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【8】セリオスとソフィア

 ユランたちがアカデミーの入学試験を受けるのと、ちょうど同じ頃──


 アーネスト王国の領土の最北端──ファルスの大平原には、数年前から巨大な〝漆黒の玉〟の様な物体が置かれていた。


 『復活したばかりのバル・ナーグは、雛みたいなもんだ。その力を利用出来れば、俺に課せられた使命も遂行出来るはず……』


 漆黒の玉を眺めながら、小柄な少女の姿をした魔族──『破壊の魔王』が嘆息し、呟く。


 「バル・ナーグは、その〝鍵〟になり得るのですか?」


 その呟きを拾い、『破壊の魔王』に問うのは魔剣士ソリッドだ。


 『バル・ナーグは今じゃ『魔竜』なんて呼ばれてるが……。元は『神竜』だ。味方につけりゃ俺の〝使命〟の助けになる』


 「『魔神族』と戦うための牙……『神竜』ですか。にわかには信じ難い」


 『ただ、封印されたときに色々弄られてるみてぇだし……。復活したら、間違いなく暴れるだろうな』


 「バル・ナーグはかつて……。いえ、我々が〝生きた時代〟では最強の生命体と言われた『竜族』です。『竜族』はプライドの高さも一級品だと言いますし……。その『竜族』であるバル・ナーグを説き伏せるなど……可能だと思いますか?」


 『問題ねぇな……。いざとなったら力づくで言う事を聞かせる。復活したばかりのバル・ナーグなら、今の俺でも十分に相手ができるはずだ』


 「信じますよ……。その言葉」


 『破壊の魔王』とソリッドがそんな会話を交わしているとき──『漆黒の玉』が突然脈打ち、ヌルヌルと生き物の様に蠢いた。


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


 『漆黒の玉』から、〝心臓の鼓動の様な音〟が響く。


 『おお、鼓動を始めやがった。復活が近いぞ』


 「クク……。苦労して『神聖力』や『魔力』を集めた甲斐がありましたね」


 『ああ、これで俺が……。いや、俺たちが〝力〟を取り戻せりゃ……。やっと〝使命〟を遂行出来るってもんだ』


 ──バル・ナーグの復活は近い。


 『破壊の魔王』は、バル・ナーグの復活によって無駄な犠牲を出さないように、敢えて何もないファルスの大平原を復活場所に選んだ。


 これは、『破壊の魔王』が人間を害する事を極度に嫌っているためで……破壊と殺戮を好む魔王らしからぬ、彼女の特異性の現れでもあった。


 バル・ナーグの復活が近付き、『破壊』の魔王は歓喜していた。


 これで、自らの存在意義を果たせる……。


 自らの望みを叶えてくれるかも知れない、バル・ナーグが封印された〝漆黒の玉〟。


 その、バル・ナーグが封印された玉に、『破壊の魔王』が触れようとした瞬間──


 「うーん……。やはり、待つだけと言うのは性に合わないね」


 ──背後から、そんな声がした。


 『破壊の魔王』とソリッドは、声の主の気配に気づいておらず──


 バッと、ほとんど同時に、声のした方向を振り返った。


 『……セリオス』


 そこに立っていたのは……この世の者とは思えないほ美しい容姿を持つ──銀髪、金眼の男、〝聖人セリオス〟だった。


 『なんの用だ。この場所に……てめぇは呼んでねぇはずだぞ?』


 『破壊の魔王』が鋭い視線で睨み付けるが、それを受けてもセリオスは涼しい顔を崩さない。


 「四年ほど前、キミと取引をしただろう? 神人二人をもらう代わりに『キミの彼には手を出さない』と言うやつだよ」


 『……それが、何だ』


 「僕の生は〝永久〟に近い。待つ事は慣れていると思ったんだけどね……。いざ、目覚めてしまうと、たった四年が退屈で仕方ない」


 『回りくどいぞ……。何が言いてえ』


 「僕の二人は未だに成長途上。まだしばらく待つ事になりそうなんだ……。そこで相談なんだけど──」


 にこやかに細められていたセリオスの瞳が──ギラリと怪しい光を放つ。


 そして──


 「〝キミの神人〟を僕にくれないか?」


 裏切りの言葉を、(いと)も簡単に口にした。


 「セリオス様、流石にそれは……。失礼にも程がある」


 あまりにも簡単に契約を反故にしたセリオスに、ソリッドは呆れ、ため息を吐いて近付いていく。

 

 『おい! そいつに近付くな!!』


 『破壊の魔王』が、ソリッドを制止しようと叫ぶが──


 「ああ、キミは邪魔だ」


 ドゴォ!


