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【10】スルトの呼び出し

 「まあ、そこに腰掛けて楽にしてねぇ」


 聖剣士アカデミーの学長室に通されたユランは、部屋に設置された革張りのソファーに腰掛けるようスルトに促される。


 「失礼します!」


 「失礼します」


 「…………失礼します」


 スルトの言葉に返事を返したのは、ユランを含めて三人。


 元気に返事を返したミュン。


 スルトに訝しげな視線を向けながらも、控えめな返事を返したリリア。


 先にソファーに腰掛けた二人に左右から腕を引かれ、強制的にソファーに座らされたユランだ。


 「あのねぇ……。ユランくん以外は呼び出してないんだけど。君らは、何でさも当然の様にいるのかなぁ?」

 

 「妻です!」

 

 「大切な……こい……友人です」


 元気よく答えたのは勿論ミュンで、若干チキったのはリリアだ。


 「いやいや。私は別に君らの関係性を聞いている訳じゃなくてだねぇ──」


 リリアがユランに付いてきた理由は、スルトが何か、『ユランに不利になる決定を下すかもしれない』と危惧したためだ。


 「それと、そこの君……。あまりにも自然に収まってたからスルーしたけどさぁ、誰?」


 スルトは、リリアとは反対側──ユランの腕を抱えて、ニッコリ笑顔で座っているミュンを指差して言った。


 ……ミュンについては、ユランたちに付いてきた理由が誰にもわからない。


 なぜ、ここに居るのかさえも。


 試験会場を追い出されたミュンは、会場の外で待機していたのだが──


 学長室に向かって歩いて行くユランたちを発見した後……いつの間にかユランの隣に収まっていた。


 学長室に入る前は居なかったはずなのに。

 

 ……また、『抜剣術』を悪用した様だ。


 「ミュン……。貴方、最近ますます妖怪じみてきましたわね」

 

 四年来の友人であるリリアも、ミュンの奇行にはため息を吐くばかりだ。


 (心のままに振る舞えるなんて……なんて羨ましいのかしら。(わたくし)もいつかは!)

 

 若干、考えている事が、明後日の方向を向いている気がするが……ユランはそんなリリアの想いには気付かず──


 『リリアはやっぱり常識人!』


 と、感動の眼差しでリリアを見つめる始末だ。


 (え? ユランが私の目を見つめて……。心なしか、目が潤んでいる様に見えますわ。しばらく会えなかったんですもの……再会を喜ぶだけで満足でしたが……これは……)


 リリアはジッと見つめてくるユランを、自らも潤んだ瞳で見返し──


 「ユラン……」


 (コレは……。OKと言う事ですか?)


 「リリア……」


 (最近はミュンが変になる事が多くて、気の抜けない日々が続いた……。リネアも時々変になる事があるし。やっぱりリリアは、私にとって……〝常識人〟! これは尊い!)


 二人の間の考えには相違があるが、お互い違った意味で目を潤ませ、距離が少しずつ……近付いていく。


 「重大な〝規律違反〟を検知しました。〝同盟〟の規約に基づき……リリアさんにはペナルティが科せられます」


 突然、二人の間に割り込む様に、ミュンが淡々とした口調で言った。


 「……ふふ、おかしな事を言うのね〝会長〟? 貴方が『抜剣』を用いてユランに規律違反(おいた)をしている事……知らない私だと思って?」


 リリアも負けじと言い返す。


 「だ、誰がそんな事を……」


 「確かな情報筋──〝副会長〟からですわ」


 「ぐ……くく……」


 反撃の言葉に怯んだミュンを、リリアはさらに厳しく追求していく。


 ユランとの時間を邪魔された事に、相当立腹しているようだ。


 「え? 規律違反って何の? そもそもミュンが会長って? 同盟って何? 何か、嫌な予感しかしないんだけど??」


 二人の話している内容が理解できず、ユランは疑問符を浮かべながら話に割って入ろうとするが……


 二人は、ユランの言葉など完全に無視して話を続ける。


 「それに貴方、先程も『抜剣術』を使いましたわよね? まだアカデミーの生徒でないとはいえ、アカデミー内で許可なく『抜剣術』を使う事は重大な校則違反……」


 「そんな……証拠が……どこに……?」


 「そんなものなくても、貴方のやりそうな事はわかりますわ。それに、私は〝神人〟ですのよ? このアカデミーでは、私が白と言ったら白……黒と言ったら黒になるのですわ」


 完全に劣勢に立ったミュンに、リリアはトドメの一言を放った。


 「一緒に……アカデミーに通えなくなってもよろしいの?」

 

