【シリウス・リアーネ】
「今日からお前はシリウス・リアーネだ。この王国を守るために尽力してくれ」
「……」
「ふん、気味の悪い奴だ。まるで『屍人』だな」
「……」
「ついに、口も聞けなくなったか……。これで役に立つのか?」
「どうでしょう? ですが、この様な姿になっても『神人』ですからな……。王国のシンボルとして役割を与えては?」
「……出来損ないでも、それくらいは役に立つか」
「立ってもらわなければ。何せ、〝国宝ブラッドソード〟まで与えたのですから」
「それで、ブラッドソードの効果はどうだ? 伝説では持ち主の『抜剣レベル』を上げるらしいが……。その傾向は見られそうか?」
「……」
「ちっ……。〝剣の呪い〟如きで気をやられるとは。『抜剣レベル』が上がってもこれではな」
「それでも『神人』ですからな……。いっその事、『魔王』の討伐でもさせてみましょうか? 『破壊の魔王』と言う厄介なのが、王都にちょっかいをかけてますし……」
「『魔王』の討伐か……。それも良いかもしれん。すぐに手配しろ」
「御意……。御身の御心のままに」
「……リー……ン……」
*
兄が私の所為で亡くなってから、すでに5年の月日が流れ、私は17歳になった。
──私はリリア・リアーネ。
お兄様に負けないくらい、強く……。
あのとき、そう誓ったはずなのに、どうやら私には〝戦う力〟──『抜剣術』の才能というものがないらしい。
5年前、兄が亡くなった事件──
その事件の裏で糸を引いていたのが、父ホフマン・リアーネだと判明し、断罪された事で、私はある意味リアーネ家から自由になった。
12歳になっても受けさせてもらえなかった『聖剣授与式』を受け、自分が神人だと知ったときは──
『これでお兄様との約束を果たせる』
と、嬉しく思ったが……現実は残酷だ。
いくら神人だと言っても、私の『抜剣術』はレベル3止まり……。
これでは、とても〝お兄様の様に強くなる〟などと言えたものではない。
聖剣士アカデミーに入学し、『レベル3』で卒業──アカデミーの卒業条件が『レベル2』なのだから、優秀な成績で卒業したと言えるのだろうが……。
──私は知っている。
周りの貴族や、それに連なる者……剰え、平民までもが私を『出来損ない』と呼んでいる事を……。
『兄のグレンは、アカデミー卒業時には『レベル5』だった。それに比べて妹は……。〝出来損ない〟もいいとこだ。妹の方が死ぬべきだった』
と、誰もが思っている事を……。
そんな事は、言われなくても私が一番良くわかっている。
──でも、仕方がないじゃない。
……どれだけ頑張っても、ダメだったんだから。
ねえ、リーン。
貴方に会いたい……。
どこに行ってしまったの?
5年前、ホフマン・リアーネに遠くの施設へと送られたリーン……。
私はリアーネ家から自由になった後、リーンの行方を探し回ったが……
5年たった今でも、リーンを見つけられずにいた……。
*
「おお、其方はリアーネ家の息女──名前は何だったか? 確か、神人の──」
「リリアです。リアーネ家公女、リリア・リアーネが偉大なる国王陛下にご挨拶いたします」
私はドレスの端を指で摘み、アーネスト王国国王、スコーピオンに頭を下げる。
私は今年で18歳になった。
──私はリリア・リアーネ。
リーンの行方はまだ分からない……。
「はは、急遽開いた俺の祝賀パーティーだったが、まさか神人殿も参加してくれるとはな。これで箔が付く……。ありがたい事だ」
今日、私が参加しているパーティーは、王城で催された──
スコーピオン陛下が、国王に即位した事を祝う祝賀パーティーだ。
スコーピオンはああ言ったが、何も、私が空気も読めずにパーティーに押しかけた訳ではない。
リアーネ家──それも私当てに、王家から直々に招待状が届けられたのだがら……参加せざるを得なかっただけだ。
わざわざ名指しで呼びつけたのだがら、特別な用事でもあるかと思ったのに……そうでもなかった様だ。
私には、この方の考えている事がわからない。
『魔女』の出現で王国民の大半が殺害され、スコーピオン陛下の親族──王族たちも亡くなって間もないというのに……
祝賀パーティーを開くなど、正気の沙汰とは思えない。
「其方の考えている事、俺にはよくわかるぞ」
「……」
「だが、こう言うときだからこそ、皆の荒んだ心を解してやらねばならん。コレは必要な〝息抜き〟なのだ。其方がどう思おうが──見ろ。貴族連中は楽しんでいるぞ?」
「いえ、私は何も……」
「ふん。つまらん奴だ。その様な仏頂面では、美しい顔が台無しだぞ」
この男に言われたとて、少しも心が動かない。
