 ユランは目の前に迫った脅威に対し、混乱して思わず聖剣教会を飛び出してしまったが……走っているうちに少しだけ冷静さを取り戻し、足を止めた。


 いつの間にか、繁華街を抜け、王城近くの貴族街まで来ていたらしい。


 早朝の時間にも関わらず、貴族街で働く貴族家の従者などはすでに仕事を始めているらしく、それらの人々が各々作業をこなしていた。


 貴族街に流れる穏やかな空気……。


 回帰前、バル・ナーグの復活により、王都は一夜にして跡形もなく崩壊した。


 ユランは前線に出ていた訳ではないが、多くの聖剣士たちがなす術もなく敗れ、死にゆく様をまざまざと見せつけられたのだ。


 ユランの目には、貴族街──いや、王都にいる全ての人々の『死』が、頭にこびり付いて離れない。


 傭兵だった頃は、『人間の死など日常茶飯で、特別な事ではない』と割り切り、心がざわつく事など無かったが──


 今となっては、〝大切なもの〟が多すぎて、それがユランの足枷──弱味になっていた。


 仮に、ユラン自身が他の犠牲など顧みず、バル・ナーグや聖人を相手にしたのなら、或いは討伐だけは可能かもしれない。

 

 ユランに足りないのは、強くなるための時間。


 『神級聖剣』を与えられ、『抜剣術』の才能に明るいユランには、それを成すための条件が揃っているのだから……。


 他者を犠牲にし、討伐可能なほど強くなるまで逃げ続ければ良いだけだ。

 

 だが、ユランにそんな選択など取れるはずがなかった。


 ならば、ユランに残された道は──


 『戦って勝利する』


 それしかないのだ。


         *


 ユランは、聖剣教会での一件で冷静さを欠いてしまった事を恥じ、踵を返して聖剣教会に戻ろうと足を進める。

 

 混乱した思考を、無理やり押さえつける様にして……。


 しかし──


 【何しに戻るつもりなの、先生?】


 突然、頭の中でそんな声が響いた。


 【……アリシア?】


 聖剣教会にいる、アリシアからの念話だった。

 

 【王城に行くんじゃなかったの? こっちに戻るつもりなの?】


 【……冷静さを欠いていた。すまないね。正直なところ、まだ頭の中はぐちゃぐちゃだけど……とにかく対策を立てないと】


 ユランは剣士団の団長──言わばリーダーだ。


 回帰前の悲劇を思い出し、冷静さを失っていたとは言え……


 結果的に、責任を放棄する形になってしまった事を素直に謝罪した。


 【ただ闇雲に戦ったところで、僕たちは、きっと勝てない。魔竜バル・ナーグの力は人智を越えている……。逃げた方が賢いのかもしれないな】


 【うーん……それはどうなんだろう? 姉さんたちは、最後まで戦う事を選ぶんじゃないかな? それに、私たちが逃げたら王都の人たちはどうなるの?】


 【分かっているさ。結局、いくら相手が強大だろうと……戦うしか選択肢はないんだ。最初から答えが決まっているのに、冷静さ欠いてみんなに迷惑をかけた。馬鹿な話さ……】


 【正直言って、私は〝私たち以外の人間〟がどうなろうと知ったこっちゃないけどね。ただ、先生たちは違うんだよね?】


 【……そのための〝力〟だからね。冷静に考えてみれば、〝あのとき〟に比べて、抵抗するための戦力は格段に揃っているし──戦えない訳じゃない。……結局、僕は強大な相手の存在にビビって逃げ出しただけだ】


 ユランの言う通り、今の王都には、回帰前のときとは比べ物にならないくらいに戦力が揃っていると言って良い。


 『魔女アリアの誕生』が発生していないため、王国の聖剣士や、その時に死亡するはずの皇級聖剣士──ジェミニやレオも健在。


 ユランやリリアなどの神級聖剣士も居る。


 そして、何より今の王国には──


 人類最強グレン・リアーネが居るのだ。


 グレンの存在だけを取って見ても、回帰前の『バル・ナーグ討伐戦のときの総戦力』を大きく上回っていると言っても過言ではない。


 【そう……。先生が決めたなら、私も手伝うよ。ただ──】


 アリシアはそう前置いた後、念話を通して、〝ある言葉〟を口にした。


 念話の声が小さくなり、ユランにはアリシアの言葉が最後まで聞き取れなかったのだが……。


 アリシアは、最後にこう言ったのだ。


 【危なくなったら、〝先生だけ〟連れて逃げるよ。はっきり言って、先生以外の事はどうでも良いんだから……。ワタシガ タイセツナノハ ユランダケ】


         *

 

 ユランが聖剣教会に引き返そうとしたとき、アリシアが──


 【リリア姉さんが皆んなを統率してるから大丈夫。私もいるしね。先生は王城に行って危機を伝えて】


 と言ったため、ユランはアリシアを信じて王城に向かう事にした。


 アリシアの話では、王城にも魔王の反応があるらしい。

 

 しかし、王城には三人の後継者やロイヤルガードなどもいるため、戦力的には過剰なくらいだ。


 ユランとしては、速やかに現状を報告し、リリアたちの手助けに行きたいところだった。


 ユランが王城付近までやってくると、前方に立ち塞がっている人物に気付く。


 その人物とは──


 「ニーナ?」

 

