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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【27】グレンの『抜剣』

 グレンが『抜剣術』を使用した瞬間、ユランは〝あるもの〟を目にしていた。

 

 グレンの身体から伸びる、無数の〝漆黒の鎖〟……。


 それが複数個、グレンの身体から分かれて伸びたかと思うと──ソリッドが放った火球に無造作に巻き付く。


 鎖が巻き付き、火球を締め上げた瞬間──火球は跡形もなく消え去っていた。


 これがグレンの『抜剣レベル(ファイブ)』の正体……〝死の鎖〟だった。


 ある程度の実力者でなくては〝見る〟事すら出来ない、不可視の鎖──それに巻き取られれば、待っているのは〝死〟あるのみだ。


 この〝死の鎖〟の前では、何人(なんぴと)も、何事も、死から逃れる事は出来ない。


 生あるものに〝死〟を……。


 また、生なきものにも〝死〟を……。


 この世にある〝者〟〝物〟〝もの〟有と有らゆるモノを殺す──


 圧倒的な〝死〟の前では、生など偽りに過ぎない……よって〝偽りの生〟と言う。


 最強で無慈悲な能力……。


 この〝死の鎖〟で絡め取りさえすれば、神すらも屠れるだろう。

 

 ただし──


 ソリッドが放った火球を消滅させた後、無数の死の鎖はソリッドへと迫る。


 「……くっ」


 短く呻き声を漏らすと、ソリッドは身体を低くし、構えをとった。


 そして──驚くべき事に、ソリッドは不可視の鎖を身体身捻る事で避けてみせた。


 ──絶対的な〝死の鎖〟であっても、相手を絡め取れなければ意味がない。


 死の鎖の動きは、〝速すぎる〟というほどではないため、避ける事自体は難しくない。


 しかし、それは鎖が〝見えていれば〟の話だ。

 

 辛うじてではあったが、不可視の鎖を避けたソリッド……


 ソリッドには、〝死の鎖〟が視認できている様だった。


 『死の魔王』ですら視認できなかった、〝死の鎖〟を……。


 つまり、その事実から見ても、ソリッドの実力は少なくとも『死の魔王』より上という事になる。


 「……へぇ」

 

 グレンは、そんなソリッドの様子を確認すると、感心した様に呟いた。


 「〝死〟が見えるなんて……。なかなかの実力者の様だ。まあ、関係ないけどね」


 グレンがそう言った瞬間──グレンの身体からさらに無数の〝死の鎖〟が生成され、伸びていく。


 グレンの言う通り……この室内で、ソリッドが〝死の鎖〟を避けられたとしてもあまり意味はない。


 何故ならば、グレンが生成できる鎖の数には上限がなく……


 やろうと思えば、この部屋全体を鎖で埋め尽くす事など造作無いからだ。


 「ぐくっ……。流石は神人という事ですか」


 鎖が生成されるスピードは速くはないが、数は無限──生成された端から、鎖がソリッドに向かって伸びていく。


 ソリッドは、うねる様に伸びてくる鎖の動きに翻弄され、徐々に追い詰められて行った。


         *


 ソリッドの身体が、『死の鎖に絡め取られるのも時間の問題か』と思われたが──


 「最初から神人(あなた)と戦うつもりなどなかったんですよ……。そこの小人族(ミニアス)が売ってきた喧嘩を買った所為ですね。そんな事で熱くなるとは……。私もまだまだ青い」


