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【16】リリアVS悪食の魔王

 リリア・リアーネの『神級聖剣』の属性は『水』である。


 超攻撃的な属性であるユランの『(いかづち)』や、多数の敵の殲滅に向くグレンの『死』などとは違い、どちらかと言えば『防御』や『補助』に特化した属性だ。


 『抜剣』能力も、本来であれば一対一で、更に複数人の味方が居てこそ真価が発揮されるものと言って良い。


 現に、この能力が原因で、回帰前の世界ではシリウス〔リリア〕と敵の魔王等を一対一に持っていかなければならず──


 ユランたちは、その対応に苦労していた。


 今は……


 『で、その〝水の戦士〟さんは、一人でオイラの相手をするつもりなのかい?』

 

 上級種の魔物を含めれば、リリアの相手は100対以上にも及ぶ。


 はっきり言って、分が悪い戦い──今より数倍は強かった回帰前でも、『抜剣』の特性から考えれば〝詰み〟と言って良い状況だ。


 一対一でなければ、真価を発揮できない聖剣……。


 それが、リリアが『最弱の神人』と呼ばれる所以であった。


 『人間ってのは、本当に馬鹿だよね。勝ち目のない戦いだって分かんないのかな? アンタがどれだけの力を持ってたって──精々、貴級聖剣がいい所だろう? それじゃあオイラには勝てないよ』


 『悪食の魔王』は、どこか哀れみを含んだ視線をリリアに向け、ため息混じりに言う。


 『かと言って、〝仲間〟を呼ばせるつもりはないんだけどね……。『雷神(らいじん)』や『死神(しにがみ)』なんてバケモノに出てこられても──困るのはオイラだし』


 『雷神』とはユラン。


 『死神』とはグレンの事なのだろう……。


 「やはり、その中(バケモノ)に『水神(すいじん)』の名前は無いのですね……」


 リリアは自嘲気味に呟く。


 (魔王ですら知っている……。それが(わたくし)の立ち位置なのでしょうね……)


 その事で嘲笑されるのは、今に始まった事ではない。


 自分の聖剣が〝神級〟だと分かったときから、何かと(グレン)と比べられ、周りから散々言われてきた事だ。

 

 だから、今更そんな事を気にする訳もない……。


 リリアは、時計塔の上から辺りを見渡す。


 眼下には『悪食の魔王』に恐怖し、逃げ惑う人々の姿がある。


 (きっと、助けに来たのがお兄様なら……この人たちも余程、安心できたのでしょうね)


 同じ神人なのに随分と扱いが違うではないか。


 同じ、〝人類の希望〟のはずなのに……。


 自嘲気味に俯くリリアに、『悪食の魔王』はやれやれと言った様子でため息を吐き──

 

 『もうすぐ〝コレ〟も復活するだろうし、君は尻尾を巻いて逃げたらどうだい? まあ、オイラは逃すつもりはないんだけど──〝鬼ごっこ〟て言うのも楽しそうじゃない?』


 『悪食の魔王』はリリアを嘲る様に言うと、右手を差し出してしっしっと軽く振った。


 まるで、犬猫に対する態度だ。


 (他の貴族や、一般市民の方々に言われるのは我慢しましょう……。それは、私の実力不足が原因ですし)


 『悪食の魔王』の嘲りを受け、リリアは装着していた仮面に右手をやり──掌で掴む。


 ピシッ──……


 仮面が──リリアが握った部分から、音を立ててひび割れていく。


 (ですが……)


 そして、リリアはゆっくりとした動作で仮面を外した。


 ピシッ──……


 ピシピシッ──……


 しかし、仮面を握る力は弱まらず、ついに──


 ボゴンッ!!


 派手な音を立てて、仮面が粉々に砕け散る。


 そして、リリアは──


 

 「馬鹿にするのか──三下魔王(ごと)きが、神人(わたくし)を……」



 喉を鳴らす様に、驚くほど低い声で言った。

 

 ゾクリッ──


 『悪食の魔王』は、リリアの発した声に言い知れぬ恐怖を感じ、思わず背筋が震える。


 『──チッ』


 大した事なさそうだと思っていた相手にビビらされ、『悪食の魔王』はそれを誤魔化すために軽く舌打ちする。


 ──思っていたのと違う。


 絶対に、ただの聖剣士じゃない……。


 すぐにそう判断し、『悪食の魔王』は、軽く右手を上げた。

 

 バッ! バッ! バッ!


