【21】暴食公
リネアの聖剣──『特級聖剣』による抜剣術はその抜剣方法に限らず、もたらされる効果も特殊である。
レベル4『暴食』は、使用者が指定した任意の相手から、〝能力値〟を奪う。
但し、〝奪う〟と言っても、自身の能力に還元する訳ではなく、〝ただ奪う〟だけ。
それも、相手から奪える能力値の割合は〝相手の能力の総合値に依存する〟。
つまり、『相手が強ければ強いほど、奪える能力値の割合が低くなる』という──
かつて、神話の時代に神が禁じた『7つの罪』の名を冠するにしては平凡な能力だ。
『暴食』に限らず、その抜剣レベルに応じた『罪』にはそれぞれ別の人格があり、抜剣発動時には、リネア自身がその別人格に身体を開け渡す必要がある。
当然、戦闘能力も『罪』の人格に依存するため、場合によってはそれが不利に働く可能性すらあるのだ。
『暴食の罪』は戦闘能力自体が、〝抜剣の恩恵込み〟で一般の聖剣士以下であるため、『暴食』の能力ありきの人格でもある。
さらに、リネアの『抜剣』の一番の問題点は……
ほとんどの『罪』が、主人格であるリネア以外には友好的では無い事だった。
『暴食の罪』は比較的他者にも友好的な人格であるが、中には、目の前に存在する者を全て滅ぼそうと考える『憤怒』の様な人格も存在する。
要は〝馬鹿とハサミは使い様〟という事なのだが、発動すればそれで良いという訳でも無い……
何とも使い勝手の悪い能力だった……。
*
ガガガガガ
ガキンッ
ガガ──……
リネア〔暴食公〕の繰り出すサブウェポンの攻撃を『不浄の魔王』は一つ一つ丁寧に捌いていく。
魔王特有の強靭な肉体を活かし、素手でサブウェポンをいなしているのだ。
『不浄の魔王』が持つ鋼鉄の様に硬質な肌に弾かれ、リネア〔暴食公〕のサブウェポンから小さな火花が散る。
『おいおい、能力下がってんだろ? やっぱり『魔王』ってのは出鱈目な連中だな』
リネア〔暴食公〕になす術もなく敗れたゴードンやシルバリエとは違い、『不浄の魔王』はリネア〔暴食公〕と互角の勝負を繰り広げていた。
『暴食』により、基本能力値が大幅に下がっているにも関わらずだ。
『確かに、かなり動き辛いし……パワーも出ねぇ。やり辛いな』
『不浄の魔王』はそう言うが、別段焦った様子も見せない。
その理由は明白で、能力値を『喰われ』ていても、リネア〔暴食公〕よりも実力は僅かに上の様に見える。
『オレの『暴食』なら魔王だって喰らい尽くせるはずなんだが……。その辺りは悲しいかな、御主人の実力不足ってところか』
ガギンッ!
ギギッ!!
幾度となく、サブウェポンによる攻撃を繰り出すも、『不浄の魔王』にダメージを与える事は叶わない。
攻撃を全ていなされたリネア〔暴食公〕は、『不浄の魔王』との間に距離を取る。
先ほどから、近接して攻撃を繰り出すも防がれ、
一旦、離れては近接して攻撃、
そんな事の繰り返しだ。
『俺の眷属を簡単に倒した事は驚いたが、まあ、それだけだな』
『不浄の魔王』はそう言うと、右手をリネア〔暴食公〕に向かって差し出した。
『俺には、強さなんて関係ない〝特別な技〟がある……』
広げた右手を、何かを掴む様に強く握る。
そして──
『強取』
『不浄の魔王』は高らかに唱えた。
『強取』は『不浄の魔王』が得意とする技で、対象者の身体の一部を強引に奪い取ることができる。
強取できるのは、使用者の手の平程度の大きさまでだが……
それこそ、生命活動に必要な臓器などを強取すれば、『相手はなす術なく倒れる』事となる。
さらに、ある程度対象との距離が離れていても効果を及ぼすため、強力無比の能力だった。
『不浄の魔王』が『強取』を狙ったのは、リネア〔暴食公〕の心臓。
生きていく上で必要不可欠──
それに、ちょうど手の平サイズで奪いやすい。
『不浄の魔王』は当然、自分の右手にリネア〔暴食公〕の心臓が収まるものだと思っていた。
彼の『強取』は決まれば回避不可能な技であるため、普通ならそうなっていただろう。
しかし、
『……何で発動しない』
いつまで経っても、リネア〔暴食公〕の身体に手を突っ込む感覚が伝わって来ず、『不浄の魔王』は不思議そうに自らの右手を眺めた。
『カッカカ、『強取』なんて高らかに叫びやがって。恥ずかしくないのかよ』
リネア〔暴食公〕は揶揄う様に笑うと、サブウェポンを構え、再び一足飛びに『不浄の魔王』との距離を詰める。
ガッ
ガガッ
リネア〔暴食公〕は何度か攻撃を繰り出すが、やはりその全てを防がれてしまう。
それどころか、『不浄の魔王』は段々とリネア〔暴食公〕の攻撃に慣れてきている様子で──
