【18】ミュン&リネア 開戦前
リリアの指示通り、ミュンたちは繁華街を訪れ、そこに潜入したであろう魔王を探していた。
聖剣教会の信徒たちに事情を話し、避難指示を出し終わったアリシアも同行している。
アリシアは聖女の資格を持つ者……
『回復』の神聖術なども得意なため、怪我人を救助するため各所を回るつもりで、手始めにミュンたちに同行していた。
それが、ノノにとっては〝不幸中の幸い〟だったと言えるだろう……。
「アリー、早速で悪いけど……何とか出来そう?」
『不浄の魔王』を吹き飛ばしたミュンは、床に倒れたまま僅かに痙攣しているノノにチラリと視線を向け、アリシアに問う。
そう言っている間にも、すかさずサブウェポンを引き抜き、警戒体制を取った。
目線は、飛んで行った『不浄の魔王』の方に向けたままだ。
そんなミュンの問いに、アリシアは、
「うん、それは大丈夫だよ。心臓を綺麗に抜き取られてるのが幸いしたね……。身体が〝死に気付く〟のに時間が掛かってるみたいだし……」
そう返答しながら、ノノの身体に『回復』の神聖術を施していく。
「ただ、無くなった心臓を一から再生しないといけないし、並行して生命維持の『回復術』をかけ続けないといけないから……それなりに時間がかかるよ? その間、姉さんたちの補助もできないし……この娘を助ける事ってそんなに重要?」
純粋な疑問だったのだろう。
人類の救い主……〝聖女〟らしからぬ発言だが、アリシアは、「大を補助するために小を見捨てるべき」と暗に言っているのだ。
アリシアは、〝身内〟に対して無条件に天秤が傾く傾向にあり、〝他人〟に対しての優先度が著しく低い。
わかり易くいえば、アリシアの中での優先順位は、
身内>(越えられない壁)他人>自分
と言った感じだ。
「アリーの考え方を否定するつもりはないけど……今は、お願い」
普段はユラン絡みの事で、おちゃらけてばかりのミュンの真剣な様子に、アリシアも渋々といった様子で、
「姉さんたちがピンチになったら、すぐに中断するからね」
と、〝実質上〟ノノを見捨てる宣言をした。
何故、そうなるのかと言うと──
『痛くは無いけど、酷いなぁ……。大事な一張羅が汚れたじゃないか』
『魔王』相手に、ミュンでは太刀打ちできないと分かっているからだ……。
『不浄の魔王』は、ミュンの開口一番の強打に対して、まるでダメージを受けてておらず平然と歩いてくる。
それどころか、既に薄汚れてボロボロの衣服が、さらに傷んでしまう事を心配していた。
ミュンたちなど、歯牙にもかけていない様子だ……。
「私が時間を稼ぐから、リネアは『抜剣術』の準備をお願い……。この戦いは、貴方の『特級聖剣』の力にかかってるんだから」
ミュンの言う通り、ミュンが持つ『貴級聖剣』では『魔王』クラスの魔族にダメージを与える事は出来ない。
抜剣レベルが相当に高ければ話は別だが……現在のミュンは『レベル4』。
結果は言うまでもない。
ただ、リネアの『特級聖剣』は、レベル4以上の『抜剣』さえ可能ならば、威力は『神級聖剣』並である。
勝機は十分にあると言えるだろう。
……あくまで『抜剣』できればの話ではあるが。
*
リネアの『特級聖剣』の『抜剣(レベル4以上)』発動には、特別な〝三つの条件〟が必要となる。
1……相手から明確な敵意を向けられる事
2……1の条件を満たした状態で、レベル3までの『抜剣』を使用せずに、聖剣の柄を握り続ける事
3……1、2の条件を満たした状態で、規定時間経過する事
これらを、全て完璧に満たさなければ発動できない。
さらに、準備段階で発動する抜剣レベルを選択する必要があるため、途中で用途に応じて『抜剣』を切り替えることも出来ないと言う……何とも使い勝手の悪い『抜剣』であった。
しかし、今の状況下ではそこにしか勝機を見出せないため、無茶だとしてもミュンたちはリネアの『抜剣』に賭けるしかなかったのだ。
*
「ミュンが旦那様以外の事で……ここまで怒るなんて。私は感動した。一寸の虫……いや、〝一介の変態にも五分の魂〟……。幼馴染として、全力で力を貸す」
「……アンタ、後で覚えてなさいよ」