 それを合図と取ったのか──


 『悪食の魔王』の周辺を漂う様に飛行していた『上級種の魔物』が、次々とリリアに向かって突進して行く。


 リリアに対する牽制のつもりなのだろう。

 

 「……」


 迫り来る数体の魔物に対してリリアは──


 ギュッと握った右手を無言で見下ろした。


 そこには、それなりに丈夫そうな石片〔砕けた仮面の欠片〕が握り込まれており……


 そして、右手を大きく振りかぶったかと思うと──


 ブゥン!  


 手に持っていた石片を、魔物に向かって力一杯投げつけた。


 それは、ただの投石技に他ならないが、


 シュパパパパン! 


 と、空気の抵抗を打ち破るほどの轟音を立てながら、石片は魔物に向かって飛んでいく。


 矢よりも圧倒的に速い──弾丸の様なスピードで飛んでくる礫を、上級種程度の魔物は避ける事もできず──


 ズドドドドドッ!!


 激しい衝突音を立てながら、上位種の魔物に直撃し炸裂した。


 『なんて馬鹿力だ……こいつ』


 礫が当たった衝撃で一瞬のうちに絶命し、ボトボトと地面に落ちて行く数体の魔物たち。


 そんな光景を見ながら『悪食の魔王』は、『抜剣』も使わずに魔物を倒す人間の存在に戦慄していた。

 

 実際には、リリアはユランから習った『隠剣術』を使用しているため、全くの生身という訳ではないのだが……。


 そんな事を知る由もない『悪食の魔王』は、心底驚いた様な顔で固まっている。


 そしてリリアは、今だに露店街を逃げ惑う人々に、チラリと目をやると──


 「ここにお集まりの皆様! とくとご覧なさい!!」


 登場時よりも何倍も大きな声で、声高らかに叫んだ。


 拡声器でも使ったかの様に大きく、


 澄み切って、驚くほど通る声に──


 逃げ惑うだけだった露店街の人々は、思わず声のした方向を見上げた。


 「私は〝水の神人〟リリア・リアーネ! 世間では〝最弱の神人〟と揶揄されていますが、本気を出せばこの通り! 『抜剣術なし』でも、魔物くらいはお茶の子さいさいですわ!」


 リリアは、敢えて『抜剣術なし』の部分を強調して一席ぶつ。


 そんな、リリアの演説めいた言葉を聞き、露店街の人々は足を止め……口々に騒ぎ始めた。


 「神人……? あの、王族よりも強いっていう?」


 「じゃあ、俺たち助かるのか? そんなに強い人なら……魔族だって」


 「え? でも、〝最弱〟って言ってなかった?」


 「関係ねぇよ! 神人って言えば、本当に神様みてぇに強えって話だ!」

 

 人々は神人(リリア)の存在に希望を見出し、祈る様な気持ちで見上げた。


 いや、中には跪いて、実際にリリアに対して祈りを捧げる者までいた。


 リーン・IIと名乗ったときには、感じられなかった空気だ。


 兎にも角にも、逃げ惑う人々の足は止まり、露店街の混乱も幾分か収まりがつく。


 リリアはそれを見てニヤリと笑う。


 これで多少は護り易くなった、と……。


 『リリア・リアーネってアンタ……あの〝死神(バケモノ)の妹かい?』


 リリアが〝神人〟だと分かっても、『悪食の魔王』の嘲る様な態度は変わらなかった。


 相手が『死神(グレン)』や『雷神(ユラン)』でなければどうとでもなる──


 そう言いたげな顔だ。


 『アンタも神人らしいけど……残念ながらアンタはオイラにとって〝バケモノ〟じゃない』


 『悪食の魔王』はフフンと鼻を鳴らすと、軽く右手を上げ、リリアに減らさせた分の魔物を再召喚する。


 「言ってくれますわね……」


 『悪食の魔王』の言葉に、リリアは面白くなさそうにツンとそっぽを向いた。


 『だって、アンタ噂じゃ『レベル3』なんだろ? それならオイラの敵じゃないのさ。『レベル3』でも〝新米〟程度なら、相手になるかも知れないけど……生憎、オイラは〝古参〟だ。油断も隙もないのさ』


 「……」


 実際、『悪食の魔王』の言う通りであった。


 いくら〝神級聖剣〟と言えども、『レベル3』までの恩恵は他の聖剣と同じ『身体強化』のみだ。


 グレンやユランの様に、『レベル4』〔特殊能力〕が発動できれば話は別だが……相手が多数の場合は、身体強化だけではかなり分が悪い。


 それでも、一対一での勝負ならば、身体強化の恩恵でゴリ押しもできる。


 しかし、今はリリア一人で、相手は上級種も含めれば100体以上だ。


 露払いもいない現状では、はっきり言ってリリアに勝ち目はない。


 何故なら、頼みの綱の『抜剣』には──


 『抜剣レベル3を発動──使用可能時間は15分です──カウント開始』


 制限時間があるのだ。


 リリアは、『悪食の魔王』の嘲りの言葉に惑わされる事なく、すかさず抜剣を発動させた。

 

