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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【28】アリシア

 ユランは、出入り口の扉の真横──石造の壁に張り付く様にして立ち、外の様子を窺う。

 

 部屋の外には長い廊下が続いているが、人影は見られなかった……。


 ──ギギィ……。


 軋む様な音を立てながら、金属製の扉が開いていく。


 ユランは、覗き込む様にして部屋の外を確認した。


 廊下にはカンテラが備え付けられているため、ぼんやりと明るいが……隅々まで光は届かず、全体的に薄暗い。


 「……はは」


 ユランは外の様子を確認し、思わず笑みを漏らした。


 隠密に事を運ぶには、お誂え向きの状況だ。


 ローブを着込み、フードを頭から被り、仮面で顔を隠したユランの姿は──小柄な体躯も相俟(あいま)って一角(ひとかど)の|暗殺者の様に見えた。


 ユランは、音もなくスルリと部屋を抜け出すと、左右に分かれた廊下を右手側に向かって走り出す。


 それなりの速度で疾走するが、足音は皆無──コレも、ユランが傭兵時代に培った技術だ。

 

 「──……バケモン……だ………ありゃ」


 「──気味が悪いな……しても……ないんだろ?」

 

 石造の廊下をしばらく進んでいくと、前方から何やら話し声が聞こえてきた。


 声質から男──『サーチ』の範囲外ではあるが、『隠剣術』で聴覚もある程度強化されているため、声だけはユランの耳に届いていた。


 ……今のところ、相手の人数は不明。


 別々の声が聞こえてくる事から言っても、少なくとも二人以上……。


 ユランは、男たちの存在を認知しても歩みを止める事なく──声のした方向に音もなく近付いていく。


 「孤児院から(さら)ってきた餓鬼だ。バレても問題にはならねぇだろうが……。貧相で小汚いし……あの〝特異体質〟だろ? 売りモンになるのかねぇ」


 「まあ、磨けば光るかもしれんし……。その体質も場合によっちゃあ有用だ。どんだけ無茶しても〝壊れない〟って事だしな」


 「やっぱ、バケモンだなありゃ……。俺だったらごめんだね。まだ餓鬼だしな……。小汚くて色気もねぇ」


 『サーチ』が男たちの姿を捉える。


 ──人数は二人。


 廊下の先の少し開けた場所で左右に分かれ、向かい合って立ち話をしている様だった。


 勿論、敵の根城(こんな場所)にいる男たちだ……しっかりとサブウェポンを腰に携え、武装している。


 男たちの姿を目視しても、やはりユランの足は止まらず──

 

