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【4】実技試験の前に……

 「皆さんには、今から実技試験を受けてもらう訳ですが……。その前に、お配りした羊皮紙に血液を一滴垂らしてください」


 試験官の一人が、手に持った羊皮紙を受験者たちに提示する形で持ち、言った。


 受験者たちは、アカデミー内の一室──『実技試験会場』と記載されたプレートが掛けられた部屋に集められている。


 そこは、普段は武道場として利用されている場所で、数百人規模の受験生たちが入っても十分に余裕があるほどの広い部屋だ。


 試験開始時間になり、試験官の手で受験者たちに白紙の羊皮紙がそれぞれ配られていた。


 「この羊皮紙には、聖剣鑑定の水晶と同じ様な仕掛けが施されています。皆さんの『抜剣術』のレベルに応じて色が変化しますので、その色に応じたサークルに移動してください」


 試験官が指示する先には、A〜Dまでのアルファベットが書かれた、巨大なサークル状の待機場所が用意されている。


 「本来であれば、鑑定水晶を用意するのですが……。人数が人数です。簡易鑑定で行いますので、実際の能力と結果に差異がある場合はそれぞれ申告をお願いします」


 そして、説明を行なっている試験官の近くの壁に、『判定結果表』と記載された大きめの羊皮紙が張り出された。


 内容はこうだ──


 A判定……赤色『抜剣レベル3以上』


 B判定……黄色『抜剣レベル2』


 C判定……水色『抜剣レベル1』


 D判定……白色『抜剣レベル0』


「なお、皆さんの聖剣の等級はほとんど……と言うよりも全員が『貴級』であると思いますので、『抜剣』レベルにより色の差異が現れるはずです。本来は聖剣の等級によっても、色が微妙に変化するのですが……。今回は関係ありません。判定が終わり次第、所定の場所に移動してください」


 説明を行う試験官は、さらに続ける。


 「判定を申告制にしないのは、虚偽申告による不正を防ぐためだと思ってください。なお、判定を行う際には、試験官たちが厳しく監視していますので、あしからず……」


 この場において、わざわざ不正を行なってまで自分を大きく見せる者などいないだろう。


 不正を行なって試験をパスしたとしても、すぐにバレて合格を取り消されるだろうし……何よりも、発覚すればその者の家の名は地に落ちるからだ。


 最悪、廃嫡される可能性すらある……。


 そう言った理由から、普通は判定結果を偽る事などしない。


 ……この場にいる、たった一人を除いては。


 ユランは、試験官の目を盗み──懐から、栓がされた小瓶を取り出した。

 

 小瓶の中には、真っ赤な液体が入っている。


 そして、小瓶の栓を開けると……白紙の羊皮紙にその中の液体を一滴だけ垂らした……。


         *


 「この様な、不正行為に手を貸すのは聖職者として甚だ遺憾ですが……。どうせ貴方は私の意見など、心にも留めないのですから、やむを得ませんね」


 諦めた様に長息した後、聖剣教会の神官──ノリスは顰めっ面で、ユランに真っ赤な液体の入った小瓶を渡す。


 「〝神人〟として騒がれたくないという貴方の目的もわなりますし……。偽名とはいえ聖務をしっかりこなしてくれていますので、これ以上は何も言いませんが……。ここまでするのは、あまりにも酷い」


 以前、ユランが再三にわたって『今は神人として認知されたくない』と説明したにも関わらず、結局ノリスは、その事について完全に納得はしていなかった。


 神人としてグレンが活躍するたびに、「ぐぬぬ……私が見出した神人もいるのに」と、ユランを恨めしそうな顔で見てくるのだ。


 ユランとしては、神人として認知されるのは時期尚早で、神人として聖務に縛られる事を嫌がったのだが……「神人を見出した男」という名声欲しさに狂ったノリスには、それが通用しなかった。


