【19】ミュンの戦い ゴードンとシルバリエ
戦闘体勢を取りながら、ミュンは初っ端から〝失策だった〟と後悔していた。
ミュン自身『魔王』との戦闘経験が多いわけではなく、その少ない戦闘の全てが『リーン剣士団』のメンバーと一緒だった。
なので、『魔王』相手に一人で立ち回ると言うのは初めての経験であったが、『魔王』の戦闘傾向についてはある程度理解しているつもりだ。
『魔王』とは、基本的に初手で自ら動く事はない。
これは、驕りであったり、面倒臭いからであったり、はたまた妙に慎重派であったりと、理由は様々だが……
『自ら手を下すまでもない』
と考える『魔王』がほとんどだ。
特に、相手が〝自分よりも格下〟である場合には、〝確実〟と言って良いほどそんな動きをする。
今回の『不浄の魔王』もご多分に漏れず、その様な動きをした。
それはミュンにも想定内の事で──
いや、むしろ望んでいた流れであった。
……しかし、『不浄の魔王』の〝眷属〟は他の魔王が使役する『上級種の魔物』とは違う。
かなり強力な……
それこそ、『下級の魔王』に匹敵するほどの強敵だ。
ミュンが〝失策〟だったと後悔したのはこの部分。
上級種の魔物程度なら、いくら相手にしたところで、ミュンにとってそれほど脅威にはならない。
リネアの『抜剣』発動までの30分なら、楽に時間稼ぎ出来ただろう……。
『抜剣レベル3を発動──使用可能時間は30分です──カウント開始』
ミュンは、魔王級の敵──ゴードンとシルバリエを前に、迷わず『抜剣』を発動させた。
起こってしまった事を、いつまでも思い悩んでいても仕方がない。
とにかく、今は動け。
この際、『魔王』の事は考えない。
どのみち『魔王』が出てきたら、手立てなどないのだから……。
そう考えた末の、ミュンの行動だった。
「レベル3? 4じゃなくて?」
『抜剣』体勢を取り続けながら、リネアがそんな疑問を口にする。
「私のレベル4……『静止する世界』は制限時間が1分しかない。それに、レベル4は〝制約〟でアイツらを傷付けられないし。多少、身体強化の恩恵が劣っていても、制限時間が長いレベル3のほうがマシ……。それに、レベル3の制限時間も30分だから、分かりやすくて良いわ」
リネアの疑問に早口で答えると、ミュンは身を低くして敵の攻撃に備えた。
敵の外見から、その特性を分析するに、
ゴードンはパワータイプ
シルバリエはスピードタイプ
と言ったところだろう。
「とにかく、今は時間を稼ぐしかない。私の実力じゃ──」
ミュンがそう言いながら、チラリとリネアの方に視線を向けた瞬間だった。
フッ
と、ゴードンの姿がシルバリエの隣から掻き消える。
「!?」
そして、ミュンが驚きの表情を見せる間もなく──
ブォン!
空気を切り裂く……
まるで巨木を振り回すかの様な派手な音が、ミュンの耳に届いた。
「ぐぅ……」
ミュンが地面に付きそうなほど、身体をのけ反ると──
その眼前を、ゴードンの丸太のような腕が横薙ぎに通過していった。
はっきり言って、避けられたのは全くの偶然だ。
耳をつんざくほどの轟音に、反射的に後ろに倒れて込んでしまっただけだった。
しかし、そこは流石に非凡な才能持つミュンだ。
不安定な体制で倒れ込みながらも、その瞬間に、ゴードンの通過していく腕にサブウェポンの一撃を叩き込んでいた。
ギギギギ──……!!
ヤスリで強引に金属を削る様な不快音を立てながら、ミュンのサブウェポンとゴードンの腕がぶつかり合う。
ミュンは、後方に倒れた勢いのまま、ぐるりと地面で後転すると、すかさず体勢を整えた。
ブシュ!
