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【3】ニーナ

 「ね、ねえ……貴方。せ、せつかく隣の席になったんだし……。昼食を一緒にいかが?」


 筆記試験が終わり、次の試験は午後から……昼食を挟んでからの実施となる。


 受験者は、自分で持ち込んだり、無料で解放されたアカデミーの食堂を利用したりと……各々で好きに昼食を摂れる仕組みだった。


 ユランは「自分はどうしようか」と考えているときに、ニーナに声を掛けられた。


 ちなみに、すでに互いに自己紹介は済ませている。


 (隣と言っても試験の席でだけど……)


 なぜか慌てふためいているニーナに苦笑いし、別段、断る理由もなかった事から──


 「いいね、そうしよう」


 ユランは、その申し出を承諾した。


 (ミュンを探そうかとも思ったけど……。約束している訳でもないしな)


         *


 「この辺りにしましょう」


 ユランとニーナがやってきたのは、アカデミーの中心にある庭園だ。


 広大な芝生の周りには、良く手入れされた花壇がいくつも設けられており、そこに様々な種類の草花が咲き誇り、見る者の心を和ませてくれる。


 庭には木製のベンチが多数設置されているため、ユランたちはその内の一つに腰掛ける事にした。


 バサッ……


 ユランはすかさず懐からハンカチを取り出すと、ベンチに敷き──


 「どうぞ……」


 と、ニーナに先にベンチに座る様に促した。


 こういった気遣いは、平民出身のユランにとって慣れたものではないが、相手は妖精(エルフ)族の王女……ユランなりに気を遣ったつもりだ。


 「え、ええ……。こういう気遣いは人間族特有の文化よね……。エルフ族(わたしたち)は森と共に生きる種族──地面に直接座ったりするし、特に抵抗はないんだけど……」


 ニーナはユランの気遣いに、頬をほんのり染めつつも、何かに弁解する様に早口で言った。


 僅かに、照れ隠しを含んでいるのだろう。


 「でも、ありがとう。人間のこういう文化って、何だか鼻について嫌いだったけど……。不思議……今は少しも嫌な気がしないわ」


 微笑みながらベンチに腰掛けるニーナに倣い、ユランも隣に腰掛ける。


 ユランが隣に座った際、ニーナの身体が緊張から少しだけビクリと震えたが……ユランはその事に気付いていなかった。


 「流石アカデミーだね……。お弁当まで、なんか凄い」


 ユランは、食堂でテイクアウト注文した弁当の蓋を開け、感嘆の声を上げる。


 食堂で出された弁当は、豪華な食材が豊富に使われた、想像以上に豪勢なものだった。


 (聖剣教会で出される食事は質素なものが多いから……こんなに豪華なのは久しぶりだ)


 「人間の貴族は、贅沢なものばかり食べてるらしいものね……。そんなものばかり食べて、健康面はちゃんと考えてるのかしら?」


 ……なんか、母親みたいな事を言うな。


 と、ユランは思っていた……。


 怒らせるだけなので、絶対に口にはしないが。


 「貴方も、体調管理には気を遣った方がいいわ。健康な身体づくりは聖剣士の基本でしょう?」

 

 そう言いながら、ニーナが取り出したのは、緑色の包みに入った、パンケーキの様な食べ物──


 「あ……シュトロン」


 エルフ族が好んで食す、郷土料理の様な物だった。


 「貴方、本当にエルフ族(わたしたち)に詳しいのね……。どうしてかしら?」


 エルフ族は排他的な種族であるため、他種族との交友が殆どない。


 回帰前の世界では、〝厄災〟の影響で、世界に存在していた大半の種族が滅び──エルフ族も、他種族との協力を拒んでいられる状況ではなくなった。


 そのため門戸を開かざるを得なくなり、それなりにエルフ族の文化も外部に知られる事となったのだ。


 まあ、今はまだそう言った状況でもないため、ニーナが疑問に思うのも無理ないだろう。


 ──ニーナは、エルフ族の何て事のない文化にも詳しいユランを、不思議そうな顔で見つめていた。


 実際には、ユランがエルフ族に詳しい理由は、回帰前に少し交流があったからなのだが……。


 「ぼ、僕はエルフが好きなんだ……。有効的な関係を築きたいと思ってるから……」


 ユランにとっては、適当に誤魔化すために言った言葉だが……


 「な、何よ……。大胆な事言うのね……。エルフ族の嫁でも貰いたいの? い、いや……何言ってるのよ私は……」


 ニーナは別の……変な意味で捉えた様だ。


 真っ赤な顔で俯き、消え入りそうなほど小声でぶつぶつ呟いていた。


 「ちなみに、ニーナは何でアカデミーの試験を受けてるの?」


 二人の間に妙な空気が流れつつあったため、ユランは気を取り直す意味でニーナに問う。


 「ああ、貴方はエルフに詳しいから……。事情も知ってそうね」


 ニーナは、ユランの問いに一瞬だけ悲し気な顔になる。

 