 男たちは、音もなく近付いて来るユランの存在に気付いてすらいなかった。


 そして──


 「一斉摘発があってから、奴隷商売もやりにくくなったってのに……。お(カシラ)は何考えてんだかな……。あんなの攫って来るなんて──べぎょき」


 ボキンッ──


 鈍い……生々しい音を立てながら、左側に立っていた男の首が──根元から〝くの字〟に曲がった。


 ユランが、男の背後を駆け抜ける瞬間──その勢いを利用して、右手一本で男の首をへし折ったのだ。


 首を折られた男は、自身の身に起こった事態を把握できず、首が曲がったままで口をぱくぱくさせていたが──


 ドサッ──……


 すぐに絶命し、床に倒れ伏した。


 ──男たち以外に、周囲に人影もない。


 石造の床だ……派手に倒れたところで大きな音も立たず、近くにいなければ気付きもしないだろう。


 異変に気付くとすれば、それは──


 「お、おい……。どうしたんだよ……? お前……」


 目の前に立っている男だけだ。


 首を折られた男の目前にいた中年男は、突然起きた事態に思考が追いつかない。


 混乱し、声を上げる事もできずにオタオタしていた。


 そうなれば、当然──


 「……むぅ! うぅ!」


 倒れた男を注視しすぎていたため、中年男は音を立てずに背後に回ったユランの存在に気付かない。


 ユランは、中年男の背後から右手を回し、男の口を覆う。


 ──叫び声を上げられない様に、男の口を塞いだのだ。


 その直後、男の身体は──グイッと背後に引き寄せられ、バランスを崩す。


 そして──


 ズグッ──……


 ユランが左手で握ったナイフの刃が──


 ゆっくりと、男の背中にめり込んでいった。


 「……ぶぶっ」


 背中から急所を一突き……


 中年男は、声を上げる間もなく絶命した。


         *


 今だ、仄かに熱を放っている中年男の身体……。


 ユランは無造作に床に投げ出すと、自分の身体を確認した。


 ──返り血は、一滴も浴びていない。


 ゴミ掃除は久しぶりだったが、腕は鈍っていない様だ。


 複数の暗殺対象がいる場合、身体に目立った証跡──目印(めじるし)などを残すのは愚か者のやる事だ。


 返り血など浴びたら、匂いがこびり付き、敏感な者ならすぐにソレに気が付くだろう。


 自身の体に、何の証跡も残さず相手を殺す……それは、ユランの得意とするところで自信もあった。


 「先ずは……二人」


 ユランは、ナイフについた血液を男の服で拭い取り──男たちの亡骸をそのままに、さらに廊下の奥へと進んで行く。


 ナイフを拭う際、中年男が腰に携えていたサブウェポンが目に入るが──ユランは一瞥しただけで見向きもしない。


 大振りな長剣は、屋内では取り回しが悪い。


 建物自体が大きく、内部はそれなりに広いが……屋内である事に変わりはないので、取り回しの良いナイフの方が有利に働くだろう。


 「まあ、こんなモノ、これからいくらでも〝その辺に〟転がってるだろ……」


 ユランが進んだ先──廊下の奥は一本道で、辺りに部屋などは見られない。

 

 (一本道……。この先には何があるのか……)


 一本道をしばらく進んで行くと、正面の方向に、下階へと続く石造の階段を発見した。


 階段の側には、男が一人立っている。


 ……男は、この階段の見張の様だ。


 『サーチ』で見える範囲にはこの男以外の人影はなく、一人で見張りをしているらしい。


 ユランは、身体が床に付きそうなほど前傾になり、身を低くして、見張りの男に向かって疾走する。


 見張りの男は、ユランが直近まで近付いているというのに、その存在に……いや、気配に気付いてすらいない。


 ──ユランが気配を消している上に、その速度に反して足音一つ立てていないからだ。


 「……え?」


 その存在に気付いたときには、もう遅かった……。


 「ごぷ──……」

 

 見張りの男は、ナイフで首元を横凪に斬られ、喉を裂かれ──叫び声も上げられない。


 ユランが、通り抜け様に、ナイフで首元を深く鋭く(えぐ)って行ったのだ。


 見張りの男の口から、大量の血液が溢れ出るのと同時に、喉の奥から空気が漏れ出た様な間抜けな音が出る。

 

 見張りの男には、ユランが何もない所から、突然現れた様に見えただろう。


 ユランの存在に気付いたときには、すでに致命傷の一撃を与えられており、その斬撃に反応すら出来ていなかった。


 見張りの男は喉元を両手で押さえ、ゴロゴロと床を転げ回る。


 そして、仮面で顔を隠したユランの姿を見つめ、助けを求める様に手を伸ばした。


 見張りの男が絶命間近な事は火を見るよりも明らかだったが──ユランは、素早く寝転がっている男の後方に回ると、その後頭部を容赦なく蹴り上げた。


 ──バギィ!


 鈍い音を立て、見張りの男の首がへし折れる。


 当然、見張りの男は即死──絶命する……。


 男の絶命を確認後、ユランは男が見張りをしていた階段を見下ろす。


 階段の壁にはカンテラも設置されておらず、その奥は漆黒の闇に包まれている。


 どれだけ暗かろうと、『サーチ』を発動中のユランには関係のない話だが……。


 『サーチ』で確認してみると──階段の底はそれほど深くない。

 

 (……牢獄? ここはどんな場所なんだ?)


