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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【21】グレン、王都へ

 グレン・リアーネは、「リリア誘拐」の報告を受け、王都へ蜻蛉返りする事となった。


 既に主従関係(一方的に)を結んでいるジェミニは、疲労のため深い眠りに陥っており、今だに目を覚ましていない。


 グレンはジェミニが眠る天幕(男子禁制)に深く頭を下げ、天幕の警備に付いている女性聖剣士に、


 「諸事情があり、急いで王都に帰らなければならなくなりました。非礼をお許しください」


 とジェミニ宛の伝言を伝えた。


 グレンは、通知を受けてからすぐに取るものも取り()えず──急いで王都に戻るため、数人の御者を伴い馬車に乗り込んで出発した。


 ──時間帯は既に深夜だ。


 グレンは、リリア誘拐の報告を受けた際に〝ある手紙〟を受け取っている。


 ホフマンからグレンに宛てた手紙だ。


 内容は──


 『リリアが何者かに誘拐された』



 『犯人が、金とグレンの身柄を要求している』


 『感謝祭の日に取引を行う。そのときまでに金とグレンの身柄を引き渡さなければ、リリアの命はない』


 などの内容が、掻い摘んで記載されていた。


 手紙には他にも、リリアやグレンを心配する文言がツラツラと書かれていたが、グレンはその文字に心など込められていない事をよく知っている。

 

 ファルスの大平原から王都までは、通常、馬車でも6日はかかる距離だ。


 グレンがファルスに到着してから、約半日で誘拐の報告が届いたのだから……


 リリア誘拐の報は、グレンが王都を出立した後……半日と待たずに出されたことになる。


 グレンはこの報告にかなりキナ臭いものを感じた。


 これは、予め計画された事……。


 グレンが王都を離れた事で、実行された計画なのだ……。


 そして、これを真報と捉えた場合──真相をすぐに確かめる術もなければ、王都に問い合わせ、返答を待つ時間もない。


 感謝祭の日まであと7日……1週間しかないのだ。


 いや、今が既に深夜である事を考えると、残された時間は、実質6日──


 馬車でギリギリ間に合う計算だ。


 通常ならば……。


 グレンの使う馬車馬は、休みを入れているとはいえ、すでに王都からファルスの大平原までの6日間を走り抜いている。


 その後、魔王との戦闘時間があったため、半日程度の時間を挟んでいるが、ほとんど休みもなしで再出発した事になる。


 馬の疲弊が激しく、思うように速度が出ない。


 野営地で新しい馬を手に入れることも考えたが、そこに居るのは軍馬として登録されている馬であるため、使用するためには隊長のジェミニないし、王国の許可が必要だ。

 

 申請すれば問題なく借り受け出来るだろうが……グレンには、それを待つ時間も惜しかった。


 不眠不休で飛ばせば、速度や距離も稼げるだろうが……それでは、確実に馬が持たない。


 現在の馬の速度で計算すると、王都までは10日以上はかかりそうだった……。


 このままでは、感謝祭の日までに王都に到着する事など到底不可能だ。


 それでも、グレンは何としても感謝祭の日までに王都まで帰らなくてはならないため、とにかく先を急ぐしかなかった。


 馬の負担が少しでも軽くなるように、必要最低限の物を除いて荷物は全て下ろした。


         *


 出発から1日目……。


 御者たちが交代で馬を操り、グレンは王都を目指す。


 王都までは馬車で6日の距離……。


 感謝まで7日……。

 

         *


 出発から2日目……。


 王都までは馬車で5日半の距離……。


 感謝祭まで6日……。


         *


 出発から3日目……。


 王都までは馬車で5日の距離……。


 感謝祭まで5日……。


         *


 出発から4日目……。


 王都までは馬車で4日半の距離……。


 感謝祭まで4日……。


         *


 出発から5日目……。


 王都までは馬車で4日の距離……。


 感謝祭まで3日……。


 

 5日目になり、予定よりだいぶ遅れが生じる様になってきた。


 グレンは、ここである決断を下す。

 

 馬車を引いていた二頭の馬の内、まだ余力のありそうな方の馬を馬車から切り離し、それに跨った。


 御者の男たちには、ゆっくり王都への道を進む様に指示し──場合によってはグレンが跨る馬の回収も指示しておく。


 グレンは、再び王都への道を走り出した。


         *


 出発から6日目……。


 王都までは馬車で3日の距離……。


 感謝祭まで2日……。



 ──ここで、馬が潰れてしまう。


 馬は見るからに疲労困憊で、少しの休憩では回復しそうにないほどだった。

 