 ソリッドは渋面を作り、そう言うと、〝魔剣〟から右手を離した。


 ──そうなれば当然、『抜剣』も解除される。


 しかし、ソリッドは戦いを放棄し、死を受け入れた訳ではない。


 ソリッドは、抜剣解除後、即座に右手を天井に向かって(かか)げると──


 「ここは、逃げるが勝ちですね……。今回は本当にここまでです。私は、お(いとま)させてもらいますよ」


 そう言って、掲げた右手から黒いモヤの様な魔力の塊を発生させる。


 ソリッドは『転移魔術』を使用し、逃走を図ろうとしているのだ。


 「……逃がさないぞ」


 グレンは、ソリッドの撤退を察知し、有りったけの鎖をソリッドに向けて伸ばすが──


 「それでは、また何処かでお会いしましょう」


 一瞬速く、ソリッドの『転移魔状況』が発動し、その姿が掻き消える。


 ──目標を失った鎖の攻撃は、虚しく空を切った……。


         *


 「ちっ……」


 ソリッドが転移魔術で逃走するのを確認し、ユランは不機嫌そうに舌打ちする。


 回帰前──傭兵だった頃から、ユランは狙った獲物(にんげん)を逃した事はただの一度もない。


 今回の場合は、〝魔剣士〟という未知の敵が現れた事や、予めの準備があった訳ではないため、傭兵時代の任務とは大きく異なる点が多いが……ユランとしては、プライドが傷付けられた感じだ。


 そもそも、ソリッドの対処をグレンに丸投げした時点で、普通ならプライドも何もあったものではないのだが……


 しかし、『ターゲットを抹殺するためには利用できるものは何でも利用する』を信条としているユランにとっては、グレンも〝利用できるもの〟だ。


 現状において最良の手を打ったにも関わらず、ソリッドの逃走を許してしまった……。

 

 ユランは不機嫌な態度を隠そうともせず、グレンに向き直り、言った。

 

 「上手く逃げられた形だが……。先に手足を〝鎖〟で縛った方が良かったんじゃないか?」


 ユランの発言に対して、グレンは心底驚いた様な表情になり、次いで、ユランの全身を観察する様に見回した。


 「……驚いた。君も〝死〟が見えていたのか?」


 グレンの言う〝死〟とは、見えざる死の鎖の事だ。


 鎖の存在はグレンにとって『死そのもの』であるため、彼は度々こういった表現をする。


 「……どうでもいいだろ。そんな事は」


 グレンの問いに対し、ユランは素っ気ない返事を返した。


         *


 実際に対峙してみてわかった事だが……はっきり言って、ユランはグレン・リアーネという人間が好きではない。


 グレンの考えはどこか偽善的で……ユランにはそれが妙に鼻に付き、心底不快だった。


 ユランには、グレンが〝神人〟という自分の立場を、正しく理解できていない様に思えた。


 グレンは先ほど、リリアの助命のために(実際には変装したユランであったが)簡単に自分の命を投げ出そうとした。


 神人が死ねば、世の中にとってどういう影響が出るのか……グレンはその事をまったく理解していない。


 現に、回帰前の世界では、グレンの死の影響で戦争が勃発し、多くの血が流れ、数えきれないほどの罪なき命が刈り取られた。


 他者のために自分を犠牲にする……。


 高尚な考えで大いに結構だが、それは時と場合……そして人による。


 人類にとって掛け替えのない人物であるなら、その命は人類全体のものと言って良い。


 ──その死は、自分で選択して良いものではないのだ。


 回帰前の世界では……酷な言い方をすれば、


 『リリアを犠牲にしてグレンが生き残る』

 

 と選択した方が、世界のために確実に有益だったと言える。

 

 シリウス・リアーネとしてのリリアの実力は──〝現時点〟のグレンにも遠く及ばないのだから……。


 グレンが本気でリリアを護りたいと考えるなら、事前に何かしらの対策を取っておくべきだった。


 それを怠り、事が起きてから焦るなど……ハッキリ言って愚の骨頂だ。


 おそらくグレンは──この世界の人間で、『〝信仰の対象である神人を害する〟という考えを持つ者などいるはずがない』と鷹を括っていたのだろう。

 

