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相変わらずな幼馴染たち

 『聖剣士アカデミー入学試験のお知らせ』と記載された羊皮紙を手に、聖剣教会男性宿舎の自室において──ユランは出発の準備をしていた。


 「試験が終わったら……。一度、ジーノ村に顔を出さないとな」


 ユランは、窓の外の風景を眺め、なんとなしに呟いた。


 〝リリア誘拐事件〟以来、4年以上もジーノ村に帰っていない。


 〝神人〟である事が発覚してから、ノリスに請われる形で聖剣教会に身を置く事になったユランだったが……ノリスに事あるごとに聖務を押し付けられ、自由になる時間があまりなかった。


 本来であれば、聖務は正式な聖剣士になってから課せられるものであるが……


 「え? 貴方はリーン様ですよね? 聖剣士の」


 と言い出したノリスの圧力に屈し、聖務を行う様になっていた。


 まあ、これ自体は神人の宿命だと割り切っているが……それを理由に、ユラン自身もジーノ村に帰省する事を後回しにしていたのだ。


 (何とも言えない罪悪感が……)


 4年近くも両親に顔を見せずにいる親不孝に、ユランは罪悪感に苛まれていた。


 度々、王都を訪れるジーノ村の村長──サイクスには定期的に会っていたのだが……。


 とにかく、ここ4年は聖務や自身の鍛錬なども欠かさず行なっていたため、王都を離れる暇がなかった。


 ……思い返してみれば、王都をまともに離れたのは〝魔族討伐〟に赴いた時くらいだった。


 ユランはそんな事を思い、嘆息する。


 「旦那様……。朝からお疲れ気味ですね」


 そんなユランの様子を見兼ねてか、隣に控えていた──女性用の給仕服に身を包んだ少女が、心配そうに声をかける。


 長めの茶色髪を、後ろで一纏めにした──ポニーテールが似合う、ユランと同い年くらいの少女だ。


 少し緩めの大人用の給仕服が、少女の小柄な体躯を強調しており、小動物的な愛嬌を感じさせる。


 「ああ、大丈夫だよ……リネア。初めての試験だし、緊張しているのかも……。あと、〝旦那様〟は恥ずかしいからやめてね」


 ユランがそう返すと、ポニーテールの少女──リネアは、少しだけ頬を膨らませて、ユランに抗議する様な目線を向ける。


 「貴方はユラン・ラジーノ様……。ラジーノ家の〝初代当主〟と成られるお方なのですから、旦那様と呼ぶのは当然です……。それよりも、私の事は〝おまえ〟って読んでくれと言ったじゃないですか……」


 「リネアが僕の従者になったとしても、〝お前〟呼びは流石にね……」


 ユランは、興奮気味に言うリネアに優しく、諭す様に返す。


 ……ユランは思った。


 (私が言った〝お前〟とリネアが言わせようとしている〝おまえ〟では、意味が違う様な気がする……なんとなく!)


 今のユランは、仮ではあるが、王国から〝貴族位〟を与えられ、家名を名乗る事を許されている。


 正式に貴族位が与えられるのは、ユランが16歳になり、〝成人の儀〟を迎えた後になるのだが……仮である今でも〝男爵位〟程度の権限は与えられていた。


 ユランは聖剣に選ばれ、新しく貴族となる。


 しかし、元々平民であるため家名──姓を持たない。

 

 王国から『家名は自由に決めて良い』と言われ、悩みに悩んで決めたのが〝ラジーノ〟。


 〝ラ〟は〝祝福〟という意味を持つ言葉で、〝ジーノ〟は〝ジーノ村〟から拝借した。


 ユランはこの家名を決めるために、何日も頭を捻って考えたのだが……同じ様に、家名を名乗る事を許されたミュンなどは──


 「……うん、面倒だしリリア……。まあ、リーリアスで良いわ! どうせ、すぐに〝ラジーノ〟になるんだし!」


 などと、そのとき目の前にいた年上の友人の名前をもじって、超絶適当に決めていた。


 そんなミュンは──


 「今日もいい朝ね! まさに試験日和だわ!! ユランくんも準備は出来てるかな?」


 バンッ!


