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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【19】碌な説明にもならない言い訳

 「ユランくんは病気なんです! それはもう苦しんでいて、私の愛のパワーでないと治療できない難病です!!」


 ドンドンと、苛立たしげに地団駄を踏み、ミュンはノリスに向かって叫ぶ様に言った。


 「はあ……。私はただ、ユラン様が時間になっても講義に来られないので、心配で様子を見に来ただなのですが……」


 ミュンの叫びに、若干引き気味な聖剣教会の神官──ノリスは、ユランの部屋に訪れた理由をミュンに説明した。


 ここは、聖剣教会の施設内にある男子宿舎内部──ユランが使用する個室の前だ。


 本日も、朝から講義室にて講義を行う予定のノリスだったが、いつまで経ってもユランたち三人が講義室を訪れないため、代表者(ノリスが勝手に指名)であるユランの私室に様子を見に来たという訳だ。


 しかし、ノリスが実際にユランの部屋の前まで来てみると、扉の前に仁王立ちのミュンと、その隣で、能面の様に感情の抜け落ちた顔で立つリネアの姿があった。


 一目でわかるほどに機嫌が悪いミュンと、それとは異なる様子で憤怒するリネアに、ノリスは踵を返して立ち去ろうとしたが……。


 「あら、神官様……。ユランくんに何か御用ですか?」


 ミュンに見つかり、声をかけられてしまった。


 ノリスは、ため息混じりに、ユランの私室を訪れた理由を説明しようと、口を開くが、


 「ユ、ユラン様が講義に来られないので、しんぱ──」


 言い終わる前に、食い気味に、冒頭の言葉でミュンに遮られてしまったのだった。


 「ユ、ユラン様がご病気を召されたなら、医者を読んだ方が……。病気は神聖術では治せませんから」


 ノリスの言葉を聞き、ミュンは、キッとノリスを睨みつけると、


 「うぉっほん!」


 わざとらしく大きな咳払いをし、ドンと胸を叩いた。


 「神官様……。私は、先ほど貴方に何と言いましたか? ユランくんの病気を癒せるのは……。真に彼を想う(わたし)の『愛』だけだと言ったはずです! 私を愛するユランくんの想いと、ユランくんを愛する私の心が一つになったとき……信じられない様な『愛』の奇跡が起きるのです! それを信じてお待ちなさい……」


 これは、関わってはいけないモノだ……


 ユランの事となると、ミュンの知能指数は幼子同然になる。


 ここ数日彼女に接しただけで、ノリスはその事を十分に理解していた。


 そして、下手に触れると凄まじく面倒になるという事も……。


 しかし、これだけは言っておかなければならない。


 これは、聖剣教会創設から定められている厳重な掟なのだ。


 それを破ると言う事は、神の教えに背く事と同義なのだから……。


 ──ノリスは意を決して口を開く。


 「ここは、男性用の宿舎です。幼いとしても貴方たちは女性ですから……。ここに立ち入る事は固く禁じ──え?」


 「……****……**……*…………」


 女性陣が、男性専用の宿舎に立ち入った事を咎めようとしたノリス。


 すると、その耳に、何やら小声でブツブツ呟く様な声が届いた。


 声がしたのはミュンの隣、無表情で立ち尽くすリネアの方からだ。


 ノリスがそちらに視線を向けると、そこには──


 「ユランくん……何で……? 何で……あの()の事、私に黙ってたの……? 後ろめたい事でもあったの……? あの娘を助ける作戦って何……? って言うか……あの娘誰なの……? 悔しいけど……私より可愛い娘……。もしかして……浮気? 浮気なの……? ユランくんは私の英雄なのに……。やっぱり……英雄は色を好むの……? 最終的に一番になればいいって思ってたけど……。まだ……まだ早いよ……。ユランくん……浮気はせめて私が一番になってから……」


 呪いの呪文を唱えている様な……怨嗟の念の籠った呟きを発するリネアの姿があった。

 

 「ひっ……」


 ノリスは、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。

 

 能面の様に無表情でひたすら独り言を呟いているリネアの姿が、ノリスにはとんでもなく不気味に見えた。


 「……ユ、ユラン様とお二人は講義を病欠っと……。わ、私は用事を思い出したので、これで」

 