 回帰前の悲惨な世界を知るユランにとって、グレンの『結果を考えない愚かな行動』は、到底容認できるものではない。


 ユランは、実際にグレンに会ってみた結果、彼に対してそんな印象を持ってしまった。


 実際には、ユランが考えているほど単純な話ではないのだが……少なくとも、ユラン自身は〝神人〟としての役割を(まっと)うするつもりでいた。


 ユランのそういった考え方が表に現れ、グレンに対して素っ気ない態度を取ってしまったのだ……。


         *


 ユランがグレンに対して冷めた態度を取った影響なのか……二人の間には重苦しい空気が流れる。


 暫しの沈黙の後、根負けしたユランは小さくため息を吐き、言った。


 「ああ、すまない……。敵に逃げられて、少し気が立っていた」


 ユランは、グレンに対して思うところがあったが……自分の失礼な態度を謝罪し、被りを振る。


 神人とはいえ、グレン・リアーネは未だ16歳の青年──それに、悲惨な未来も経験していない……。


 そんなグレンに、『ユランの望む完璧』を求めるのは酷な話だ。


 そう思い直し、ユランはグレンに対する思いを自分の中で消化し、態度を改める事にした。


 グレンにしてみれば、ユランが勝手に思考を巡らせ、勝手に納得しただけなので──ユランの心の動きに気付くはずもなく、特に気にした様子もない。


 なので、ユランの謝罪も素直に受け入れた。


 そして──


 「リリアはどこにいるんだ?」

 

 グレンは問う。


 グレンにとっては、そこが一番大事で……


 やはり、今のグレンの頭の中には(リリア)の事しかない様子だった。


 ユランは、再び呆れた様にため息を吐くと、懐から一通の手紙を差し出してグレンに差し出す。


 「──リリアは聖剣教会に(かくま)ってもらっている。今は安全だ」


 ユランの言葉を素直に信じたのか……グレンは安堵した表情を浮かべるが、ユランの差し出した手紙を見て、すぐに疑問符を浮かべる。


 「……これは?」


 「今のアンタに必要なものだ……」


 グレンは、突然差し出された手紙に警戒しつつも、それを受け取って中身を確認した。


 ユランがグレンに渡した手紙は──ホフマンの執務室からユランが持ち出した〝あの手紙〟だ。


 手紙の内容に目を通したグレンは、全身を震わせ、怒りの感情を露わにした。


 ──今にも、手紙を握り潰してしまいそうな勢いだ。


 しかし、手紙の重要性からそれは出来ず……グレンは怒りに身を震わせ、立ち尽くした。


 グレン自身、ホフマンの関与には気付いていたが、裏にもっと大きな存在──王族が関わっているなどと夢にも思わなかった。


 「……これは、本物なのか? いや、それよりも、どこでこれを?」


 グレンは、あまりにも突飛な内容であるため、手紙の真偽が分からず、ユランに向けて訝しげな視線を向ける。


 ユランとしても、勢いでグレンに手紙を差し出してしまったが……この状況をどう説明すれば良いのか……。


 回帰の事など──核心の部分を誤魔化しながら説明するには、それなりに時間がかかる。


 今の状況下で、呑気に長話をすると言うのは場に沿(そぐ)わないだろう。


 ユランは面倒臭気に頭を掻くと、言った。


 「あー……。取り敢えずその手紙は本物だ。どこで手に入れたか……それは後で説明しよう。とにかく、今は一刻も早くリリアの安全を確認した方が良いんじゃないか?」


 ──自分には、まだ大事な仕事が残っている。


 〝これ〟ばっかりは、グレンにも手出しさせるつもりはない。


 ユランはそんな事を考え、早急に聖剣教会にいるリリアの下へ行くようグレンを急かした。


 「……まあ、良いだろう。僕も、すぐにリリアの無事を確認したい……。君を信じるぞ」


 グレンは、一際、真剣な表情になり、ユランに対して言外に「裏切るな」と語っているが……。


 ユランは、自分で言い出しておいて何だが、グレンの判断に若干、呆れていた。


 (会って間もないというのに……。この男は、こうも簡単に私の事を信じるというのか……? 呆れたものだが……その辺りは流石リリアの兄という事か……)


 ──何事も、信じて疑わない性格のリリア。


 リリアの場合は〝世間知らず〟で済む話だが……この男は……。


 グレンに対するユランの見る目が──益々、厳しいものになりそうだった。


 しかし、今は、このグレンの純粋さを利用した方が良い……。


 煩わしい事は全て後回しだ。


 ユランはそんな事を考え、部屋の隅にある扉を指差した。

 