 『耳長が人間の試験を受けるな』


 と、筆記試験前に赤毛の男に言われた事を思い出したのかもしれない。


 耳長とはエルフ族に対する蔑称で、エルフに対して友好的でない者が頻繁に使う言葉だ。


 ニーナは、ユランの問いにもそんなマイナスの意味が込められているのではないかと邪推し……落ち込みそうになっていた。


 ──しかし、すぐに「この人に限ってそんな訳はない」と思い直したらしく……


 出会って間もないというのに、ニーナはすでにユランを『信じられる人』と認識している様だった。


 「エルフ族は人間を嫌っているから……。人間の学舎に通おうとしてるのが不思議で……」


 「べ、別に嫌ってる訳じゃないわ! エルフ族だって、友好関係を結ぶ相手を選ぶだけ……。き、気に入った人間とは友好的に接するわよ……」


 ニーナは、ユランの方をチラチラと見ながら顔を赤くする。


 尻すぼみに言葉が小さくなって行き、最後の方は隣にいたユランにも聞き取れなかった。


 ニーナは、しばらくブツブツ何かを呟いたかと思えば、「コホン」と咳払いをした後……急に真剣な表情になり、語り始めた。


 「私が王都にやってきた理由は三つ。一つは『王女として人間の生活を学ぶ事』……。エルフ族の王族は、見識を広げるために多種族の中でその文化を学ぶの。歴代の王族たちがそうしてきた様にね……。今回は人間族が〝留学先の種族〟に選ばれた……。勿論、人間の王に許可は貰ってる」


 ニーナは人差し指を一本立て、一つ目の理由を説明する。


 「二つ目は……〝魔竜〟の復活が迫ってるって〝エルフの預言者〟が予言したから……。それも、人間の治める土地でね。調査隊は別に編成されて、すでに調査は開始されているけど、封印はいつ解かれてもおかしくない状態。魔竜の封印が解ければ、王家──特に若いエルフの王族には、重要な役割があるからね……。出来る限り、近くにいた方がいいのよ」


 ニーナは、自分がアカデミーに来た理由をペラペラと話し始める。


 今話した内容に、機密事項などは含まれていないのか……ユランは思わずツッコミを入れたくなったが──


 これは、エルフ族のある意味厄介な『種族的特徴』であった。


 ──エルフ族は『心から信頼した者に対して──嘘をつかない──隠し事をしない』。


 ユランが、いつの間にニーナの絶対的な信頼を得ていたのかは不明だが……


 ユランはニーナの話を聞き、内容に聞き流せない部分があった。


 「魔竜って、『魔竜バル・ナーグ』? 復活はまだまだ先のはずじゃ……?」


 ユランが知る回帰前の世界では、バル・ナーグが復活したのはユランが30歳の頃──今回も同じだと考えたら16年も先の話だ。


 それに、先に起こるはずの〝二番目の厄災〟──〝魔女アリアの誕生〟だって起こってない。


 ユランはそんな事を考え、バル・ナーグの復活が近いと言うニーナの言葉を、必死に否定しようとする。


 だが──


 「貴方、やっぱり色々な事情に詳しいのね……。バル・ナーグの存在を知ってるなんて。貴方が、まだまだ先って言う根拠は分からないけど……。うーん……あくまで預言者の言う事だし、予言だって完璧じゃないから何とも。でも、的中率は高いみたい……。だから調査隊が組まれた訳だし」


 ニーナは〝予言の信憑性は高い〟と、ユランに告げた……。


 (バル・ナーグの復活が近いと言うなら……。早いうちにエルフ族と友好関係を築かなくては。バル・ナーグ討伐にはエルフ族の協力が必要不可欠。〝アレ〟がなければ討伐は絶対に不可能なのだから……)