 これ以上ミュンたちに関わりたくなかったのか、ノリスはそさくさと宿舎を去っていった……。

 

 一度も振り返る事なく、足早に。


         *


 昨晩、ユランがリリアと共にリアーネ家を飛び出したのと同じ頃、ミュンとリネアは女性専用宿舎の中庭に出ていた。


 宿舎内にある大浴場で、戦闘訓練でかいた汗や付着した汚れを洗い流し、一日の疲れを癒した二人……


 部屋着に着替え、すでに寝支度が整った状態だ。


 中庭に出た二人は、互いに顔を見合わせ、無言で頷く。

 

 そして、男性宿舎が建っている方角に身体を向けると、不意に片膝をついて跪き──両手を組んで、祈りを捧げ始めた。


 「……」


 「……」


 二人は無言で、神に祈りを捧げる。


 ──厳かに、粛々と祈る。


 月明かりに照らされ、祈りを捧げる二人の姿は──〝神々しさ〟すら感じるほどだった。


 (神様、どうかユランくんを私のものに……。彼を本気で愛する事が出来るのは、この世で唯一、私だけなんです……。ですから……どうか)


 (私をユランくんの一番に……。私をユランくんの一番に……。私をユランくんの一番に)


 ……祈っている内容は、二人とも完全に私利私欲だった。


 聖剣教会の教育で、


 『神に祈りを捧げ、それが届ば願いは叶う。〝他者〟を思う心を大切に、〝他者〟のために祈る願いは、必ず叶う』


 という教えを受けた二人は、就寝前に神に祈る時間を作っていた。


 ただし、『他者のため』と言う部分がごっそりと抜け落ちて……と言うよりも、『他者』の部分が『ユラン』にすげ替わっているのだが……。


 男性宿舎に向かって祈りを捧げたのは、『願いの対象であるユランがいる方角に祈った方が、効果がありそうだ』という単純な理由だ。


 それが、神に祈りを捧げる事になるのか、非常に疑問ではあるが……。


 「ミュンは……何をお願いしたの?」


 穏やかな微笑みを浮かべ、リネアがミュンに問う。


 「ふふふ……。決まっているじゃない。ユランくんの幸せよ。それ以外に、私たちが祈る事があるかしら? リネアは?」


 (間違ってないわよね? 私と一緒になれば、ユランくんも絶対幸せなはずだし)

 

 「私も同じ……。ユランくんが幸せになる事を願ったよ……。ふふ」


 (私をユランくんの一番にしてもらえるなら……。その後は、私がユランくんを幸せにしてみせる! それって、結果的にユランくんのためって事になるよね?)


 「ふふふ……」


 「……ふふ」


 中庭に、少女二人の不気味な笑いが木霊する。

 

 「お祈りも終わったし。戻ろっか」


 ミュンがそう言うと、リネアも頷き、二人は踵を返した。


 宿舎に戻ろうと、ミュンとリネアが歩き出したとき──


 「二人とも……。こんな時間に、こんな所で何をやってるの?」


 二人の背後から、ユランの声が聞こえる。


 ミュンとリネアは、突然聞こえたユランの声に胸が高鳴るのを感じた……。


 心臓の鼓動が早まり、二人の頬に赤みがさす。


 「「ユランくん!」」


 ((神様が願いを叶えてくれた! ユランくんを、私の下に遣わしてくれたんだ!))


 神に願いが届いたか。


 そう思い、ミュンとリネアは同時に振り向いた。


 そして、彼女たちは見た──


 

 お姫様抱っこで、ユランに抱かれるリリアの姿を……。


 

 「「……は?」」


         *


 ユランは、激怒するミュンと放心状態のリネアを前にして、事の顛末を説明していた。


 正座で……。


 「ふーん……。話は大体わかったよユランくん」


 「……うん」


 全然、納得いってなそうな顔でミュンが言う。


 リネアも、話の途中で放心状態から抜け出した様で、ユランの話を真剣な顔で聞いていた。


 「つまり、私たちと城下町を回ったときに、『たまたま』見かけた女の子と、『たまたま』街でばったり再会して、『たまたま』女の子が困っていて、『たまたま』解決できそうな証拠が見つかったって事なんだね」


