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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【26】魔剣士ソリッド

 「〝魔剣〟……なんだそれ?」


 黒い聖剣──ソリッドは『魔剣』と呼んでいるが……そんなもの、回帰前の世界には存在しなかった。


 あくまで、ユランが知る限りではあったが……。


 グレンの生存で未来が変わった……?


 ……いや、コレはそういう事ではない気がする。


 ユランの思考は大いに混乱しているが、今は目の前の脅威に対処しなければ……。


 ユランはさらに後方に飛び退き、ソリッドの出方を窺う事にした。

 

 「私は、魔剣を使う者……。まあ、『魔剣士』とでも呼んでもらいましょうか」


 ソリッドは、冗談混じりにそう言うと、左腰に携えていたサブウェポンを左逆手で引き抜いた。

 

 そして、手首をくるりと返し、順手に持ち替える。


 (魔剣が何なのか分からないが……。聖剣と同じレベル(スリー)なら、特殊能力はないはず……)


 ユランはそう考え、ソリッドの攻撃を迎え撃つ体勢を取る。

 

 相手の──『魔剣』の能力がわからない以上、先に動くのはどう考えても愚策だ。


 ユランは、構えをとったまま、ソリッドの姿をジッと見据えて様子を伺った。


 そんなユランを見て、先に動く気配がないと悟ったのか、ソリッドが先に行動する。


 サブウェポンを握った左手を前に差し出し、人差し指だけを立てて、ユランに向けた。


 『ファイアボール』


 「つっっ!?」


 ソリッドの詠唱と共に、人差し指から火球が放たれる。


 手の平で放った火球に比べ、威力は多少弱まっていたが、人間を焼き尽くすには十分な熱量だ。


 ユランに向かって一直線に飛んでくる火球──


 しかし、油断がなければ避けるのは容易い。


 『プロテクション』で防ぐこともできたが……ユランは神聖力の総量が多くはないため、無駄使いは出来ない。


 結果的に、避けた方が効率が良いのだ。


 しかし──


 ギギギンッ──!


 室内に、金属がぶつかり合う様な不快音が轟く。


 ユランが火球を避けたとほぼ同時にソリッドが急接近し、サブウェポンの一撃を繰り出してきた。


 ユランは、咄嗟に左手に持ったナイフの刃を立て、何とかその攻撃を防ぐが──


 「──ぐっ」


 勢いを殺しきれずに、身体が後方に吹き飛ばされた。


 ドンッ!


 ユランの身体が後ろに飛ばされた瞬間、派手な踏み込み音が響いたかと思えば──


 ソリッドは、何と、勢い良く飛んで行くユランに走って追いつき(・・・・・・・)、追撃を仕掛けてくる。


 流石にレベル3……動きがバケモノじみている。


 ユランも『隠剣術』を使用してはいるが、相手は『抜剣』……まるで対処できていない。


 「……ふんっ!」


 仰向けに飛ばされていくユランに、楽々と追い付くと──ソリッドは短い掛け声と共に、ユランの腹部に向かってサブウェポンを振り下ろす。


 「……ちっ」


 ユランは、咄嗟にナイフの背を腹部に当て、腹筋に力を入れる。


 ──ギャリリィ!


 ソリッドのサブウェポンとユランのナイフの刃が交錯し、火花が散った。


 ユランの身体は、石造りの床に叩きつけられ──


 ドドンッ!


 と、派手な音を立てて床にゴロゴロと転がった。


 「ぐ……くっ……」


 ──ユランは、戦闘時に暗示効果を利用して、〝痛覚を遮断〟している。


 これも、傭兵時代に会得した技術だ。


 その効果で、苦痛による影響は無いが……岩肌に背中を強かに打ち付けたため、肺に溜まった空気が押し出され、呻き声が漏れた。


 ソリッドの痛烈な打撃をナイフの背で無理矢理受けたためか──ユランの腹部はナイフの形にへこみ、内出血を起こして生々しいアザが残っていた。


 ナイフが片刃で助かったという所か……。


 何とか、致命傷は避けられていた。


 ユランはソリッドの追撃を警戒し、即座に起き上がってソリッドと距離を取る。

 

