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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【30】戦いの終わり

 ユランは灰髪の少女──アリシアの手を取り、牢獄から救い出した。


 満足に食事も与えられていなかったのか、アリシアの身体は痩せ細り、外見上は『とても自力で走れそうにもない』といった有様だ。


 ユランは、アリシアを抱えて走ろうかとも考えたが……


 ユランの心配を他所に、アリシアは足取りもしっかりしており、存外、平気そうに見えた。


 これは聖女の……というよりも、アリシア自身の〝特異体質〟に依るところが大きいのだが──ユランはそんな事を知る由もない。

 

 平気そうには見えたが、ユランはアリシアを気遣い、ゆっくりと歩みを進めていた……。


 ユランたちが、牢獄から上階へと続く階段を登り始めたころ……階段の上──上階にある廊下の方向から、ガヤガヤと騒ぐ声が聞こえてくる。


 激怒、混乱、焦り……


 様々な感情が入り混じり、発せられているのは怒号に近い叫び声だ。


 どうやら、ユランが殺害し、その場に放置してきた男たちの亡骸が発見されたらしい。


 まあ、これ自体は問題ない。


 ユランは、ここに来てから戦った男たちの力量から、この組織全体の大凡の戦力を把握していた。


 ──相手は、ただのゴロツキ風情だ。


 どれだけ人数がいようとも、正面切っての戦いで何の問題なく鏖殺できる……。


 ソリッドは規格外の存在であったが、話し振りからして、男たちを駒として扱っていた上に……すでに、彼らに見切りをつけた様子であった。


 状況からして、この組織にソリッドと同等、もしくはそれ以上の戦力が残っているとは考え難いだろう。


 ユランはそう考え、敢えて男たちの亡骸を放置し、発見されるように仕向けた。

 

 相手の力量が低いなら、コソコソ隠れる必要もないし、逆にワラワラと集まってくれた方が楽に事が済む。


 一箇所に集めて潰す──。


 鬱陶しい羽虫を集め、殺虫剤を撒くのと同じ事だ。

 

 ユランは、アリシアに階段の影で隠れて待つ様に伝え──階段の上へ、堂々と姿を現した。


 階段の上の廊下には、事切れた見張りの男の亡骸を囲み、十数人の男たちが集まっている。

 

 いずれの男もサブウェポンを抜き放ち、『戦闘準備』は万端といった様子だ。


 「何だテメェ! どこから来やがった!!」


 いつの間にか、集団の後ろに立っていたユラン……


 その存在に気付いた一人の男が、ユランを指差し怒鳴り声を上げ──


 その男の声に反応して、他の面々もユランの存在に気付き、一斉に振り返った。


 ダダダッ──


 最初にユランの存在に気付いた男が、問答無用で切り掛かってくる。


 ……『抜剣』を使用せずにだ。


 (あぁ……。やっぱり、この程度なのか)


 ユランは、男の軽率な判断に呆れ返る。


 そこに転がっている見張りの男の死体──

抵抗もできずに惨殺された死体を見れば、実行犯(ユラン)が手練であることなど容易に予想できたはずなのだ。


 敢えて情報を残したというのに……そんな事すら満足にできないとは。


 ブゥン!──


 男が放ったサブウェポンの一太刀が、弧を描く様にユランに迫る。

 

 が──


 ユランは、その攻撃を僅かに身体をずらす事で、既所で躱し──そのままの勢いで。男の首元にナイフを突き立てた。


 ユランの攻撃は、吸い込まれる様に男の首にヒットする。


 「ぶぷっ……」


 男の口から、泡混じりの血液が溢れ出し、そのまま後方に倒れる。


 そして──


 パキンッ!