『魔王』を目の前にしてそんな事を言い出すリネアの胆力も凄いが、ミュンもそれにキッチリと言い返していた。
この二人にとっては、リリアが感じた『戦いを前にして緊張』などと言う感情とは無縁なのだろう……。
「じゃあさっそく……。ミュン、後は任せた。私を護ってね」
「きゅるるん」と効果音が出そうなほど、媚び媚びの笑みを浮かべ、リネアが言う。
「……」
ミュンは、心底嫌そうな様子で顔を顰めるが、
『やる事はキッチリやる』
と言った様子で、リネアを背にして『魔王』と対峙した。
すると、リネアはすかさず──
「へい! そこのダサい格好の男の人! センスないね! お母さんに買ってもらったの?」
『不浄の魔王』に対して、そんな事を叫んだ。
自分に敵意を向けるための発言だが……。
「アンタ……それって、まさか悪口のつもりなの? 相手は『魔王』よ。そんな安い挑発に乗る訳が──」
ミュンがリネアの発言に、呆れた様に言うが──
『この格好のどこがダサいんだごらぁ! ボロボロだけど、遠い昔にママに買ってもらった大事な服だぞ!!』
『不浄の魔王』が涙目で叫び返した。
「乗っちゃったよ。それに、本当にお母さんに買ってもらったんだ……。ていうか、『魔王』にお母さんなんているの?」
「ふふ……。相手の痛いところを的確に突く。計算通り……Vだね」
「絶対に偶然でしょ……」
ミュンとリネアがそんなやり取りをしていると、突然、リネアの聖剣から無機質な声が響く。
『条件が整いました──抜剣の使用レベルを選択してください』
「レベル4」
リネアが聖剣の声に、そう返答すると、無機質な声は続ける。
『承認──レベル4使用可能まで──30分です──カウント開始』
そう言った以降、リネアの聖剣は何も発する事はなく押し黙った。
ただ、聖剣全体が、淡い金色の光を放っている。
『てめぇら、俺のアイデンティティでもあるこの服を馬鹿にしやがって……。絶対に許さねぇ』
さっきまでの落ち着いた様子は形を潜め、『不浄の魔王』の口調は荒々しく、粗暴なものに変わっていた。
「いやいや、馬鹿にしたのはリネアでしょう。私は良いと思うわよ? お母さんに買ってもらった……ぶふぉ! ……おほん。その一張羅」
『ぶっ殺す』
『不浄の魔王』は、怒り心頭に発するといった様子で、右手を天に掲げて叫んだ。
『ゴードン! シルバリエ! ここに来て、こいつらを殺せ!!』
ズゥン!
『不浄の魔王』の叫びと共に、天空から二つの影が降り立った。
その衝撃で地面が砕け、大きなクレーターの状のクボミができる。
「なに……コイツら……」
そこに立っていたのは──
〝全身金色の大男〟と、〝全身銀色の痩身の女性〟であった。
『コイツらは俺の眷属だ! テメェらを殺すな! 俺が出るまでもねぇ!』
『不浄の魔王』がそう宣言すると、それに応える様に、金ピカの大男と銀ピカの女性は──
【おやおや、主殿……。この様な人間臭い場所に我々をお呼びになるか】
【まったく、まったく……。人間が放つ悪臭は美容に良くないと言うのに……】
金ピカ──ゴードンは、鼻をつまみながら……
銀ピカ──シルバリエは、頬に手を当てながら答えた。
「眷属って事は……〝魔物〟って事よね? 何で普通に喋ってるの? 知性があるって事?」
事の重大さに、一番最初に気付いたのはミュン。
ミュンの頬に一筋、タラリと汗が伝った。
『俺は、他の『魔王共』とは違う。〝雑魚〟を量産なんてしねぇ……。やるなら、目一杯力を込めた〝最強の眷属〟だ。こんな器用な事、出来る奴は少ねぇけどな』
自慢気にそう語る『不浄の魔王』に、ミュンの後ろで、それを聞いていたリネアが言う。
「あれだけ怒っておいて……手下に任せるなんて……。格好だけじゃなくて──」
バッっと、ミュンが手を差し向けて、リネアの発言を遮る。
「リネア、これ以上『魔王』を挑発しないで」
ミュンは、腰を低くして『抜剣』の体勢をとる。
「あの魔物……恐ろしく強いわ。多分、私よりもずっと……。これ以上何かされたら、本当に手がなくなる……」
このとき、ミュンは初めて焦った様な表情を見せるのだった……。




