【14】それぞれの戦い
魔竜バル・ナーグの復活。
回帰前の世界では、〝これ〟が人類の大半が滅亡する原因になった。
ある日、何の前触れもなく復活して暴れ回った〝厄災〟。
これに対して、『魔女アリアの誕生』が原因で衰退し切っていた王国が対処できるはずもなく……。
王国は一夜にして崩壊した。
アーネスト王国最後の正統国主、アリエス・セタ・フリューゲルが崩御したのもこの事件が原因だ。
ユランたちが『鎧の魔王』との戦闘の際、〝アーネスト王国〟の名を示して戦ったが──
そのときは既に王国は滅びており、ある男──〝偽りの国主〟スコーピオンが掲げた、〝滅びた王国〟の名を名乗りに上げ、戦っていたにすぎない。
滅びゆく王国の姿を間近で見ていたユランは、回帰前の世界に思いを馳せた。
完全に偶然だったとは言え、アリシア──
『魔女アリア』に成るはずだった少女を、こちらで保護する事ができた。
しかし、これで〝魔女の誕生〟を完全に防げたのかと言われれば、ユランにも「そうだ」と断定できる自信はなかった。
何故ならば、ユランには『回帰前の世界においての魔女誕生の原因』がまるでわかっていないだ。
それが、突発的なものなのか……。
それとも、何者かが計画したものなのか……。
それが判明しなければ、現世でも『魔女誕生』が起こる可能性は十分に残されている……。
ユランにとっては、2年前、アリシアが10歳になった際に受けた『聖剣授与式』で、彼女が〝聖女〟であると判明したときから、アリシアの扱いに困っていると言うのが正直な所だ。(聖人は体内に聖剣持つため、この世界の人間で唯一、聖剣を授与出来ない)
なにせ、アリシアが〝魔女化〟する原因に皆目見当がつかないのだから、ユランとしては考えなしに接す事ができない。
ならばいっそ、聖女の事をよく知る〝聖剣教会に丸投げする〟という考えもなかった訳ではない。
教会の信徒ならば、〝聖女〟であるアリシアを決して無碍には扱わないだろう。
実際、アリシアが聖女だと分かった際には、教会内は大変な騒ぎになり──
教会の神官たちは、ユランたち〝神人〟そっちのけでアリシアを敬った。
アリシアの『聖剣授与式』を担当した神官ノリスなどは当初──
「どこの馬の骨とも分からない子供の授与式など……」
とブツブツ不満を漏らしていたが、授与が正常に行われない事から、アリシアか聖女だと判明すると、まるで『神を前にした信徒』の様に涙を流して感動しだす始末だ。
余談だが、ノリスは〝聖女を見出した功績〟から、聖剣教会の長──『教皇』の候補に名前が上がるほど出世を果たしたらしい。
そう言った理由から、聖剣教会に預ければ、アリシアは正当な〝聖女としての扱い〟を受ける事が出来るだろう……。
しかし、ユランは『アリシアを〝他人〟に任せる』と言う選択を取らなかった。
何故かと言われれば、〝これ〟の理由を説明するのは難しい。
大まかな理由としては、ユランが単純に『嫌だと思ったから』なのだが……。
これには、アリシアが〝無意識〟に使用している〝聖眼〟の効果が多分に含まれており──
ユランの心からの気持ちかと問われれば、判断が難しいところなのだ。
神人であるユランは、アリシアの聖眼にもある程度抵抗する事が出来るし、その効果にも気が付いている。
しかし、聖眼の効果を通して、アリシアの『ユランと離れたくない』という強い意思が伝わってくるため、無碍にもできず──
微妙に抵抗できずに、今に至っているという訳だ。
ユランにとっては、少しずつ〝薬漬け〟されていく様な奇妙な感覚だった。
さらに、アリシアは聖眼の効果を〝ユラン以外には使用していない〟らしく、それもユランにとっては注意し辛い原因になっている。
自分だけなら、まあ……。
などと、自分の事を顧みないユランの悪い癖が出ていた。
ユランは、アリシアを魔女にしないために手を尽くしているつもりだが……
ここに来て、ニーナから聞いた話はユランにとってまさに寝耳に水だった。
〝魔女復活〟を阻止しようと行動していたはずが、〝別の厄災〟──『魔竜バル・ナーグの復活』が間近に迫っていると来ている。
これらに因果関係が有るのかは今のところ不明だが、ユランにしてみれば正に、『あちら立てればこちらが立たぬ』状態だ……。
(まあ、一番防がなければならない最悪の事態は、『厄災が二つ同時に発生する』と言う状況だ……。対処方法が明確な『バル・ナーグ復活』が先に起きそうなだけ、良かったと言えば良かったのか?)