 やけに軽い破壊音がしたかと思うと、ユランの持っていたナイフが根本から折れる。

 

 仰向けに倒れた男の喉元には、ナイフの刃の部分だけが刺さったままだ。


 急所を突かれた男は当然、絶命したが、ユランの唯一の武器──ナイフはもう使い物にならない。


 元々、カンテラの男から奪ったナイフだ。


 碌に手入れもされておらず、いつ壊れるとも知れない代物……当然の結果である。


 ならば、たった今倒れた男の武器を拾って使用すればいいなのだが……ユランはそれに見向きもせず、柄の部分だけになったナイフを投げ捨てけど─無手(むて)で構える。


 「武器が壊れたぞ! 一斉にかかれ!!」


 ……やはり、ただのゴロツキ。


 愚かにも程がある。


 一斉にかかると言っても、この幅が狭い廊下(・・・・・・)での話だ。


 二人程度であれば、横並びに展開できるだろうが──


 サブウェポンを振り回した際に、味方を傷付けるリスクを考えれば、男たちは結局一人ずつに分かれてユランに相対するしかない。


 それに、ユランの武器(ナイフ)が壊れたとはいえ、不用意に攻撃を仕掛けるとは……相手の情報もないのに、あまりにも愚かな行為だ。


 挙句の果てには、今だに、誰一人として『抜剣』を使う気配もないときている。


 まあ、実際には、敵がそう動く様にユランが上手く誘導した訳だが、男たちはその事に気付いてもいない。


 十数人の男たちが、間抜けにも順番待ちをする様に二列縦隊を作り、それぞれユランに迫ってくる。


 サブウェポンは手にしたまま……。


 『抜剣』を使用するつもりがないなら、いっそ素手で戦った方が幾分かマシだ。

 

 手拳ならば、長物(ながもの)ほど周りを気にする必要もなく、自由に戦えるのだから……。


 一方、ユランは『隠剣術』の効果により、尋常ならざる身体能力を得ている状態だ。


 ──ハッキリ言って、『抜剣』を使用せずに勝てる相手ではない。


 ユランは、先頭で走ってきた男がサブウェポンで放った突きを、懐に潜り込んで躱わす。


 そして、右手で男の袖、左手で襟元を掴み──背負い投げの要領で男を投げ飛ばした。


 ゴリュ!


 男は、頭部から石造の床に落下し──果物が潰れた様な鈍い音を立てる。


 次いで、男の頭がカチ割れ、ゴバッと鮮血が舞った。


 男はドンッと床に倒れ伏し、全身がピクピクと痙攣し……やがて絶命する。

 

 ユランは傭兵時代、『戦場で武器を失う』事も想定し、体術も人並み以上に修めている。

 

 ユランが扱うのは、竜人族(ドラゴニア)という種族に教わった〝必殺の体術〟だ。


 あらゆる状況に対応できる様に、ユランは様々な人間、種族に師事し、研鑽を積んだ。


 ──全ては、復讐のために。


         *


 頭を割られた男の(さま)を見て、他の男たちの間に動揺が走る。


 それは、別の男が、ナイフで喉を突かれ、絶命したときには見られなかった反応だ。


 絶命したという結果を見れば、同じ事であるが……


 〝頭を割られて死ぬ〟という状況が、男たちの目には、あまりにも生々しく見えた。


 あまりにも凄惨な状態に、恐怖を感じずにはいられなかったのだ。


 それは、武器を持って戦う事に慣れ過ぎてしまった弊害だとも言える。


 当然、ユランはその動揺──隙を見逃さない。


 一番近くにいた男に素早く近付き、両手で男の頭を上下から挟み込むと──


 ゴリュン──……


 力任せに、男の首を(ねじ)る。


 男の頭部は上下が逆転し、180度近く回転していた。


 勿論、絶命は免れず、そのまま床に倒れる。

 

 男たちの心は、ユランに対する恐怖に支配され、大半がその場から動く事が出来なくなっていた。


 武器も持たずに、仲間たちを一方的に蹂躙する様は、まるで悪夢……その存在は、男たちからすれば化け物じみて見えただろう。


 男たちの中でも数人、恐怖に打ち勝とうと、無理矢理身体を動かそうと試みる者もいた。


 アタフタと聖剣の柄に手をやり、『抜剣』を使用しようとする。


 しかし……判断が遅いと言わざるを得ない。


 後は、ユランからすれば簡単な〝作業〟に過ぎなかった。


 男たちの中から、動き出した者だけを選別し、捻り潰せば良いだけなのだから……。

 

 「お、おい! 邪魔だ! これじゃ身動きが取れねぇ!!」


 「くそ! くそ! くそぉ! まだ死にたくねぇ……」


 動き出した者たちは、各々、叫び声を上げて行動に出ようとする。


 しかし、恐怖で支配され、動けなくなった者たちが邪魔になり、身動きが取れなくなっていた。


 『抜剣』を使って悪足掻くことも出来ず、


 かと言って、行手を阻まれている所為で、逃げ出す事もできない……。


 ダンッ!


