【20】リネア 抜剣レベル4
「リネア……ごめん。ちょっと休むわね」
ドサリッ──……
ミュンはリネアにそう告げると、後方に倒れ込む様に尻餅をついた。
「うん……。すぐに終わるから、ゆっくり休んで」
リネアの言葉を受け、ミュンは疲れ果てた様子で俯く。
【先程から、何かやっているとは思ったが……〝すぐに終わらせる〟だと? 生意気な羽虫め】
侮る様なリネアの発言に、ゴードンは激しい怒りを露わにする。
ドンッ!
ゴードンは、地面に座り込み『戦闘放棄』したミュンを捨て置き、一瞬のうちにリネアとの間合いを詰めた。
それを見て、シルバリエはへたり込むミュンに向かって『魔術』を唱える。
【ふんぬ!!】
【氷の槍】
ゴードンの気合──
そして、シルバリエの詠唱が重なり、それぞれミュンとリネアを捉えようと迫り来る。
しかし──
『抜剣レベル4──『暴食』を発動──使用可能時間は10分です──カウント開始』
それより一瞬早く、リネアの『抜剣』が発動する。
発動条件が厳しい割に、短すぎる制限時間だ。
それでも、確かにリネアの『抜剣』は発動した……。
『抜剣』が発動されるのと同時に、リネアの聖剣から黒いモヤが発生し──
ゴードンとシルバリエ……
そして、『不浄の魔王』の周辺に纏わりつく。
だが……
起こった現象と言えば、それだけだ。
傍目には、ゴードンやシルバリエには何の影響も見られない。
勿論、それは『不浄の魔王』も同様で──
【くだらん……】
ゴードンは、身体に纏わりつく黒いモヤを振り払う様に深く踏み込む。
そして──
ドゴォ!!
一際派手な破壊音を立てながら、ゴードン渾身の一撃が……
その、岩の様な右拳が、リネアの左腕脇腹付近に深くメリ込んだ。
その場にいた敵、
シルバリエや『不浄の魔王』、そして攻撃を放ったゴードン自身も、リネアの細い身体が砕け散る様を想像した。
当然だ。
『抜剣』で身体強化されていたとしても、まともに受ければ即致命傷となるゴードンの一撃……。
リネアは防御するどころか、全くの無防備の状態でその一撃を受けてしまった。
【手応えあり】
ゴードンはニヤリと笑い、スッと拳を引っ込める。
ゴードンが放ったのは、相手の体内に魔力を流し込み、内部から破壊する技。
時間差で体内で魔力が爆発し、受けた者を一撃で絶命させるほどの威力がある。
ゴードンは勝ちを確信し、リネアに背を向けた。
すると──
【えーい! どうなっておる!! 何故、妾の魔術が消えた!?】
ミュンに向かって魔術を放ったシルバリエが、焦った様子で両手をブンブン振り回していた。
ゴードンはそんなシルバリエの様を見て、呆れた様に言う。
【お主、何を遊んでいる。主人殿がお怒りになるぞ?】
【そんな事はわかっておるわ! しかし、魔術が発動せんのだ!】
【馬鹿な事を言うな。まったく……冗談にしても──】
ゴードンはそう言いかけ、シルバリエがいる方に歩き出そうとした。
その直後──
『カッカカ……。おおー、かゆいかゆい。微風でも通ったかな?』
ゴードンの背後から、低く、くぐもった様な男の声が聞こえる。
新手か?
それとも、あのとき前を横切った羽虫か?
ゴードンはそんな事を考え、余裕の表情で無防備に振り向いた。
何が来ようと粉砕するのみ。
完全に相手を侮った、ゴードンの余裕ゆえの行動だ。
ゴードンが振り向いた先に居たのは──
『久しぶりに外に出たってのに、相手はムサ苦しい男か』
強打を受けたはずの左脇腹付近をポリポリと掻きながら、その場に平然と立っているリネアだった。
【貴様は……。何故、生きている?】
攻撃は確かに直撃したはず……
ゴードンは、怪訝そうな視線をリネアに向ける。
【声や雰囲気が別人の様に変わった……。どう言う事だ?】
リネアの変化に戸惑いを隠せないゴードンだったが、
『生きているならば、次こそは確実に粉砕する』
と意気込み、深く腰を落とす。
ドン!
