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【13】訪問、そして……

 「終わったぁー……。まあ、これも一部に過ぎないんだろうけど」


 執務室に篭りきりになってから、約一週間──


 グレンは山積みになった書類〔処理済み〕を前に、執務机に突っ伏して両手を伸ばした。


 「ご苦労様です。本当に一週間……ほとんど、睡眠どころか、休憩も取らずに執務をこなすなんて。神人の体力って一体どうなってるんですか?」


 グレンの側に控え、労いの紅茶を用意していたリブラは、一週間ほとんどぶっ続けで作業をしていたグレンに呆れつつ、そう言った。


 「いや、流石の僕も体力の限界……。今にも倒れそうだよ」


 そんな事を言いつつも、グレンの身嗜みには一切の乱れがない。


 親しい間柄の人間にも、弱みを見せることを嫌うグレンらしい行動の現れだった。


 「シャワーでも浴びて、少し横になろうかな……」


 グレンは、寝不足でクラクラする頭を軽く左右に振ると、コメカミ辺りを指で摘んだ。


 「そうですか……。実は、そんなグレンくんに朗報がありまして」


 「……今かい?」


 チャームポイントをクイっと上げて言うリブラに、「仕事の話かな?」と気を引き締めるグレン。


 「こういうときのために、新しいネグリジェを用意したんです。ほら、スケスケのやつ……。どう思いますか?」


 リブラが取り出したのは、彼女の発言通りの──着ている意味が全くないほど生地の薄い、シースルーのネグリジェだ。


 いや、ある意味用途としては正しいのかもしれないが……。


 しかし、それの感想を求められたグレンの答えは──


 「……? この時期にそれは、ちょっと寒いかも」


 などと言う、リブラの期待を大きく裏切るものだった。

 

 「この、フニャ○ン野郎が」


 「こら、リブラ……。流石にそれは品性に欠けるよ。あと、相変わらず口が悪い」


 王都に危機が迫っていると言うのに、相変わらずの二人のやり取りであった……。


         *


 コン コン コン


 「グレン様……。少しよろしいでしょうか?」


 執務が終わり、リブラとの〝日常会話〟も終わったため、寝室に引き篭もろうとしていたグレン。


 しかし、控えめなノックと共に、思わぬ来訪者がそれを阻む事となった。


 ちなみに、リブラは所用で席を外している。


 「どうぞ」


 グレンは簡単に返事を返し、入室を許可する。


 しかし、『緊急の用事でない限り、リブラを通すように』と、従者たちに言い付けてあったため、ろくな用向きでない事は明らかだ。

 

 ノックの主は、声からして、初老の男性従者──ノーマンの様だった。


 ノーマンは三代前の当主の時代から、リアーネ家に仕える古参の従者だ。


 四年前の事件の折に、ホフマンが暇を出した従者の一人だが、事件解決後グレンがリアーネに呼び戻していた。


 グレンやリリアの幼い頃を知る──彼らにとっては本当の祖父の様な存在で、グレンもノーマンに全幅の信頼を寄せている。


 「失礼します」


 ノーマンは短く断りを入れると、執務室の扉を開けて室内に入った。


 そして、執務室の中ほどまで歩いてくると──


 「お客様です」


 やれやれとため息混じり言い、肩をすくめる。


 「そうかい。ご苦労様」


 ノーマンの言葉に、〝それ〟が何でもない事の様に答えるグレン。


 そんな二人のやり取りを間近に見て──


 「貴方たち……流石にそれは……。私は、滅多な事では驚かないんですけどね」


 ノーマンのすぐ後ろに立っていたソリッドが、心底、驚いた様に呟く。


 ノーマンの首元には、ソリッドが突き付けたサブウェポンの刃が当てられ、それがギラリと鈍い光を放っていた。


 「わたくしは既に老人ですから。今更、死など怖くないのですよ。それに、わたくしを〝人質に取ったくらい〟でグレン様がどうにかなるとでも? ……ふう」


 その落ち着き過ぎている態度を見て、ノーマンが言っている事がハッタリではないと悟ったソリッドは──


 「ふーっ」と大きなため息を吐き、サブウェポンを下ろした。

 