ミュンが立ち上がった瞬間──
その左耳から鮮血が舞う。
(……左耳をやられた。当たってはいないはずだから、風圧で鼓膜が破れたのね……)
対するゴードンは、右腕の袖が少し破れているだけで、その太い腕には傷一つ付いていない。
そのとき、ミュンは初めて『ゴードンが右腕をフック気味に叩き込んできた』のだと理解した。
一瞬の油断があったとはいえ、ミュンにはゴードンの動きが見えていなかった……。
(あの見た目でスピード系なのね……。いいえ、見た目通りパワーも相当ありそう。厄介ね……。それに、相手はコイツだけじゃなくて──)
【ふむ……。中々に、はしこいではないか。パワーは虫ケラ以下だが……】
ゴードンは自分よりも明らかに能力が劣るミュンを、嘲るでも笑い飛ばすでもなく……
ただ、真剣に先ほどの攻防を分析していた。
「!!」
顎に手を当て、分析を始めたゴードンに対して、ミュンは渾身の一撃を放とうと試みる。
しかし──
【氷の針山】
突然、シルバリエが魔術を発動させた。
「くっ……!」
ミュンはまた、〝判断を誤った〟と痛感する。
先程と違って油断していた訳ではないが、ミュンはシルバリエが魔術を使ってくるとは思っても見なかった。
普通、『魔族』に召喚された魔物などは〝魔術〟を使わない。
いや、魔物は〝知性が無い〟ため、使わないと言うよりも、使えないと言ったほうが正しいのだが……
シルバリエも魔物だという事で、ミュンは当然、『シルバリエは魔術など使ってこない』と踏んでいた。
しかし、実際には──
(魔物だったとしても、知性が有るっていうのはこういう事なのね……)
シルバリエは、そんな常識などまるでで無視し、平然と魔術を放ってきたのだ。
しかも、ミュンの近くには未だゴードンが居ると言うのに……
仲間を巻き込むことなどお構いなしに、シルバリエは魔術を使った事になる。
ドドドド!!
派手な爆発音を立てながら、シルバリエの足元から無数の氷の棘が生え、一直線にミュンに迫る。
『プロテクション!』
ミュンは咄嗟に近くに居たリネアの前に立ち、『プロテクション』の神聖術を展開した。
……ゴードンは魔術を防御するでもなく、避けるでもなく、その場で微動だにしない。
ドゴッ!!
激しい衝突音を響かせながら、氷の棘がミュンとゴードンに直撃する。
ミュンの方は、『プロテクション』が間に合い、目立ったダメージはなかったが──
魔術の余波で、後方に飛ばされそうになった。
それは、ミュンの後方にいたリネアも同じの様で──
リネアは顔を顰めながらも、何とかその場に踏み留まっていた。
「リネア、大丈夫?」
「大丈夫……。『抜剣準備』も解けてない」
(もっと離れて戦わないと……)
リネアへの巻き込みを懸念し、そんな事を考えたミュンは──
シルバリエの動向に注意払いながらも、目下の敵、ゴードンに視線を向けた。
(銀ピカ女の魔術で、多少でもダメージを受けてればいいけど……)
ミュンのそんな考えを嘲笑うかの様に、ゴードンは、魔術を受ける前と全く同じ場所で平然と立っていた。
魔術の影響などまるで受けていない様子だ。
(そう上手くはいかないか……)
ミュンは苦々しげな顔で、再び戦闘体勢を取る。
【相変わらず、ヌルい攻撃だ。主の魔術は】
コキコキと肩を鳴らしながらそう言うと、ゴードンはシルバリエの方を向いた。
……〝身体ごと〟だ。
ゴードンは、目の前で戦闘体勢をとるミュンの事などお構いなしで、シルバリエの方に注意を向けている。
【お前様がいたから、手加減したまで。本気ならば跡形もない】
対するシルバリエも、戦っている相手──
ミュンやリネアなど眼中にないといった様子で、ゴードンとやり取りを始めた。
(完全に舐められてるわね。まあ、今はその方が有難いけど……)
ミュンは攻撃を仕掛ける前に、チラリとノノを治療中のアリシアに目をやる。
ノノは順調に回復に向かっている様だが、治療が終わるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
それに、今までの間にかなり派手に戦いが繰り広げられているため、騒ぎを聞いて人が集まってくる可能性もある。
そうなれば、そちらを守る事も考えねばならなくなる。
今は、『カフェ:マージュ』の〝客が少ない〟状況に助けられているが、直に店内の客も騒ぎに気付くだろう。
(考えなきゃいけない事が多すぎる……)
ミュンは、自分の置かれた最悪の状況に、ギリッと歯噛みするのだった。
*
(とにかく、キツくても何でも時間を稼ぐしかない。リネアの『抜剣』よりも早く、リリアさんが来てくれる可能性だってあるんだから……)
【×××〇〇××】
【まあまあ、久しぶりに主人殿に呼ばれたのだ。もう少し楽しもうではないか】
ミュンの左耳の奥の方が、ズキズキと痛みを発し、激しい頭痛が起き始めている。
近くで喋っているゴードンの声は辛うじて聞き取れたが、遠方で話すシルバリエの声は雑音の様に乱れ、ミュンの耳に届かない。
(不味いわね……。これじゃ、銀ピカが魔術を使っても分からないじゃない。……目視で確認するしかないか)
ゴードンとシルバリエはミュンの事などまるで無視し、二人だけで遠巻きに話し込んでいる。
普通なら、ゴードンらの話が終わるまで様子を見て、時間稼ぎをしたい所だが……
グンッ──!!