 セリオスに近付こうとしたソリッドは、〝見えない何か〟に阻まれ──


 そのまま後方に吹き飛ばされた。


 セリオスはその場から一歩も動かず──無防備に突っ立ったままだ。


 後方に弾かれたソリッドの身体は、そのまま50メートル以上も飛ばされ、地面を削りながら転がっていく。


 ようやく止まったのは、100メートル以上先の地面の上だった。


 『てめぇ。〝俺のもの〟に手ぇ出しやがったな』


 「いやいや。僕は〝元〟だとしても〝聖人〟だよ? キミの従者如きが、気軽に触れて良い存在じゃないんだ。たとえ、彼が僕の〝古い友人〟だったとしてもね……」

 

 セリオスはにこやかな笑みを浮かべたまま両手を上げ、肩をすくめた。


 「親しき中にも礼儀あり、だ」


 『本気で、俺とやり合うつもりか?』


 「僕は娯楽のためなら友を裏切るよ。今の僕は〝楽しい〟と言う感情が満たされなければ、生きている意味がないからね。それよりも──」


 スッと、セリオスの右手が前に差し出され──


 「キミのその姿と、話し方……。正直言って不快だよ。〝昔のキミ〟に戻りなさい」


 差し出されたセリオスの右手に、膨大な量の神聖力が込められていく。


 『チッ!』


 セリオスがやろうとしている事に気が付いたのか、『破壊の魔王』はズリズリと後退りする。


 セリオスの右手から、神聖術が放たれようとした瞬間──


 『ファイアボール』


 魔術の詠唱が聞こえたかと思うと、灼熱の業火がセリオスを襲った。


 「相変わらず無茶なお人だ……」


 魔術を放ったのは、魔剣士ソリッド。


 小綺麗だった身形(みなり)は地面を転げ回った事でズタボロになっていたが──目立った傷はなく、ダメージも受けていない様子だ。


 対するセリオスは、立ち昇った火柱の中で業火に焼かれる。


 轟々と燃え盛る炎はセリオスを包み込み、外部からはその姿を確認できないほどだ。


 骨まで溶かす灼熱の炎……普通ならば、無防備で受けたセリオスは跡形もなく燃え尽きるだろう。


 しかし──


 「キミこそ相変わらずだ。今だに、この様な〝小技〟に頼っているなんて」


 セリオスは平然とそこに立っていた。


 炎の勢いが多少弱まった事で、その姿を捉えることができる様になったが、一部の炎は今だにセリオスの周りで燃え盛っている。


 ──セリオスは微動だにしない。


 防壁(プロテクション)すら使用しない。


 『そんな事をするまでもない』と、言外に示しているのだ。


 「私は凡人なので……。勝つためには〝小技〟も使用するんですよ」


 ソリッドはそう言うと、何十メートルも開いたセリオスとの距離を、ゆっくりと詰めていく。


 そして、右腰に携えていた〝魔剣〟の柄に手を置くと──強く握った。


 『おい! おめぇじゃコイツの相手は無理だ! 手を出すんじゃねぇ!!』


 『破壊の魔王』は叫び、ソリッドを止めようとするが──


 『抜剣レベル4──『煉獄ノ炎』──ヲ発動──使用カノウ時間ハ──デス──カウント──カイシ』


 ソリッドは少しも退く様子はなく、『抜剣』を発動させる。


 「この様な開けた場所では、私の『抜剣』効果も半減ですが……。やむを得ませんね」


 『抜剣』を発動させた瞬間──ソリッドの身体が〝漆黒の炎〟に包まれる。


 「おやおや。キミの『抜剣術(それ)』を見るのも久しぶりだが……。無駄な事はしない方が良い」

 

