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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【23】使者ソリッド

 「ここで止まってください」


 グレンの前を歩いていた小綺麗な格好の男は、木造の小さな小屋の前でグレンにそう指示を出す。


 リアーネ家の屋敷を出たグレンたちは、屋敷近くに停めてあった質素な馬車に乗り込み、王都の最西にある林の中──朽ち果てた小さな小屋の前まで来ていた。


 「ここの小屋の中に……リリアが居るのか?」


 グレンは、男に訝しんだ視線を向け、問う。


 リアーネ家の息女を誘拐した犯人の根城にしては手狭すぎる上、周辺に見張もおらず、小屋の中に人の気配もない。


 「そんな訳がないでしょう……。貴方、妹君(いもうとぎみ)の事で頭が一杯で、思考力が低下しているんじゃないですか?」


 男は、呆れた顔でグレンを見て、小馬鹿にした様に言った。


 その顔は──何がそんなに面白いのか、どこか楽しげだ。


 グレンは、男の侮辱する様な態度に眉を顰めるが、男の言った通り、頭が沸騰して冷静になれていなかった事に気付く。

 

 「ふー……」と長く息を吐き、グレンは冷静さを取り戻せる様に努めた。

 

 それでも、グレンの心の奥底には激しい怒りが燻っているが──それを理性で押さえ込む。


 「おっと、そう言えば自己紹介がまだでしたね……。私はソリッドと言います。以後、お見知りおき下さい」

 

 ソリッドと名乗った男は、グレンに対して恭しく頭を下げると、小屋の扉の前に立ちドアノブに手をかけた。


 ギギッと軋んだ音を立てて、小屋の扉が開く。

 

 「中に入ってください……。ああ、あまり勝手な事はしないで下さいね。私の言う通りにしなければ、妹君(いもうとぎみ)の安全は保証できませんから……」


 ソリッドは、リリアの安全を盾に、グレンに対して「自分に逆らわぬよう」念を押す。


 ソリッドの実力のほどは不明だが──神人であるグレンに対抗できる可能性は低いだろう。


 そのため、人質(リリア)の話題をちらつかせてグレンの行動を縛ったのだ。


 「……」


 グレンは、ソリッドの要求に従い、黙ったままで小屋の中に入る。


 その際、小屋の中をグルリと見回すが、何の変哲もない古びた小屋だ。


 広さは5メートル四方くらいだろうか……家具や装飾品などはほとんど置かれておらず、小屋の奥に古びた木製のテーブルが一卓置かれているだけだった。


 ソリッドは、奥の木製テーブルを指差し、グレンに向かって言う。


 「そこに、聖剣とサブウェポンを置いてください……」


 ソリッドの言葉に素直に従い、グレンは腰に携えていた聖剣とサブウェポンを鞘ごと外し、テーブルの上に置く。


 「それらは、ここに置いていってもらいます。『抜剣』を、使われても厄介ですしね……。あと、先に言っておきますが、ここからは聖剣を『召喚』した時点で妹君の命はありませんので、あしからず」


 「召喚するなだって? それでは……」


 「ああ、『自動召喚』の心配をしているなら問題ありませんよ。妹君がいる場所までは、それほど離れていませんから」


 「……」


 ソリッドは、グレンの疑問に対し即座に答える。

 

 ……全て、想定済みだという事なのだろう。


         *


 聖剣には、『召喚』と『自動召喚』という特殊な機能が備わっている。


 聖剣は持ち主の(ソウル)そのものであるため、常に近くに置き、管理しなくてはならない。


 身体から離しても問題ない距離は大凡、半径500メートル程度だと言われている。


 あまりに聖剣との距離が離れてしまうと、持ち主の身体に多大な影響が出てしまう訳だが……それを防ぐために『自動召喚』という機能があるのだ。


 聖剣から、身体に影響が及ぶほどの距離が離れると、持ち主の下に自動的に聖剣が呼び出される──これが『自動召喚』である。


 そして、聖剣は持ち主からどれだけ距離が離れようとも、持ち主が要請することで、手元に呼び寄せる事も出来る──これを『聖剣召喚』と言う。


 この二つの機能が備わっているため、聖剣の盗難は絶対に不可能である。


 そういう理由から、聖剣は常に携帯していなくてもある程度は自由に行動可能だ。

 

 ただ、『聖剣召喚』や『自動召喚』で聖剣を呼び寄せる際には、若干のタイムラグが発生するため、咄嗟の使用には適さない。


 ──常に持ち歩いている事がベストなのだ。


 聖剣士たちは職務に従事する際、最悪の場合を常に想定して聖剣の携帯が義務付けられているし、一般市民であっても、余程の理由がない限り自分の命と同義である聖剣を手放す事なく、常に携帯している場合が殆どだ。


 それが、この世界の常識なのだ。


 咄嗟の状況に対応するため、『常に聖剣を携帯する必要がある』と言う事を鑑みると──グレンが聖剣を召喚し、『抜剣』を使用するまでの僅かな時間だけでも、ソリッドたちはリリアの命を奪う事が可能なのだろう。


