【15】リリアの答え
「アリちゃん、辛いかもしれないけど……『サーチ』を使って王都内を探れる?」
未だに、本調子とは言い難いアリシア。
そんなアリシアを前に、心配そうな視線を向けながらも、リリアはそんな事を言った。
グレンの話では、聖人セリオスは王都の何処かでバル・ナーグを復活させようとしているらしい。
この時代においては、バル・ナーグの脅威など周知されていないため、リリアたちは『バル・ナーグ復活』をそれほど重く捉えていなかったし──
聖人セリオスにしても、こと戦闘力で言えば神人の方が上であると考えていた。
リリアにしてみれば、王都には──
人類最強の神人グレンがいて、
期待の神人であるユランがいて、
そして、他の二人に比べて劣ってはいながらも、神人である自分もいる……。
その他にも、国王のアーネストを始め、
その弟に当たる、現ロイヤルガード隊長クロノス
第一王女のジェミニ
第二王子のレオ
第四王女のアリエス
と、『皇級聖剣』の主が5人も現在しているのだ。
神人が3人と皇級が5人……。
これだけ猛者が揃っていれば、どの様な敵が相手でも負ける気はしない。
リリアはそう考えていた。
ユランが飛び出して行った理由は不明だが……リリアは、ユランの事をそれほど心配していなかった。
どんな逆境に立たされようとも、諦めずに最後まで戦う──
ユランはそう言う男なのだと、心の底から信じていた。
ならば、自分たちは自分たちの出来る事をしなければ……。
「まずは、どれだけの敵が王都に侵入しているのか、詳しく知らなければいけませんわね。お兄様はすでに敵と対峙している様子ですが……。〝あの人〟は放っておいても大丈夫でしょう」
リリアはグレンの事を、ユランとは別の意味で信頼している。
同じ神人であるはずのリリアが、心配する事が烏滸がましいと言えるほど、突出した戦闘力を持っている存在。
それが、神人グレン・リアーネだからだ。
「それで、『サーチ』なんだね……。わかった。やってみるよ、リリア姉さん」
「無理はしなくていいわ。出来る範囲でお願い」
リリアの要求を受け入れ──
鈍くなった思考を振り払う様に、頭をブルブルと左右に振った後、アリシアは『サーチ』を唱えた。
『サーチ』の神聖術は本来、自分の周辺の地形を正確に判断し、探し物をする時などに役立つ〝生活術〟に過ぎない。
ユランは応用を効かせ、暗所での移動や戦闘などに利用しているが……そんな使い方をする人間は稀だろう。
『サーチ』を発動し続けるには、それなりに集中力が要る。
『サーチ』を繰り返し使用し、〝慣れ〟なければ戦闘に利用することなど、そもそも不可能なのだ。
そんな、『サーチ』に〝慣れ〟ているユランであっても、『サーチ』の効果範囲は精々半径5メートル程度が最大。
しかし、アリシアの『サーチ』は──
「うん、だいぶ頭もスッキリしてきたし、〝王都全体〟が見渡せるよ」
規格外な効果範囲だった。
アリシアたちがいる場所が、〝王都の中心〟にある聖剣教会だと言う事も理由の一つではあるが……。
それを抜きにしても、常識では考えられないほどの効果範囲だ。
「うん。やっぱり、グー先生は誰かと戦ってるね。その近くにも、〝魔力〟持った知らない人……この人は、先生〔ユラン〕が前に言ってた〝魔剣士〟かも」
「アリちゃん、お兄様の事は放って置いていいわ。それよりも、王都の中で、強い敵意を持った者はどれだけいる? まさか、敵がその〝聖人〟一人って訳でもないでしょう」
「うん……。露店街に強い魔力を持つ奴がいる。これは〝魔王〟だね」
アリシアは事も無げに言う。
〝魔王〟クラスの魔族が王都に入り込んだとなれば、普通は一大事なのだが……。
神人や皇級が複数現在している事から、〝王都における魔王の出現〟はそれほど脅威だとは思われないだろう。
だが、それはあくまで出現数が一体だった場合だ。
今回に限っては──
「状況はあまり良くないね……。繁華街の方にも〝魔王〟が一体。ああ、王城の方にも〝魔王〟の反応があるよ。今はまだ、どの魔王にも目立った動きはないみたいだけど……」
複数の『魔王』が、同時に王都に侵入しているのだ。
「特に、先生が向かった〝王城〟には、強い魔力を持った『魔貴族』や『魔王』が複数いるみたい。王都の主力が集まる王城を集中的にを叩こうとしてるのかも……」
そんなアリシアの言葉を聞き、リリアは黙り込んでしまう。
しかし、その話を聞いたミュンは、
「リリアさん! やっぱり、ユランくんの所に行かないと!」
と言って、再びリリアに詰め寄ろうとし──リネアもその隣で、ミュンの意見に賛同する様に何度も頷いていた。
バッ!
