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【1】リーン剣士団

 アーネスト王国の領土の最北端にあるファルシオーネ──そこにはファルスの大平原と呼ばれる広大な平原地帯がある。


 そこは、以前『死の魔王』と呼ばれる魔族が現れた土地であり、討伐軍と魔王軍との戦が行われた場所でもある。


 魔王軍はグレン・リアーネの活躍で全滅し、『死の魔王』の根城であった『魔王城』も魔王死亡と共に消滅し──今や、戦争跡地には、そのときの名残は何も残っていない。


 ……いや、何も残っていないというのは語弊がある。


 戦争の痕跡は何も残っていない場所たが……魔王が死亡した事で、その魔力が残留し、ファルスの大平原は巨大な〝瘴土〟と化していた。


 瘴土とは──魔力が溜まり、汚染されてしまった土地の事で、瘴土からは『魔物』が生み出されると言われている。


 人類にとって弊害にしかならない場所であるが……


 瘴土を浄化し、正常な土地に戻す事が出来るのは、強力な神聖力を持った──〝聖人〟クラスの人間しかいないため、現在は放置して様子を見るしかない状態だ。


 そんな、足を踏み入れるにも危険な場所に、二人の男女が立っている。


 一人は魔族の女で、人間の女性に近い容姿をしているが……頭部に突き出た山羊の様な二本の角と、羊の様な動物の下半身を持つ女──『死の魔王』の側近だった魔族の女だ。


 そして、その隣に立つのは、小綺麗な格好をした長身の男──魔剣士ソリッドだった。


 二人の前には、人間の身の丈の二倍も有ろうかというほど巨大な、〝漆黒の玉〟の様なものが置かれている。


 ──魔族の女が口を開いた。


 『例ノ……モノハ……持ッテ……来マシタカ?』


 魔族の女の問いを受けて、ソリッドは顔を顰め、やれやれとため息を吐いた。


 「その話し方はやめて下さい……。聞き取り辛くて仕方ない」


 『ウン? あーあーあー……。ごほん! ……仕方ねぇなぁ。……しがない魔族の女を演じるのも楽しかったんだが、テメェが嫌だってんなら改めてやるよ』


 「何に対しての演技だったのか、わかりかねますが……。姿まで変えて、何がしたかったんですか?」


 『姿……? ああ、コレは俺の個人的な趣味だ……。別に深い意味はねぇよ』


 魔族の女は、そう言うと、パチンと指を鳴らした。


 すると、魔族の女の姿が、見る見るうちに縮んでいき、10歳くらいの子供サイズになる。


 容姿も妖艶な大人の女性といった風貌から、幼く、可憐で可愛らしい少女の姿に変化した。


 「その姿を見ていると、貴方が『破壊の魔王』と呼ばれる存在であるなどと……到底、信じられませんね」


 『はぁ? 俺がチビだって言いてえのかよ? てめぇ、ぶっ殺すぞ』


 「そこまでは言っていませんよ……。一応、貴方は私の主人なのですから……。不敬に当たる様な事は致しません」


 『目が笑ってんだよ! 目が口ほどにものを言ってんだよ! 俺が本気出したら、テメェなんて一撃なんだぞ!』


 「……グレン・リアーネ相手に、〝尻尾を巻いて逃げ出した〟方の言うセリフとは思えませんね」


 『はぁ!? 逃げてねぇし! たまたま便所に行きたくなっただけだし! 『生理現象なら仕方ない』って親に教わらなかったんか!? それに、オメエだって逃げてきただろうが!』


 「それは、神人として見出されたばかりの──若干10歳の少年に討伐されそうになって……お漏らしして逃げ出したときの事を言ってるのですか? ……それと、私は逃げていません。用事を思い出したんです」


 『漏らしてねぇわ!! いい加減な事ばっかり言うな!』


 「そんな事より、何故、姿を変えて〝若輩の魔王〟の側にいたのですか?」


 『いやいやいや、お前、急に話変えんなよ……。本当に、どうなってやがるんだ……人間ってヤツは……』


 「それで?」


 『テメェ……。まあいい。俺の壮大な計画を聞かせてやろう。〝コレ〟を復活させるために、俺たちには強力な『魔力』や『神聖力』が必要だろ? 死の魔王(あの坊や)は若輩だが、魔王だ……。魔王の魔力がありゃ、〝コレ〟も復活に近付く……。でも、俺たちゃ、同族殺しは御法度だろ? 他の奴にやってもらわなけりゃならん。そこで、死の魔王(坊や)の部下として潜入して、煽ってやったのよ! 人間側にゃ、憎っくきグレン・リアーネがいるからな……。坊やじゃ勝てんだろ? 坊やには悪いが……犠牲になってもらったって事さ!』