 感謝祭まであと2日……。


 王都までは、まだ馬で3日ほどの距離がある。


 周辺には村などもなく、新しい馬を調達する事も不可能だ……。


 そして、グレンは最後の決断を下す。


 リリアの事を想えば、形振り構っていられない状況──


 グレンは躊躇なく馬を降り、王都へ向けて走り出した。


 持続時間の短さや、回復までに要する時間を加味すれば……『抜剣術』による身体強化には頼れない。


 グレンは、王都までの長い道のりを自力で走り抜くしかないのだ。


         *


 そして、感謝祭の当日の夜。


 グレンは遂に王都へと辿り着く。


 彼は、馬車で3日の距離を、2日間に渡って休みなく走り抜いたのだ。


 「早く……。リリアの下に……」

 

 グレンは、疲労によって倒れ込みそうになる身体に鞭打ち、リアーネの屋敷を目指した。


 神人と言えども、2日に渡って休みなく走る続けたグレンの身体は、とうに限界をこえていた。


 本来であれば王城に赴き、アーネストに帰国した旨を報告しに行くところだが……今のグレンには、そんな暇などなかった。


 グレンは、城下町で声をかけられる事を避けるため、ローブを羽織り、フードを被って人相を隠す。


 神人であるグレンは、街を歩くだけで目立ち、声をかけられ、崇められる存在だ。


 そういう煩わしさは、今は御免蒙る。


 グレンは、疲労困憊の身体を引きずる様に歩く。


 リリアを誘拐した犯人の目的が、ホフマンの手紙でしか確認できていないため、未だに判然としない部分はあったが……


 とにかく、グレンは手紙を寄越したホフマンに話を聞きに行かなければならない。


 誘拐犯の目的がホフマンの手紙の通り、金とグレンの身柄であるなら、誘拐犯がグレンの命を狙っている可能性は高い……と、グレンは予想している。


 実際にその通りではあるのだが、その黒幕がホフマンたちである事は、今のグレンには知る由もない。


 グレンは今だ、ホフマンを心のどこかで信じているのかも知れなかった……。


 リリアや自分に対するホフマンの仕打ちをわかっていながら、親としての良心があると信じていた。


 自分たちの親であるホフマンが、娘の誘拐を指示し、息子の命を狙っているなどと思ってもおらず、グレンはホフマンを疑う事すらしていなかった。


 ──それは、明らかにグレンの甘さだ。


         *


 満身創痍のグレン。


 グレンが相手の要求通り、誘拐犯と相対したとして、素直にリリアを解放するとは思えない。


 リリアを強引に救い出すために戦うとして……今のグレンには、戦う体力など残っていなさそうに見える。


 誘拐犯の黒幕が、グレンの今の状態まで計算し、感謝祭の日を期日に指定したのであれば──黒幕は、かなりの切れ物なのかも知れない。


 感謝祭の騒ぎに紛れてリリアを誘拐するにしても……身代金やグレンの身柄の要求とて、その当日を期日にする必要はないのだ。


 リリア誘拐から、取引までの時間の短さから考えて……


 黒幕は、故意にグレンがギリギリ間に合う期日を指定し、体力を消耗させる事まで計算に入れている様だった。

 

 グレンとしては、満身創痍であろうが、リリアのために行動するしかないのだ……。


         *

 

 「ただいま戻りました……」


 グレンは、何とか自力でリアーネ家の屋敷まで辿り着き、中に入る。


 ──屋敷内は異様なほど静かだ。


 屋敷の外に常駐しているはずの警備兵の姿はなく──いつもなら、すぐに迎え入れてくれるはずの使用人たちの姿もなかった。


 「……どうなっているんだ?」


 グレンは、疲労で上手く回らない頭で考える。

 

 屋敷の中を確認しようと、グレンが歩き出すと──


 「グ、グレンか……? ず、ずいぶん早かったな……」


 中央階段の上から声がする。


 ホフマンの声だ……。


 ホフマンは、グレンが屋敷にいる事に心底驚いた様子を見せており、話し方もしどろもどろだ。


 そしてホフマンは──


 「あの方の言う通りだったな……。まさか、本当に間に合うとはな……。やはり神人(バケモノ)と言う事か……。忌々しい奴め」

 

 誰にも聞こえない様な小声で呟いていた。

 

 そして、ホフマンはグレンに向かって言う。


 「グレン……。手紙は読んだと思うが、リリアが何者かに誘拐された」

 

 「はい、手紙を拝見しました」


 「その事で話がある。一旦、執務室に来なさい」

 

 「それは、しかし……」


 執務室に来いと言うホフマンに、『そんな時間はない』と拒否したい気持ちのグレンだが……今は、リリアの誘拐について何の手掛かりもないため、ホフマンの話を聞かざるを得ない。


 ここで強引に話を聞こうとしても、プライドの高いホフマンは自分の言う通りにしないグレンの質問になど答えないだろう。

 

 グレンは、「……はい」と短く返事をし、ホフマンと共に執務室へ向かった……。

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