ユランはそんな事を考え、聖剣教会内の中庭ベンチに腰掛けていた。
眼前には色とりどりの花が咲き誇る『花畑』が広がっており、そこにアリシアがちょこんと座り込んでいる。
のほほんとした顔で、花畑を飛び回る蝶々と戯れる姿からは、回帰前の──『王国を崩壊に追いやった魔女』の姿は想像できない。
「アリーもここ数年で、だいぶ元気になってきたね」
アリシアの姿を眺め、物思いに耽っていたユランに、すぐ右隣からそんな声が掛かる。
ニコニコ笑顔でアリシアの姿を眺め、頬に手を当てながら嘆息するのはミュンだ。
「ふふ、これは私の教育の賜物……。ミュンは何もしてない……」
そんなミュンの言葉に対して、そう返したのは、ユランの左隣に座る給仕服の少女、リネアだ。
「は? アリーは私の〝娘〟に等しい存在よ。私の教えが良かったに決まってるでしょう? 冗談は、そのストーカー気質な性格だけにして欲しいわね」
リネアに対して、煽る様な言葉を返すミュン。
「キモイ性格のミュンより……全然マシ。それに……ストカー気質はミュンも同じ」
勿論、互いに売られた喧嘩は買う主義〔リネアはミュンに対してのみ〕である二人の間には、バチバチと火花が散る。
「おやめなさいな。アリちゃんは誰の〝娘〟でもなく、〝皆んなの娘〟でしょう? まあ、育てたのは私ですけど……」
二人を宥める風に見せて、ただ煽るだけの言葉を放ったのは──ベンチに座るユランに、背後から抱きつく様に顔を寄せるリリアだった。
「あの、皆んな……動き辛いんだけど」
無駄だとわかっていながら、一応、三人の行動を嗜めるユラン。
便宜上の〝謹慎〟が解け、気分転換にアリシアを誘って中庭に出てみたが──その結果が〝これ〟である。
誘ってもいない三人に見つかり、彼女らはユランの了承も得ずに勝手に中庭まで付いてきていた。
「あんなに痩せ細って、身体も小さかったアリちゃんが……こんなに立派になるなんて」
リリアはそう言って、感慨深いといった様子でアリシアを見る。
……ユランの抗議は、完全に無視された。
リリアの言う通り、ユランと出会ったばかりの頃のアリシアは痩せ過ぎており、身体も驚くほど小さかった。
初見で、ユランはアリシアの年齢を4、5歳位だと予想していたのだが……。
そのときのアリシアの実年齢は、8歳である事が後に判明したのである。
満足に食事も与えられておらず、身体も碌に成長できていなかったアリシア──
そんな状態から言って、誘拐される前からアリシアが碌な目にあっていない事は明らかだった。
ユランに保護され、清潔な環境で栄養のある食事も与えられた事で、アリシアは見る見る内に健康を取り戻していき、スクスクと成長していった。
12歳となった今では、胸は控えめなものの女性らしい肉体を取り戻していた。
「それについては……私もリリアさんに同意……。アリシアちゃんは元気になった」
「そうね。流石は私の〝娘〟」
「……はぁ。アリシアちゃんに、ミュンのキモさがうつらないか心配……」
「は?」
「……だから、おやめなさいって」
そんな険悪とも取れるやり取りをしつつも、ユランたちはそれぞれ、アリシアに温かい視線を送るのだった。
*
それは、突然の知らせだった。
聖剣教会の広場──その中心に座っていたアリシアが、突然頭を抱えて蹲る。
アリシアの異変を見て、ユランたちも慌てて駆け寄った。
「せ、先生……ご、ごめん。先生に伝えないといけない事が……。で、でも……頭が……」
アリシアは地面に突っ伏してしまい、苦しそうに呻き声を漏らす。
ぐわんぐわんと揺れている様に、頭を動かすアリシア……。