 「話が長いですね……。それに作戦が回りくどい。あ、そろそろ本題に入っても?」

 

 『……すうー……はあー………………お! め! え! がぁ! 聞いたんだろうがぁぁぁぁぁ!!』


         *


 「はー……はー……はー……」


 『破壊の魔王』と呼ばれた少女は、叫びすぎて疲れ果ててしまったのか、肩で息をしてソリッドを睨み付ける。


 「ご命令通り、神人の神聖力を狙ってみましたが……。妙な邪魔が入って失敗しました。と言うより、化け物(あんなの)を殺すなんて無理でしょう……? 別から魔力、もしくは神聖力を集めたほうが良いのでは?」


 『ふふん、あったりまえだ! グレン・リアーネは俺が唯一、敵わなかった相手なんだぞ! お前らみたいな雑魚にどうにか出来る相手じゃねぇんだよ! へへ』


 『破壊の魔王』は、少しもない胸を目一杯張り、誇らしげに言った。


 「は? 貴方、我々が失敗するとわかって行かせたんですか? 私が死ぬかもしれないのに??」


 『まあな! 生きて帰ってきても反省を促す事にはなるだろ! そもそも、グレン・リアーネは俺の獲物だ! お前たちが万が一にも成功してたら、俺がお前らをぶっ殺してたぞ!』


 ソリッドは絶句した。


 そして、思った……。


 ──仕える主人を間違えたのかもしれない……。


 『そんな事よりも、預けておいた〝ドラゴン・オーブ〟は持ってきたのか?』


 「……こちらに」


 言いたい事は山程あったが、グッと堪え、ソリッドは気を取り直して、亜空間から〝黒い玉〟──ドラゴン・オーブを取り出した。


 ソリッドが、ドラゴン・オーブを持った右手を掲げると──辺りに充満していた瘴気がオーブに吸収されていく。


 「まあ、若輩の魔王ですし、こんなものでしょうね……」


 吸収できた瘴気のが思いの外、少なかったからか、ソリッドはため息を吐いて、やれやれと首を振った。


 『ははは、大丈夫だ。次の魔王(いけにえ)は用意してある……。今頃、我が宿敵(グレン・リアーネ)にぶっ殺されてる所だろう……。アイツには、いつまでも強くあってほしいし……。コレからもプレゼントは送り続けたい』