リリアは、詰め寄ろうとするミュンを右手で制止し、未だに『サーチ』を発動中のアリシアに問うた。
「アリちゃん。バル・ナーグと言う魔竜の反応はわかる? それと、セリオスって聖人の居場所も……」
「セリオスって人は、多分、グー先生と戦ってる人」
「そう……。それならば、〝そちら〟は放置しても大丈夫そうですわね。誰が相手だろうと、お兄様が後れを取るはずありませんもの」
聖人の対策──
アリシアの言葉を聞き、リリアは〝ソレ〟を重点から外した。
ならば、残ったのは、散り散りに現れた『魔王』やらの対処と、『魔竜バル・ナーグ』への対策だけだ。
「魔竜は……って、何これ。魔力でも神聖力でもない力……。暴力の塊みたいな……まるで嵐みたい。こんなものがこの世に存在するの?」
『サーチ』でバル・ナーグの反応を捉えたのか、その力の一端を感じ取り、アリシアの顔が見る見る内に青ざめていく。
「アリちゃん、大丈夫?」
そんなアリシアの様子を見て、リリアが心配げに声をかける。
ミュンやリネアも、アリシアを気遣う様な視線を向けていた。
「大丈夫……なのかな? これ。まだ〝目覚めてない〟みたいだけど……。こんなのが街中で暴れたら……王都なんて一溜まりもないよ。復活を阻止する事を考え方がいいかも」
アリシアの口から飛び出した言葉に、ミュンやリネアは口を噤んで黙り込んでしまう。
そんな中でも、リリアだけは目を閉じて考え込み──
「いいえ、復活を阻止すると言っても方法がわかりません。とにかく様子を見つつ、『魔王』や『魔貴族』などを撃退していきましょう」
そう、結論を出した。
リリアは、「バル・ナーグが復活してしまったとしても、王都にはグレンやユランがいる……最悪、皆んなで力を合わせれば何とかなるだろう」などと考えていた。
それが、あまりに楽観的な考えだった事に後々になって気付くのだが……今のリリアには知る由もない事だった……。
*
「〝魔竜の封印体〟は露店街の『魔王』と一緒に居るよ。一緒に居るって表現が正しいかわからないけど……」
アリシアの『サーチ』により、バル・ナーグの封印体の位置も正確に判明する。
王都に現れた〝魔王〟は三体……。
リリアは考え込んだ末に──
「王城の件はユランに任せましょう。アリちゃん、今判明した事を〝念話〟でユランに伝えてちょうだい。敵の戦力の大半は、王城に向かっている様子だけど……ユランなら、王族たちの協力を得られれば、難なく乗り切れるはず」
アリシアにそう言い、さらに、
「それが終わったら、アリちゃんは聖剣教会の信徒たちを先導して『一般市民』の避難誘導をお願い。城下町が戦場になれば、計り知れないほどの犠牲者が出るわ。でも、体調が悪いのだから……決して無理はしないでね」
と指示を出した。
そして、アリシアに指示を出し終わったリリアは突然、心配気な顔になり、ミュンとリネアを見る。
「私は〝露店街〟に向かい、『魔王』の討伐……そして、出来るならば〝魔竜〟の復活を阻止するために動きます。貴方たちには──」
リリアは何かを言いかけると、ミュンとリネアに近付き……ギュと、二人をまとめて腕の中に抱き締めた。
「繁華街の〝魔王〟の相手をしてもらいたいの……。キツイだろうけど、頑張って欲しい。こちらが〝片付いたら〟すぐに助力に行くわ……」
ミュンの聖剣は『貴級聖剣』。
そして、リネアの聖剣は扱い辛い『特級聖剣』だ……。
この二人だけで〝魔王クラス〟の魔族と戦えと言うのは、荷が勝ちすぎる要求なのだろう。
しかし、そうだとわかっていても──
身体が一つしかないリリアは、この二人に〝無理なお願い〟と言うヤツをするしかなかったのだ。
「貴方たちは私の大切な、妹も同然……。だから、ダメだと思ったら無理をせずすぐにお逃げなさい」