 ユランが最初に運ばれてきた場所とは違う様だが……階段の奥──下階には牢獄の様な、格子で区切られた部屋がいくつも確認できた。


 そして、ユランは『サーチ』で、その中に〝あるもの〟の存在を確認していた。


 「この場所が何なのか、どういう状況なのかわからないが……。まあ、わからない事は、直接見てみるのが一番だな」


 ユランはそう呟くと、足早に下階へと続く階段を降りていった……。


         *


 周囲に鉄格子の部屋が設置された場所の中心──広間の様に開けた空間に木製の円卓が設置され、三人の男がそれを囲んで座っている。


 円卓の上に置かれたカンテラが、漆黒の闇の中で唯一光を放っていた。


 まあ、そのカンテラの明かりも、周囲を確認できる程度の僅かな光しか放っていないのだが……。


 三人の男たちの手には、それぞれカードが握られており、談笑しながらゲームに興じている様だった。


 バンダナを頭に巻いた男が一人。


 スキンヘッドの男が一人。


 片目に眼帯を着けた男が一人。


 それぞれ、様々な容姿や格好だが……ゴロツキを絵に描いたような男たちで、皆、一様にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


 バンダナの男が、鉄格子の先──暗く、ジメジメした雰囲気の牢獄に目をやり、言った。


 「まったく。何で俺たちがこんな事しなきゃならねぇんだ」


 不満気な口ぶりとは裏腹に、バンダナの男は楽し気な様子でカードを切る。


 バンダナの男の様子を確認し、その左手側に腰掛けていたスキンヘッドの男は、「カッカ」と笑い声を上げながら、バンダナの男と同じく牢獄の中を見据える。

  

 「まあまあ。同じ化け物相手でも〝こっち〟の方が神人相手よりは随分マシじゃねぇか」


 スキンヘッドの男はそう言うと、ニヤリと笑った後、


 「アガリ〜」

 

 残りのカードを、捨て山の上に放った。


 他の二人は途端に不満気な顔になり、「チッ」と、示し合わせた様に同時に舌打ちする。


 イチ抜けしたスキンヘッドの男の隣で、バンダナの男が持つカードに手を伸ばしたのは──眼帯の男だ。


 カードを引いた眼帯の男は、不満気な顔から一転……ニヤけ顔になり、言った。


 「まあ、お前の言う通りだ……。〝コイツ〟の見張りをしてりゃ、他の仕事は免除だってんだから……こんなに美味しい話はねぇぜ」


 そして──


 「俺もアガリだ……。悪りぃな」


 眼帯の男もカードを捨て、アガリを宣言する。


 一人残されたバンダナの男は、顔を真っ赤にして怒り出し、持っていたカードを放り投げて──


 ドガンッ!


 両手で円卓を強打した。


 石造の壁に音が反響し、思いのほか大きな音を返す。

 

 バンダナの男の突然の激昂にも、他の二人は驚いた様子もない。


 それどころか、「またいつもの癇癪か」と言いたげに、ニヤニヤしながらその様子を見ていた。


 「ちくしょう! 一人負けじゃねぇか! ふざけやがって!!」


 バンダナの男が激昂し、大声を上げると──牢獄の中の暗闇で、何かがその声に反応して「ビクリ」と、怯えた様に震えた。


 それを見たバンダナの男は、ニヤリと笑い……サブウェポンを引き抜きながら、その牢獄に向かって歩いて行く。


 それを見ていた他の二人も、バンダナの男の行動を止めるでもなくニヤニヤ笑いながら冗談めかして言った。


 「おいおい。そうカッカすんなよ……。たかがゲームだろ? 相手が〝化け物〟だとしても、俺ぁ良心が傷んじまうぜ」


 「カッカッカ。違いねぇ……。化け物だとしても相手はまだ餓鬼だぜ? 可哀想だと思わねぇのかよ」


 スキンヘッドの男と眼帯の男は、大笑いしながら囃し立てる。


 「いやいや。俺だってこんな事したくねぇさ……。でもよ、あんまり激しく叩いてテーブルを壊しちまったら、(こしら)えた職人に悪りぃだろ?」


 二人の言葉を受けて、バンダナの男はすっかり機嫌が直ったのか……二人の方に振り返り、口端を上げて加虐的な笑みを浮かべた。


 それを見て、二人は──


 「はっはは。餓鬼はテーブル以下かよ」


 「お前の言う通り、化け物に人権はねぇもんな……。テーブル以下なのは当たり前だ」


 バンダナの男と同じ様に、残忍な笑みを浮かべ、男たちはそれぞれ同調する様に頷いた。


 そして──


 「おい、餓鬼……。可愛がってやるからこっちに来な」


 ガンッ!