 『たまたま』の部分をやけに強調して言い、ミュンはニッコリと笑顔になる。


 話せる事だけを話し、話せない事は適当に内容を濁しつつ、話した。

 

 そうしてみると、意外に話せる事が少なく──かなり荒唐無稽な話になってしまった。


 ミュンたちを極力巻き込まない様に配慮した事と、回帰の事なども気軽に話す事が出来なかったため、その様な曖昧な説明になったのだ。


 「その()の事も、勿論気になるけど……。私が一番許せないのは──」


 ミュンの笑顔が一転、鬼の形相に変わり、ユランをキッと睨みつける。


 「お姫様抱っこ! ずるいよユランくん! 私だって一度もしてもらった事ないのに!!」


 「……え? そんな事で?」


 「そんな事……? 今、そんな事って言った?」


 ユランは、「まずい!」と思い慌てて両手で自分の口を塞ぐが、ミュンにはバッチリ聞こえていたし、何ならユランの呆れ顔も見られていた。


 「ユランくんは、乙女心を全然分かってない! リネアもそう思うでしょ!?」


 「……」


 「……え? 何で無言なの?? それに、何で私から目を逸らすの? ねえ!?」


 「……まあ、私はユランくんのお姫様抱っこ……。経験済みだから……」


 「!?」


 リネアの回答に、ミュンは絶句する。


 身体を戦慄(わなな)かせ、今にも怒りが爆発しそうな状態だ。


 そんなミュンの様子に、ユランはオロオロと慌てふためき、言い訳を探す。


 そのとき──


 「ふふふ……」


 ユランの隣に立ち、黙って話を聞いているだけだったリリアが、突然笑い声を上げた。


 そんなリリアの様子に、ミュンはキッとリリアに鋭い視線を向け、言う。


 「ちょっと、そこの泥棒猫! ……じゃなかった。……泥棒猫さん! 何がおかしいんですか!」


 訂正するとこそこ!?


 ……と、ユランは思ったが、口に出したら完全にやぶ蛇になる気がしたので、ここは黙っておく。


 「ごめんなさい。こういう会話が何だか新鮮で……。何だかんだ言って、リーンも嫌がってはいない様でしたし」


 ニッコリと微笑むリリアの笑顔は、その整った容姿と相まって、本当に妖精の様に輝いて見える。


 ──子供の様に純粋で、屈託のない笑みだった。


 その無邪気な笑顔に、ミュンは毒気を抜かれた様にポカンとした表情になり、ピリピリしていた場の空気も幾分か和んだ様に感じる。


 「むぅ〜……。何か調子狂うなぁ……」


 リリアの反応があまりにも無邪気であったため、ミュンは何も言い返せずに、それっきり黙り込んでしまう。


 リネアも何とも言えない顔をしていた。


 「おほん……。とにかく、二人に協力して欲しい事があるんだ」

 

 場が和んだ事を好機と見たのか、ユランは気を取り直してそう切り出す。


 そして、今だに複雑な表情の二人に近付き、顔を寄せて耳打ちした。


 「あの()には言えないけど、実は彼女、命を狙われてるんだ……。僕は偶然それを知ってしまって、何とかして彼女を守りたいと思ってる」


 「……あぅふ」


 「ひゃいん!」


 「事情があって、大人にはこの事を話せないんだけど……って、二人ともどうしたの?」

 

 ユランの耳打ちに、ミュンとリネアは一瞬だけ全身をぶるっと振るわせ、身悶えする様に身体をクネクネさせる。


 (何か、不気味な動きだなぁ……)


 ユランがそんな失礼な事を考えていると、ミュンが突然真剣な顔になりら言った。


 「耳元でいきなり甘い声出すのやめて……、ユランくんのそれは破壊力が高すぎるの」


 ミュンの言葉に、隣にいたリネアもうんうんと何度も頷いている。


 (どうしろっていうのよ……。いったい)