 「『抜剣』を使わずに、私の攻撃を防ぎますか……。実に興味深い」

 

 そんなユランの様子を見て、ソリッドは楽しげに笑うだけで、


 ……敢えて追撃をしなかった様だ。


 ユランは、手足を振って動きを確認するが……僅かに両手の動きが鈍い。


 背中を床に打ち付けた際に、どこか痛めた様だ。


 『リペア』


 痛覚遮断の効果で痛みは感じないが、身体の動きが鈍れば、ソレが生死をかけた戦いにおいて致命的な〝キズ〟になりかねない。


 『リペア』により、ユランが受けたダメージは回復し両手の動きも正常に戻った。


 痛みを感じなくなっているため、実際に動かしてみなければダメージの影響が分からない……。

 

 痛みを感じない事は戦闘において有用に働く反面、そういった弊害もある。


 ユランの残りの神聖力では、『リペア』は使えてあと三回程度……。

 

 まともに戦えていないにも関わらず、ユランは確実に追い詰められていた……。


         *


 打開策を見出せないユランは、結局、ソリッドの出方を窺うより他なく、行動も後手後手に回ってしまう。


 ユランは回帰前、傭兵として依頼を受けては幾度となく聖剣士と戦い、勝利してきた。


 その戦い方は〝搦め手〟や〝暗殺〟などが多かったが、正規の戦いも何度もこなして来ている。


 相手が聖剣士であれば(・・・・・・・)、戦い方を熟知しているユランに有利な戦いであるが──相手は〝魔剣士〟……聖剣士相手の戦いと大きく異なる点がある。


 ──ソリッドが左手の人差し指を差し向け、呪文を詠唱する。


 『ファイアボール』


 一番の違いは魔術(コレ)である……。


 神聖術には、相手を攻撃する術がなく、出来ても精々神聖力の塊をぶつける程度で、殺傷力など皆無だ。


 しかし、魔術による攻撃は、威力の弱い呪文であっても十分に人間を殺傷できる代物なのだ。


 「……つっ!」


 ユランは、ソリッドが放った火球を最小限の動きで避けると、そのままの勢いでソリッドとの間合いを詰める。


 ──しかし、ユランが近付くと同時に、ソリッドが放った斬撃がユランを襲う。


 距離を取れば、魔術による追撃が来るため下手に距離を取る事もできず……逆に近付けば──


 「おっと……。なかなか速い」


 『抜剣』頼りの強引な攻撃が繰り出され、ユランの行手を阻むのだった……。


 近付いては斬撃を躱し、


 飛び退いては火球を躱わす。


 ユランとソリッドは、そんな攻防を何度も繰り返している。


 ソリッドの斬撃は、強引で荒削り……技術も何もあったものではない。


 しかし、ただ振り回されるだけの斬撃であっても『抜剣』の加護を受けた一撃は鋭く、ユランは避けるだけで精一杯だった。


 ユランに今、取れる手があるとしたら──それは『抜剣』の時間切れを待つことだ。


 〝魔剣〟の正体は不明であったが、ソリッドが使用したのが『抜剣術』である以上、使用制限はあるはず……。

 

 今は、逃げ回ってでも時間を稼ぐべき……。


 ユランは、そう考えた末に時間を稼ぐ様に立ち回っている。


 しかし、ソリッドとて馬鹿ではない……ユランの狙いには気が付いているだろう。


 ソリッドは、ユランの狙い(時間稼ぎ)に気付きつつも、敢えてそれに乗って行動している様だった。


 その理由は、おそらく……。


 『──その方が楽しいから』


 魔剣士……。


 〝魔族〟と同じ〝魔力〟を操る者……。


 その性質はやはり、魔族──いや、『魔貴族』に近い。


 全てにおいて自らの快楽を優先し、他は二の次、三の次……。


 ソリッドは、時間稼ぎのために右往左往するユランを見て楽しくて仕方がないといった様子だ。


 ソリッドの余裕の表情を見るに、時間切れを期待するのは危険なのかも知れない。


 魔剣に、聖剣と同じ様な『制約』があるとは限らないのだから……。


 ならば……。


 相手(ソリッド)を『魔貴族』と同じ存在だと捉えるなら、ユランは──


 『アクセル』

 

