【22】戦いの終わり
『『──使用限界──抜剣を解除します──』』
無機質な二つの声が完全にシンクロし、ミュンとリネア、それぞれの『抜剣』の終わりを告げた。
『ぐ……ぐぶぅ……ぐぐ……』
使用限界間近、ミュンの放ったサブウェポンによる精密な一撃が、『不浄の魔王』の胸を正確に貫いていた。
『不浄の魔王』の口端からは血液が溢れ出ているが、ミュンに切断された両腕では、それを拭うことも叶わない。
それどころか、すでに両足も切断されおり、『不浄の魔王』は、その場から逃げ出すための両足すら失っていた。
ミュンのサブウェポンで壁に磔にされ、『不浄の魔王』に出来る事と言えば、苦しげにうめき声を上げる事だけだ。
まるで、手足をもぎ取られた、残虐極まりない虫の標本の様だった。
『カッカカ、良い姿じゃないか。まるで羽虫だな』
ゴードンが、ミュンらをそう呼んだことへの意趣返しだろうか……
リネア〔暴食公〕は揶揄い交じりに、笑いながら言った。
『ち……くしょう……ちく……』
『不浄の魔王』は、怨嗟の言葉を漏らしながら、ミュンたちを睨み付けるが──
次第に、その両目からは光が失われていく。
『まあ、弱ったコイツとミュン坊なら、この結果は妥当だな』
『不浄の魔王』の身体からサブウェポンを引き抜くミュンを眺めながら、リネア〔暴食公〕はそんな言葉を口にした。
「『抜剣』が解除されたのに、暴食公は表に出たままなんですね」
ミュンが、純粋な疑問を口にする。
『ああ、ご主人は比較的他者に友好的なオレを信頼してるからな。『抜剣』が終わっても〝憑依〟したままで良いって許可はもらってる。まあ、『暴食』は発動できねぇし、〝素のご主人よりも戦闘力の低い〟オレが表にいても、まったく役に立たないけどな』
豪快に笑うリネア〔暴食公〕を前に、ミュンは呆れた様に笑う。
『それよりも、ここは王都だろう? 何で〝こんなヤツ〟が侵入してるんだ?』
「リネアに聞いてないんですか?」
『交代前に、ご主人から引き継ぎ受ける時間もなかったしな……。いつも〝外〟を見れる訳じゃないし』
引き継ぎとは、『何とも事務的な言葉だ』と笑い出しそうになるミュンだったが、ミュンが何か言う前に──
「聖人って人が、魔族を引き連れて王都を攻めてきたみたいだね。何か、得体の知れない凄いのも居るみたい」
二人の会話に割り込む様に、アリシアがそう答えた。
『げぇ……。そう言えば、コイツも居るんだったな』
リネア〔暴食公〕はゆっくりと近付いてくるアリシアを見て、心底嫌そうなな顔で言った。
「アリー? ノノちゃんは?」
ミュンはそんなリネア〔暴食公〕の様子を気にする余裕もなく、ノノの容体を心配してアリシアに問う。
「うん? 問題なく成功したよ。しばらくしたら目を覚ますんじゃないなかな」
アリシアの言葉を受け、ミュンがノノが居た方に視線を向けると、そこには──
地面に横たわる、ノノとその父親の姿があった。
「!?」
「あー……。説明が面倒だし、お父さんの方は気を失わせて、二人の記憶をいじっちゃった。トラウマになっても困るでしょう? 害はないから大丈夫」
アリシアは、ノノたちの状況を早口になりながら説明する。
後ろめたいのを誤魔化そうとしているのか……明後日の方向を向いて、今にも口笛でも吹き出しそうだ。
「……アリーがそう言うなら」
ミュンはアリシアに全面の信頼を置いているため、基本的にアリシアが言う事に疑いを持たない。
しかし、リネア〔暴食公〕はアリシアの方を怪訝そうな眼差しで見ていた。
「なに? リネア姉さんの身体を乗っ取っているクセに」
『……何でもないよ』
リネア〔暴食公〕は頭を掻きながら、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「珍しいですね、暴食公が下手に出るなんて」
そう言ったミュンの言葉に──
『あー、俺はコイツが苦手なんだよ。腹の底が見えないからな……』
リネア〔暴食公〕はそう答える。
そして、
『『傲慢』の爺さんなら、好んで接しそうな性格なんだが──』
リネア〔暴食公〕が、冗談交じりにそう言いかけた──
その時だった……
遠くの空、王都の中心に程近い位置の空に……
黒い球体が出現しているのに気付いたのだ。
その黒い玉は、少しずつ、空へ空へと上がっている様に見える。
黒い玉が発する異常な力の渦は、それなりに距離が離れているはずの繁華街まで明確にに伝わってきていた。
まるで、空気がビリビリと震えている様な感覚だ。
『おいおい、何だあの馬鹿げた力の塊は。オレは、力を読むのが上手い方じゃないが……ヤバイ力の波動がここまで伝わってくるぞ。お前ら、一体何と戦ってるんだ?』
基本的には不遜で、相手が強者であっても余裕の態度を崩さない『暴食公』が──
力の波動を感じ取り、冷や汗を掻きながら身体をブルリと震わせた。
「ミュン姉さん、リリア姉さんのところに言って。私も一回りしたら向かうから」
一人で戦うリリアを心配してか、アリシアがミュンを促す。
「で、でも……」
ミュンは、未だに目を覚さないノノたちを心配して、アリシアの言葉に難色を示した。
しかし、
「あの人たちは大丈夫……。早く行かないと、リリア姉さんの事も心配でしょう?」
アリシアがそう言って、ジッとミュンの目を見つめると──
「わかったわ……。アリーを信じる……」
ミュンは、一瞬だけ呆けた様な顔になるり……ハッと我に帰った様子で、アリシアの意見に素直に従った。
『お前……。仲間相手に〝何て事〟してんだよ……』
「先生には内緒にしてね。聖眼は〝先生以外〟には使わない事になってるから」
『……なんてやつだ』
「……?」
苦虫を噛み潰した様な顔で、頭を抱えるリネア〔暴食公〕。
その隣で、何も分かっていない様子で、ミュンが疑問符を浮かべる。
『そう言うところも苦手なんだよ……』
ニッコリ笑顔で威圧してくるアリシアを前に、リネア〔暴食公〕は長いため息を吐くのだった……。