『俺に何をしやがった?』
攻撃を捌きながら、会話する余裕すら出ていた。
『言ったろ? オレがお前の〝能力〟を喰ったって……。全てを喰らい尽くす事は無理だったが、危険な能力は一通りな。まあ、出力不足は御主人の今後の課題だな』
リネア〔暴食公〕は、主人のこれからを想い、楽しげに笑う。
リネアに、成長の余地がある事が嬉しくて仕方がない様子だ。
そんなリネア〔暴食公〕の表情の変化を、〝余裕〟と見て取ったのか『不浄の魔王』は苛立たしげに叫ぶ。
『舐めやがって。『強取』が無くたって、実力は俺が上だ!』
『不浄の魔王』の言う通り、実力は明らかに『不浄の魔王』の方が上で、リネア〔暴食公〕の攻撃は一度も通っていない。
リネア〔暴食公〕はそれでも余裕の表情を崩さなかったが、正直言ってこのままではジリ貧──
早々に勝負を決せなければ、リネア〔暴食公〕にとって不利な状況と言わざるを得ない。
何故ならば──
『──使用限界まで残り5分です』
着実に、リネア〔暴食公〕の『抜剣』は〝終わり〟に近付いているのだ。
*
『……その不快な能力も、タイムリミットが近い様だな。能力が解除されれば『強取』も戻るはずだ。それでお前は終わり。どれだけ粘ろうがな』
『まあ、確かに計算をミスった事は認めるよ。お前はオレの想像を超えて強かった。だが……言っただろ? 〝造作もねぇ事〟だって』
自信満々に語るリネア〔暴食公〕に、『不浄の魔王』は顔を顰め、不快感を露わにする。
小細工を弄したにも関わらず、実力で劣る雑魚が何を偉そうに……。
このまま、相手が図に乗る様を見るのは不快だ。
いっその事、こちらから攻めるか?
いや、コチラの方が実力は上だとしても、実力にそれほど大きな差はない。
無理に攻めれば、足元を掬われる事も……。
相手はコチラを挑発し、隙が生まれるのを待っているに違いない。
それならば、無理に責めずとも〝タイムリミット〟を待つのが吉だ。
『不浄の魔王』はその様に考えを巡らせ、バッと身を翻し、リネア〔暴食公〕と距離を取った。
『挑発には乗らない。俺は時間切れを待たせてもらおう』
口元を歪め、ニヤリと笑うと、『不浄の魔王』はそう言った。
『……そうかい』
『お前の実力じゃ、制限時間内に俺を倒すなんて無理だぜ? どうするつもりだ』
リネア〔暴食公〕は、この後に及んでも余裕の表情を崩さないが、『不浄の魔王』の言う通り攻めあぐねているのも事実だ。
『お前は勘違いしてるよ。俺の仕事はお前らを〝喰らう事〟だ。この戦闘においてオレの戦力なんて、最初から勘定に入ってないのさ。あの魔物たちは、オレでも難なく倒せそうだからそうしただけ』
『はぁ? 負け惜しみ言ってんじゃねぇぞ』
『不浄の魔王』がそう返すと、リネア〔暴食公〕は呆れた様にため息を吐く。
『それも勘違いだって。オレは負けを惜しまない。そもそも、オレ自身がとんでもなく弱いからな……。負け続けには慣れてる』
チンッ──……
突然、リネア〔暴食公〕はサブウェポンを鞘に収めてしまう。
『抜剣』は未だに発動させたままだが、戦闘放棄と見られてもおかしくない行動だ。
『どう言うつもりだ? 諦めやがったのか??』
『負けても、負けても、負け続けても……最後に勝てばそれで良い。〝終わり良ければ全て良し〟ってのはオレの大好きな言葉の一つだ』
『さっきから、何一人でペラペラ喋ってやがるんだ。諦めたなら、さっさと能力を解きやがれ』
リネア〔暴食公〕は、戦闘体制も解いてしまい、完全に無防備な状態を晒す。
その様子を見て、『不浄の魔王』も相手に合わせる様に戦闘体制を解いた。
『威勢だけはご立派だが、俺より実力が劣るお前に何が出来んだよ? ……まあいい。どんな企みがあるのか知らないが、そっちが戦う気がないなら、〝時間切れ〟を待たせてもらう。不用意には攻めねえよ』
『カッカカ、意外と慎重派なんだな。いや、ただ臆病なだけか?』
『……』
リネア〔暴食公〕の揶揄う様な物言いに、『不浄の魔王』は明らかに苛立った様子を見せるが、それでも自分から攻める事はしなかった。
慎重派と言うのは間違いではなかったらしい。
『まったく、魔王ってヤツは……どいつもこいつも、プライドだけは異常に高くて──間抜けばかりだな』
『挑発しても無駄だ。俺は動かん』
『そこだよ。そこが間抜けだってんだ……』
『あん?』
『お前は〝時間稼ぎ〟をしたかったんだよな? 気が合うじゃないか。オレの目的も〝それ〟だ。気が合う者同士、仲良くやろうや』
リネア〔暴食公〕の言葉の意味が理解出来ない『不浄の魔王』。
時間稼ぎ?