 バンダナの男が、そう言って金属製の格子を殴り付ける。


 その音を聞き、暗闇の中で再び〝何か〟がビクンと跳ねた。


 「あ……。あぁ……」


 牢獄の奥で縮こまる様に座っていた〝何か〟は、オズオズといった様子で格子の前まで姿を現す。


 ……現れたのは、幼い子供だ。


 歳の頃は4、5歳だろうか……。


 腰くらいまである燻んだ灰色の髪、


 濁った様に澱んだ琥珀色の瞳、


 薄汚れた肌とボロボロの衣服、

 

 腰まである長い髪が、辛うじてその幼子(おさなご)が女子である事を証明している様だった。


 「おい、クソ餓鬼! この愚図め! 俺が呼んだらさっさと来るんだよ!!」

 

 バンダナの男は、ガンガンと音を立て、勢いよく格子を蹴り付ける。


 格子が音を立てる度に、灰髪の少女はビクビクと身体を震わせた。


 ニヤニヤと笑うバンダナの男の様子を見るに、灰髪の少女を怖がらせるために、故意に大声を上げ、大きな音を立てている様だった。


 「あ……。もう……ゆるし……ださい……。ひどいこと……しないで」

 

 灰髪の少女は、格子の外にいるバンダナの男を見上げ……懇願する様に震える声で言った。


 ──ズグッ……


 灰髪の少女の懇願に耳を貸す事なく、バンダナの男は格子の間を通して、サブウェポンを少女の右太腿に突き立てる。


 「……あぁ。やめてぇ……いたいの……いたい……」


 灰髪の少女は、両目に涙を溜め、か細い声で悲鳴を上げる。


 「痛いか? はっはは。でもな、ゲームで負けちまった俺の心はもっと痛いんだ……」


 意味不明な理屈を並べ立て、バンダナの男はニヤリと笑う。


 痛がって悲鳴を上げる少女を見て、心の底から楽しんでいるのだ。


 「たすけて……。だれか、たすけてぇ……」


 少女の両目に溜まっていた涙が溢れ出し、石造の床にポロポロと零れ落ちる。


 泣き出してしまった少女を見て、バンダナの男は──


 ──ザシュッ!


 少女の太腿から引き抜いたサブウェポンを、そのまま少女の左目に突き刺す。


 「うぎぃ! あぁぁぁ!」


 血飛沫を上げながら、少女の身体が仰け反り、尻餅をつく様な形で床に座り込む。


 仰け反った拍子に、左目からサブウェポンが抜けるが……サブウェポンの刃は眼球を貫いており、その傷は頭部まで達していそうなほど深いものだった。


 「てめえみてぇな餓鬼……誰が助けに来るんだ! 反応が薄くて大して楽しめねぇんだよ!」


 バンダナの男はそう言うと、血に濡れたサブウェポンの刃を──


 少女の喉に突き立てた。


 ──ずにゅ……


 軟肉を切り裂く様な不快な音を立て、サブウェポンの刃が少女の喉もとに突き刺さる。


 「おご……うご……こぷ……」


 喉を一突きされた灰髪の少女は、声帯を潰され、もはや悲鳴を上げる事さえ出来なくなった。


 ──少女の口から、大量の血液が流れ出る。


 明らかに致命傷だ……。


 バンダナの男はサブウェポンを引き抜くと、楽しそうに笑い、瀕死の状態の少女を見下ろす。


 バタッ……


 そして、仰向けに床に倒れ伏した少女の姿を確認し、言った。


 「お前みたいな、何の役にも立たないクズ餓鬼は……精々、オモチャとして俺たちを楽しませてくれねぇとな。だって、お前は──」

 

 いや、バンダナの男が何か言い終わる前に──


 「……クズはお前だよ」


 バンダナの男の耳元で、囁く様な声が聞こえたかと思うと──


 ボキンッ!