 「無駄かどうかは、やってみないとわからないでしょう……?」


 『抜剣術』を使用したソリッドを前に、セリオスは涼しい顔で余裕を崩さない。


 『発火』


 ソリッドがそう口にすると、セリオスが立っていた地面から〝漆黒の炎〟が発生し、火柱を上げる。


         *


 ソリッドのレベル4──『煉獄の業火』は、任意の物体を発火させ、その周辺にいる生命体にダメージを与えることが出来る。


 着火物に燃焼性があるかどうかは関係なく、それが〝生命以外の物質〟であれば何でも炎に変換する事が可能だ。


 さらに、変換された炎はソリッドが解除するまで絶対に消える事はなく、燃え続ける(抜剣解除時には消失する)。


 そして、変換された炎は、『抜剣』解除後には何事もなかったかの様に元の姿に戻るのだ。

 

         *


 轟々と燃えて続ける漆黒の炎に身を包まれても、セリオスは微動だにせずそこに立っている。


 ファイアボールが発する業火の、何倍も強力な炎であるにも関わらず、セリオスはまるでダメージを受けている様子がない。


 それどころか──


 パンッ!!


 セリオスが両手を打ち鳴らすと、その身を焼いていたはずの炎が……


 ソリッドが解除しなければ、延々と燃え続けるはずの漆黒の炎が……


 最も簡単に、一瞬のうちに消滅した。


 「……化け物め」


 ソリッドは忌々しげにセリオスを見て、吐き捨てる様に言う。


 そして、ソリッドは──


 「ならば、これならどうですか?」


 狙いを変え、再び『発火』を発動する。


 狙いは──セリオスの衣服。


 流石の聖人も、直接肌を焼かれれば、無事では済まないだろう。


 そう考えて『発火』であったが……


 「なぜ……発火しない……?」


 ソリッドの『発火』は不発に終わり、セリオスの衣服は燃え出す気配すらない。


 「ふふ、君は知らなかったかな? 僕が身に付けたものは、全て〝聖衣〟と言う特別な着衣になるんだ。当然、『抜剣術』の影響など受けない」


 「だから言っただろ! おめぇはとっとと逃げろ!」


 はっきり言って、ソリッドに勝ち目はなかった。


 頼みの綱の『抜剣術』すらも軽く遇らわれ、セリオスにかすり傷一つ付けられなかったのだ……。


 『破壊の魔王』の言う通り、逃げるが勝ちと言う状況ではあるが──


 「無理を言わないでください、ソフィア様……。私は貴方の従者です。主人を置いて逃げるなど……出来かねますね」


 炎がダメなら、直接攻撃するまで。


 ソリッドはそう意気込んでサブウィポンを抜き放ち、セリオスに飛び掛かろうとするが──


 「キミはもういいよ」


 セリオスが右手を前に差し出し、そこから巨大な神聖力の塊を放つ。


 それは、あくまで〝神聖力の塊〟であり、神聖術ですらない。


 普通ならば、相手を牽制する程度の威力しか出ないものであるが──膨大な神聖力を内包したセリオスが放てば、十分、殺傷力を持った一撃となる。


 セリオスの放った一撃が、ソリッドに直撃する瞬間──


 『発火』


 ソリッドは抜剣能力を発動させる。


 『発火』の対象となるのは〝生命以外のもの〟──セリオスが放った神聖力の塊だ。


 ソリッドの抜剣能力を受けた神聖力の塊は、漆黒の炎へと変換されるが……勢いはそのままに、ソリッドに迫る。


 しかし、漆黒の炎を身に纏い、炎と同化しているソリッドには効果がなく、ダメージも受けない。


 これがソリッドの『抜剣』の第二の特性だ。


 相手からの物理的な攻撃は、炎と同化して実体がないためダメージがない。


 魔力や神聖力を利用した攻撃は、『発火』させて防ぐ。

 