 そういった意味で、目的地から少し離れた場所にグレンの聖剣を置かせるのは効果的だ。


 グレンが『抜剣』を用い、その気になれば、リリア以外の人間を瞬時に殺害する事など赤子の手を捻るよりも簡単な事なのだから……。


         *


 ソリッドは、グレンがテーブル上に聖剣とサブウェポンを置き、そこから完全に離れるのを見届けた後──自身の前に右手を翳す。


 すると、ソリッドの目の前の空間に歪みが生じ、手のひら大の穴のようなものが形成される。


 ソリッドがその穴の中に右手を入れ、引き抜くと──


 その手にはら金属製の手枷と足枷が握られていた。

 

 (あれは……『収納』の神聖術か? 何者なんだ、コイツは……)


 グレンは、ソリッドが何気なくやった行動を見て、驚きを隠せなかった。


 ソリッドが扱ったのは、『収納』と呼ばれる神聖術だ。


 『収納』は、亜空間を開くために『強大な神聖力』が必要な上に、亜空間に持ち物を収納する過程で、『繊細な神聖術の操作力』が必要になる術だ。


 元々は魔族が魔力を用いて使う『魔術』であったが、それを模して、強引に神聖術で使える様に編み出されたのが、この術の始まりである。


 魔力での運用を想定された術である。


 神聖力を用いて扱うには、相当に無理のある術だと言われている。


 そのため、王国中を探しても『収納』の神聖術を使える者など数えるほどしかいないだろう。


 少なくとも、神聖術の扱いに関してはグレンよりもソリッドの方が数段上手の様だった。


 ソリッドは、亜空間から取り出した手枷と足枷をグレンに向かって示し、言った。


 「神人相手では、聖剣とサブウェポンを奪っただけでは不十分ですからね。コレを着けていただきましょうか」


 ソリッドが取り出した手枷と足枷は、金属製の輪が、それぞれ鎖で繋がっているシンプルなものだ。


 見るからに丈夫そうで、聖剣の加護無しでは強引に外す事は難しそうだった。


 「……」

 

 グレンは、黙って両手を差し出す。


 こんな所で問答していても時間の無駄だと思ったからだ。


 ガチャリ──……。


 硬質な金属音を立て、グレンの手足にそれぞれ枷がはめられた。

 

 手枷は鎖が短く、両手の動きは制限され、自由が効かなくなる。


 足枷は長めの鎖が付けられているため、歩くのに不自由はないが……激しい動きは出来ないように制限された。


 「それでは、準備も整いましたし。妹君の下へ向かいましょうか……」


 ソリッドは、身動きがとれなくなったグレンを見て満足げに頷くと、小屋を出ていく。


 グレンは、ソリッドに追随する形で小屋を出て、さらに林の奥深くまで入っていくのだった……。


         *


 林の中を歩きながら、グレンはソリッド行動の回りくどさとあまりの慎重さに、呆れたようにため息を吐く。


 「僕を殺すつもりなら、なぜ今やらない? リリアが人質に取られている以上、僕は抵抗しないぞ」


 そんなグレンの問いにに、ソリッドは──


 「ふふ、それでは面白くないでしょう? 貴方が人知れず死んだ所で、誰が喜ぶんですか? ……ああ。〝我々〟の雇い主はそれでも喜ぶかも知れませんが……。わたしは退屈なのが嫌いでして」


 などと言い、楽しげに笑う。


 グレンはソリッドが浮かべたその笑みに、どこか加虐的な印象を受ける。

 

 それと同時に、グレンはその笑みに既視感を覚えていた。

 

 相手が困惑し、慌てふためく様を見て満足げに笑う……人を人とも思わぬ加虐性。


 その態度とは裏腹に、やけに丁寧な口調。


 かと言って、相手を立てる訳ではなく、常に他者を見下した様に振る舞う、不遜な態度……。


 「まるで、『魔貴族』を見ている様だ……」


 グレンは顔を顰め、呟く様に言った。


 グレンの呟きに反応したのか、ソリッドは一瞬だけ足を止めるが……それ以上の反応を見せる事なく、無言で先を進んでいく。


 グレンの呟きが聞こえなかったのか……


 それとも、あえて聞こえないフリをしたのか……


 グレンは、そのソリッドの様子に、何とも言えない気味悪さを感じるのだった……。


         *


 グレンがソリッドに付いて林の中を進んでいくと、突然開けた場所に出る。

 

 そして、そこには、砦と呼んでも差し支えない様な荘厳な石造りの建物が立っていた。


 建物自体の大きさも、アーネスト王国の一般的な民家四棟分くらいはありそうだ。


 建物の周りは木々に覆われており──巧みに、外部からの視線を遮る様に造られている。


 どう見ても、まともな事には使われなさそうな場所だ。


 「ここは……」


 グレンは、この建物に覚えがあった。


 実際に見たことがある訳ではなかったが、この建物に関する報告書に目を通した事がある。


 ──ここは、過去に『奴隷市場』と呼ばれていた場所だ。


 アーネスト王国では、奴隷売買は法令で禁止されている。


 発覚すれば、関わった者全てが厳しく罰せられる事になるが……それでも巨額の利益を得るため、秘密裏に奴隷売買が行われているのが現実だ。

 