 その一言が決定打となり、ミュンはリリアに頭を下げた。

 

 ……顔は悔しげに歪んでいたが。


 「申し訳ありませんでした……。リリアさんの……お、行いは……き、規約違反では……ありません……」


 「ほほほ、わかればよろしいのよ。でもね、私は〝冤罪〟をかけられたのだから……それ相応の賠償をしてもらわないと」

 

 「……賠償……とは?」


 「私は……一週間、〝側に居ても咎を受けない権利〟を主張しますわ」

 

 「な!? そんな事が許される訳ないでしょう!! それも一週間だなんて! 〝このレース〟は遊びじゃないんです! それに、〝副会長〟だって納得する訳ない!」


 「私を、誰だと思っているのかしら? 副会長のよわみ……ほほほ、副会長も誠心誠意話せば納得するはずですわ。誠心誠意(そういうの)、得意なんです。私」


 「ねえ、さっきから何の話をしてるの? ねえ? 何で僕を無視するのさ、君ら」


 ユランが理解していない所で、ユランについての事が勝手に決まっていく。

 

 (リリアってこんな性格だっけ? 誰かに悪い影響でも受けたのか??)


 ユランはそんな疑問を持ったが、ユラン自身気付いていなかった。


 〝ユランと関わる女性〟は皆、性格が強かになっていく事に……。


 「とにかく一週間。これはどうあっても譲れない線引きですわ」


 「ぐ……。無害そうな顔をして、後ろから刺すなんて……」

 

 「……自業自得な気がしますけど」


 完全に無視される形になったユランは、「うんうん、姉妹みたいで仲がいいね!」などと思いながら……遠い目で、明後日の方向を向いた。


 いや、実際はそう思わなければ、やってられない気持ちになっただけなのだが……。

 

         *


 「て言うか君らさぁ、私に対して失礼だと思わなかったわけ?」


 完全に無視され、リリアとミュンの話に入れなかったユラン。


 しかし、それよりもはるかに蚊帳の外──話題にすら上がらなかったスルトが、ジットリした目線をユランたちに向けていた。


 「ああ、話は終わりましたので続きをどうぞ」


 リリアに口喧嘩で負け、若干不貞腐れたような態度でミュンが答える。


 「いやいや! そもそも君、誰よ!?」


 ミュンと友人関係にあるユランたちとは違い、スルトとミュンは完全に初対面だ。


 スルトやリリアは試験会場での出来事を最初から見ていたらしいが、スルトは大立ち回りを演じたミュンの顔までは、詳しく見ていなかった様だ。

 

 「くっ、妻です」


 「言い負かされて悔しいのは分かるが、『くっ、殺せ』みたいに言うなよ……。嫌がってるみたいでユランくんが可哀想だろぉ?」


 「学園長。まともに相手をしていたら、日が暮れてしまいますわよ。それに困惑するあまり、話し方がワイルドな人になってます」


 「……おほん」


 気を取り直して、スルトはミュンの存在を無視して話を進める事にした……。


         *


 「呼び出した理由は他でもないねぇ。ユランくん、君さ、何で普通に試験を受けてるの?」


 「……は? どう言う事ですか??」


 スルトの言った言葉の意味がわからず、ユランは聞き返す。


 「だって君、〝神人〟なんだろ? 〝皇級聖剣〟以上は試験は完全免除だよ? リリア君だって受けてないしねぇ」


 「え? 試験案内が普通に届きましたけど?」


 ユランは懐にしまっていた〝試験の案内〟と記載された羊皮紙を取り出し、スルトに見せる。


 受験番号とユランの名前が記載された、アカデミーから発行された正規の書類だ。


 「君さぁ……。〝本名〟で出願したら当然そうなるでしょ。私や一部の人間は、君の〝事情〟を教会から聞いてるけど、願書を受け取る人間なんかは知らないんだからさぁ」


 「でも、神官のノリス様はそんなの一言も……」


 「神官は〝元〟聖剣士も多いけど、君みたいな特殊な事例なんかわかる訳ないだろう? 聖剣の等級を〝下に偽る〟人間なんて前代未聞なんだ。まあ、そのおかげで君の行為は罪に問われない訳だけど」