 「貴方……。一体どっちの味方なんですか?」


 『破壊の魔王』のあんまりな発言に、呆れを通り越してため息しか出てこないソリッドであった……。


 「まあ、順調に事は進んでいますし……〝バル・ナーグ〟の復活は近い……。あと数年もかければ、事は成る……。良しとしましょうか……」


         *


 王都から遠く離れた地から、一人の男が王都の方角を見ていた。


 王都より東方に100km以上離れた荒地に、天にも届くほど高く聳え立つ塔があり、男はその塔のてっぺんに立っている。


 塔に向かって噴き上げる風に……男の短く切り揃えた美しい銀髪がなびき、陽光に照らされてキラキラと光を放っていた。


 男が持つ黄金の両眼は100km以上離れた王都の様子を正確に捉え、街ゆく人々の顔の皺の数まで数える事が出来るほどだった。


 「聖剣教会とは……。これまた懐かしい」


 男は王都の中心にある〝聖剣教会〟の建物を見つけると、微笑みを浮かべてそんな言葉を漏らす。


 『何で今更……人の世に戻って来やがった?』


 男の前には、彼を射殺さんばかり視線で睨み付ける、小柄な少女──『破壊の魔王』と呼ばれる魔族の王の姿があった。


 「ふふ、君が入れ込んでいる、神人の彼に興味があってね……。思わず目が覚めてしまったのさ」


 『……てめぇ、グレンに手ぇ出すつもりか?』


 『破壊の魔王』の殺気が込められた視線を気にも留めず、男は涼しい顔で微笑む。


 「邪推するな、古き友よ……。〝興味がある〟と言っただけだろう。僕はただ、この世界に()いているだけだ……。楽しみは共有して欲しいだけなのだよ」


 『こっちは、てめぇの趣味趣向なんて興味ねぇ。呼び出しに応じて来てやったんだ……。さっさと用件を言いな』


 『破壊の魔王』の言葉に、男は天を見上げ、しばらく何かを考え込んでいたかと思うと……


 突然、名案を思いついたかの様にニヤリと笑い、『破壊の魔王』へと視線を戻した。


 「君が興味ある神人は……〝愛しの彼〟だけなんだろう? 他の神人二人を僕にくれよ……。そう確約をくれれば、キミの彼には手を出さないと約束しよう」


 『……』


 「いい取引だと思うがね……? 〝古の竜(エンシェントドラゴン)〟を復活させてまで、彼との逢瀬を望んでいるんだ……。罪のない人間の命を犠牲にしてね」


 『勘違いすんな。俺はバル・ナーグの復活を利用して……力を取り戻してぇだけだ……。無駄な犠牲は望んでねぇ。復活も人がいねぇ場所を選んでるしな』


 「ふふ、〝鮮血の戦姫(いくさひめ)〟とは思えない言葉だね……。昔の自分を忘れてしまったのかな?」


 『……その名前で俺を呼ぶんじゃねぇ。一発かますぞ。力を失っても、てめぇの腕一本くらいは余裕で獲れるんだぜ?』


 「ふふ、流石は元〝八星〟の君だ。全盛期は〝十星〟にも届くと言われた巨星……。君が万全な状態なら、僕の実力などではとてもとても……」


 「……」


 『破壊の魔王』の反応を、楽しげに見下ろす男……


 再び天を仰ぎ見ると、両手を広げて陽光を全身に浴びる。


 男は、『破壊の魔王』が無言なのを肯定と捉えたのか、そのまま話を進めた。


 「交渉は成立かな? 僕は僕の二人が育つまで気長に待つつもりだが……。キミはすぐに動くつもりなんだろう? 検討を祈っているよ」


 男は、そのままの格好で、顔だけを『破壊の魔王』の方に向けると、


 「僕の〝祈り〟は特級だからね……。期待して良いよ」


 と満足げな笑顔を作り、言った。


 『ふん……。クソ〝聖人〟様のクソ祈りか……? くだらねぇ』


 チリチリ──……


 突然、あたりの空気が、静電気を帯びたかの様にビリビリと震える。


 「〝聖人〟か……。それは少し違うな」


 男の美しかった銀髪が、毛先から徐々に、漆黒に染まっていく……。


 そして、神々しい輝きを放っていた金色の両の瞳は──ルビーのような、鮮血の赤に染まった……。


 「聖人である自分は捨てた……。今の僕は〝魔人〟……。〝魔人セリオス〟さ」


 その男は、かつて世界に平和をもたらすために戦い、人々を救うための巡礼中に非業の死をとげた言われる──〝聖人セリオス〟その人であった……。


         ✳︎


 四年後──とある村で……。


 「ああ、神はいないのですか……」


 絶望の中で、その女性は……両手を胸の前で組み、神に祈る。


 女性の眼前には、破壊された家々が立ち並び、さらには、倒れた人々が折り重なって山の様になっていた。


 折り重なっているのは、どれも男性ばかり……。


 女性たちは、折り重なった『人の山』の前で皆、へたりこんで涙を流し、神に祈っている。