アリシアが、突然苦しみ出した原因が分からず、声を掛け続けることしかできないユランたち。
そんな状態が、しばらく続いた後──
「も、もう大丈夫。まだ、頭が揺れてる感じがするけど……何とか抵抗できた」
未だに苦しげではあったが、アリシアは立ち上がって話が出来る程度には回復していた。
アリシアが苦しんでいたのは、セリオスが念話に無理矢理割り込んだ事が原因であるが──
その状況から見ても、セリオスの方が、アリシアよりも強い神聖力を持っている事がわかる。
「グー先生から念話が飛んできた……。王都に危機が迫ってるって……」
「お兄様から?」
アリシアの言葉にいち早く反応したのは、念話を送ったグレンの妹、リリアだ。
*
アリシアはグレンから伝えられた事柄を、ユランたちに話した。
大昔に死亡したはずの〝聖人セリオス〟が実は生きており、王都を攻撃しようとしている事、
その聖人が、バル・ナーグという古の竜を利用し、王都内で復活させようとしている事、
どれを取っても現実的とは思えない内容に、半信半疑の女性陣だったが……。
ユランだけはアリシアから聞いた話を受け、戦慄し……ブルリと身を震わせた。
(聖人セリオスだって!? 聖女アリアではなく? そんな奴、回帰前には居なかったはずではないか……)
ユランは〝何かの間違いであって欲しい〟と、頭を抱えるが……。
アリシアの真剣な様子から、とても冗談を言っている様には見えず、頭の中がどんどん混乱していく。
(セリオスという人物が〝聖人〟……回帰前のアリアと同等の力を持っているなら、完全にお手上げだ)
グレンが〝人類最強〟と呼ばれる神人であっても、厄災レベルを相手に太刀打ちできるとは思えない……。
厄災は、一個人がどうにかできる代物ではないのだから……。
ユランはそう考える。
魔女アリアは好戦的な性格ではなかったため、王国の大半を滅ぼした事で満足して引き篭ってくれたが──聖人セリオスは?
そもそも、何故、平和の象徴たる聖人が王都を攻撃するんだ?
ユランの頭の中は大混乱に陥り、正常な判断を下す事が困難になっていた。
そんな理由からか、ユランは──
「まずい。こんな危機は予想してなかった……。バ、バル・ナーグだけでも何とかしないと。ニ、ニーナは? 〝あれ〟がないとバル・ナーグすらも……。一体、どうすればいいんだ。とにかく、〝王城〟に行って、危機を知らせないと……」
一人でブツブツと呟き始める。
「ユランくん、大丈夫?」
そんなユランの姿を見て、ミュンが心配そうに声をかけるが──
「行かないと!」
と、突然声を上げて走り出してしまう。
……聖剣教会の外に向かって。
「「ユランくん!?」」
突然走り出したユランを引き止めようと、ミュンとリネアが焦った様子で、ほとんど同時に走り出そうとする。
しかし──
「お待ちなさい」
集まったメンバーの中で唯一、冷静な表情のリリアが二人の前に立ち塞がった。
「リリアさん、何で止めるんですか!? ユランくんが行っちゃう!」
「……そうです。……私たちは、ユランくんが居ないと……」
ものすごい剣幕で詰め寄る二人に、リリアは──
「二人とも、冷静におなりなさいな。ユランは〝王城に行く〟と言っていました……。ならば、そちらへの報告は任せましょう。それよりも、私たちはアリちゃんの話をもっと詳しく聞いて……適切に対処しなければ。〝王都の危機〟なのですから」
冷静沈着に、『自分たちがやるべき事』、『やらなければならない事』を見極めようとしていた。
そこには、他の二人の神人に比べて、頼りないと言われる〝最弱の神人〟の姿はなく──
弱き人々のために戦う、〝強き神人〟の姿があった……。