 ──『発火』さえ間に合えば、実質無敵の能力である。


 「ああ、そう言えば……キミのはそんな能力だったね」


 自身の攻撃を無効化されても、セリオスの表情に焦りの色はない。


 それどころか、余裕綽々といった顔でソリッドを嘲笑う。


 「使えない僕にはわからないけど……。キミらは抜剣(それ)に頼りすぎだ」


 セリオスはそう言うと、再び右手を前に差し出す。


 ソリッドは、次なる攻撃に備え、『発火』を使用する準備を始めるが──


 【──束縛(グレイプニール)──】


 セリオスがそう唱えた瞬間、〝純白の鎖〟が地面から何本も現れ、ソリッドの身体を拘束した。


 「形なき物をも捕らえる、〝神の鎖〟だ。決して切れないし、鎖に囚われれば能力は使えない」


 セリオスの言う通り、鎖に絡め取られた瞬間から、ソリッドの『抜剣術』は解除され、纏っていた漆黒の炎も消え失せる。


 「ぐ……。こんな事が……」


 封印の鎖に囚われたソリッドは、全身に力が入らず、苦しげにうめき声を漏らす。


 「はっきり言ってキミは外野だ。そこで大人しくしてなさい」


 セリオスは「鬱陶しい羽虫を手で払っただけだ」とでも言いたげに、微笑を浮かべてソリッドを見据える。


 そして、改めて『破壊の魔王』に向き直ろうとするが──


 『〝外野〟はてめえだ……! くそ聖人が!!』


 ──バシュ!!  


 『破壊の魔王』が叫んだかと思うと、セリオスに向かって強烈な一撃が放たれ──


 セリオスの右腕が宙を舞った。


 『心臓を獲ったと思ったが……。しくじったな』


 『破壊の魔王』は、パシッと空中でセリオスの右腕を受け止め、狙いが外れた事を忌々しげに呟く。


 「僕の隙を狙っていたのかい? 確かに、『神術』を使った後には、僅かに隙が生まれるからね……。いい判断だ」


 『俺の事を、完全に無視してやがったからな。いい気味だ』


 『破壊の魔王』に右腕を切断されたと言うのに、セリオスの態度は一向に変わらない。


 人を食った様な……余裕の表情だ。


 「ふふ。今のキミは、僕にとって〝警戒に値しない相手〟だからね。あえて放置したんだ」


 『てめぇ……』


 『破壊の魔王』は、セリオスの右腕を持ったままで後方に飛び退き、即座に戦闘体制を取る。


 『せっかく奪った右腕(もん)だ。頂いとくぜ。神聖術でくっつけられても厄介だからな』


 「……相変わらず、キミは面白いな」


 セリオスは微笑を浮かべると、切断された右腕の〝残った部分〟を前に差し出し──


 『完全修復(オール・リペア)


 『完全修復』の神聖術を唱える。

 

 すると、切断されたはずの右腕が見る見るうちに再生していき……何事もなかったかの様に元通りになった。


 「僕を、少しだけ(・・・・)楽しませてくれたお礼だ。〝それ〟はあげるよ」

 