 「ノーマン、下がっていいよ。彼は、僕に用があるみたいだし……。構わないかな?」


 ノーマンが解放されたのを確認すると、グレンは落ち着いた様子でソリッドに問う。


 ──従者を人質に取り、強引に侵入してきた無頼漢に取る態度とはとても思えない。


 ソリッドはそう考えたらしく、


 「貴方、私に対する怒りとか何もないんですか? 妹君を誘拐した一味なのに?」


 などと言い、信じられないものを見る様な目でグレンを見る。


 「ああ。あの件なら、実際に攫われたのは別人(ユランくん)だったし、リリアじゃなかっただろう?」

 

 「そう言う問題なんですか……?」


 ソリッドは、リアーネ家の屋敷を訪れた際、グレンと話をするために『一発もらう』くらいの覚悟はしてきた。


 しかし、実際に対峙すると、当のグレンは呆れるほどあっけらかんとしている。


 ソリッドは、そんなグレンの様子を見て、本日何度目になるかわからないため息を吐くのだった。


         *


 グレンの指示を受け、執務室を出ていくノーマン。

 

 それと入れ替わる様に、所用に出ていたリブラが執務室に戻ってくる。


 衣服が所々擦り切れ、ボロボロの有様のソリッドに、リブラは一瞬だけ驚いた表情を見せるが──すぐに適応し、何も言わずにスッとグレンのすぐ後ろに控えた。


 「うーん……。警戒を怠ったなぁ。リリアは別としても、(ユランくん)は気付かなかったのかい?」


 ソリッドの話を聞き、グレンは一番最初にそんな言葉を漏らした。


 自分が執務にかまけてなければ、「王都に迫った危機に気付けていたのに」と言いたげだ。

 

 「ユラン氏は……アカデミーの入学試験で問題を起こしたとかで、現在は謹慎中です」


 「は? そんな話聞いてないけど?」


 「ユラン氏は、表向きは〝神人〟ではありませんから。まあ、些事(さじ)として片付けられたのでしょう」


 「君は相変わらず、耳聡いね」


 「情報は命ですから……。あ、ちなみにリリちゃんも、ユラン氏と〝一緒〟に聖剣教会に篭ったらしいです──」


 ドンッ!!


 「──よ」


 リブラが言い終わる前に、グレンが執務机を叩く音が室内に響く。


 そんなグレンの行動をあらかじめ予想していたのか、リブラは大して気にする様子もなく言い切った。


 「は?? ……君は、それを知っていながら、むざむざと二人きりにしたと言うのか?」


 「私に言われても困ります。それに、〝激ニブ野郎〟を相手にするリリちゃんの気持ちはわかりますし。私は止めませんよ?」


 「二人はまだ若過ぎる! 問題が起きたらどうするんだ!!」


 「ああ、目の前に何年もアプローチを無視し続けた、事例(クソニブ)の例がありますから……。リリちゃんも大丈夫でしょう。……ニブイ奴は呪われろ」


 「……? とにかく、大丈夫って事?? まあ、リリアは良識があるし……大丈夫なのか?」


 「……お前、いい加減にしろよ」


 その後、グレンが執務机を叩いた音よりも、さらに大きな音がし──リブラのチャームポイントが、また一つ破壊されるのだった。


         *


 「……そろそろ、本題に入ってよろしいですかね? あまり時間がないんですよ」


 グレンとリブラのやり取りに割り込めず、成り行きを見守っていたソリッド。


 話がかなり脱線しかけていたため、流石に話に割って入る事にした様だ。


 「200年以上も前に亡くなったはずの〝聖人〟が生きていて、王都を襲撃しようとしているなんて……信じ難い話だ」


 ソリッドの話を聞き、グレンは、王都襲撃に関しては疑うつもりもなかったが──襲撃犯が、遥か昔に死亡したはずの〝聖人〟であると言う点は、にわかには信じがたいといった様子だった。


