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【7】リリア登場

 リリア・リアーネは二番目の〝神人〟である。


 それが世間の……そして、王国貴族たちの認識だった。


 リリアの現在の立場は、それ以上でもそれ以下でもない。


 才能のない〝普通の神人〟……。


 はっきり言って神人である時点で普通ではないのだが、他の〝二人の神人〟に比べ、リリアが劣っていると言われても仕方のない状況であった。


 元々、同じ神人であり、同じリアーネ家の出自という事で、何かとグレンと比べられる事が多かったリリア。

 

 特にその差が顕著に出たのは『抜剣レベル』だ。


 アカデミー卒業時にすでに〝レベル5〟に至っていたグレンに比べ、現時点でリリアは〝レベル3〟。


 しかも、リリアのレベルは長らく3で停滞しており、レベルアップの予兆もない。


 『兄妹でここまで差が出るものなのか……』


 〝新たな神人〟リリア・リアーネの存在を疎ましく思っている貴族は多く、そういう輩の中には、陰でリリアをそう酷評する者も少なくなかった。


 さらに、新たに神人として見出された謎の剣士──リーンの存在もリリアにとっては逆風となる。


 謎の剣士リーンの存在は、〝三番目の神人〟として広く知られ、その注目度は最初の時点でリリアよりも高かった。


 後から現れた者の方が、より注目されやすいのは仕方のない事だが……さらに謎の剣士リーンが弱冠14歳にして『レベル4』に至った事により、リリアが置かれた立場は、さらに危ういものとなる。


 リーンの存在は、『新たな天才』『グレン・リアーネの再来』とまで言われ、リリアはグレンだけでなく、リーンとまで比べられる様になってしまったのだ……。


         *


 現在、アーネスト王国には国主の座を争う三つの派閥が存在する。


 第一王女、ジェミニ・フォン・フリューゲルが率いる『第一王女派閥』


 第二王子、レオ・ウル・フリューゲルが率いる『第二王子派閥』


 第四王女、アリエス・セタ・フリューゲルが率いる『第四王女派閥』


 この三派閥だ。


 数年前までは、第一王女であるジェミニが「王位継承権を放棄する」と公言していたため、他の二派閥の争いだった。


 しかし、神人であるグレンがジェミニの派閥に付き、王位争いに消極的だったジェミニの意向が『王位争奪』に転じたため、再び三竦みの状態に戻ってしまった。


 神人を擁するジェミニの派閥は、他の二派閥に比べ『王位に一番近い』と周囲に認知され始め、ジェミニの派閥側に付く貴族も多くなる。


 そこに来て、新たな神人──謎の騎士リーンが『アリエス派閥に付くのでは』と噂が立ち始めた。


 噂の出所は不明であったものの、当のアリエス自身が噂を否定しなかったために、貴族たちの間では『確定の事実』になってしまう。


 その事によって、神人を擁しない『レオ派閥』は焦り、何としてでも〝リリアを派閥に取り込もうと四苦八苦している〟と言うのが現状である。


 ただ、リリアの影響力が他の二人の神人に比べて低い為、現在の構図としては、『実質ジェミニとアリエスの二強対決』が貴族たちの認識だ。


         *


 そんな、リリアにとっては逆境となる状況にあっても、自分を失わずに、リリアは一本芯が通った人間に成長していた。


 それは、ユランを始めとする周囲の人間たちの存在が大きい。


 回帰前の世界では、周囲の大き過ぎる期待から、プレッシャーに押し潰され、崩壊の道へと突き進んで行ったリリア……。


 今のところはその傾向は見られず、ユランも一安心という感じであった。


 「アカデミーの入学試験は〝神聖な試験〟なのですよ! 貴方たちは一体、何をやっているんですか!!」


 そう言って、〝鬼の形相〟で試験会場に入ってきたリリア。


 ユランはリリアのそんな姿を見ても、その成長に感動もひとしおで、とても微笑ましい気持ちになった。


 C組やバルドルに対する怒りは未だに心の中で燻っていたが、久しぶりにリリアの姿を目にした事で、だいぶ落ち着きを取り戻していた。


 これは、昔からリリアが持つ特技の様なもので、リリアを前にした人間は、ささくれ立った心が毒気を抜かれた様に穏やかになってしまう。


 その効果は、ミュンをして『リリアさんからは平和電波が出ている!』と言わしめるほどだ。


 コッ コッ コッ


 リリアは靴音を鳴らしながら、一直線にユランの前までやってくると──


 「危ない事しちゃダメですよ! めっ!」

 

 などと言って、右手の人差し指を、ユランの鼻の頭に当てた。

 