 サブウェポンを握っていたバンダナ男の左腕が、反対方向──曲がってはいけない方向に、くの字にへし折れた。


 「へ……?」


 バンダナの男は、自分の身に起きた事がすぐには理解出来ず、疑問符を浮かべていた。


 しかし、へし折れた自分の左腕を確認すると……


 「あぁぁぁぁ! 腕がぁ! 俺の! 俺の腕がぁぁ!?」


 遅れて襲ってきた激痛に耐えかね、折れた腕を抱えながら床をのたうち回る。


 バンダナの男の腕をへし折った張本人──ユランは、すでに絶命して動かなくなってしまったであろう少女を見下ろし、呟いた。


 「間に合わなくてすまない……。君の無念は僕が晴らしてやる……。どうか安らかに」


 少女の亡骸を前にして、居た堪れない気持ちになったユランは、仮面越しに目を閉じて、少女のために祈るのだった……。


         *


 「てめぇ! なにもんだ!」


 突然現れ、バンダナの男の腕をへし折ったユラン。


 その存在に気付かず、バンダナの男の所業をニヤつきながら見ていた二人の男は──その存在に気が付くと慌てて立ち上がり、サブウェポンを抜き放った。


 「……」


 ユランは、二人の男の存在など完全に無視し、床をのたうち回っているバンダナの男に無言で近付いていく。

 

 そして──


 バギィ! ベキっ!


 続け様にバンダナの男の左右の太腿あたりを力一杯踏み抜き、両足の骨もへし折る。


 「うぎぃぃぃぃ!」


 バンダナの男は、あまりの激痛に涙を流し、鼻水を垂れ流しながら床を転げ回る。


 「てめぇ! やめろ!!」


 そんな状況を見兼ねたのだろう。


 突然現れたユランを警戒し、様子を窺っていた二人の男が、サブウェポンを片手にユランに向かって突進してくる。


 聖剣を携えているのだから、『抜剣』を使用すれば良いものを……


 小柄なユランを見て、『大した相手ではない』と判断し、男たちは生身の状態で斬り掛かってきた。


 ユランは、男たちを仮面越しに、感情のない瞳で見つめると……


 腰を低くし、床を蹴った──


 「っ!!」


 「な、何だ! どこに行きやがった!?」


 『隠剣術』を使用したユランの速さは尋常ならざるもので──その速度は、人間に比べて『強者』である『魔貴族』ですら視認できないほどだ。


 それを、ゴロツキ程度が捉えられるはずもなく、男たちはあっさりとユランの姿を見失う。


 ──後は一瞬の出来事だ。


 ユランから見て右側にいた眼帯の男──


 ユランは素早く近付くと──通り抜け様に手にしたナイフを使って、眼帯の男の『左手の手首から先』を一撃のもとに切り落とした。


 握っていたサブウェポンと共に、眼帯の男の左手が宙を舞う。


 ユランは、くるくると回転しながら飛んでいくサブウェポンの柄を捕まえると──そのままの勢いで眼帯の男の両足を、膝裏から一気に切断する。


 そして、


 両足を失った眼帯の男が、床に倒れるよりも速く──


 側にいたスキンヘッドの男の両足も、横薙ぎで、太腿あたりからあっさりと切断した。


 両足という支えを失い、立っていられなくなった男たちは、そのまま床に倒れ伏す。


 ──倒れ込んだタイミングは、殆んど同時だった。


 瞬きも許さない一瞬の攻防。


 二人の男は、ユランの動きが速すぎて、たった今、自分達に起こった事が理解できていなかった。


 床に倒れ伏し、激しい痛みが両足を襲った事で、初めて『両足を斬り落とされた』と認識できたのだ。


 「あ、足ぃ!? 俺の足がぁぁ!」


 「ぐぎぎぎぃ! だずげでぇ!!」


 三人の男たちは、それぞれ両足を壊され、切断され、立ち上がる事もできずに、床をのたうち、這いずる。


 「まるで小汚いイモムシだな……。いや、同じにしたらイモムシに失礼か」


 ユランは吐き捨てる様に言い、再びバンダナの男の下へ近付くと──


 ブシュ……


 仰向けに倒れていた男の太腿辺りにサブウェポンを突き刺すと、すぐに引き抜き、遠くに投げ捨てた。


 そして、男たちを一瞥すると、声を一層低くして言った。


 「このままいけば、お前たちは出血多量で死に至る……。助けは来ない。少しずつ、確実に死に近付いていくんだ……。今までの行いを後悔して、惨めに死んでいけ」


 ここは地下の牢獄で、防音もしっかしりている。


 男たちが大声で叫び、助けを呼んだとしても誰も気付きはしないだろう。


 ユランは床に転がっていた、バンダナの男とスキンヘッドの男のサブウェポンを拾い上げると、先ほどと同様に、男たちの手の届かない遠くへと放り投げた。


 「自決するなら、〝舌を噛み切る〟しかないぞ……? それくらいの選択肢は与えてやろう」


 勿論、このゴロツキどもにそんな度胸がないことは承知の上での言葉だ。


 男たちの少女に対する所業に、ユランは心底不快な思いをし、憤怒していた。


 痛みに耐えかね、「殺してくれ」と懇願する男たちの言葉を無視し、ユランは男たちの懐を弄る。


 そして、バンダナの男のポケットの中から、目的のものを見つけ出した。


 ──金属製の輪っかに取り付けられた、鍵束。

 