 リリアの『抜剣』は、他の二人の神級聖剣の『レベル3』に比べて制限時間が極端に短い。


 どれを取ってみても、リリアには圧倒的に不利な戦いだ。


 それに、おそらくだが、今の様な状況下においては、回帰前のシリウス〔リリア〕てあっても敗北は必至だろう。


 『15分か……短いねぇ。だったら、オイラは〝時間切れ〟を狙って物量で押すよ』


 『悪食の魔王』はそう言うと、周りに漂っていた上級種の魔物の半数を、リリアに向かって突撃させた。


 『さあ、どれだけでも〝おかわり〟はあるよ! どこまで耐えられるのかな? あっと、念の為に人質もたくさん取っておこうかな……』


 そして、突撃させなかった分の魔物たちを──


 祈る様にリリアを見上げていた、一般市民に向ける。


 「……」


 リリアはそんな中、焦る事もなくジッと迫り来る魔物たちを見据えた。


 回帰前の世界では、リリアはこの様な状況下に置いて、多くの仲間を犠牲にして魔王に勝利してきた。


 ただ、勝利のために他者を犠牲にしてでも突き進む……。


 回帰前の──激動の時代においては、それが当たり前の事だった。


 いや……回帰前の〝未熟〟なリリアには、そうする事しか出来なかったのだ。


 いくら〝人類最強〟と呼ばれようとも……それは、比類するものが居ない時代であったから、そう呼ばれていたに過ぎない。


 決して、周りから認められた〝人類最強〟ではない。


 ならば、回帰前のリリアよりも遥かに弱い──〝今のリリア〟はどうすれば良いのだろうか。


 勝利のために、ここに居並ぶ人々の命を差し出し、無理矢理にでも勝利を捥ぎ取るべきだろうか?


 『まあ、気長にやってくれよ』


 『悪食の魔王』は上級種の魔物の上で、腕を枕にして寝転び、フリフリと手を振る。


 回帰前のリリアならば、迷いなく魔王討伐のために市民を犠牲にしていただろう。


 しかし、今のリリアは周りの助けもあり、精神面も大きく成長している。

 

 ブラッドソードの呪いで精神をやられ、極限まで追い詰められていた〝シリウス〟とは違う。


 リリアに、ここで〝市民を犠牲にする〟と言う選択肢はない。


 そして、精神面以外でも、回帰前と大きく違うところが一つ……。


 リリアは、静かに両眼を閉じると、サブウェポンを握ったままの左手を天高く掲げた。


 そして──


 『水の楔(オール・バインド)


 『拘束』の神聖術を唱えた。


 それも、『拘束(バインド)』の最上位(オール)だ。


 ギャリリリィ──……

 

 リリアが『拘束』を唱えた瞬間、数百本の水の鎖が突如として出現し、魔物たちを拘束して行く。


 ──これが、回帰前のシリウス〔リリア〕とは全く異なる部分。


 リリアに〝神聖術の才能〟があることを見抜いたユランが、その長所を鍛え上げた結果であった。

 

 程なくして、100体以上の魔物が〝全て〟水の鎖で拘束される。


 そして、水の鎖の餌食になったのは魔物だけではなく……。


 『ぐっ……。そんなバカな。100体以上を一度に『拘束(バインド)』するなんて……まるであの〝聖人(バケモノ)〟みたいじゃないか。それに、魔王であるオイラまで……』


 『悪食の魔王』も、拘束されて身動きが取れなくなっていた。

 

 『拘束』には魔力や神聖力を封じる効果も備わっているため、無理矢理引きちぎる事も出来ない。


 「私は確かに貴方の言うように、バケモノじみた強さは持っていませんわ。ですが──」


 リリアは、『抜剣』により強化された身体能力で、トンッと軽快な音を立てて時計塔の屋根を蹴り──


 数十メートルは離れているであろう『悪食の魔王』との距離を、軽々と詰めた。


 「『三下の魔王』如きに馬鹿にされるのは心外ですわね」


 そして、呟くようにそう言った後、サブウェポンを『悪食の魔王』に向かって振り下ろす。


 『やっはり貧乏クジを引いたな……。こっちも十分〝バケモノ〟じゃないか……』

 

 『悪食の魔王』は悔しげに呟くと……諦めたように目を閉じた。

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