 「えぇ……」


 ユランはリリアの突然の行動に驚き、身体をビクリと震わせる。


 ものすごい形相でこちらに迫ってきたため、もっと怒られると思っていたのだが……。


 「貴方(ユラン)は、いつも衝動的に行動しすぎですわ! ケガでもしたらどうするんですか!!」


 リリアはユランが受験者を一人ボコボコにした事よりも、ユランの身を案じてぷりぷり怒っている様だった。


 「アレって、〝二番目の神人〟リリア・リアーネ様だよな? あの狂人と知り合いなのか?」


 「そんなはずないでしょ……。だって、アイツはD判定組なのよ。ジル・ノワールに勝ったのだって、ズルしたに違いないわ」


 ユランに対するリリアの態度を見て、周囲の人間がざわつき始める。


 医務室に搬送されたジル・ノワールでもなく、試合場で恐怖に震えるニクス・アーヴァインでもなく、リリアは暴虐の限りを尽くしたユランの身を案じている様にも見える。


 「リ、リアーネ様! 何故、その者の心配を!? その者は他の受験者を執拗に痛めつけ、医務室送りにしたんですよ!」


 バルドルがユランの行いを非難し、それをリリアに伝えると、その瞬間──


 「……は?」


 会場にいる全ての者は、リリアの周辺の空気が、底冷えするほど急激に下がったのを感じた。


 リリアは、射殺さんばかりの鋭い視線をバルドルに向ける。


 「(わたくし)が、貴方の下劣な行いの全てを……知らないとでもお思いですか?」


 「ひぐ……」


 ユランが放った、不特定多数に向けた、威嚇のための殺気とは違う──バルドル個人に向けた明らかな敵意。


 「貴方がD判定組(ユランたち)(けな)す発言をした時、私の(はらわた)は激しく煮え繰り返りました」


 リリアが話す内容から察するに、彼女は殆ど最初からバルドルのD判定組に対する侮辱発言を聞いていたらしい。

 

 「健気に頑張る〝私の〟ユランの姿をこの目に焼き付けるため、のぞいて……こほん。D判定組とて、アカデミーの生徒となる資格はあるのです! それを、アカデミーから選抜された試験官ともあろう者が無理難題を押し付け……あまつさえ、試験を私物化しようなどとは言語道断!」


 試験の私物化とは、一連の決闘騒ぎの事を言っているのだろう。


 これについては煽りに煽ったミュンや、了承したユランにも僅かに非があるのだが、リリアはその事について敢えて触れなかった。


 「わ、私は試験を私物化してなど……。例えそうだとしても、アカデミーの一生徒であるリアーネ様に、私の采配にケチを付けることなど……」


 「お黙りなさい!」


 叱咤されても、なおも開き直ろうとするバルドルを、リリアがピシャリと一喝する。


 「アカデミーの関係者と言えども、一試験官でしかない貴方はご存知ないかも知れませんが……。私は聖剣士アカデミーの生徒会会長。そして、大きな発言力を持つ〟神人〟なのです。不正を正すために行動することはアカデミーも認めているところ。それに……」


 そこまで言い終わると、リリアは横にスッと移動し、後ろに立っていた人物のために前を空ける。


 「貴方の一連の言動は、このお方もご存じですわ。聖剣士アカデミー学園長──スルト様もね」


 リリアの後方から現れたのは、聖剣士アカデミーの長である学園長のスルトだった。


 スルトは、リリアに追随して試験場に入ってきたのだか〝神人リリア・リアーネ〟のインパクトが強すぎて、誰もその存在に気付いていなかった。


 いや、スルトだけではなく、リリアの後ろには他の生徒会の面々や学園の教師たちまで集まっている。


 「な、何故……。学園長や教員の方々まで……」


 バルドルは驚いた様にそう言うと、途端に青ざめた顔になり、スルトや教員たちを見る。


 バルドルが驚くのも無理からぬ話で、普通アカデミーの入学試験に教員、ましてや、学園長であるスルトが見学に来るなどあり得ない話だ。


 試験官に選抜された者は、厳しい審査によって選ばれている者……そのため、アカデミーからの信頼も厚い。


 それを監督する行為は、彼らを疑う事に他ならないため、アカデミーも敢えて監視を付ける様な事はしない──


 まあ、これは表向きにはそう公言していると言うだけで、実際には今回の様に裏で厳しく監視されている訳だが……。


 「君の様に、血気盛んな若者は多いからねぇ。私としては、若人に試練を与えるのも良いと思うのだが……。アカデミーの基準を無視して、勝手に試験の内容を変えるのはねぇ」


 スルトは、ほんわかした雰囲気の女性で、喋り方もゆっくりしており、一見して穏やかな性格の持ち主に見える。


 しかし、その身体から発せられる圧は凄まじく、喋り方や醸し出す雰囲気とのギャップが、彼女の恐ろしさをより際立たせていた。


 「それに、『抜剣術』を、使用しての決闘なんてねぇ。アカデミーの施設内で『抜剣術』を使用するには、〝特別な許可〟が必要なのは知ってるよねぇ? 君には、その権限はないはずなんだけどねぇ」