何のために?
そんな事をして、コイツに何の得があるというのか。
『──使用限界まで残り4分です』
時間の経過は、俺にとって有利になるだけだというのに……。
『不浄の魔王』は疑問符を浮かべ、リネア〔暴食公〕の意図を探ろうとするが、一向に見えて来ない。
やはり、ただの負け惜しみに過ぎない……。
『不浄の魔王』が考えた末にそう結論付けると、リネア〔暴食公〕が、本日何度目になるかわからない呆れた様なため息を吐いた。
『くだらん奴だ。口達者なだけで、手も足も出ねぇくせに』
『カッカカ。お前は古参の魔王みたいだから忘れてるかもしれねぇが……人間が使う『抜剣術』ってやつは強力無比。場合によっては、お前ら魔王ですら滅殺出来るほどなんだぜ?』
『テメェの〝ソレ〟は、そうじゃないみたいだけどな』
『だろうな。でもよ、『抜剣術』は一度使用した後でも、『冷却時間』──いわゆる、クールタイムが過ぎれば再使用可能なんだ』
やはり負け惜しみだ。
偉そうな事を言いつつ、結局は打つ手なしか。
『不浄の魔王』はリネア〔暴食公〕の言葉を受けて、嘲る様に笑い、戦闘体制どころか警戒すらも解いた。
自から相手にする価値すらない。
『制限時間が来たら、ゴードンやシルバリエを再召喚して相手をさせるか』
とすら考えていた。
『で? 再使用出来たとして……実力で劣るのに、どうするつもりなんだ? 援軍でも待つか? それなら、まだ可能性があるかもな。そんな時間を与えるつもりなんてねぇけどな』
『俺じゃないよ。『抜剣術』を使うのは──』
リネア〔暴食公〕がそう言いかけたとき、後方から──
『抜剣レベル4──『静止する世界』を発動──使用可能時間は1分です──カウント開始』
無機質な声が響いた。
『こう言うこった』
リネア〔暴食公〕はそう言うと、邪魔にならぬ様に横に避ける。
後方には、『抜剣』を発動させたミュンがいた。
『驚きだろう? ミュン坊はレベル3までの『抜剣』なら、クールタイムが10分程度なんだ。聖剣は〝貴級〟だが、間違いなく天才だよ』
『……だから? 俺の眷属に手も足も出なかった奴に何ができ──』
ドシュッ──……
言い終わる前に、『不浄の魔王』の右手が切断され、宙に舞う。
『な……に……?』
目視できる速さではなかった。
『不浄の魔王』はミュンの事などに歯牙にもかけておらず、注目して見ていたわけではないが、
一瞬で姿を消し、気が付けば腕を切り落とされていた
『テメェ、どうやって──』
ドシュッ──……
またもや、言い終わる前に──
ミュンの姿が『不浄の魔王』の目の前から消え──
今度は左腕が飛ぶ。
『こんな事が! 俺が雑魚如きに!?』
『──使用限界まで残り30秒です』
『──使用限界まで残り30秒です』
無機質な声が重なる。
「残り半分。魔王の命……頂きます!」
『不浄の魔王』を前に、ミュンは高らかにそう宣言するのだった。




