新(ま)たなる出会い
ここは、アーネスト王国の王城にある応接室……。
応接室といっても、国賓を招く為の場所で……そこは、貴族の屋敷の大広間ほどの広さがある。
その広大な部屋の中心に設置された──これまた豪華で、細部まで拘った美しい装飾が施されたソファーに、二人の男女がちょこんと腰掛けている。
新たに〝神人〟として見出された、ジーノ村の少年ユランと、リアーネ家の息女、リリア・リアーネだ。
ユランは、ノリスの言葉通り王国から出頭命令を受けて王城に赴いていた……。
「もしかしなくても、〝神人〟の件だよなぁ……。それとも、〝ゴミ掃除〟の件なのか……? いや、でもあれはリーンの仕業だし……。うん、神人の件で間違いないな」
自分のしでかした事を言い訳をする様に、ユランはブツブツと呟く。
リリアを攫ったゴロツキ共を壊滅させたユランだったが……『やり過ぎてしまった』と、若干後悔していた。
ソリッドを逃がしてしまったため、苛立っていた事もあるが……
何よりも、回帰前にゴロツキがリリアにした仕打ちや、アリシアに対する拷問めいた扱いが許せず──
思わず皆殺しにしてしまった。
興奮状態の感情が上手くコントロール出来ず、後先考えない行動に出てしまったのだ。
ユランは、正式に剣士団に所属している訳ではなく……相手が犯罪集団だったとしても、独断で処罰して良い訳がない。
「い、命を救ったんだから……。後の事はグレン・リアーネに任せよう……」
何とも、無責任な事を口走るユランに対し、隣に座っていた少女、リリアは──
「リー……いえ、ユラン。緊張しているのですか?」
そう言って、ぎゅっと、ユランの右手を握る。
それにより、二人は手を繋いでいる様な形になった……。
ユランがぶつぶつ呟いているのを、緊張しているからだと捉えたのか……リリアなりに、ユランの緊張を和らげるために行動した様だ。
「緊張というか……。後悔というか……。複雑な心境が……」
「ふふ……。男の子は大変ですね」
リリアはおそらく……ユランの心境など理解していない。
ユランの隣で、ただ慈愛に満ちた聖母の様な笑みを浮かべている。
「ぐ……」
そんなリリアの笑みを前にすると、悩んでいるのが馬鹿らしくなると言うか……無理矢理「大丈夫!」と納得させられる様な強制力が──
ユランは、リリアの笑顔に、〝笑って誤魔化すの究極系〟を見た様な気がした。
(グレン・リアーネといい、リリアといい、この兄妹は……)
ユランは今回の件についてグレンに話した際にも、一般的な感覚からかなりズレていると感じていた。
この件の当事者の一人であるグレンには、ユラン自身の事を話さざるを得なかった。
そのため、回帰の事などを伏せた上で説明はしている。
10歳の少年であるユランが、人並外れた戦闘力を発揮した事や、修羅場に対する対応力の高さなどを見せた事……あり得ないパフォーマンスを発揮した件に関しては──
「じ、自分……神人なんで……」
などと、馬鹿げた説明をした。
同じ神人であるグレンに、そんな誤魔化しの言葉は通じないと思いつつも、上手い説明が思いつかず、適当に口走ってしまったのだ。
しかし、その言葉に対してグレンは……
「ああ、君も神人なら納得だ。僕も初めて『魔王』を討伐したのは10歳のときだし。それくらいは出来て当然だ」
と、信じられない言葉を口にした。
その言葉を聞いたとき、ユランはグレンに対して驚愕を通り越して──あまりにも〝感覚がズレている〟と感じていた……。
ユランがそんな事を考えていると──
「おお、もう来ていたのか……。遅れてすまない」
応接室の奥の扉が開き、豪奢な服に身を包んだアーネスト王国の国主、アーネスト・イル・フリューゲルが現れた。
アーネストの隣には、気難しそうな雰囲気の初老の男性が付き従っている。
「あ……。こ、国王陛下にご挨拶申し上げます……」
「……」
突然現れたアーネストに驚き、ユランは慌ててソファーから立ち上がり、頭を下げる。
リリアに至っては、無言で頭を下げるのみ……。
しかも、お互いに手を繋いだままの状態だ。
礼儀も何もあったものではないが……ユランもリリアも、貴族の正式な挨拶など学んだ事もない。