 それは、突然の出来事だった……。


 王都に程近い小さな村に、突如として100体近い魔物が押し寄せ、あっという間に村を占拠してしまったのだ。


 ──ここは、何もない小さな村だ。


 魔物が欲しがるものなど……


 自らの食欲を満たすもの──食料となる人間しかいない。


 だと言うのに、魔物たちは人間に手を付けず、わざわざ村の男性だけ気絶させては、街の中心に集め……女性は意識あるままに、その近くに連れてこられた。


 魔物たちの行動理由はわからなかったが、相手は〝上級種〟の魔物だ。


 一介の村人にとっては太刀打ちできる相手ではなく……最悪の事態を想像せざるを得なかった。


 『おーおー、いいね、いいね……。こりゃ、涎が出そうなくらい上物が集まってる』


 突然、声がしたかと思うと、女性たちの前に一人の男が現れた。


 その男は、魔物たちの中心に立ち、それらを侍らせるゴロツキ風の男だ……。


 男は、集められた女性を一瞥し、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。


 「だ、誰……?」


 祈りを捧げていた女性は、突如として現れた男に驚き……


 魔物たちの中にあっても、平気な顔でニヤつく男に恐怖した。


 この男は、普通じゃない……


 魔物を操っている……


 『魔族』だ……。


 女性たちは、直感的に男の正体に気が付いていた。


 魔族の男は、ゆっくりと女性たちに近付いて行き──


 『ひひひ、俺は女が大好きだ。女は犯す、殺す、食す。子供だろうと、老人だろうと、例外はねぇ……。食い散らかされた女たちを見たら、男たちはどう思うだろうなぁ?』

 

 舌を舐めずりながら……品定めする様にぐるりと女性たちを見回す。


 『助けは来ねえぜ。ここは王都から近いが……。あの神人(バケモン)が王都にいねぇのは、ある情報筋から聞いて確認済みだ……。ひひひ、楽しもうぜ』


 「だ、誰か……」


 『ひひひ、助けは来ねえって。諦めて俺に蹂躙されてな。ああ、俺は『蹂躙の魔王』ってんだ……。名は体を表すって感じで、素敵だろ?』


 『蹂躙の魔王』は、女性たちの一人──祈りを捧げていた女性に手を伸ばす。


 今、まさに女性たちは蹂躙されようとしていた──


 「あー、気持ち悪い。なんか、生理的に無理ね……。魔族って、こんなのばかりなのかしら?」


 『蹂躙の魔王』の手が、女性に触れようとした瞬間──そこに集まった女性たちの耳に、そんな声が届いた。


 『誰だ……? とんでもねえ上玉だが、俺は邪魔者には容赦しねぇぜ? ひひひ』


 ──声の先には、美しい少女が立っていた。


 年の頃は14歳くらいだろうか、肩まで伸びた黒色の髪が、サラサラと風になびき、少女の美しさを一層引き立てている。


 少女は、『蹂躙の魔王』に向かって言う。


 「キモイから話しかけないでくれる?」


 『ああん!? 舐めてんのかてめぇ!』


 「アンタみたいなキモイの舐めるわけないでしょう……? 私が舐めまわしたいのはたった一人、ユ…………おほん! そこまで知りたいなら、名乗ってあげましょう! 私は〝リーン剣士団〟の剣士で、団内で最も団長を愛している女! ミュン・リーリアス14歳よ!!」


 ドーンッ! 


 と、効果音が鳴り響きそうなほど、堂々とした名乗りだった。


 突然現れた救世主に、集められた女性たちは……絶望がさらに深くなっていた。


 なんか、ダメそう……。


 ──女性たちが少女に受けた印象は、大体そんな感じだった……。


 『なんだ、イカれ女かよ……。お前はパスだ。おめえらにくれてやる……行け』

 

 『蹂躙の魔王』の指示を受け、周りに待機していた〝上級種の魔物〟たちが一斉に少女──ミュンの下に殺到する。


 魔物の数は、少なく見積もっても20体以上……。


 しかも、相手は上級種。


 ジーノ村に出現した中級種よりも遥かに強い個体だ。


 そんな強力な魔物たちの突進にも、ミュンは顔色一つ変える事なく、冷静に──


 『抜剣レベル4(フォー)──『静止する世界』を発動──使用可能時間は1分です──カウント開始』


 『抜剣術』を発動させていた。


 ミュンの『抜剣術』が発動した瞬間──周りの景色が、色褪せたかの様に白黒になる。


 ──それは、あくまでミュンの見る景色に限定されたものだが……。


 ミュンの『抜剣レベル4』は、『静止する世界』……。


 簡単に言えば、時間を停止させる能力だ。


 使用制限の1分間までなら──


 停止5秒──


 再使用までの時間10秒──


 これを繰り返して、何度でも時間を停止する事が出来る。

 