 エルフ族の王女、ニーナ・フロイツ・フォン・ダリアであった。


 ニーナは、バル・ナーグに対抗するための〝キーとなるアイテム〟を持つエルフ族の王女だ。

 

 以前、中庭で聞いた話では、ニーナは『復活が近付くバル・ナーグを監視するために王都に来ている』と言う事だった。


 (バル・ナーグを監視するためというなら、〝アレ〟を持って来ている可能性は高い。回帰前のときと違って、王国と同盟を結んでいない状態で〝アレ〟の使用許可がおりるか分からないのが不安だけど……)

 

 本来であれば、エルフ族の里を訪れ、友好関係を築いてから借り受ける予定であったが……


 予想外にバル・ナーグの復活が早く、その時間は取れなかった。


 「ニーナ、丁度良かった。君にお願いしたい事が──」


 「コレの事?」


 ニーナは、ユランの言葉を遮る様に、〝ある物〟を差し出した。


 ニーナが持っていたのは、金色の宝玉──ドラゴン・オーブであった。


 バル・ナーグ復活のためにソリッドが使用した物とは明らかに異なるが、同じ名を持つアイテムだ。


 竜族(バル・ナーグ)の力を弱め、封印するオーブ。


 回帰前の戦いでは、最終的にこのオーブの力で、バル・ナーグは討伐される事となった。


 回帰前はエルフ族との関係も良好とは言えず、ドラゴン・オーブの使用許可が中々おりずに、結果的に多くの犠牲を払う事になったのだが……


 ドラゴン・オーブは、バル・ナーグを討伐するために必要不可欠なアイテムだ。

 

 「ドラゴン・オーブ……」

 

 「やっぱり。コレの事を知っているのね」


 ニーナは、ユランがエルフ族にとって門外不出の秘宝──ドラゴン・オーブの存在を知っている事に驚きもしなかった。


 そして──


 「あげるわ」


 ポイッと、チップでも寄越す様に、ユランに向かって無造作にドラゴン・オーブを投げた。


 ──種族の秘宝をだ。


 「えぇ……」


 この行動にユランも驚いてしまい、思わず投げ寄越されたドラゴン・オーブを取り落としそうになる。


 「……何で? 回帰前はあんなに──いや……これは、ニーナたちに取って大切な物なんじゃ?」


 「別に良いわ……。これも、〝予定された事〟だから」


 「……? ありがとう」

 

 ニーナの言っている言葉の意味が分からず、ユランは疑問符を浮かべる。


 意味は分からないが、とりあえず礼は述べた。


 そんなユランの様子を見て、ニーナは呆れた様にため息を吐くと、言う。


 「貴方ねぇ……。前から思ってたけど、人の話を簡単に信じすぎよ?」


 「それは、まあ……」


 ユランとて、誰彼構わず信じる訳ではない。


 ニーナはユランにとって、回帰前に苦楽を共にした仲間──


 ユランには、ニーナを疑う気持ちなど微塵も無かっただけだ。


 「ニーナだから信じるんだよ」


 ユランにしてみれば、当たり前に思った事を、当たり前に口にしただけだ。


 しかし、ユランの言葉にニーナは顔を真っ赤にして、


 「本当に変な人ね。あの日、中庭で自分の事をペラペラ喋り出した私の事を疑いもしないし……。普通、不審に思うわよ? 大して親しくもないんだから」


 などと、早口で言った。


 ニーナが言っているのは、アカデミーの試験日──中庭でユランと共に昼食を摂ったときの事だ。


 あの日、ニーナはユランに対して、自分の事を包み隠さず話していた。


 ニーナとしては、何か意図があってそうした様だが──


 ユランにとっては、仲間(ニーナ)の発言に疑いを持つ事などなく、「信頼して話してくれているのだな」程度にしか思っていなかった。


 ニーナの事を微塵も疑わず、真っ直ぐに瞳を見つめてくるユランに、ニーナは──


 「いい加減にしなさい。襲うわよ? ……おっほぉん! と、とにかく、急いでるんでしょう? ソレはあげるから、早く行きなさい!」

 

 「……本当にいいの?」


 「だから、良いって。さっきも言ったけど、これは〝予定された事〟だからね」


 ニーナが言う、〝予定された事〟とは何なのか……。


 ユランは疑問に思い、ニーナに問おうとするがニーナは──


 「事が片付いたら、また話しましょう」


 と言って、ユランに背を向けて王城とは反対方向に歩き出した。


 「悪いけど、人間の戦いに妖精族(わたしたち)は関われない……。今のところはね。まあ、無理はしない様に頑張って」


 ニーナからの激励を受け、ユランも王城へ向けて走り出そうとする。


 しかし、その背に向かってニーナが「あっ」と、何かを思い出したかの様にこう言った。


 「──からの伝言を忘れてたわ。たしか──」」


 それは、ユランにとって安易に聞き流せる言葉ではなかった。



 「〝やり直しの人生〟は上手く行ってる?」


 

 その言葉に、ユランはバッと、勢いよく振り向くが──


 すでに、そこにニーナの姿は無かった……。

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