ミュンはすかさず、会話に集中しているゴードンの死角に回り込み──
左の脇の下辺りから、心臓部を狙ってサブウェポンを突き込んだ。
(この位置関係じゃ、いつリネアが巻き込まれるか分からないし……少しでも離さなきゃ!)
ガギギッ!!
金属同士がぶつかる様な硬質音を立て、ミュンの突きは……
ゴードンの脇の下で止まった。
心臓を突くどころか、皮膚すら裂けていない……。
【羽虫が……。ワシが話している最中だろうに】
ダメージはまるで受けていないが、会話を邪魔された事に不快感を覚えた様子で、ゴードンがミュンを睨め付ける。
「ムサ苦しい大男の話なんて、大して面白くないのよ!」
ミュンはそう叫ぶと、ゴードンの反撃が来る前に大きく後ろに飛び退いた。
それにより、丁度ゴードンとシルバリエに挟まれる形になる。
非常に危険な位置関係ではあるが──
【×〇〇×××】
シルバリエは愉快そうに笑うだけで、手を出してくる様子がない。
最初の魔術の一撃は、ゴードンを揶揄う意味も込められていたのだろう……
シルバリエは、『ゴードンに任せれば十分だ』と考えているのかも知れない。
【虫ケラの分際で、よく吠える小娘だ】
ゴードンは地面を一蹴すると、グンッと一足飛びにミュンとの間合いを詰める。
そして──
【ふんぬっ!】
一発気合を入れた後、左右の拳を連続で繰り出した。
まるで、マシンガンの様に目にも止まらぬ速さだ。
「冗談じゃないわ!!」
ミュンは、ゴードンのラッシュ攻撃を最小の動きで躱していく。
これは、余裕からではなく、その様に躱す事しか出来なかっただけだ。
大きく躱して、少しでもバランスを崩せば、たちまちゴードンの攻撃の餌食になってしまう恐れがある。
チッ──……!!
ゴードンの拳が、一発だけミュンの左腕付近をかすめた。
ガラランッ──
そのわずかな被弾の影響で、ミュンは左手に握っていたサブウェポンを取り落としてしまう。
(腕が痺れる。しばらく使い物にならないか……。かすっただけでコレだと、まともに受けたら間違いなく死ぬわね)
終わりの見えないゴードンのラッシュ攻撃だが、ミュンは〝避けながらも少しずつ後ろに後退する〟という離れ技で、何とかゴードンから距離を取った。
ミュンが離れた事で、ゴードンの攻撃も止む。
ゴードンは追撃もしてこない。
──どこまでも侮っているのだ。
ミュンの、『ゴードンをリネアから離す』という目的は達成出来たのだが……
その代償として、サブウェポンを失ってしまう。
結果的に、ミュンはますます追い詰められる形となってしまった……。
*
「『リペア』くらいは、習得しておくべきだったわね」
ミュンが、そんな事を呟いた瞬間、
「ノノ!!」
そんな叫び声が聞こえ、ノノの父親が『カフェ:マージュ』の店内から駆けてくる。
「嘘……」
ノノの父親は、倒れている娘を心配するあまり、周りの状況が全く見えていない。
そこでミュンやリネアが戦闘中にも関わらず、それにも気付かず、ゴードンの前を通り過ぎて一直線にノノの下へ向かおうとしている。
【愚かなり】
ゴードンは短くそう呟くと、拳を振り上げ、ノノの父親に向かって振り下ろそうとする。
(このタイミングで、ノノちゃんのお父さんが来るなんて。何で、事が悪い方悪い方に行くの? こんなのもう……)
ミュンが、最悪の事態に諦めかけたそのとき──
【姉さん、そろそろギブアップ?】
アリシアから、そんな念話が送られてきた。
ミュンが咄嗟にアリシアの方を確認すると、アリシアはノノを治療しながらも、ミュンの方をジッと見つめていた。
【姉さんは頑張った。左耳も痛いでしょ? 私が治してあげる】
【アリー! ダメ!!】
【何故? 私が補助に回れば、もっと楽に戦えるよ】
【私は大丈夫だから! 絶対に私が何とかするから!】
ミュンは、一瞬でも弱音を吐いてしまった事を恥じていた。
皆んな、それぞれの場所で、それぞれ懸命に戦っている。
近くにいるリネアなどは、『抜剣』発動のために敵を目の前にしても動く事もできず……
その恐怖は、ミュンが感じているものの比ではないはずだ。