 灰髪の少女が閉じ込められていた、牢獄の鍵だ。


 ユランは金属製の格子に近付くと、鍵束の中から一つずつ鍵を選び出し、鍵穴に差し込んでいく。


 何回か試した後、


 ──カチリ


 と言う音と共に、鍵が回り、牢獄の扉が開錠された。


 せめて、少女の亡骸を弔おう……。


 ユランはそう思い、少女の亡骸に手を伸ばす──


 「あのぅ……」


 「!?」


 突然、少女の両目がパチリと開き、オズオズとユランに話しかけてきた。


 回帰前を含め、今まで幾度となく修羅場を潜ってきたユランであったが……『人生で一番』と、はっきり言えるほどに驚いていた。


 仮面で隠しているために表情は確認できないが、今のユランの顔は、驚愕の形で固まっているだろう。


 何より、ユランが驚いたことは、潰されたはずの少女の左目が傷跡一つない状態で治っており、さらに──致命傷だったはずの喉元の傷も、跡形もなく消え去っている。


 唯一残った証跡といえば……少女が流したと思われる血液の跡だけだった。


 ユランは男たちが言っていた〝化け物〟が何なのか、何となしにわかったような気がしていた。


 「あなたは……。誰ですか?」


 突然目覚めた灰髪の少女は、状況が理解できず、怯えた表情でユランを見ている。


 先程まで、少女を加虐していた男たちの仲間だと思われているのだろうか……。


 「あ、ああ……。僕は──」


 『驚愕』から幾分か落ち着きを取り戻し、ユランは怯える少女を気遣い、出来るだけ優しげな声を出す。


 仮面を外しながら、少女に対して優しげな笑顔を作って見せた。


 ──少女が何者なのかわからなかったが……その様子を見るに、害があるとはとても思えなかった。


 この少女は、ただ怯え、助けを求めている。


 怯えながらも、縋る様な目でユランを見つめる。


 本当の目的は違うのだが……。


 まあ、そんな嘘も……今は〝有り〟だろ?


 そんな事を考え、ユランは少女に向かって言った。


 「僕は、ユランって言うんだ……。君を助けに来たんだよ」


 仮面を外し、『リーン』ではなく『ユラン』と、本名を名乗る。


 少女の金色の瞳(・・・・)に見つめられ、思わず口を衝いて出てしまっていた。


 その瞳に見つめられると、〝優しい嘘〟は付けるのに、〝騙す様な嘘〟を付けなくなってしまうような……何とも言えない不思議な感覚がユランを襲う。


 頭がクラクラし、ぼーっとする様な感覚……


 ユランは、それを振り払う様に被りを振ると、少女に向かって右手を差し出す。


 「一緒にここを出よう……。立てるかい?」


 突然の事に、戸惑った様子でオドオドしていた少女だったが、優しげなユランの笑顔に少しだけ安心したのか──


 コクン


 と、小さく頷き、オズオズと右手を差し出した。


 そんな少女の様子を見て、ユランは笑顔で頷く。


 そして、差し出された少女の手をしっかりと握り、少女の身体を引っ張り上げた。


 ユランは、両足でしっかりと床に立つ少女の全身を一瞥し、状態を確認する。


 ──どうやら、大きなケガなどはない様だ。


 「あ……。そういえば、名前を聞いてなかったね……。君の名前は?」

 

 ユランがそう質問すると、少女は、鈴を転がす様な美しい声で、それに答えた。


 「アリ……シア……」


 それが、後に『聖女アリア』と呼ばれる少女であり──

 

 回帰前の世界で──


 人類の大半を滅ぼし、


 『厄災』とまで呼ばれた『魔女アリア』へと至る少女──


 アリシアとユランの最初の出会いだった……。

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