突然の呼び出しで、礼儀作法を学ぶ時間もなかったのだから、こうなってしまうのは無理からぬ話だ……。
ユランたちの拙い挨拶に、アーネストは気を悪くした様子もなく、ニコニコと笑っている。
……隣の気難しそうな男は、顔を顰めてギロリと二人を睨み付けているが。
「楽にしなさい。君は〝神人〟なのだから……。この国では、君の存在は私よりも尊い」
いや、訂正……。
アーネストはニコニコと笑っている様に見えるが、目が一切笑ってない。
(挨拶がまともに出来ない事に気を悪くしたのか……? 私がシリウス隊に参加した時には、既に故人だった人だから……。人となりがわからない……)
ノリスの言った通り、ユランが神人である事もアーネストに伝わっている様だ……。
「座りなさい……。先ずは、重要な話をしよう」
アーネストに促されて、ユランは再びソファーに腰掛け、リリアもそれに続く。
ユランたちが腰掛けるのを確認した後、アーネストはその対面のソファーに腰掛け、ユランの方をじっと観察する様に見据えた。
気難しそうな男性は、アーネストの側に立ったままで控えている。
「聖剣教会から、ある程度の話は聞いている……。神人である事を隠したいそうだな」
「は、はい……。すみません……」
「謝らずとも良い。何か事情があるのだろう……? 理由も詳しく聞かん」
「……え?」
「そんな事よりも……もっと重要な事を確認したいのだ」
そう切り出したアーネストは、目を見開き、ギラギラした視線をユランに向ける。
ユランは、直感的に恐怖を感じた……。
(これは……感情が爆発して〝おかしくなった〟ときのミュンに似ている!)
「神人は、ある程度『自由な権利』が認められている事は知っているな?」
「……そうなんですか?」
「そうなのだ……。その自由の中に〝国を選択する自由〟と言うものがある。神人は人類全体の救い主……。神の使者であるから、どの国にも神人を得るチャンスが与えられるのだ」
「…………はあ」
がしぃ!!
「──ひぃ!」
気のない返事を返したユランに対し、アーネストは凄まじい形相で近付くと──座ったままのユランの腰に、タックルする様にしがみ付いた。
突然のアーネストの奇行に、ユランは短く悲鳴を上げるが──
「絶対に逃さん! しんじんんんんん!」
奇声を上げながら縋り付いてくるアーネストに、恐怖から悲鳴すら上げられなくなっていた……。
「むう……リー……ユランは私の友達ですのに。勝手に抱き付くなんて……」
リリアは状況を理解出来ていないのか……ユランに抱き付くアーネストを見て、可愛く頬を膨らませてぷりぷり怒っている。
「我が王国に仕えると言うのだ! 約束するのだ! さあ! さあ! さあ! 約束するまでは部屋から出られんぞ!」
あまりの状況に、気難しそうな雰囲気だった男性もドン引きし、顔が引き攣っていた……。
*
「うぉっほぉん! 見苦しいところを見せてしまって済まないな……。それだけ、我が国にとって神人の獲得は重要な意味があると思って貰いたい」
アーネストの言った通り、アーネスト王国にとって強力な聖剣士──特に神人の様な、桁違いの戦力を持つ者の存在は、極めて重要なものである。
王国の領土は、強力な魔物等が発生しやすい『瘴土』と呼ばれる場所が多く、現に、王国領内で年に数回は『魔貴族』級の魔族の出現が確認されており──
さらに、大陸の中心に近い場所に領土を持っているため、他国に挟まれる形となっており、いつ、それらの国が侵攻してきてもおかしくない状況でもある……。
そんな状況の中、アーネスト王国が現在も存続していられる理由は──他国に比べ、強力な聖剣士が多く属している国だからだ。
……それでも『魔族』や『敵国』はアーネスト王国侵略を虎視眈々と狙っており、過去にも、幾度となくソレらの勢力との小規模な戦は起こっていた。
その〝小競り合い〟も、ある日を境に一切発生しなくなる……。
アーネスト王国に、神人グレン・リアーネが誕生したからだ。
今はグレンの存在が抑止力となっているため、〝知性ある魔族〟や〝常識ある敵国〟は王国に攻め入る事が出来ずにいる。