それでも、リネアはミュンを信じてその場を動かずジッと我慢している。
【私も強くならなきゃ……。ジーノ村襲撃のときのユランくんみたいに。相手がどれだけ強くても、最後まで諦めない……。私は、『強い聖剣士』になるんだから!】
【私は姉さんの妹だから……姉さんが〝大丈夫〟だって言うならそれを信じる】
それっきり、アリシアからの念話が止む。
ミュンは走り出した。
サブウェポンもない、
相手の方が自分よりもずっと強い、
でも、目の前で危険な目に遭っているノノの父親を放っては置けない。
(間に合って!)
スピード自慢のミュンだ。
速さだけなら、ユランにだって負けないと自負している。
ミュンは、疾風の如きスピードで、ノノの父親の前に割り込み、トンッと背中を押した。
その間にも、ゴードンの拳はグングン、ミュンに向けて迫ってくる。
(躱す! 躱したら反撃する! 避ける、避ける、避ける避ける避けるよけ──れない)
体勢を立て直すよりも早く、ゴードンの拳はミュンの身体を捉えていた。
「×××××!!」
リネアが何か叫んでいる。
しかし、その声はミュンには届かない。
「リネア、もうそろそろ時間でしょう? 悔しいけど……私はここまで。後はお願い!」
ミュンはそう叫ぶと、精一杯の防御体勢を取る。
(運が良ければ……死ぬ事はないかも)
などと考え、出来るだけ目を凝らして、ゴードンの攻撃を防御する事に努めた。
ガンッ!!
人間の身体──ミュンを叩き潰したにしては、いかにも硬質な音を立てて、ゴードンの拳が炸裂する。
そこに居並ぶ誰もが……そして、ミュン自身も、ゴードンの攻撃の威力から、『ミュンの体がバラバラになる様』を想像した。
──しかし、ミュンは全くの無傷でそこに立っている。
ゴードンの凄まじい攻撃にも怯む事なく、立ち尽くしている。
【これは異な事……。何が起こった?】
自慢の拳がヒットしたにも関わらず、無傷で立っているミュンを見て、ゴードンは首を傾げて疑問符を浮かべた。
だからと言って、ゴードンが戸惑う様子を見せる訳ではなく、疑問を解消するためにそのまま左右の拳を何度も繰り出す。
しかし──
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
【ほうほう、これはこれは。何とも奇怪な】
ゴードンの繰り出した攻撃は、全てミュンの身体に到達することなく既で〝ナニカ〟に弾き返される。
まるで、ミュンの目の前に見えない壁でも出来た様だ。
「これは……?」
壁に護られているミュン自身も。何が起こったか分からずにアタフタとするが──
「まさか! アリー!?」
ミュンは、すぐに見えない壁を発生させた〝原因〟に思い至り、そちらへと視線を向ける。
「……」
そこには、左手をミュンの方に差し向け、『防壁』の神聖術を発動させるアリシアの姿があった。
「そんな……。アリー……まさか、ノノちゃんを……」
これは自分の責任だ……。
何とかすると偉そうに言ったにも関わらず、不甲斐ない姿を見せてしまった……。
その結果として、ミュンはアリシアの補助を受けてしまったのだ。
ノノの治療を中断させてまで……。
(私の所為だ……。私が弱い所為でノノちゃんが……)
自分の弱さに罪悪感を感じ、押しつぶされそうになるミュン。
そのミュンに対し──
【いやいや、姉さん。〝信じる〟って言ったでしょう? この娘は大丈夫】
念話を通じて、アリシアのフォローが入る。
【え? アリー?】
【ほんの一瞬だけ、回復を中断して『防壁』に回したんだよ……。でも、手助け出来るのはこの一回だけだからね】
【……ありがとうアリー。やっぱり、アリーは私の最高の〝娘〟よ】
【……〝妹〟ね。あまり、無理せずに頑張って】
ミュンは、アリシアの言葉に力強く頷くと、近くに落ちていたサブウェポンの刃を一息に踏み抜いた。
くるくると回転しながら真上に飛び上がったサブウェポンの柄を器用に掴むと、ミュンは再び戦闘姿勢を取る。
万全とはいかないが、痺れていた左手の感覚も戻っていた。
バリンッ!!