 ユランは床を蹴り、右手側にある壁に向かって飛び上がる。


 そして、三角跳びの要領で壁を蹴り、群衆の中心に飛び込んでいく。


 「い、嫌だぁぁぁ!」


 「来るな! 来るな! 来るなぁ! お前ら邪魔なんだよ!」


 「……」


 恐怖に怯え、その場から動く事が出来ず、呆けた様にユランを見上げる男たち……。


 果敢に戦おうとするも、身動きが取れず、見上げることしかできない男たち……。


 逃げ出そうとするが、群衆に飲まれ、それすらも出来なくなってしまった男たち……。


 その様子は三者三様だったが──


 男たちの目には等しく、宙を舞うユランの姿が、地上に舞い降りた『悪魔』の様に見えていた……。


         *


 「アリシア……。もう出てきても大丈夫だよ」


 廊下に集まっていた男たちを、難なく蹂躙し尽くしたユランは、階段の影に隠れているアリシアに向かいヒラヒラと手招きをする。


 「……うん」

         

 アリシアはユランの声を聞き、返事を返すと、トテトテと足早にユランの下まで走ってくる──そして、ぎゅっと、ユランのローブの裾を右手で掴んだ。


 「……ぐっ」


 上目遣いで見上げてくるアリシアの愛嬌ある姿に、ユランの心は打ち抜かれていた。


 (出会ったばかりで変な話だが……)


 なんとも、庇護欲をそそられる()だ。


 小動物の様に小柄(こがら)で、愛らしい。


 助け出す当初に見せた、戸惑いの様子は消え、今はユランの事を信じきっている顔だ。


 ──他に縋る者がいない所為もあるだろうが……これは……。


 (この娘は私が護らねば……!)


 ユランはアリシアを護る対象……自分の『大切なもの』の様に感じていた。


 出会って間もない二人だが、ユランはアリシアの事を何よりも尊い存在だと感じていた。

 

 ──絶対に護らなければならない。


 命に代えても、絶対に……。


 ユランはこのとき、感情のコントロールが出来なくなっており、アリシアに起きた〝ある変化〟に気付いていなかった。


 アリシアの琥珀色だったはずの瞳が変化し、金色(こんじき)の輝きを放っていた事に……。


         *


 アリシアを伴いながらも、ユランは難なく建物内を攻略していく。


 程なくして、全ての部屋を巡り、建物内にいた人間は全て殺し尽くした。


 中には──


 床に頭を擦り付けて、「助けてくれ」と懇願する者──


 「家で帰りを待つ家族がいる」と、家族の存在を盾に命乞いをする者──


 様々な反応を見せたが、何を言おうと、どんな行動に出ようと……ユランは容赦しなかった。


 牢獄でのアリシアに対する有様を見るに、碌な人間……碌な組織ではない。


 殲滅してしまった方が世の中のためだ。


 ソリッドを逃し、プライドを傷付けられた事に対する八つ当たりの面もあったが……流石のユランも、八つ当たりだけで敵を皆殺しにしたりはしない。


 建物内には、合計すると30名ほどの男たちがいた……。


 それはつまり、それだけの数の遺体が建物内に転がっているという事になるのだが……ユランは、後処理を行う気などなく、遺体を放置したままで建物を後にした。


 後処理は、警備隊に任せれば良い。

 

 聖剣教会でリリアの無事を確認した後、グレンが事の顛末を警備隊に報告するだろう。

 

 ならば、そちらに全て丸投げするだけだ。


 それよりも、今は──


 アリシアの事をどうするべきか……。


 男たちの話を聞く限りでは、アリシアは孤児院から誘拐されて来たらしい。


 子供を易々と誘拐される様な孤児院に、そのままアリシアを返して良いものか……。


 ユランはアリシアの処遇について大いに悩んだが、なぜか、アリシアを手放す(・・・・・・・・)と言う選択肢が取れず──ひとまず、アリシアを聖剣教会に連れて行く事にした。


 リリアの安否も気になるし……この時代で『グレン生存』が確定した事も確認しなければならない。


 ユランはそんな事を考え、アリシアの手を引き、聖剣教会へと向かうのだった。

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