神人は、その存在だけで、国間での勢力図を塗り替えるほど重要なファクターを占めており……神人を得たと言う理由だけで、小国が一気に強国に成り上がる事すら可能なほどなのだ。
そういった理由から、アーネストが二人目の神人を血眼になって得ようとするのは、アーネスト王国の国主として当たり前の事だった。
──何よりも、〝二人目の神人〟を得る事ができれば、抑止力どころか……厄介な存在だった敵勢力相手に攻め入る事も可能となる……。
それはつまり、戦争が起こるという事に他ならないのだが……。
「私は、神人を戦争の道具にしようなどと考えてはいないぞ……。ただ、我が国を守りたい一心なのだ」
アーネストは、ニコニコと笑顔を見せてそう言うが……相変わらず、目が少しも笑っていない。
それどころか、『誓約書─アーネスト王国に忠誠を誓います─』などと書かれた羊皮紙を勝手に用意し──
ギギギギ……──
「ちょ! 国王陛下、待ってください!」
ユランの右手を両手で強引に掴み、無理矢理、右手の人差し指にインクを付けさせ──
誓約書に指印させようと暴挙に出た。
ちなみに、既にユランの名前は記載済みだ。
……勿論、本人が書いたものではない。
「ち、力が強い! 分かりました! 分かりましたから! 押します! と言うか、最初からそのつもりでした!」
ユランの必死の叫びを聞いて、アーネストはその言葉に満足したのか……ニンマリと笑顔を浮かべ、ユランの手をパッと離した。
今度は、目も笑っている──心からの笑顔だ。
「……何? ──ならば、最初からそう言いなさい。ふふ、大人をからかっちゃいけないな」
「……」
ユランは、最近の周りの人間の妙な変化や、態度を目の当たりにし……少しだけ人間不信に陥りそうだった……。
(と、とにかく……。適当に話を切り上げて、ここを離れた方がいい……。そんな気がする。リリアの事も説明したくて連れてきたが……それは今度で──)
ユランが、心の中でそう結論付けようとしたとき──
「国王陛下は〝神人〟がお好きなんですね……。私も大好きなんです! 神人と言うか……ユランの事が……。ふふ」
ユランは強烈にイヤな予感がした。
コレは直感だ。
──リリアは絶対に余計な事を言う。
「あの、リリア──」
「私も『聖剣鑑定』を受けまして……。〝神級聖剣〟だったんです! ユランと同じなんです! ふふ……」
「ちょぉぉぉぉ!」
……その後は、筆舌に尽くし難い混沌とした状況になった。
涎を垂らしながら、12歳の少女に迫る変態──もとい、アーネストを必死に止めるユランと、気難しそうな男性。
二人の間に妙な一体感が生まれ……間に有ったはずの壁は消え去っていた。
*
「酷い目にあった……」
アーネストが暴走した後、突然現れたグレンにアーネストが取り押さえられた事で、取り敢えず場は収まった。
ユランが当初、心配していたリリア誘拐犯皆殺しの件は、
「ああ、別に構わないぞ。其方は神人だ……。皆殺しも正義の執行と言う事になろう。所詮、相手は小悪党だしな……。私としては、神人のグレンが無事で、其方が手に入るなら……後は些事だ」
と、何とも適当で強引な采配で片付けられた。
ユランは、今だに話が残っているというグレンやリリアよりも先に応接間を出る事を許され、城内を歩いていた。
「王城には、回帰前に一度来たきりだけど……。崩壊前とは随分違うな……」
ユランが王城に来たのは、回帰前──『鎧の魔王』討伐隊の決起パーティだった。
そのときは王国も崩壊した後で、ここは既に王城と呼べる場所ではなくなっていた。
それに、パーティと言っても、酒などの嗜好品は無く、質素な保存食が振る舞われただけの粗末なものだった……。
「こんなにも、落ち着いた状況で王城を訪れる事になるなんて……」
回帰前を思い出し、感傷に浸るユランだったが……それよりも、今は──
「ここはどこだ? うん、完全に迷ったな」
道に迷っていた……。
(流石に、王城だけあって広すぎる……。案内くらいは付けてもらうべきだった)
*
「ここは……?」
ユランは、場内で迷っている内にある場所に出た。
「薔薇園?」