 『クソが……! そんな事まで出来んのかよ!』


 右手を飛ばした程度では、大したダメージにもなってない。


 『破壊の魔王』は、秘められた魔力(・・・・・・・)を解放しようと全身に力を込めるが──


 「キミのその話し方、不快だと言ったじゃないか……。仕方ないね」


 【──束縛──】


 セリオスが再び〝純白の鎖〟を召喚する。


 一瞬の出来事で……『破壊の魔王』は避ける間もなく、鎖に束縛されてしまった。


 『こんなに離れてても……。発動できんのか』


 『破壊の魔王』は、鎖によって魔力を封印され、全身に力が入らずに身動きが取れなくなってしまう。


 ──そして、セリオスは『破壊の魔王』に向かって、ゆっくりと近付いて行く。


 「何度同じ事を言わせるんだい? いい加減にしないか〝ソフィア〟」


 『て、てめぇが……その名を呼ぶんじゃねぇ……』


 『破壊の魔王』は、射殺さんばかりの視線をセリオスに向け、そう言うが、セリオスは取り合う様子もない。


 そして、鎖で魔力を封印されたことにより、『破壊の魔王』の身体に〝ある変化〟が起こった。


 小さな子供サイズだった身体は、一般的な成人女性ほどまで伸びて行き──その容姿も全く別人に変化して行く。


 短めだが、風に靡くたびにキラキラと輝く黄金の髪──


 ガラス玉の様に透き通った、ブルーの瞳──


 髪の長さこそ違いがあり、年齢も幾分か上に見えるが、


 その姿は、間違いなく……。


 ある女性──リリア・リアーネと瓜二つの姿だった……。


 「魔力で姿を変えていたのか。やはり、キミはその姿の方が良い」


 「……貴方に言われても、少しも嬉しくないわね」


 『破壊の魔王』がリリアそっくりに姿を変えると、その声色や話し方まで変化する。


 先程までの荒々しさはなりを潜め、物腰も幾分か柔らかいものに変わる。


 「性格まで姿に引っ張られいたのか……。まったく面白い」

 

 「貴方、一体何が目的なの? ワタシやソリッド卿の邪魔をするなんて……。貴方は〝光の神の使徒〟でしょうに」

 

 「ふふ……。それは違うよソフィア。僕は〝聖剣を持たぬ者〟……。そう言う枠からは外れている。僕は〝神すら予想だにしない存在〟だからね」


 そして、セリオスは『破壊の魔王』──ソフィアに対し、憐れむ様な視線を向けて言った。


 「昔のキミなら、一人でも〝魔神族〟と戦おうとしたはずだ。それを、古の竜(エンシェントドラゴン)の力に頼らざるを得ないとは……。哀れな事だ。『紅き剣』を手に入れ、そこに封印されたキミの魂を解放した方が話が早いと思うが?」


 「それは無理ね。『紅き剣(アレ)』は王城にあるもの……。手に入れようと思えば争いになるでしょう……。ワタシは無駄な殺生は好まないわ」


 「……お優しい事だね。……まあ良い。『紅き剣』は僕が取ってきてあげよう。キミの神人を貰うんだから、それくらいはやってあげるよ」


 セリオスはソフィアにそう告げると、バル・ナーグの封印体──〝漆黒の玉〟に手を当てる。

 

 「良いね。膨大な力が渦巻いているのを感じる……。物の序でだ。古の竜(コレ)も貰って行くよ」


 「待ちなさい! 貴方、バル・ナーグを何に使うつもりなの?」


 「ふふ、愚かな人間たちに試練を与えるのさ。勿論、キミの神人にもね」


 「グレンに手を出すつもり? それに、罪のない人間たちにも?」


 「キミは間違ってるよ、ソフィア。罪を犯さない人間など居ないんだ……。過去に〝アレだけの事〟をされたと言うのに、キミは何も学んでいない様だね」


 「それでも、ワタシは……」


 ソフィアがそれ以降、口を噤んでしまったのを確認して、セリオスは満足げに頷く。


 「優しすぎるのはキミの欠点だ。その優しさを隠そうと、あんな下品な女に化けるとはね……。カノンと言ったかな? あの女は……。あんなのは〝古き時代〟の遺物だ。いつまでも引きずるなよ」


 「貴方にはわからない……。カノンの無念も……。そして、かつて仲間だったグレンの想いすらも……」


 「わからずとも結構だよ……。〝死んだ者たち〟の想いなど、僕にとっては足枷でしかない。それに囚われ過ぎれば、キミの様に事を仕損じるからね」


 セリオスはそこまで言うと、軽く右手を挙げる。


 それが合図だったのか、何処からともなく十数人の男たちが現れて、セリオスの前に跪く。


 「わかっているとは思うが、〝かつての彼〟と〝あの神人〟は別ものだ。いくら求めたところで〝キミの愛しい弟〟は戻らない」


 そう言ったセリオスの言葉に、ソフィアは一瞬だけ悲痛な表情になるが──


 「そんな事……わかっているわ。だけど、ワタシはあの子(グレン)を護りたい。この気持ちは、貴方にはわからない……」


 決意を込めた瞳で、セリオスを見返した。


 「そうか……。僕は僕のやりたい様にやる……。ならば、キミはキミで好きな様にやれば良い」

 