一気に踏み込み、一足飛びにリネアとの間合いを詰めた。
そして──
ドドドドドドッ!!
左右の拳を次々に繰り出す。
ゴードン必殺のラッシュ攻撃だ。
『まあまあ、落ち着けよ。オレは久しぶりに身体を動かしたんだ。調子を取り戻すのに時間が掛かる』
リネアはそう言うと、最も簡単に、ひょいひょいとゴードンの攻撃を躱していく。
【こいつ、速い!!】
ただの一発も当たらない攻撃に、ゴードンは苛立ち──
【ずおぉぉぉ!!】
ついには渾身の力を込めた、右拳の一撃を放った。
『だから、焦んなって。ちゃんと相手してやるからよ』
リネアはその一撃を、
パシッ!
回り込ませる様に左手を出し、ゴードンの右腕を鷲掴んで止めた。
【速い上に、その剛力……。羽虫め、力を隠していたか】
ゴードンは、掴まれた腕を懸命に振り払おうとするが、リネアの細腕はピクリとも動かない。
完全に力負けしている。
そんな状況に、リネアはため息をつくと、
『勘違いしてんなぁ……。オレがそんなに強いわけねぇだろ』
と言って、掴んでいた左手を離すと、その左手をゆっくりとした動作でゴードンの額辺りまで持ってきた。
そして、人差し指だけを立てたかと思えば──
トンッ──……
その指で、ゴードンの額を軽く押した。
【うごぉぉぉぉ!!】
ゴードンの悲鳴に近い叫びと共に、その身体が後方に吹き飛ぶ。
ザザザっと地面を擦る様な音を立て、ゴードンの身体は、数十メートル先で『カフェ:マージュ』の壁に激突して止まった。
『オレが速くて強いんじゃなくて、お前が〝遅くて弱い〟んだよ。オレの『暴食』がお前の『強さ』を喰ったからな……。今のお前は、虫ケラ以下なのさ』
リネアはそう言うと、地面にへたり込んでいるミュンに近付いて行った。
*
「暴食公、お久しぶりで御座います」
ミュンは、目の前まで近付いてきたリネア──『暴食公』に、座ったままで頭を下げる。
そして、すぐさま立ちあがろうとするミュンに対しリネア〔暴食公〕は──
『そのままで良い』
そう言って、制した。
『それにしても、ミュン坊。派手にやられたな』
リネア〔暴食公〕が揶揄う様に言うと、ミュンは頬を膨らませながら、
「もう! 一人で大変だったんですよ!」
そう、抗議する様に言う。
『カッカカ。〝御主人〟がブチギレてたから、何かあったとは思ってたが……。まあ、ソレが原因の様だな』
リネア〔暴食公〕は、ミュンの負傷した右耳を指差しながら、軽快に笑った。
『ミュン坊が『魔王』相手に一人でねぇ……。他の『愉快な仲間たち』はどうしたよ? ユランの坊主は?』
「ユランくんは……王城に要件があって……」
『おいおい、まさか逃げたのか??』
「逃げてません! 今は王都が危険で──緊急事態なんです!!」
ミュンとリネア〔暴食公〕がそんな会話をしていると、遠方でシルバリエが叫ぶ声が聞こえた。
【おい! ゴードン! さっさと起きて手伝っておくれ! 『魔術』が使えんのだ!】
片耳を負傷しているミュンには、シルバリエの叫んでいる内容がわからなかったが、リネア〔暴食公〕には聞こえているらしい。
シルバリエは、リネア〔暴食公〕に飛ばされて自分の近くで横たわっているゴードンに声をかけていた。
そんな状況でも戦闘体制を崩さず、視線はミュンやリネア〔暴食公〕から離さないのは流石と言った所か……。
シルバリエの様子を見て、リネア〔暴食公〕は呆れた様にため息を吐くと、困惑しているシルバリエに向かって言った。
『そいつ、もう死んでるぜ? 待っても無駄だと思うけどな』