それと同時に、ガラスが砕け散る様な破砕音を立て、ミュンの目の前にあった見えない壁が破壊される。
ゴードンは、『防壁』が破壊された事を確認すると──
ニヤリと笑い、追撃を仕掛けるために深く構えを取る。
シルバリエの方は、明らかな格下を中々仕留められないゴードンが余程可笑しかったのか、ケラケラと笑い転げていた。
『なあ……』
ふと、シルバリエの近くから、苛立たしげに声を掛ける者があった。
『退屈じゃないか? 俺は……コイツらを殺せ〟って言ったんだぞ?』
ゾッ……
ゴードンやシルバリエよりも、数段は上の威圧感……
『不浄の魔王』は、腕を組み、そこで手をトントンとやりながら苛立たしげな様子を見せていた。
不敵な笑みを浮かべていたゴードンも、
ゲラゲラと笑い転げていたシルバリエも、
両者共に一瞬で動きを止め、ダラダラと油汗をかき始める。
【も、申し訳ありませぬ、主人殿。早急に彼奴らを仕留めます】
【そ、そうじゃゴードン。早くやっておしまい】
ゴードンとシルバリエが慌ててそう言うと、『不浄の魔王』は──
『何言ってんだ? 一緒にやれよ。何のために、お前たち二人を呼んだと思ってるんだ』
どんどんと、怒りを募らせていく。
【ぎょ、御意に!】
【わ、妾も手伝う……。さっさと片付けようぞ】
ゴードンとシルバリエは『不浄の魔王』の怒りを露わにした態度に、明らかに恐れ慄いていた。
【と、いう訳だ羽虫。悪いが遊びは終わりだぞ】
ゴードンのそんな言葉を合図に、シルバリエもミュンの方に右手を差し向け、本格的に戦闘に参加する意を示す。
それは、ゴードンの相手だけでも手一杯だったミュンにとっては、最悪の状況と言って良い。
おまけにミュンは、リネアだけでなく、周りの状況についていけずに唖然としているノノの父親まで護らなければならない。
「状況なんて、とっくに詰んでるけど……。それでも、最後まで足掻かなきゃ」
ミュンがそう決意を新たにした瞬間──
「そんな危険を犯す必要はない……。ミュンは頑張った……。後は任せて」
リネアの声がミュンの下に届いた。
片耳が聞こえなくなり、同じくらい距離が離れているシルバリエの言葉は拾えなかったのに……
リネアの〝その声〟は、はっきり聞こえた。
そして、それとほぼ同時に、
『──使用限界──抜剣を解除します──』
ミュンの聖剣が『抜剣』の終わりを告げる……。
本来ならば、さらに絶望的な状況に追い込まれたと言えるが──
ミュンの『抜剣』の終わりは、つまり……
ほぼ同時に『準備段階』に入った、リネアの『抜剣術』の発動条件が全て揃った事を意味する。
「ここからは……こっちが反撃する番。私の〝大切な幼馴染〟を傷つけた事……後悔させてやる」
普段は感情の起伏が少ないリネアが、静かに激怒していた。
ミュンは、そんな幼馴染の想いを受け、目元が潤むのを感じたが……
何とか堪えて、前を向くのだった。