 ユランは、少し顔を離して二人と会話する事にした……。


         *


 「僕はしばらく教会に戻れない……。リリアを守るために必要な事なんだ。それと、二人に協力して欲しい事が……」


 碌な説明もせずに、『黙って協力して欲しい』とは何とも都合のいい話だが、ユランはミュンとリネアを信じていた。


 ──二人の好意に、甘えているとも言えるが……。


 結局、二人はユランに頼まれれば、腹は立てどもお願いを断る事などできないのだ。


 「……何をすればいいの?」


 渋々ではあるが、ミュンとリネアは協力する事を受け入れた。


 「ありがとう……。二人には、教会の人たちに僕の不在を知られない様に、上手く誤魔化して欲しいんだ」


 「何で……って、聞いてもいいの?」


 「さっきも言ったけど、リリアは命を狙われてる……。一日中、周囲に気を配る必要があるんだよ。夜だけ抜け出してって訳にもいかない。それに、僕の行方が分からなくなったら、教会は確実に大騒ぎすると思うんだ……。教会の人間は僕が『神人』だって知っているからね」


 ミュンとリネアは、ユランの話を聞き、非常に複雑な気持ちになる。


 ユランとリリアの関係は、彼から詳しい説明を受けていないため、二人にはわからない。


 しかし、リリアが命を狙われているという話が本当なら、ユランの様な正義感の強い人間が彼女の事を放っておける訳がないのだ。


 ──それは、ユランが今、リリアだけに向けている優しさだ。

 

 それが、ユランに好意を寄せている二人にとっては、誇らしくもあり、悔しくもある。


 「それは、いつまで続けなきゃならないの?」

 

 その事は、ユランと一緒にいるために聖剣教会に残ったミュンとリネアには重要な事だった。


 「リリアに害をなす人間がいなくなるまで、だけど……。目処は『感謝祭』の日かな」


 「まだ、12日もあるね……」


 しばらくユランと会えなくなることを知り、ジーノ村の事件の後から、常にユランの後を付いて回っていたリネアは悲しげに俯く。


 よくよく思い出してみれば、ジーノ村の事件後、ユランが二人と一日以上離れた事は一度もなかった。


 同年代と比べて大人びているとは言え、二人はまだ10歳だ。


 いつも一緒にいた〝友達〟が突然いなくなるのだから、二人が寂しがるのも無理はない。


 そう思うと、ユランは申し訳ない気持ちになる。


 「一つだけ確認させて……。リネアも気になってると思うし……。それって、危なくないの? 全部、一人で解決するつもりなんだよね?」


 「事情があって、周囲の大人たちには頼れないんだ……。でも、僕が強い事は二人とも知ってるよね?」


 「それは知ってるけど……。怪我をしないか心配なの……。ジーノ村の事件のときみたいに、大怪我したら……」


 それはそうだ。


 ユランがいくら神人で強いとは言え、ジーノ村の件で、ユランは死んでいてもおかしくないほどの怪我を負った。

 

 それを目の当たりにしている二人が、ユランの事を心配しないはずがない。


 ユランは、出来るだけ優しく、そして頼もしく見える様に笑顔を作り、言った。


 「大丈夫。本当に危険な状態になったら、リリアや皆んなを連れてすぐに王都から逃げ出すよ……。僕はスピードには自信があるんだ」


 いざとなっても、絶対に逃げ出さず、最後まで誰かを守ろうと奮闘するのがユランと言う人間。

 

 ミュンもリネアもそれはわかっていだが、同時に、これ以上何かを言えばユランが困る事もわかっていたため──

 

 「じゃあいい。納得はできないけど、ユランくんを信じる」


 二人は、無理矢理自分を納得させた。

 

 しかし、せめてもの抵抗にミュンは、


 「上手く片付いたら、全部話してもらうからね」


 と、口を尖らせながら言い、リネアも隣でそれに頷いていた。


 「それじゃあ、作戦開始だ!」


 気合を入れ、右拳を天に向かって挙げるユラン。


 「?」


 そんなユランの姿を見て、


 「僕を信じて付いて来て」


 とだけ言われ、碌な説明もされず、当事者にも関わらず会話にすら参加させてもらえなかった少女──リリアは、そんな状況にも一切、不満な様子を見せず楽しそうに笑っている。


 そして、リリアは疑問符を浮かべながらも、ユランの行動を真似て右拳を天に向かって挙げていた。

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