 「貴方の……好きにさせると思うの?」


 「思うさ。どうせ、キミはそこから動けない。僕のやり方をそこでゆっくり見学すると良い」

 

 セリオスが指示を出すと、跪いていた男たちが一斉に行動を開始する。


 男たちは、バル・ナーグが封印された漆黒の玉を取り囲み、そこから運び出す作業を始めた。


 「僕が神聖術で運んでも良いが、黒玉(コレ)は既に飽和状態だ。僅かな神聖力(しげき)で目覚めかねないからね……。丁寧に運んでくれよ」


 「……承知しました」


 セリオスの指示を受けた男たちは、淡々と作業を始め──程なくして、バル・ナーグの黒玉は、大きな馬車の荷台に詰め込まれる。


 「馬車で目的地まで向かうとなれば、一週間は掛かりますが……。よろしいのですか?」

 

 セリオスに従う男の一人が、そう進言する。


 それに対してリオスは──


 「いいさ。久しぶりの〝大きな遊び〟だ。ゆっくりと旅を楽しもうじゃないか」


 楽しくて仕方がないと言った様子で、そう答えた。


         *

 

 セリオスたちが立ち去った後、その場に残ったのは〝純白の鎖〟に囚われたままのソフィアとソリッドだけだった。


 「叔父様──いえ、ソリッド卿……。大丈夫ですか?」


 「う……く……はい、なんとか……」


 魔力を封じられた事以外は、特に何ともないと言った様子のソフィアに比べ、ソリッドはいかにも苦しげだ。


 二人の間にある、〝基礎能力の差〟が顕著に現れた結果だった。


 「卿に頼みがあります」


 「私に出来る事でしたら……何なりと……」


 息も絶え絶えといった様子のソリッドだが──内容を聞くまでもなく、ソフィアの頼みを承諾する。


 「セリオスはおそらく、王都内でバル・ナーグを復活させるつもりでしょう。卿には王都に赴き、危機が迫っている事をあの子(グレン)に伝えて欲しいのです。あの子なら……バル・ナーグやセリオスにも対抗できるはず」


 「それが……貴方の望みなら……。と言いたいところですが……。私は動けそうにありません……」


 魔力を奪う鎖を前に、ソリッドは身動きも取れない状態だ。


 そもそも、ソリッドよりも能力が数段上のソフィアが外せない鎖だ……ソリッドがどうこう出来る代物ではない。


 「ドラゴンオーブは持っていますね? それに残った力を使えば、卿の鎖は解除できるはずです……。ドラゴンオーブは、バル・ナーグの封印すら解くことが出来る代物ですから」


 「それならば……。貴方の鎖を解いた方が……良いのでは?」


 「……それは無理ですね。ワタシの鎖の方が明らかに丈夫ですから……。ドラゴンオーブに残留した力では、こちらの鎖は切れません」


 「そうですか……。それでは、姫様……。いえ、ソフィア様のおっしゃる通りに……」


 ソリッドはソフィアの命令を受け、やむを得ず、自分の鎖を切るためにドラゴンオーブを使用する。


 ソリッドが懐に忍ばせていたドラゴンオーブは、念じるだけで使用が可能な道具だ。


 それが唯一の救いだった……。


 バリン!


 ソフィアの狙い通り、ドラゴンオーブの力によりソリッドの鎖が砕け散り、その身体が解放される。


 その瞬間、鎖によって封印されていたソリッドの魔力が戻ってきた。


 「私が姿を見せれば、あの神人に即座に殺されそうですが……。まあ、何とかしましょう」


 「その事については……申し訳なかったです……。変身すると、その対象に性格も引っ張られてしまうもので……」


 「それはわかっていますよ。本来の貴方ならば、あの様な指示を出す訳はありませんからね」


 「ワタシはここから動けません。どうかあの子を……お願いします」


 「……心得ました、ソフィア様。事をなした後、必ず戻って参ります。それまでどうかご無事で」


 ソリッドはそう言い残すと、王都に向かって単身駆け出すのだった……。

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