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【6】ユラン・ラジーノ

 「な、なんで……こんな……うぇ……うぶ……」


 ユランに吹き飛ばされ、床を転げ回ったジル・ノワールは──吐瀉物を撒き散らしながら、息も絶え絶えといった様子で呻く。


 ジル・ノワールは「自分はまだ負けてない」と言いたげに、床を這ってでも試合場に戻ろうとしていた。


 その根性は大したものだが、既に満身創痍で、どう見ても戦える状態ではない。


 「……」


 バルドルは自分が見たものが信じられず──また、ジル・ノワールが〝一撃で戦闘不能になる〟などとは思っても見なかったため、試合終了の合図を出せずにいた。


 自分が選んだ受験者が、『抜剣術』まで使っておきながら、〝無剣〟に敗れた事実を受け入れられないと言う事もあるのだろう。


 「〝俺〟は出来た人間じゃないからな……。無法には無法……。無礼には無礼で返す。楯突いてきた相手には容赦しない」


 ユランはゆっくりとした動作で試合場を降り──今だに、腹部を押さえながら床に這いつくばっているジル・ノワールに近付いていく。

 

 「さて、お前はそんな俺と、俺の友人を最大限、小馬鹿にしてくれた訳だが……。どう落とし前をつけるつもりだ?」


 「はひ……?」


 ドンッ──……


 ユランが、床に(うずくま)るジル・ノワールの背中を足裏で蹴飛ばすと、ジル・ノワールはそのまま前方に倒れてうつ伏せ状態になった。


 そしてユランは、ジル・ノワールの右肩あたりに、踏みつける様にして自らの右足を置く。


 「そうだな……。お前は俺に負けて失格になるんだし、右腕(これ)はいらないだろう?」


 「や……やめ……て」


 今だに呼吸が整わず、声にならない悲鳴を必死に上げ、ユランに懇願するジル・ノワール。


 ユランはなんの感情も見られない冷淡な目で、ジルのノワールを見下ろすと──


 「安心しろ、多少折れたって神聖術で治る……。リハビリは必要になるけどな。まあ、次に〝コレ〟が必要になるまで一年もあるんだ。問題ないだろ?」


 バギィ!


 一切の容赦なく、その右肩を踏み抜いた。


 「──!! うぎぃぃぃぃ!!」


 試験会場全体に、ジル・ノワールの絶叫が響き渡る。


 「や、やり過ぎですよ! も、もう勝負は着いてるじゃないですか!」


 ユランの残忍とも取れる行動を目にし、ジル・ノワールとチームを組んでいたニクスが、ユランを咎める様に言った。


 ユランに対する恐怖から、身体の震えが止まらず、声まで震わせていると言うのに、ニクスはジル・ノワールを庇ったのだ……。


 大した正義感だが、聖剣士候補として正しい行いをするならば、ニクスは〝弱者(プラム)〟の立場に立って行動すべきだった。

 

 聖剣士とは常に『国のため』、『自分を守れぬ弱者のため』にその力を使うべきなのだ。


 「勝負、着いてないだろ? 俺は〝終了の合図〟を聞いてないからな」


 ユランがそう言うと、ニクスはハッとした表情になり、試合終了を宣言させるために慌てて審判員のバルドルに視線を向ける。

 

 しかし、当のバルドルは唖然とした表情で突っ立っているだけで、一向に試合を止める気配がない。


 「と、言う事で続行だ。ああ、棄権しようなんて考えるなよ。そんな様子を見せたら……即座に喉を潰すからな」


 「……ひぃ……もう……やべでぐれ……」


 ユランは、ジル・ノワールの懇願を完全に無視し、今度は左肩に足を乗せる。


 そして、少しずつ、少しずつ力を込めていった。


 メキ……メキ……メキ……。


 ジル・ノワールは、恐怖と激しい痛みに耐え切れず、遂に泡を吹いて気を失う。


 「が……ぎ……ぎぎ……ぎ……」

 

 それでも、ジル・ノワールの口からは呻き声が漏れ出ており……そこから、ジル・ノワールが気を失おうとも、ユランが少しも力を緩めていない事がわかる。


 「試験官さん! 試合を止めてください! 彼が死んでしまう!!」

 

 ジル・ノワールの悲惨すぎる状況を見て、ニクスは絶叫に近い叫び声を上げ、バルドルに試合を終了させるように言った。


 ニクスの声を受け、バルドルもハッとした表情になり──


 「そ、それまで!」


 慌てて試合終了の合図を出した。


 「……残念。まあ、良い薬になっただろ。来年頑張りな」


 ユランはジル・ノワールの左肩から足を離すと──


 ドガンッ!!