 ……容赦しない。

 

         *


 このままではどうせジリ貧だ。


 『隠剣術』の効果とて永久ではない。


 『抜剣』に比べて遥かに緩やかであるとはいえ、体力は確実に削られて行くのだ。


 切り札は、勝負が終わってから切った所で意味を成さない……やるなら今。


 『アクセル』を使用した瞬間、ユランの身体能力が大幅に向上し、回帰前の状態に近付く。


 いや、ジーノ村で使用したときよりも、(わず)かに効果率が低い……。


 ユランは、『アクセル』の出力を調節し、能力向上の割合を意図的に抑える事により、自己崩壊のリスクを出来る限り防いでいた。

 

 ──『リペア』の回数は限られているのだ。


 『アクセル』を使用したところで、すぐに戦えなくなってしまったのでは意味がない。

 

 「──殺す」


 『アクセル』を使用し、回帰前の身体能力に近付いた事で、思考も回帰前の自分に引っ張られ──


 ユランの心を、殺意の衝動が塗り潰して行く……。


 冷静さを欠いている事を頭の中では理解しており、制御しようと試みるが……その思考が、思う様に身体に伝わらない。

 

 ユランにとっては、身体と心が乖離してしまった様な……奇妙な感覚だ。


 「ほう……。雰囲気が変わりましたね」


 冗談めかした態度だったソリッドの様子が、幾分か真剣なものに変わる。


 ユランが放つ、恐ろしいまでの殺気が伝わり──ソリッドは、ビリビリと空気が震える様な感覚を肌で味わってた。


 ──フッ


 突如、ソリッドの前からユランの姿が掻き消える。


 そして──


 ドンッ!


 床を蹴る音が遅れて聞こえたかと思うと──石造りの床が抉れ、一部が削り取られた様に砕け散った。


         *


 ジーノ村を襲った『魔貴族』のときもそうだが、『アクセル』と『隠剣術』を併用したユランのスピードは、かなりの強者であっても肉眼で捉える事は困難だ。


 実際に、ソリッドはジーノ村の時の『魔貴族』と同様に、ユランの動きを目で追えていなかった。


 ユラン自身は気付いていない事だが、『アクセル』を使用し、『隠剣術』の加護を受けたときのユランの能力は、回帰前──全盛期を大きく上回っている。

 

 それは当然の事で、回帰前の『下級聖剣』と今の『神級聖剣』では、『隠剣術』使用時の効果量も大きく違う。


 『隠剣術』とは元々、『抜剣』を用いずに聖剣の加護を受ける技……聖剣の等級が違えば、恩恵に差が生まれるのは当然だ。


 そのため、『アクセル』で身体能力が全盛期に近付けば、『隠剣術』によって得られる加護の差分だけ全盛期を上回る事になるのだ。

 

 そうでなければ、そもそもジーノ村の件で、『抜剣術』を使用せずに『魔貴族』とそこそこの勝負が出来るはずがないのだから……。


 特に、回帰前と能力の違いが顕著なのは、そのスピードだ。


 (いかづち)の属性を持つユランの聖剣は、スピードに特化していると言っても良い。


 こと、スピードに関してだけ言えば、〝神速〟の域に達していると言っても過言ではなかった。


 ──ユランは、まさに目にも留まらぬ速さでソリッドに迫る。


 瞬きも許さないほど速く──


 力強く──


 ソリッドの首を狙う。


 ユランが振り下ろしたナイフの刃が、ソリッドの首元に吸い込まれる様に滑り込む。


 しかし──


 グニュン……。


 ゴムを叩いた様な鈍い音を立て、ユランの放った斬撃が〝何か〟に阻まれる。


 (ここまで『魔貴族』と同じか……)


 ソリッドの足下から這い出る様に発生した影状の黒い塊が、盾型の形状になり、ユランの斬撃を受け止めていた。


 それは──まるでジーノ村の戦闘の再現だ……。


 ユランは、影による攻撃を警戒し、ソリッドの身体を蹴って後方に回転しながら飛び退く。


 が、影による追撃はない……。

 

 と言うよりも、ソリッドの影はユランを追いかける気配すらなかった。

 

 (追って来ない……? 『魔貴族』が使う影の盾は、無意識下の動き──〝自動防御〟と〝自動攻撃〟が基本のはず……。追撃がないという事は、『魔貴族』の影とは別物なのか?)