 普通、〝聖剣の等級を偽る〟と言う事は重罪だ。


 聖剣で全てが決まるこの世界において、その行為は多くの混乱を招きかねない。


 しかし、それはあくまで聖剣の等級を〝上級に偽った場合〟だ。


 下に偽る者などいないため、裁く法律も存在せず、そもそもその行為は犯罪ですらなかった。


 「でも、表向きは『貴級聖剣』なんだし、試験を受けた方が良かったのでは?」


 「あのさぁ。それで試験会場が混乱した事、忘れちゃったのかなぁ?」


 「……う」


 「下級申告するのは犯罪じゃないけど、褒められた事でもないよぉ? 相手を騙してるって事だからねぇ」


 「それは……すみません」


 「まあ、いいけどねぇ。最初から事務局を訪ねてくれれば、話が早かったんだけどねぇ」


 話の流れが悪い方向にいっている訳ではないとわかり、リリアは安堵した様にため息を吐く。


 ただスルトは、


 「面接試験が明後日で、最終的な試験の結果が出るのが一週間後……。ユランくんには悪いが、無用な混乱を避けるためだ。試験の結果が出るまでの一週間、自宅謹慎しておいてねぇ」


 などと言い出した。


 「はあ……。まあ、それは仕方ないと思います。でも、それだけで良いんですか?」


 あれだけの騒ぎを起こしたのだ。


 もっと、重いペナルティが科されてもおかしくない場面ではある。


 「あれは、相手の方が悪かったしねぇ……。本当は、無罪放免と行きたい所だけど、周りもそれじゃ納得しないだろうしねぇ」


 そんなスルトの言葉に、安堵した表情から一転、不満げな顔になったリリアはスルトに言った。


 「周りを納得させるために『罰』を、ですか……。気に入りませんわ。それなら、周りがユランの〝試験合格〟に納得しなかったらどうするのですか? 合格を取り消すおつもりですか?」


 「実力は十分に示したし、大丈夫じゃないかなぁ。そもそも、神人をハネる権利は、学園長の私にもないしねぇ……。まあ、上が何とかするでしょう」


 「……無責任」


 「まあ、とにかく一週間だけで良いから、大人しくしててねぇ。その間、聖務も免除してもらう様に僕から教会にお願いしておくから。ゆっくり羽を休めなよ」


 何だかんだ言いつつも、ユランの事を考えて行動しているスルト。


 ユランは、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。


         *


 学長室を後にし、ユランたちはアカデミーを出るための廊下を歩いていた。


 「それにしても、一週間は長いなぁ……」


 思わず呟いたユランに、ミュンの目がギラリと光る。


 「ユランくんは一週間、暇って事だよね? だったら私と──」


 「会長……。過度な接触は〝規律違反〟ですわ」


 「──わかってますよ、リリアさん。言ってみただけです」


 ピシャリと言い放ったリリアに、ミュンは意外なほど大人しく引き下がる。


 先程、リリアに言い負かされた事がまだ尾を引いている様だ。


 「それではユラン、行きましょう。聖剣教会の……〝貴方の部屋〟に」


 リリアがユランの手を握り、そのまま引っ張って行こうとするが──


 「リリアさん! 規律違反──」


 ミュンがそれを止めようと、リリアに指を差し、指摘する。


 「〝側に居ても咎を受けない権利〟……。ほほほ、たしか、〝一週間〟でしたわよね?」


 やられた!


 ミュンは、過去の自分の浅はかさを呪った。

 

 ──そして、リリアの強かさに歯噛みした。


 ここまで、計算尽くか……と。


 「つっ!!」


 自分が了承した事だ。


 ミュンは、地団駄を踏みながら悔しがった。


 ……これらは全て、ユランの意志なく決まった事であるが。


 得てして、王都にいる三人の神人は、迫る危機を知る由もなく、それぞれ部屋に篭る事となってしまったのだった……。

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