 「それも、バル・ナーグだっけ? 古の竜を引き連れてやってくるだなんて……。まるで童話の中の物語だ」


 グレンは、魔竜バル・ナーグの存在についても認知しておらず、信じられないといった顔をするが──


 「半信半疑なところも多いけど、わざわざ王都まで僕を訪ねて来たんだ。君の話を信じよう」

 

 そう言って、外出する準備を始める。


 いや……サブウェポンなどを装備している様子を見るに、ただの外出ではなく、戦闘準備を整えている様子だった。


 「ノコノコと訪ねて来た身で言うのもなんですが。こんな話を無条件で信じるなんて……貴方、お人好しすぎませんか?」


 呆れた様に、そう漏らしたソリッドに対し、グレンは──


 「はは、別にお人好しと言う訳ではないさ。ただ、今の僕は〝四年前(あの時)〟とは違う。君が何か企んでいたとしても……何の意味もないと言うだけだよ」

 

 と、にっこりと笑った後……何でもない事の様に言い放った。


 ゾクリ──……


 ソリッドは、グレンが浮かべる笑顔に、底知れぬ恐怖を感じ──背筋が震える様な感覚に陥った。


 「ああ……。何か、有事の際にバッドコンディションで挑むことが多いなぁ」


 そんなソリッドの状態を他所に、グレンは寝不足の頭を軽く振り、あくびを噛み殺しながら言うのだった……。


         *


 「僕は聖剣教会にいる〝他の神人〟と、今後について話し合おうと思う……。ボロボロのところ悪いけど、一緒に来てもらうよ」


 グレンはそう言うと、ソリッドを伴ってリアーネ家の屋敷を出た。


 そして、聖剣教会を目指す道中、


 【アリシアくん、聞こえているかい? 聞こえていたら応答してくれ】


 と、グレンが心の中で強く念じると──


 【グー先生? どうしたの、急に〝念話〟なんて飛ばして】

 

 その心の声に答える者がある。


 聖剣教会に身を置き、ユランの庇護下にある少女アリシアだ。


 【重要な話があるから、ユランくんと〝その剣士団〟のメンバーに、教会に集まるよう伝えて欲しい。リリアも聖剣教会(そこ)に居るんだろう?】

 

 【先生と姉さんたち? 今は皆んな一緒にいるよ】


 【そうか、それなら皆んなにすぐ武装する様に──】


 丁度、貴族街を抜けようとしたときだ……。


 〝その男〟は、グレンを待ち構える様にそこに立っていた。


 観光でもするように気楽に、目立った武装などもせず──無防備に、道のど真ん中に陣取っている。


 フードを被っているため、その顔貌は確認できないが、真っ白な〝聖衣〟に身を包んだ姿は、〝その男〟が聖職者である事を表していた。


 ただ、醸し出すオーラが普通ではなく、その男が唯の聖職者でないのは、誰の目にも明らかだ。


 「永遠を生きる者にとって、『数年など、閃光の瞬きの様に過ぎゆく』と言うが……それは嘘だね。僕には、この四年という歳月が〝永遠の様に〟長く感じた」


 男の存在を認知し、足を止めたグレンとソリッドに向かい、聖衣の男はそう言った。


 「退屈というのは〝毒〟だよ。ジリジリと精神を蝕み、やがて心を殺す。僕の心は一度死に至り……そして、新たなカタチで甦った。残ったのは、ただ〝快楽〟を得んとするする醜い心……。でもね、醜いとわかっていながら、僕にはどうする事もできない。それが、今の僕が生きている〝たった一つの理由〟だから……」