 「楽ちん、楽ちん」


 停止した時間の中で──ミュンは『抜剣術』によって強化された身体能力を活かし、縦横無尽に駆け回る。


 最初の5秒で片が付いた。


 ミュンに群がっていた、20体の上級種の魔物は、最初の停止時間──5秒でミュンに切り伏せられ、絶命した。


 そして、5秒が経過した後、時間が動き出す……。


 ドサッ ドサッ ドサッ ドサッ──……


 20体の魔物たちが、一斉に地面に倒れ伏す。

 

 「え……? なにが??」


 周りで見ていた女性たちは当然、何が起こったかわからず、混乱した様子を見せている。


 それに対して、『蹂躙の魔王』は──


 『ああ、そういう能力か……。その程度で偉そうにすんなよ』


 ミュンの能力を理解した上で、「大した事ない」と嘲笑う。


 ──10秒経過。


 「静止……」


 ミュンが「静止」と口にした瞬間、再び時間が停止する。


 「魔王の命……頂きます!」


 ミュンはそう叫ぶと、停止する時間の中で、『蹂躙の魔王』に向かってサブウィポンを振り下ろす。


 時間が停止しているのだ、勿論、『蹂躙の魔王』は反応出来るはずもなく──ミュンの一撃をまともに受ける。


 しかし──


 「うーん……。やっぱり無理かぁ」


 ミュンの攻撃は、『蹂躙の魔王』の身体に触れる直前で静止してしまう。


 ミュンの『レベル4』の欠点……それは、自分よりも実力が上の相手に対し、〝静止世界の中では害する事が出来ない〟という制約がある事だ。


 「まあ、最初からわかってた事だけどね」


 『蹂躙の魔王』を害せないとわかったミュンは、仕方なくターゲットを変える。


 目標は……残った上級種の魔物だ。


 「残り約40秒……。楽勝ね」


 ミュンはそう言うと、鼻歌を口ずさみながら、残りの魔物の処理に取り掛かった。


         *


 『──使用限界──抜剣を解除します──』


 制限時間の1分が経過し、ミュンの『抜剣』が解除される。


 「ふう……。まあ、こんなものね」


 驚くべき事に、100体以上は居たであろう上級種の魔物たちが、1分程度で全滅していた。


 『蹂躙の魔王』は、停止した時間の中ではミュンを止める事が出来ないと判断したのか、一度も動かす、魔物たちが全滅するのをただ見ているだけだった。


 『ひひひ、満足したか? まあ、こんな奴らならいくらでも出せるんだけどな』


 「あー、本当にキモいから、話しかけるのはNGで」


 『……てめぇ』


 ミュンの実力では、『蹂躙の魔王』を害せない……。


 戦いは、『始まる前から終わっている』状態だが、ミュンの顔には少しも悲壮感はない。


 それどころか──


 『で、どうすんだよ? てめぇじゃ俺を()れねぇぜ? ひひひ』


 蹂躙の魔王のその言葉に、ミュンは、「待ってました」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、声高らかに言った──


 「ふふふ、よくぞ聞いてくれました! 超絶、激烈、爆裂気持ち悪い最低魔王を倒してくださる〝救世主〟! 私が全てを懸けて、全身全霊で愛する人! 我が〝リーン剣士団〟の超絶、激烈、爆裂いい男……。〝(いかづち)の神、リーン団長の御成(おなり)でぇす!!」

 

 ババンッ! 