 と、勢いよく扉を開き、ユランとリネアの前に現れた。


 ……クローゼットの中から。


 「……」


 「……」


 ユランは絶句、リネアはゴミでも見るかの様な目線をミュンに向ける。


 「ミュン……。また『抜剣』を悪用して忍び込んだんだね……。キモイ」


 「そうよ! この〝役立たずの能力〟にも、こんな使い方があるって気が付いたの! 私って天才!!」


 ミュンは、声高らかに……何の悪びれもなく、ユランの部屋に忍び込んだ事を宣言していた。

 

 流石にユランは、ミュンの奇行に対し──


 「い、今まで、ここまでの事はしなかったじゃないか……。ミュン、コレは流石にダメだよ」


 諭す様に優しく、苦言を呈した。


 ……相変わらず、強くは出られない。


 「今日は入学試験じゃない? だから、緊張しちゃって……てへ。それに、ユランくんが気付いてないだけで、実は何度もお邪魔しているの!」


 片目を閉じて、可愛く舌を出しながら、自分で頭をコツンと叩くミュン。


 そして──


 「実は、私がこんな行動に出るのは……話せば長い、涙なしには語れない理由があるの……。全てはこの〝役立たずの抜剣能力〟の所為……」


 聞いてもいないのに、語り出した……。


         *


 その日、ミュンは厳しい修行の成果が実り、弱冠14歳という若さで異例の『レベル4』に達していた。(グレンは規格外なので含まないものとする)


 ミュンのレベル4の能力は『静止する世界』……時間を操り、停止させる能力だ。


 ミュンは歓喜した。


 これで〝かねてよりの望み〟が叶うと言うものだ。


 「私は〝時間の支配者〟! 怖いものなどない! いざ!」


 コン コン コン──……


 ミュンは、ユランの部屋の扉をノックした。


 「はい」


 短い返事を返したのは、ミュンが求める……愛しのあの人だ。


 「どちら様ですか?」


 ガチャリ……。


 ノック以降、返事が返されないため、ユランが直接ノックの主を迎え入れるために扉を開けた。


 「今だぁ!!」


 「……へ?」


 『抜剣レベル4(フォー)──『静止する世界』を発動──使用可能時間は1分です──カウント開始』


 『抜剣』発動と同時に、時間が停止し、世界が制止する……。


 ユランは驚いた顔のまま……ミュンの方を向いたままで、静止している。


 「あら、可愛い……」


 ミュンは、静止したままのユランの表情を観察し、ウットリとした顔で頬を赤く染めた。


 「ああ、何て素晴らしい能力!」


 ミュンは、ユランの顔に、自分の顔をズイズイっと寄せていく。

 

 息がかかるほどの距離だ。


 「それでは、ユランくんのファーストキス、いただきまぁーす!」


 時間は少ない。


 ミュンは猛烈な勢いで、ユランの唇に自分の唇を寄せた。


 ぶちゅう……!


 ミュンの唇は、確かにユランの唇を捕らえたはずだった……


 しかし、ミュンの『レベル4』は……〝格上の相手を害することができない〟……。


 二人の唇は(すんで)の所で、触れずに静止する。


 「は? 何だこのクソ能力」


 ミュンは激怒した。


 ミュンは『抜剣術』を解き、静止から解放されたユランの前で──自らの聖剣を力一杯、床に叩きつけた。


 「ちょ!? 何があったか知らないけど、聖剣を雑に扱っちゃいけません!!」


 ユランはたった今、自分が貞操の危機に見舞われていたなどつゆ知らず、尚も聖剣を踏みつけようとしていたミュンを全力で止めるのだった……。


         *


 「わかったかしら……? 私は、そんな悲しき過去を乗り越えて……今も、自らの能力を活かせる場所を探し求めているのよ!」


 「黙れ犯罪者」


 リネアは、ミュンのユランに対する行いを知り……ユランの前に立ち、背中に守る様にしてミュンと対峙した。


 「私は……あまりのショックに〝剣を置こうか〟とも考えた。 でも、ある事に気付いたの!」


 「……女の子……コワイ……」


 ミュンの奇行の影響で、頭の中で理解が追いつかなかったユランは、考えるのをやめ、リネアにしがみ付いてプルプル身体を震わせる。


 「私が、ユランくんよりも強くなればよくね? と!!」


 「……ひっ!」


 ミュンに、バチンッ! と大袈裟なウインクを投げられ、ユランは思わず悲鳴を上げてしまった。


 「私は強くなる! 誰にも負けないくらいに!!」


 志は大いに立派だが……動機はかなり不順だった。


 ……そこから、ミュンとリネアの激しい口論に発展し、収拾がつかなくなるが、騒ぎを聞きつけたノリスが現れ……


 「試験は?」とツッコミを入れた事で、場が収まったのである。

 

 ちなみに、入学試験には二人ともギリギリで間に合った……。

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