色とりどり、様々な種類の薔薇が咲き誇る場所──王城の薔薇園だ。
何とも厳かな場所で、〝関係者以外立ち入り禁止〟といった感じだが……ユランは他に当てもなかったため、中に入ってみる事にした。
「君は……どちら様かな?」
ローズガーデンに踏み入り、しばらく奥へと進んだユラン……。
突然、前方にいた人物に声をかけられ、ビクリと身体を強張らせた。
おっかなびっくり進んでいたため、その存在に気付かなかったらしい……。
「あ、あの……すみません。道が分からず、迷い込んでしまって……」
ユランは、相手の顔を確認する前に、取り敢えず頭を下げ、謝罪の意を表した。
『自分に非がある場合は、取り敢えず謝っておけ』の精神だ。
「……いいよ、許してあげる」
優し気な声でそう言われ、ユランはゆっくりと視線を上げると、声のした方に目線を向ける。
そこには──
「何に謝っているのか分からないが……。すぐに非を認め、謝罪できるのは良い事だよ」
ユランと同い年くらい……
短く切り揃えられたブルーの髪が、ボーイッシュな印象を与える……
何とも見目麗しい少女が、薔薇に囲まれて立っていた。
醸し出す気品が、普通の貴族のそれとは明らかに違い……
もしかしなくても、この少女は──
「……アリエス様?」
アーネスト王国の第四王女……アリエス・セタ・フリューゲルその人だ。
「おや、ボクに会った事があるのかな……? こめんね、覚えてないや」
アリエスは、ユランの事を思い出そうと、しばらく思考を巡らせ、ユランの顔をマジマジと観察するが……該当する人物に思い至らなかったのか、謝罪を口にした。
アリエスが思い出せないのも、無理からぬ話だ。
二人が会ったのは回帰前の事で、今世での面識は一切ないのだから……。
「いえ、初対面のはずです。僕が貴方の事を一方的に知っているだけで……」
「そうかい? ボクは、一度見た相手の顔は忘れないからね……。そうだと思ったよ」
相変わらず、不思議な雰囲気の持ち主だ。
空に浮かぶ雲の様に、捉え所のない人物。
「君は、何者なんだい? ここは、王族や一部の貴族しか入る事の出来ない場所なんだけど……。不審者という訳でもなさそうだし」
「ふ、不審者ではない……はずです……」
「ふふ。面白い子だね、君は」
同い年くらいだというのに、アリエスは完全にユランを子供扱いしている。
幼さの中にも、達観した大人の様な雰囲気も見られる……アリエスとは、そんな不思議な少女だ。
「ぼ、僕はユランって言います……。王城には、国王陛下の命を受けて出頭した次第です……」
ユランという名前を聞き、アリエスは納得した様に頷くと──
「なるほど。君が新しい神人なんだね……。城に来るとは聞いていたけど。うん、良いじゃないか」
嬉しそうな顔で笑い、ユランに近付いてくる。
「……?」
突然のアリエスの行動に、ユランは疑問符を浮かべた。
アリエスは──
「ジェミニ姉さんにはグレン・リアーネが付いた……。君は誰に付くのかな? 先の神人と同じく、ジェミニ姉さん? それとも、慈悲深いだけのレオ兄さんかな?」
ユランよりも身長の高いアリエスは、少しだけ目線を下げて、ユランの瞳を見つめる。
そして、ユランの前髪を掬う様に持ち上げ──
「ボクは君が気に入った……。ボクのものになりなさい」
と、耳元で囁いたのだ。
ユランは、あまりの展開に、何の反応も返せずにしどろもどろになる。
そんなユランを見て、アリエスは満足気に微笑を浮かべた。
「あ、あの……」
「ふふ、すぐには決められないだろう。でも、考えておいてくれ……。もう行って良いよ。あちらから出ていけば、大広間に出られるはずだ」
アリエスは、ローズガーデンの先にある大扉の方向を指差し、そう言った。
「もう用事は済んだ」と言わんばかりだ。
「……失礼致します」
深々と頭を下げ、踵を返して立ち去ろうとするユラン。
その背中に向け、アリエスは──
「またね。ボクの〝神人〟くん」
などと、呟く様に言ったのだった……。
これは、回帰者ユランと、アリエスの二度目の出会い……。
アリエスは、回帰前、ユランが忠誠を誓った最初で最後の相手だった……。