 この建物は、裏で奴隷売買を生業としていたある貴族の所有物件で……ここで、大規模な奴隷売買が行われていたため、通称『奴隷市場』と呼ばれていた。


 数年前に一斉摘発され、建物を所有していた貴族の悪行が白日の下に晒された事で、家も没落の憂き目に遭っている。


 その際、持ち主のいなくなった土地と建物であったが、『奴隷市場』の現場であったことから、貴族達からも忌避されて買い手もつかなかった。


 そこからは、打ち捨てられた建物だったはずだが……未だに取り壊されていおらず、犯罪者たちの根城になっている様だ。


 「ここから中に入ってください。妹君が、首を長くして待っていますよ」

 

 ソリッドは、建物に設置された大きな扉を開け、グレンに中へ入る様促した。


 グレンは、建物に入る前に周辺をぐるりと見回す。


 ──建物の外には、見張りなどは一人も立っていない。


 いかにも頑丈そうな砦の様相を呈しており、出入り口らしき場所に設置された扉も金属製で、ちょっとやそっとで壊れそうもない。


 一度中に入ってしまえば、逃げ出すのは容易ではなさそうだ。


 さらに、高い壁に阻まれてしまうため、外部からの侵入も困難だと言えるだろう。


 見張を立てていないのは、その必要がないからかも知れない……。


 グレンは、ソリッドの言葉に従い建物の中に入った……。


         *


 建物の中は、石造りのためか全体的にヒンヤリとしており肌寒いくらいだった。


 所々に照明用のカンテラが設置されているが、窓がなく、月明かりすら入らない構造になっているため全体的に薄暗い。


 「……」


 この様な所にリリアが……それも、たった一人で……。


 蔑する扱いを受けてきたリアーネの子女であったとしても、リリアも一応は貴族の息女だ。

 

 親であるホフマンは別として、粗暴な人間とたった一人で相対した事など人生で一度もないだろう。

 

 さぞ心細いに違いないと、グレンは恐怖に震えているであろうリリアを想い、握った拳に力がこもる。


 グレンは、ソリッドの案内に従い建物内を歩いていく。


 右へ左へ、階段を上がっては下り……内部は、まるで迷路の様に入り組んでいた。


 歩いている途中で、何度か部屋に繋がるらしき扉を見たが、ソリッドはそれらをスルーしてどんどん奥へと進んでいく。


 内部が複雑に入り組んでいる様だが、ソリッド自身は建物内の構造が頭に入っているらしい。


 ソリッドは、一際大きな扉の前で立ち止まると、グレンに向けて振り返る。


 「妹君はこの部屋です……。さあ、中へ」


 ソリッドは笑顔で言う。

 

 コレから起こる事に思いを馳せ、楽しくて仕方がないと言った様子だ。


 「……」


 グレンは、ソリッドの言葉に返答する事なく黙ったままで扉を開ける。


 ギギギ……──。


 錆びついた金属音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。

 

 扉を潜った先には、大きな空洞状の部屋があった……。

 

 薄暗くて、出入り口付近からは奥の様子が確認できない。


 グレンが、部屋の中へと踏み出すと──


 ドガンッ!


 轟音を立てながら、後方の扉が閉まる音がした。


 グレンが振り返ると、ソリッドが扉を閉めた様で──グレンに向かって笑顔で手を上げていた。


 これで、いよいよ逃げ道が無くなったらしい……。


 最も、リリアを取り返すまではグレンも逃げるつもりなどなかったが……。


 「遅かったじゃねぇか……」


 暗がりの中から、野太い男の声が聞こえる。


 グレンは、声のした方向に目を凝らしてみるが……暗すぎて部屋の奥が見えない。


 『仕方がないか』と、グレンが警戒しながらも部屋の奥へ向かおうとしたとき──


 ボッ……


 炎が灯る音が前方から聞こえたかと思うと、部屋の奥が突然明るくなる。


 グレンの前方──部屋の奥には、カンテラを持った男が立っていた。


 さっきの音は、この男がカンテラに火をつけた音の様だった。


 突然の光に、目を瞬くグレンだが……すぐに前方の状況を把握する。


 部屋の奥には、カンテラを持って立っている男が一人。


 そして──


 そこには、確かに、グレンが探し求めた少女がいた……。


 「リリア!」


 手足を縛られ、横向きで床に転がされた少女が……。


 少女の側には、ニヤニヤと、下卑た笑いを浮かべる髭面の男がしゃがみ込んでおり……少女の首元には、ギラリと怪しい光を放つ──


 ナイフの刃が添えられていた……。

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