 

 ユランは、後方に飛び退きながらも、ソリッドの影の動きを警戒していた。


 ……やはり、追撃は無い様だ。


         *


 『魔貴族』との戦いにおいて、聖剣士たちが苦戦する一番の要因は、『魔貴族』が操る〝影〟の所為だと言える。


 『魔貴族』の影は、今回の例を見ても分かる様に──『魔貴族』自身が視認できず、感知できていない攻撃であっても自動で防ぎ、さらに追撃まで仕掛けてくる。


 それを破ろうと思えば、『抜剣』の加護を受けた……影の強度を上回るほどの、強力な攻撃をおいて他にない。


 ユランの『アクセル』による一撃は強力だが、影の盾を破るほどの出力は出せず……


 そのため、結局のところ影を操る敵に対抗しようとすれば、初めから『抜剣』を使う以外の選択肢はなかったのだ……。


         *


 ユランは、『アクセル』によるスピードを活かし──

 

 床を這う様に進み──


 壁を走り──


 天井を蹴り──


 縦横無尽に動き回り──


 あらゆる角度からの攻撃を試みる。


 ソリッドから視認できない角度に潜り込み、死角からの攻撃も繰り出してみるが──


 影の盾を上回る速度を出せず、貫けるほどの威力も出せない。


 『魔貴族』の影と違い、ソリッドの影は防御機能しか持たない不完全なものだ。


 当然、ユランの動きを視認できないソリッドは、影の防御に任せて突っ立っている事しかできないのだが……。


 それでも……相手が防戦一方だったとしても……ユランの放つ斬撃は、(ことごと)くソリッドの影によって阻まれる。


 ユランは、一旦、ソリッドとの間に距離を取った。


 ──はっきり言って、打つ手なしだ。


 ユランの度重なる攻撃をもってしても、ソリッドにかすり傷一つ付けられていない……。


 さらに──


 「速い……。確かに速いですが……。まあ、それだけですね」


 ソリッドは余裕の表情だ。


 『抜剣』を使い続けているが、時間制限などまるで気にしていない様子……。


 やはり、時間切れを狙うのは厳しいかもしれない。


 ユランはそう考えた。


 何故ならば──


 ブチィ──……


 度重なる高速移動に耐えきれず、ユランの両足の筋肉が断裂する。

 

 痛覚を絶っているため痛みは感じていないが──ユランの両足からガクンと力が抜け、床に両膝をついてしまう。


 ──ソリッドの『抜剣』が解除されるよりも、ユランの限界の方が早そうだった。


         *


 『ファイアボール』


 ソリッドは、ユランに生じた隙を見逃さず、『ファイアボール』で追撃する。


 『リペア』


 ユランはすかさず『リペア』を唱えて身体を治療するが、迫り来る火球の速度が速く、今からでは避けられそうにない。


 「……ちっ」

 

 軽く舌打ちすると、ユランはやむを得ず──


 『プロテクション』


 神聖術を使って火球を防御した。


 ドゴォン!


 ソリッドが放った火球がユランに直撃するが……『プロテクション』を使用していたため、ダメージはない。


 先ほどと異なり、しっかり『プロテクション』が間に合っていたため、腕が黒焦げになる様な事もなかった。


 しかし、ユランの残りの神聖力は『リペア』一回分程度──


 状況は悪い。


 と言うよりも、最早──


 「速いだけでは、私は倒せませんよ」


 ソリッドはユランを煽る様に言うと、ククと喉を鳴す様に笑った。


 「……」


 煽りを受けても、ユランの心は動かない。


 『アクセル』により、回帰前の精神状態に近付いているユランは──


 戦闘が進むほどに、感情が鎮静化して行き……ソリッドの言葉など耳に入っていない。


 復讐鬼(ユラン)の心は、


 思考は、


 ただ、相手を如何にして抹殺するか──


 それしかなかった。


 「貴方も『抜剣』を使ったらどうですか? ……その聖剣は、飾りではないのでしょう?」

 