 そのままの勢いで、彼の横腹あたりを蹴り上げた。


 ジル・ノワールの身体は、ボロ雑巾の様に宙を舞い──バルドルのいる方向に向かって飛んで行く。


 「ぐく……」

 

 バルドルはジル・ノワールの身体を何とか受け止め、そのまま状態を確認するが、ジル・ノワールはすぐに治療が必要なほどに弱り切った状態であった。


 「だ、誰か! ジルくんを医務室に!」


 「わ、わたくしが……」


 バルドルの呼びかけに答えたのは、彼の側に補助として控えていた──〝気弱そうな細身の男〟だった。


 男は、試験会場の異様な空気に晒されて「一刻も早くここを離れたい」と思っていた様で、ジル・ノワールの身体を抱えてそさくさと会場を出て行った。


 「酷すぎる……。たかが模擬試合で、何でここまで……」


 ニクスは、ユランに対する恐怖の感情を押し殺し、ユランを睨み付ける。


 …しかし、身体は正直な様で、手足の震えは隠し切れていなかった。


 ──神人に対する恐怖。


 ユランの事を〝無剣〟だと信じ込んでいても、本能的な部分で〝神〟に対する畏怖の念は消せるものではない。


 「姉さんは、何でこんな人と友達になれだなんて言ったんだ……」


 ブツブツと、姉に対する恨み言を呟くニクス。


 ユランはそんなニクスの事など気にも留めず、そちらに向かってゆっくりと歩いていく。


 「くそ、何で震えが止まらないんだ……。相手は〝無剣〟なんだぞ!」


 ニクスは、せめて足の震えだけでも止めようと──足と同様に震えの収まらない両手で、バシバシと自身の両足を殴打した。


 そして、ニクス目の前まで来たかと思うと、ユランは──スッと右手を差し出す。


 「ど、どう言うつもりですか?」


 「……」


 仲直りの握手でもするつもりなのか?


 この状況で?


 ニクスは、ユランの考えている事がわからずに困惑し、どう反応して良いのもわからずに固まった。


 「……」


 無言な上に、無表情のままでニクスを見据えるユラン。


 目の前で感じるユランの圧力は、ニクスにとって尋常ではないものだ。

 

 ……一刻も早く逃げ出したい


 ニクスはそう思ってしまい──


 いつの間にかニクスは、ユランの手を取っていた……。


 ニクスが無意識のうちにユランの手を取った事で、二人はちょうど握手した様な形になる。


 傍から見れば、二人が和解した様に見えただろう。


 現に、コレでこの〝緊迫した空気〟から解放されると誰もが思っていた。


 しかし──


 ブゥンッ!!


 〝何か〟を、激しく振り回す様な音がしたかと思うと、ニクスの身体が宙を舞った。


 ユランが、握ってたニクスの右手を大きく振り──後方に投げ飛ばしたのだ。


 ドスン!


 「ぐぅ……」


 弧を描く様に後方に飛ばされたニクスは、背中から床に落下し、強かに身体を打ち付けた。


 鈍い痛みがニクスの全身を襲い、思わず呻き声が漏れる。


 ユランが用いたのは、今の時代には存在せず、認知度があまりにも低い種族──竜人族(ドラゴニア)直伝の体術で、知る者は皆無と言っても良いほどの技術だ


 初見のニクスが防げるものではない。


 そして、ユランがそんな技術を用いて、ニクスを投げ飛ばした場所とは──


 「ああ、ノコノコと試合場に上がったらどうなるか……。忠告してやったのに、残念だ……」

 

 ……試合場の上だった。


 ユランは、強引にニクスを試合場に上げたにも関わらず、平然とそんな事を言ってのけた。


 「ひ、ひぃ──」


 ゆっくりと試合場に近付いてくるユランを目にし、ニクスは──ジル・ノワールの悲劇を思い出してパニック状態に陥ってしまう


 ニクスは腰が抜けてしまい、立ち上がる事も出来なくなっていた……。


 試合場に上がった(上がらされた)ニクスは、明らかに戦意を喪失しているが……ユランは容赦する事なく、鋭い殺気を放ちながらニクスに近付いていく。


 そして、ユランの手がニクスに迫ろうとしたそのとき──

 

 「アカデミーの入学試験は〝神聖な試験〟なのですよ! 貴方たちは一体、何をやっているんですか!!」


 『バンッ!』と、勢い良く扉が開く音がしたかと思うと──大勢の男女を引き連れた一人の女性が、怒鳴り声を上げながら試験会場に入ってきた。


 輝く様な金髪が印象的で、透き通る様なブルーの瞳を持つ……一見して、妖精の様な輝きを持つその女性は──


 聖剣士アカデミーの三年生、


 生徒会会長で、アカデミー数百人の生徒の代表──


 〝神人〟リリア・リアーネその人であった。

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