リネア〔暴食公〕の言葉に、シルバリエは『信じられない』と言った顔で、一旦リネア〔暴食公〕たちから視線を外してゴードンを見た。
リネア〔暴食公〕は、シルバリエを油断させるためにそんな発言をしたのか……。
いや、横たわったゴードンの身体はリネア〔暴食公〕の言う通り、まるで死んでいるかの様にピクリとも動かない。
【バカな!? そんなはずはない! 貴様はゴードンを……ただ、小突いただけではないか!】
シルバリエにとって、到底信じられる話ではない。
しかし、現にゴードンは微動だにせず──
仮に死亡していないとしても、リネアの簡単な一撃で撃退されてしまっている。
シルバリエは、益々混乱した様子でリネアたちの方に視線を戻した。
『だから言ったじゃねぇか。俺がお前らの『強さ』を喰ったってよ』
【ど、どう言う事じゃ!?】
『……あー、面倒だがまあ説明してやるか。なあ、世の中で一番弱い生き物って何なんだろうな?』
リネア〔暴食公〕は、突然シルバリエに対してそんな事を問う。
そして、シルバリエの疑問に対し、リネア〔暴食公〕は少し考え込んでから説明を始めた。
面倒臭気に頭を掻いているが、しっかりと説明はするらしい。
『蟻んこか? それともガガンボ辺りか? まあ、何にしろオレたちなら指一本で潰せる様な奴らだ』
【……何が言いたい!?】
『まあ、焦んなよ。じゃあさ、その蟻やらガガンボやらは数値にしたらどのくらいの強さだと思う? 普通の人間が100だとしたら、5か6くらいじゃねぇかな? 多分』
リネア〔暴食公〕はそこまで説明すると、しゃがみ込んで、地面に落ちていた指先大の小石を拾う。
『お前らは今、『強さ』に関しては〝0〟だ。オレが〝喰っちまった〟からな。つまり、お前らは虫ケラ以下なのさ。100のオレに勝てる道理がないだろ? オレの強さが一般人以下でもな』
【たかが人間が、そんな事が出来るはずがない! 妾は最強の魔物……シルバリエぞ!】
『お前が何様だろうと関係ねぇんだよ。その証拠に、ほらよっ』
リネア〔暴食公〕はそう言うと、左手に握っていた小石を──
パチンッ
人差し指で弾いた。
【ハンッ! どう言うつもりだ!? 妾をバカにするのもいい加減に──】
リネア〔暴食公〕は、ただ小石を弾いただけだ。
小石に特別な術をかけた訳でもない。
当然、指で弾いただけの小石など避けられぬシルバリエではない。
と言うよりも、ただの小石程度、避けずともダメージなど負うはずがない。
しかし、それは普通の状態ならばだ……。
シルバリエは迫り来る小石を見て、
(彼奴の言う事は、到底信じられぬが……小石は避けた方が無難だ)
と考え、身体を捻って躱そうとする。
しかし、
【な、何だこれは! 身体が動かん!?】
思う様に身体が動かず、シルバリエは悲鳴に近い叫びを上げる。
いや、これは動かないのではなく、途轍もなくシルバリエの動きが遅くなっているのだ。
──指で弾いただけの小石すら避けられぬほどに。
パンッ!!
何とも軽快な音を立てながら、リネア〔暴食公〕の手から放たれた小石が、シルバリエの額に直撃する。
【が……ご……】
当たった小石は、何の抵抗もなくシルバリエの額を貫き、貫通して後頭部から抜け出た。
声を上げる間もなく、シルバリエは絶命し、バタリと前のめりに地面に倒れ伏す。
『カッカカ。あとは魔王だけか……。まあ、造作もねぇ事だな』
リネア〔暴食公〕は、シルバリエの絶命を確認したあと、事も無げにそう言い放つのだった。