 回帰前にバル・ナーグ討伐戦に参加した事のあるユランは、バル・ナーグの脅威を嫌と言うほど知っている……。


 回帰前の世界は、たった一匹の竜に滅ぼされ、多くの人間が死に絶えた。


 ……ただ、差し迫った脅威がバル・ナーグなら、まだ対策は可能だ。


 (〝アレ〟さえ手に入れば何とでもなるさ……)


 先行きは不安だが、ユランには回帰前の知識がある……ポジティブに考えて前に進むしかない。


 「何か、重要な話っぽいけど……。そんなの、大して親しくもない人間に話して良いものなの?」

 

 ユランは気を取り直し、冗談めかした口調でニーナに問う。

 

 「わ、私たち、もう友達でしょう……? 親しくないって言い方、なんか嫌。私たちエルフは、信じた者の前で絶対に嘘は付かない……。わ、私は貴方を信じてるから! 庇ってくれたし……」


 ニーナは、ユランの問いにそう返すと、上目遣いで見上げてくる。


 エルフ特有の〝整い過ぎた〟容姿に、ユランは思わず、心臓がドキリと脈打つのを感じた。

 

 「──み、三つ目の理由は何なの?」


 ユランは胸の高鳴りを誤魔化すために、ニーナに再び問う。


 ユランの問いを受けたニーナは、途端に悲しげな表情になり……俯きながらもその問いに答えた。


 「妹が……。双子の妹が病気なの。エルフの里では治す事のできない難病……。お父様やお兄様は完治を諦めてるけど、私は違う。人間の知識なら妹を治療する方法も見つかるかもしれないでしょ? アーネスト王国の王都には、優秀な神聖術士だっているんですもの……。妹を治せる知識を持った人だって居るはず……」


 ユランは、回帰前にニーナに聞いた話を思い出していた。


 『妹がいたんです……。とても可愛い妹が……』


 ──悲しげに語っていたニーナ。


 (でも、ニーナの妹は確か……)


 「実は、私が王都に来た一番の理由はそれなの……。本当は別種族の国に留学予定だったんだけど、お父様に無理言っちゃった」


 ニーナはそう語ると、空を見上げ、


 遠くの空……

 

 エルフの里にいる妹に思いを馳せる……。


 「……ニーナの妹さんの病気って?」


 聞かずとも、回帰前にニーナに直接聞いたユランは知っている。


 その病気が、人為的にニーナの妹に感染させられたもので……感染させたのは、人間族の男。


 その事実により、回帰前の世界では、エルフ族と人間族の間に決定的な亀裂が入ってしまった。

 

 『ドラゴンポーション』という液体によって齎される奇病──


 「竜血症……」


 一週間以内の致死率が、100%という脅威の病だった。


 (やっぱり竜血症……でも、それならばニーナの妹は──)


 何とも言えない表情をするユランを見て、ニーナはユランが言わんとしている事がわかったのか──


 「今はまだ、大丈夫なの……。エルフの里の〝聖域〟で眠っているから、すぐにどうこうと言う訳じゃない……。でも、あまり時間はなくて」


 不甲斐ない自分を責めているのか、ニーナは自嘲気味に笑った。


 (〝竜血症〟か……。回帰前に聞いた通り……。でも、進行が遅くなって、今も無事なら……方法がない訳じゃない)


 竜血症は治療法のない、不治の病だ。


 ただ、それはあくまでも〝今現在〟での話……。


 回帰前の世界では、〝ある女性〟が治療法を発見し、完治可能な病となった。


 稀代の天才神聖術士──アニス・ハートが開発した治療法だ。


 (アニスは、まだこの時代では生まれてすらいないが……。治療法なら私も知っている)


 試験が終わって落ち着いたら、エルフの里に行く必要がある……。


 ただ、確実に治療できるという保証がない以上、ニーナに話してしまえばぬか喜びになりかねない……ユランは、その事実はしばらくニーナには黙っておく事にした。


 ゴーン! ゴーン! ゴーン!


 ユランとニーナの間に流れたしんみりした空気を掻き消す様に、午後の試験開始の予鈴が鳴り響く。


 「ごめんなさい……。午後の試験もあるのに、そんな話をしちゃって」


 ニーナはそう言うと、「行きましょうか」とユランを促す。


 ユランは無言で頷くと、二人は揃って午後の試験会場に向かうのだった。

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