リリアは、そう言って二人をを抱き締める腕に力を込める。
その想いに応える様に、二人はリリアを強く抱き締め返すと──
「リリアさん、大丈夫。私一人なら絶対に無理だけど……。リネアが一緒なら『魔王』にだって負けないから!」
「うん……。大丈夫だよ〝姉さん〟。私だって、ミュンが一緒なら戦える」
と、それぞれ口にした。
そして、それを聞いたリリアは、
「ありがとう」
と二人に向かって、感謝の言葉を返すのだった。
*
「そ、それじゃあ……か、各自、自分の出来る事を精一杯やりましょう!」
考えがまとまり、いざ実行へ──
と意気込んだのはいいが、リリアは急に緊張した様にソワソワし始めた。
「え、リリアさん。あれだけ感動的な感じにまとめたのに……今さら緊張してきたんですか?」
ミュンは、少しだけ呆れを含んだ、しかし、どこか微笑ましいものを見る様な目線でリリアを見る。
元々、リリアが内気な性格である事を知るミュンたちは、リリアが〝頑張って気を張っていた事〟に気付いており、それを見て何とも言えない和んだ空気になった。
そして、大きな戦いの前だと言うのに、〝良い意味〟で緊張がほぐれた様子だ。
「ほ、本番に弱いタイプなので……」
そんなミュンたちとは裏腹に、緊張を隠せない様子のリリア。
そこで、ミュンは──
「あまり緊張していると、良い結果は出ませんよ……。なので、〝コレ〟を貸しますので、使って下さい。でも、大事なものなので後で返して下さいね」
と言いながら、リリアの掌に〝ある物〟を乗せた。
それは──
「これは、仮面?」
真っ白な、飾りっ気のないピエロの仮面。
ユラン──神人リーンが使用している仮面と同じ物だった。
「これは、ユランくんが実際に着けたことのある仮面で、コッソリ──おほん! 私はすでに堪能し尽くしたので──えほん! とにかく、私の宝物だけど……リリアさんには特別にお貸しします。ユランくんと一緒に居るみたいで、勇気が出るでしょ?」
仮面を差し出しながらそんな事を言うミュンに、リネアはドン引きしていたが──
ミュンの〝あまりにいつも通りな姿〟に、リリアは思わず「ふふ」と笑ってしまい、少しだが緊張がほぐれた様子だった。
「あと、もっと緊張をほぐす良い方法があります。これを着けて、〝一番高い場所〟で名乗りを上げてください。恥ずかしがらずに、大声で。そしたら、緊張なんて吹き飛びますよ……。私の体験談ですから、間違いありません!」
自信満々に語るミュンに、リリアは微笑みながら──
「それも、良いかも知れませんわね。ミュンを信じてやってみますわ」
と応えるのだった。
*
と、その結果が〝コレ〟である。
思い切って、露店街の一番高い建物〝時計塔〟の屋根に上がり、声高々に『名乗り』を上げたリリア〔リーン・II〕。
助けを求めていた一般市民だけでなく、敵である『魔王』ですらドン引きする始末だ。
『一般市民』や『魔王』からしてみれば──
『人々のピンチを尻目に、〝わざわざ高い所に登って〟さらに、〝珍妙な仮面を装着〟して、〝それっぽい名前を高らかに語る〟』
はっきり言って、ただの目立ちたがり屋にしか見えない。
リリアは失念していた。
ミュンは、〝目立ちたい〟と言うよりも、不特定多数の前で〝ユランとの関係を高らかに叫びたい〟と常に考えている、変わった女の子だと言う事を……。
おそらく、ミュンにとっては、それが戦う前の儀式の様なもの……。
一種のルーティーンなのだろう。
周りにドン引きされ、陰で笑われようとも、ミュンにとっては〝ユランとの関係〟〔一部捏造〕を高らかに宣言する事は、恥ずかしくも何ともない誇らしい行為なのだ。
いや、ミュンはむしろそこに快感を覚えるへんた──
「……」
リリアは、そのとき感じた憤りの全てを……『悪食の魔王』にぶつける事にするのだった。