 仕方なしに、「ユランが〝偽名の神人〟として聖務をこなす」という事で妥協し──ノリスも「神人を見出した男」の名を手に入れた事で、納得する形となった。


 ユランの名では、自由に行動できるのだから……と、そういう事で納得するしかない。


 まあ、納得したところで、ノリスの愚痴や小言が無くなる訳ではないのだが……。


 「いいですか? 私はこの件については何も知りませんし、加担もしていません……。不正が発覚した場合は、自分で何とかして下さい」


 ノリスは物凄く嫌そうな顔でそう言うと、小瓶内の液体についての説明を始めた。


 「それを使えば、実技試験前に行われるはずの〝簡易鑑定〟を誤魔化せるはずです。適切な判定結果(・・・・・・・)になるでしょう。白紙の羊皮紙が配られたら、そこに小瓶の中身を一滴垂らしてください……。まあ、悪い結果にはならないでしょう」


 そう言ったノリスの顔は、相変わらず心底嫌そうだ。


 口では、「アカデミーの試験官を欺くなんて……」と聖職者として人を欺く事に、罪悪感を感じている様子を見せているが……。


 明らかに、「不正がバレた時に自分に咎が来るのではないか」という事を心配している様子だった。


 (相変わらずの生臭神官だな……。まあ、憎めない人ではあるのだが……)


 ユランはそんな事を考えながら、ノリスから小瓶を受け取った。


 「あ、ちなみに、僕が神人として──普通に簡易鑑定を受けたらどうなるんですか?」


 「羊皮紙が燃えます。それも、かなり勢いよく」


 「……」


 「一発で、神人だとバレるでしょうな」


 「……そうですか」

 

         *


 ノリスの指示通り、羊皮紙に液体を垂らすと、表面の色が見る見る内に変化していく。


 (ノリス様の話では、〝適切〟な判定になるはずだ……。高すぎず、低すぎず……。まあ、B判定くらいが理想か。事前に聞いた話では、B判定以上なら実技試験は免除になるらしいし……。流石に、本当の実力を晒すわけにはいかないから……うん、やっぱりB判定が理想だな。A判定だと怪しまれ兼ねないし……。ノリス様も、その辺りはやかってるはずだ)


 ──ユランは余裕の表情で、次の試験の事を考えていた。


 最後の試験は〝面接試験〟……まあ、形式上の試験の様なものだから、無難な答えを返しておけばいい。


 筆記試験の出来は、それなりに良いと思うし……楽勝だな。

 

 などと、楽観的に考えていたのだ……。


 (さて、羊皮紙の色は──)


 ──白、D判定。


 「……」


 「へっ! 偉そうなことを言ってやがったが……。お前〝無剣〟じゃねぇか!」


 いつの間にか、ニーナを侮辱した赤毛の男が近付いてきており、ユランの羊皮紙を覗き込んで……その結果を見て鼻で笑った。


 「……」


 「俺はC判定だが、少なくとお前よりは上だ! あんだけイキっておいて、恥ずかしくねぇのかよ!」


 「……」


 「実技試験は、受験者同士で実力を競うらしいぜ? 吠え面かく準備しとけよ! D判定くん!!」


 「……」


 ユランは絶句していた。


 赤毛の男の言葉などほとんど耳に入っていなかったが、確かな事が一つ……。


 『弱いくせに、女子の前でカッコ付け、偉そうにイキった痛い奴』


 ……今のユランは、周りから見たらそんな扱いだ。


 心なしか、周りからクスクスと笑われている様な気がする……。


 「……」


 はっきり言って、顔から火が出そうなほど恥ずかしい……。


 「ノォーリィースゥー!!! あの生臭野郎がぁ!!!」


 ユランは激怒し、突然叫び声を上げる。


 あまりの大声に、周りでユランを笑っていた受験者たちが驚き、身体をビクリと震わせた。


 そして、ユランは──


 『弱いくせに、女子の前でカッコ付け、偉そうにイキった上に、突然叫び出すヤバい奴』


 にクラスアップしたのだった……。

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