 と、効果音が出そうなほど、自信満々に──その豊満な胸を、天に向くほど逸らしながら……。


 「ちょ! 恥ずかしいからやめて!」


 ミュンの突拍子もない行動に焦り、しどろもどろになりながら登場したのは──白い仮面を付け、ローブに身を包んだ少年……ユランだった。


 そのすぐ隣には、ミュンよりも少し幼いくらいの年齢の『灰髪の少女』を伴っている。


 ユランは訳あって自分の素性を隠し、〝謎の剣士リーン〟を名乗って、自分の剣士団を作っていた。


 ちなみに、剣士団とは──聖剣教会から依頼を受けて、様々な仕事をこなす集団の事だ。


 「ね、姉さん……。流石にそれは、先生が可哀想……」


 「何を言っているのよ、アリー! 団長は私を愛し、愛される完璧な男! 私はこれ以外の愛の表し方を知らない!」


 「リネア姉さんの言った意味がわかった……。ミュン姉さん、キモイ」


 「そんな……アリー……」


 『蹂躙の魔王』は、完全に蚊帳の外に追いやられていた。


 いや、村の男たちや、女たちも、同様に蚊帳の外だ……。


 ミュンたちの茶番劇を見せられ、『蹂躙の魔王』は──


 『いい加減にしろ、このクソ野郎ども! 全員、ぶっ殺してやる!!』


 激怒した。


 形振り構わず、たった今現れたばかりのユランに襲いかかる。


 ──それも、全力で。


 『蹂躙の魔王』の拳は、強力な魔力が込められており──近接戦を得意とする彼のそれは、どんな相手をも一撃で殴り殺す『必殺の拳』だ。


 そんな、圧倒的な『暴力の象徴』の様な拳を、ユランは──


 「ああ、ちょっと待っててくれ」


 バシィ!


 よそ見をしながら、蠅でも叩き落とすかの様に軽くいなした。


 相手の力を利用し、攻撃を逸らすための技術──竜人族(ドラゴニア)に学んだ体術の一つだ。


 『なぁ!? どうなってんだ!』


 渾身の一撃を軽くいなされ、『蹂躙の魔王』は驚きのあまり、追撃を仕掛ける事も忘れて立ち尽くす。


 「ちょっと離れてろ」


 ユランはそう言うと、『蹂躙の魔王』の腹部に向かって強烈な横蹴りを放った。


 今だ、他所を見たままで──『蹂躙の魔王』の方をチラリと一瞥しただけだ。


 ドゴォッ!!


 不意を突いたユランの一撃に、『蹂躙の魔王』は反応出来ず、横蹴りをまともに受けて後方に吹き飛んだ。


 相手は魔王だ……


 おそらく、この程度の攻撃ではダメージを負わない。


 「生きてはいるけど、村の男性たちのケガが酷いな……」


 ユランが見ていたのは、山の様に積み上げられた村の男性たちだ。


 ユランの言う様に、皆、生きてはいるが、魔物に与えられたダメージが深く、深刻な状態の者も多く見受けられた。


 「──アリシア」

 

 ユランは、隣に伴っていた灰髪の少女──アリシアに声をかける。


 それを受けてアリシアは、「了解だよ」と返事を返すと……両手を男性たちの方に差し出し──


 『回復(ラ・ヒール)


 神聖術を唱えた。


 アリシアの身体から放出されたのは、膨大な量の神聖力の渦で──『回復』の神聖術一つで、数十人以上いた村の男性たちの傷が、瞬く間に癒えていく。


 回復(ヒール)系の神聖術では、本来、傷を癒す力が弱く、体力の回復が主だ。


 しかし、アリシアの神聖力が桁外れに高いため、ヒール系でもある程度の傷が塞がる……『修復(リペア)』程度の、追加効果が発生していた。


 アリシアが放ったのは『ラ・ヒール』……


 これは、実はただの『ヒール』に他ならないのだが──アリシアの膨大な神聖力は、単体が対象であるはずの『ヒール』を、強力な〝広範囲が対象〟の神聖術に押し上げていた。


 ちなみに、『ラ・ヒール』の『ラ』は『祝福』と言う意味がある。


 「うん、もう大丈夫そうだね……」


 村の男性たちが、見る見る内に回復していくのを確認し、ユランは満足げに頷くと──

 

 「まったく、ノリス様の人使いの荒さには参るな……。明日は〝聖剣士アカデミー〟の入学試験を受けなきゃならないのに……。骨が折れるよ」


 などと、どうでもいい愚痴を呟き──


 『抜剣レベル3を発動──使用可能時間は60分です──カウント開始』


 『抜剣術』を発動し、吹き飛んだ『蹂躙の魔王』の方に向き直る。


 「さあ……。お前に、裁きの(いかづち)が落ちるぞ」


 『蹂躙の魔王』の身体は、雷神の怒りに焼かれ、一瞬のうちに蒸発して消え失せたのだった……。


 村の女性たち……そして、目を覚ました男性たちは、そんなユランの姿を目撃し、口々につぶやいた。


 「あれが、新たな〝神人〟……。我々、弱い者の救世主……。雷と〝愛〟の神……。リーン様か……」


 それを、『抜剣術』で強化された聴力で聞き捉えたユランは、〝愛〟の部分に過剰反応し──


 「お願いだから、〝愛〟はやめて!」


 と、叫ぶのだった……。

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