それに、その言葉には感情が全くこもっていない……お飾りの言葉だとわかる。
「それにしても、『魔女』が暴れて、かえって良かったのかもな。結果的に、『皇級聖剣』しか王位を継げないと言う──下らぬ伝統を打ち壊したのだから」
罪なき人々が多く亡くなっていると言うのに、『良かった』などと……
やはり、この男の事は好きになれそうもない。
「ああそうだ、神人殿。其方に贈り物があるのだ。後で天蠍宮に来なさい」
「いいえ、贈り物など畏れ多くて……」
「これは命令だ。従者に案内させる……。必ず来るように」
目を細めて、私を睨み付けてくるスコーピオン。
やはり、この男は好きになれない……。
*
「これは……。何でしょうか?」
スコーピオンが暮らす、王城内の宮殿──天蠍宮の応接室に案内された私は、スコーピオンの従者が持ってきた豪奢な箱を手渡された。
「それが贈り物だ。開けてみなさい」
スコーピオンに促され、箱の蓋を開けると、そこには──
「……剣?」
真っ赤な……
血の様に全体が真っ赤な……
一本の剣が納められていた。
「美しいだろう。それは、ブラッドソードと言う宝剣だ」
──何が美しいと言うのだろう。
剣が放つ、異様なほど禍々しいオーラ……。
その血の様な赤色を見ていると、吐き気を催すほど……気分が悪くなりそうだ。
「その宝剣は、我が王国に代々伝わる国宝──何でも、『抜剣レベル』を上げてくれる効果があるらしいぞ?」
「……『抜剣レベル』を上げるなど、そんなものある訳が……」
俄には信じ難い話だが、私の心はその剣の存在を知り、良くない方へと動こうとしていた……。
世の中、そんな上手い話はない。
そう分かっていながら、心が動かずにはいれなかった。
だって、この剣は、私が一番欲していたものだから……。
「一度、手に取ってみなさい。きっと気に入るだろう」
「……」
絶対にダメだとわかっていながら……
『こんなモノに頼るな』と、叫び続ける心の声を押さえつけ──
私は、その剣を──
……手に取った。
「あ…………! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!
「あぐ……ぐぇ……がぁぁぁぁぁ!!!」
助けて! 助けて! 助けて! 助けて!
助けて! 誰か! たすけてぇ!!!
「ぎゅぅぅぁ!!! あぎゃ……ごぉ!!」
リーン! リーン! リーン! リーン!
やだぁ! たずげで……リーン……
針で、槍で、剣で、刺されてる……
棍棒で、メイスで、ハンマーで、殴られてる……
ごん……なの……なんでぇ……
「やべで! やべでぇ! やぼでっでいっでるぼにぃ!!!!!」
私は、あまりの痛みに耐えきれず……床をのたうち回る事しかできない。
いだい……だす……げで……
「おい、コイツを地下牢にぶち込んでおけ。五月蝿くてかなわん。そうだな……一ヶ月もすれば痛みにも慣れるだろう」
「やだぁ……もうやだぁ……リーン……だず……あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
*
何日たったの?
分からない……。
容赦なく襲ってくる痛みに──硬い地下牢の床を転げ回った所為で、身体中が傷だらけだ。
でも……
でもね……
こうしていると、少しだけ痛みが和らぐ気がするの……
こうやって、岩に頭を打ちつけていると……
頭から流れてくる血の暖かさが……
何だか心地良いの……
「ふむ。きっちり一ヶ月……。痛みには慣れた様だな……」
「……」
慣れるわけない……
でも、話すと痛いから……
話したくないの……
「おい、コイツを綺麗にしてやれ。糞尿を垂れ流して……汚らしいにも程がある」
誰かが、誰かに声をかけてる……。
うん。
あんまり目が見えないや……。
でも、良いよ。
目が見えたら、多分痛いもん……。
あれ、私の名前って何だっけ?
いいや、思い出しても痛いだけだもん。
痛いの、痛いの、痛いの、痛いの、痛いの、ねぇ、リーン……痛いの。
あれ、リーンって誰だっけ?
思い出しても痛くない。
痛くない。
温かくて、痛くないの……。
*
「あ、あの! 私はユランと言います。今度の『鎧の魔王』討伐戦で、一緒に戦うことになりました」
「……」
だれ?
「と言っても、私は傭兵ですし、主に後方支援で参加するのですが……。よろしくお願いします」
「……」
触らない方がいいよ……。
私の手、傷だらけで、あまり綺麗じゃないから……。
「それでは」
ギュッ──……
誰だかわからないけど……。
君の手、あったかいね……。
痛くない……。