 仮面越しで、ユランの表情は見えていないだろうが……ソリッドはユランの心がまるで動かない事を悟ったのか──


 感情の起伏を表に出さないユランに対し、ソリッドは途端に退屈そうな顔になり、そんな事を言い出した。


 ユランが『抜剣』を使用したとしても、それを完封できると思っているのだろうか……


 ソリッドからは、そんな絶対的な自信が見てとれる。


 ユランは、ソリッドの提案通り、聖剣の柄に手を掛け──


 と言うよりも、ユランがソリッドに対抗できる手段は、すでに『抜剣術』しか残されていない。

 

 ユランは、聖剣の柄を握る手に力を込めようとし──


 「あー……。やめだやめ。打つ手なし。ムカつくけどな」


 突然、そんな事を言い、両手を肩まで上げて「降参」のポーズを取る。


 さらに、『アクセル』まで解除してしまった。


 「……どう言うつもりですか?」


 ユランの突然の降参宣言に、ソリッドの声が低くなり、格段に冷めたものになる。


 相変わらず丁寧な口調ではあったが、その声色には〝怒りの感情〟が強く込められていた。


 相手が自分の意に沿わぬ行動をした時、一転して不機嫌な態度になる……。


 喜怒の感情の起伏が目まぐるしく変化する(さま)は、やはり、人間よりもむしろ……『魔貴族』に近いものに見えた。


 「『抜剣』は使えないんだ……。まだ、仕事が残ってる(・・・・・・・)もんでね。僕は『抜剣』が不得手で……使ったら一ヶ月は寝込む事になる」


 ユランは『アクセル』を解除した事により〝俺〟から〝僕〟──〝復讐鬼〟から〝少年〟へと戻る。


 怒り心頭に発したソリッドに対し、ユランは冗談めかしてそう言った。


 「……くだらない。面白味のない人間に、生きている価値などないのですよ」


 茶化した様なユランの態度が止めとなったのか、ソリッドは「これ以上話す事などない」と言う顔をし、ユランに対して左手を差し向ける。


 ──火球を放つつもりらしい。


 今のユランは無防備な状態である。


 火球をまともに受ければ、たちまち焼き殺されてしまうだろう。


 『ファイアボール』


 ソリッドの左手から火球が放たれ──


 ユランに迫る。


 ユランは火球を避ける様子も見せなかった……。


 しかし──


 「アンタさ……。十分、時間は稼いでやったんだ……。そろそろいいだろ? いつまでもお荷物でいられちゃ困るんだよ」


 ユランは、火球の事など気にも留めず、冷たい声でそう言い放った。


 そして、ユランがそう言った直後──


 『抜剣レベル5── 『偽りの生』を発動──使用可能時間は60分です──カウント開始』


 無機質な聖剣の声が、部屋全体に木霊する。


 グレンが『抜剣』を発動させた瞬間──


 ソリッドが放った火球が、音もなく掻き消えた……。


 「うん。素性も知れない者の言う事に従うのは甚だ遺憾だが……今は、君が味方だと信じよう」


 手足を縛っていた枷を力づくで引き千切り、グレンは『抜剣』を使用する。

 

 小屋の中に置いてきたはずの聖剣も、すでに手元に召喚済の様だ。


 一緒に置いてきたサブウェポンまで呼び寄せる事は不可能だが……グレンならば、この程度、サブウェポン無しでも何ら問題はなかった。


 グレン・リアーネは……『魔王』ですら、サブウェポンなしで屠るほどの実力者なのだから……。


 「今は君を信じるが……。リリアの身に何かあったら、君も覚悟してもらう」


 グレンは、そう言ってユランに釘をさすと、そのままソリッドの方に向き直る。


 ──神人グレン・リアーネと魔剣士ソリッドの戦いが始まろうとしていた。

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