 聖衣の男は、芝居がかった物言いで、身振り手振り混じえ……自らの心の内を独白する。


 その様は、まるで喜劇の主人公を演じる舞台役者の様だった。


 「セリオス様……」


 グレンの隣で、ソリッドが忌々しげに聖衣の男の名を呼んだ。


 「セリオス……。貴方が(くだん)の〝聖人セリオス〟か……?」


 聖衣の男──セリオスが醸し出す尋常ならざるオーラにも怯む事なく、グレンは目の前の相手を冷静に観察する。


 「そうだよ。僕がセリオス。まあ、今は聖人ではないがね」


 セリオスはそう言うと、被っていたフードを取った。


 その容姿の美しさ、神々しさに、貴族街を歩いていた人々は誰もが振り返り、その視線はセリオスに釘付けになる。


 微風に靡き、キラキラと光る〝白銀の髪〟、


 どんな豪奢な宝石よりも美しい輝きを放つ〝金色の瞳〟、


 何よりも、その整いすぎた顔立ちが、セリオスの神々しさをより一層際立たせていた。


 【グー先生? 急に黙って、どうしたの??】

 

 セリオスを前にし、グレンが念話を中断した事で、アリシアから確認の念話が飛んでくる。


 【アリシアくん。今から言う事をよく聞いてくれ】


 【う、うん……】


 【僕は、そちらに行けそうにない。今から言う事を、ユランくんに伝えて欲しい──】


 グレンは、アリシアにそう念話を送ると、要件だけを掻い摘んで伝えた。


 アリシアに念話を送ると同時に、グレンは聖剣の塚を握り、戦闘体制を取る。


 「それは、個人間の念話かい? 素晴らしいね……。〝それ〟は、僕にも出来ない芸当だ。そちらの〝聖人〟は……こと〝支援〟に関しては僕よりも上らしい」


 『思念を飛ばす』又は『思念を受信する』という神聖術は存在するが、使用するためには、〝膨大な量の神聖力〟と〝針の穴を通す様な繊細な神聖力のコントロール〟が必要になる。


 常に念話する相手に対して、〝受信するためのアンテナ〟を繋げておかなければならず、そのための神聖力は常に消費されていく──


 膨大な量の神聖力を内に秘めている、アリシアでなくては出来ない芸当だ。


 まあ、不特定多数に対して、スピーカーの様に念話を一方的に飛ばすだけなら、セリオスにも可能であろうが……。


 ただ、いくらアリシアであっても、〝アンテナアップ〟できる人数は限られており、今の所、その対象となっているのは──


 『すぐに声が掛けられない場所にいる、ごく親しい人間』

 

 だけだった。


 【グー先生……何か変。何かが念話に割り込もうとしてる……。あ、頭が……】


 突然、アリシアの念話が苦しげなものに変わる。


 【アリシアくん、もう良いよ。念話を切りなさい。こっちはこっちで何とかする。さっき言った事だけユランくんに伝えてくれ】


 グレンがそう念話を送ると、それ以降アリシアとの念話がプツリと途絶えた。


 「残念。もう少しで割り込めたのに」


 セリオスは少しも残念そうに見えない顔で微笑み、そう言う。


 そして──


 「まあいい。聖人(そっち)は後々の楽しみに取っておこう」


 などと呟くと、セリオスはグレンの方にギラリと底冷えする様な視線を送った。


 「……ここで、戦うつもりなのか?」


 グレンは、そう言いながら辺りを見回した。


 グレンたちがいるのは貴族街……繁華街に比べて少ないとは言え、それなりに人通りがある場所だ。


 さらに、セリオスの容姿が人々の目を引き、皆、足を止めて見学しているため、グレンたちの周りには多くの人が集まりつつあった。

 

 ……あまり良い状況とは言えない。

 

 「それはそっちの都合で、僕には一切関係がないからね。一般人を護りたいのなら、そちらが勝手にやれば良いさ」


 そう言い放ったセリオスの言葉が合図になり、突如してグレンとセリオスの戦いが始まる。


 それは、露店街上空に〝黒い球体〟が現れる、少し前の出来事だった……。

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