 スルトが睨みを効かせると、バルドルはどんどん小さくなっていき、その顔からは完全に血の気が失われていた。


 今にも気絶しそうなほど追い詰められている様子だ。

 

 「まあ、やってしまったものは仕方ないしねぇ……。君や君に加担した者たちの処分は後々言い渡すとして……この後は私たち〝教師陣〟が引き継ごうかねぇ」


 スルトがスッと右手を挙げると、後ろに控えていた教員たちが即座に動き出し──バルドルを始めとし、彼に加担したと思われる試験官たちを拘束して、試験会場の外まで引きずっていく。

 

 試験官たちは──


 「お、お許しください……」


 と、情けなく懇願していたが、教員たちは一切聞く耳は持たずに試験会場を出て行った。


 彼らにどの様な処分が下るかは、想像に容易い。


 聖剣士アカデミーは王国直属の組織である。


 そのアカデミーから正式に処分されたとなれば、その者の信用など地に落ちるだろう。

 

 当然、貴族の位は剥奪され、没落の一途を辿るだろうし──そうなれば、平民としてすら生きて行けるかどうか。


 将来、王国の中枢を担うかも知れない〝聖剣士の卵〟を粗末に扱った代償だ。


 その事は、試験官を選抜する際、各々に十分伝えられているはずなのだが……こういった過ちを犯す者が後を立たない。


 ならば、学園の教師たちが直々に試験官を担えば良いというものだが、王国には〝試験官〟と言う、それを専門とした職種もあるため、それらに任せるのが一般的なのだ。


 膨大な数の受験者に対して、限られた教員では対応しきれないと言うのも理由の一つではあるが……。


 「今日、残っているのは実技試験だけだよねぇ? 確か面接試験は後日だ。残りの実技試験だけなら、教師陣だけでも十分に間に合うだろう」


 スルトはパンパンと両手を打ち鳴らすと、


 「さあさあ、時間は有限だからねぇ。チャチャっと進めよう」


 と言って、教員たちに試験を再開させる様促した。


 「ああ、そこで怯えてる青毛の君も、試験を受け直していいからねぇ。別に構わないだろう? ユラン・ラジーノくん?」


 スルトに名前を呼ばれた瞬間、なんとも言えないバツの悪さを感じ、ユランは──


 「別に構いません」


 と素直に答える。


 ユランとしては、バルドルやジル・ノワールに対しては、〝友人を蔑まれた事に対する報復〟が目的であったが、ニクスに関しては、〝その傲慢さにお灸を据える〟程度の考えしかなかった。

 

 よって、ニクスの合否がどうなろうと知った事ではなかったため、「好きにすれば良い」という程度の気持ちで、そう答えた。


 「ありがとうねぇ……。ああ、ユランくんは試験を受け直さなくてもいいよぉ。その代わり、私と一緒に来てもらうからねぇ」


 ユランの返答に、満足げに頷いたスルトは、ほんわかとした笑顔を向けて、自分に付いてくるようユランを促した。


 「学園長……。もしかして、ユランを失格にするおつもりですか?」


 スルトの言葉を隣で聞いていたリリアは、そう言って、刺す様な視線をスルトに向けた。


 「おー、怖いねぇ……。流石〝神人様〟だ。ユランくんを失格にすると言ったら、君はどうするつもりだい?」


 「……〝神託(しんたく)〟を行使します」


 「ちょ! リリア、流石にそれは……」


 リリアがとんでもない事を言い出したため、ユランは会話に割って入る。


 しかし、そんなユランを完全に無視し、スルトは続ける。


 「君、本気で言ってるの? それがどう言う事なのか理解してる?」


 「それだけ大事な事ですから……」


 「ふぅん……面白いねぇ。君は本来、そんな浅慮な()じゃない筈だよねぇ。彼の存在がそこまで大きいのかい?」


 「……私の命よりも」


 「ふふ、安心していいよ。悪い様にはしないからねぇ……。ただ、話を聞きたいだけだよ」


 「……」

 

 スルトの言葉に、リリアは完全には納得できていないと言う顔をするが、ユランがなだめた事で渋々引き下がった。

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