 グレンとソリッドが入ってきた扉とは別の──それとは反対側の壁に設置された小さな扉だ。


 「そこから一本道で外に出られるはずだ……。そこに転がっている髭面がそう言ってたからな」


 グレンとソリッドが部屋を訪れるより少し前──リリアに変装したユランは、〝髭面の男〟と〝カンテラの男〟が、有事の際の『逃げ道の相談』をしているのを耳にした。


 耳にしたというよりも、ユランが同じ部屋にいたというのに、二人してベラベラと重要な事柄を大声で話し、笑いながら打ち合わせをしていたのだ。

 

 『いざとなったら、この扉から外まで一直線だ』


 と、自分たちの切り札となる情報を、平然とユランの前で垂れ流していた。


 まあ、ホフマンからの情報で、彼らはリリアが『抜剣』出来ない人畜無害な存在であると知らされていたであろうし……


 リリアの事など、最初から気にも留めていなかったのだろう。


 「……君はどうするんだ?」


 グレンが何とも言えない表情を浮かべ、ユランに問う。


 ユランがこれから何をしようとしているのか……グレンは、薄々勘付いているのかもしれない。


 ソリッドとユランの戦闘を見ていたグレンは、ユランの実力をある程度把握している。

 

 ユランがこれからやろうとしている事を想像し、「無茶だ」と言いたかったのかも知れない。


 そんなグレンに対して、ユランは──


 「僕はいい……。やり残した〝仕事〟があるんでね」


 しっしっ、と右手を払う仕草をし、グレンを厄介払いする様に言った。


 そんなユランの態度に、グレンは納得いかない様子で何か言おうとするが……


 しかし、リリアに対する心配の方が勝ったのだろう……それ以上何も言う事なく、大人しく部屋を出て行った。


         *


 「ふっふ……。グレン(あいつ)は強すぎるし、はっきり言って邪魔だよな」


 グレンが部屋を出て行った後、その場に一人残されたユランは……我慢しきれずに、怪しい笑みを漏らした。


 「〝獲物〟に逃げられた事……。正直、ムカついたな……」


 ソリッドに傷付けられたプライドを、ここで回復しなくては……。


 「取り敢えず……」


 ユランは、グレンが出て行った扉に近付くと……『隠剣術』を用い、ドアノブを力任せに()じ切った。


 ──これで扉は開かない。


 内からも、外からも……。


 続いて、ユランは部屋の中心付近まで歩いていき、そこで立ち止まる。


 ユランに残った神聖力は、精々、下級の神聖術が一回使用できる程度……。


 リペア……。


 プロテクション……。


 ユランが扱える下級の神聖術はいくつかあるが、どれを選択したとしても、使用できる回数はたったの一回だ。


 ここでユランが使用するのは──


 『サーチ』


 『捜索(サーチ)』の神聖術だった。


 『サーチ』を唱えた瞬間、ユランの頭の中に──レーダーの様に周囲の地形が浮かんだ。


 半径5メートル程度だが、床や天井を透かして見る様に、上階や下階の様子までもが鮮明に把握できていた。


 上階にも、下階にも、多数の人が集まり、そこで待機している……。


 これらは全員、誘拐犯の仲間たちなのだろう。

 

 ──つまり、全員悪党だ。


 ユランは、ニヤリと口端を上げて笑うと、左手に持っていたナイフの柄を握り直す。


 「さて、悪党ども……お仕置きの時間だぞ」


 相手の正確な数はわからない……。


 すでに神聖力が尽きているため、負担の激しい『アクセル』も使えない……。


 しかし、ユランは臆する事なく……むしろ、この状況を楽しんでいた。


 「一人も逃さない……鏖殺(おうさつ)だ」

 

 これから始まるのは、ユランのやり残した仕事……いや、それはただの憂さ晴らし(・・・・・)だった。

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