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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【リリア・リアーネ(5)】

 「さて、時間だ……。〝ゲスト〟もそろそろ到着する頃だろうよ」


 牢獄らしき部屋に閉じ込められてから暫く……再び、髭面の男が(わたくし)の前に姿を現した。


 髭面の男は一人ではなく、側にカンテラを持った男を一人伴っている。


 「ここは手狭だからな。少し移動するぜ」


 ニヤリと薄ら笑いを浮かべて言うと、髭面の男は、床に横たわる私の下へと歩いて来て──


 手足を縛られて身動きの取れない私を、無造作に担ぎ上げたのだ。


 私は、手足を拘束されているため、抵抗も許されず、されるがまま……。


 「せっかく、特別ゲストを迎えるんだ。演出はしっかりやらないとな」


 「ククッ……。聞いた話によりゃ、〝アレ〟は相当なバケモノだそうですよ……。そのバケモノ相手に演出ですかい?」


 「バケモノと言ったって同じ人間だ。殺せん事はないだろうさ……。それに、こっちには人質もいるしな」


 「はっはは……。違いねぇや」


 別の部屋に移動する間にも、担いだままの私の事など気にした風もなく、二人の男は楽しげにそんな話をしていた。


 バケモノとは兄──グレン・リアーネの事……。


 そして、人質とは私の事なのだろう……。


 だが、彼らは勘違いをしている。


 ──私の存在など、人質たり得ないというのに……。


         *


 牢獄の部屋から、どのくらい移動したのだろうか。


 私は、男たちに運ばれ、大きな空洞状の部屋まで来ていた。


 ドサッ──


 「んぅ……」


 部屋の奥まで運ばれた後、私の身体は、再び投げ捨てられる様に床に転がされる。


 身体を強かに打ち付け、激しい痛みを感じたが……口を塞がれているため、声も上げられず、くぐもった呻き声を漏らす事しか出来なかった。


 「さあ、目的地に到着だ。ショータイムは近いぞ」


 髭面の男は楽しげに言うと、懐から小振りのナイフを取り出し──


 「動くなよ……。手が、滑っちまうかも知れんからな」

 

 その刃を、私の首元に当てがった……。


 「ん! うー!」


 ヒヤリとしたナイフの感触を首元に感じ、私は、ブルリと身を震わせる。


 ……今の私の顔は、死に対する恐怖に引き攣っているのかも知れない。

 

 私は必要とされない人間でだから……死など怖くないと自分に言い聞かせていた。

 

 だが……存外、人の心とはコントロールが難しいものなのだろう……。


 先ほどから、身体の震えが治る気配がないのだから……。


 「良い顔じゃないか。それでこそ、人質に取った甲斐があるってもんだ」


 髭面の男は、恐怖に震える私を満足気に見下ろすと、カンテラの男性の方に目をやり、小さく頷く素振りを見せた。


 カンテラの男も、それに応える様に頷き返すと──


 フッ!


 と、カンテラに向かって息を吹きかけ、中に灯っていた炎を消したのだ。


 「んー……!」


 私は、周囲が暗闇に包まれた事に驚き、思わず身を捩ってしまった……。


 首元にチクリと痛みが走り、そこから、ツツっと何かが流れ落ちる感触がある。


 ……当てがわれたナイフが首元を裂き、少しだけ出血した様だ。


 そんな私の状況が、暗闇の所為で見えていないのか……


 それとも、単に気にしていないだけなのか……髭面の男は楽し気に言う。


 「演出は大事なんだぜ。いきなり人質が現れた方が、ゲストも驚くだろう……。開けてびっくり何とやら、ってな」


 髭面の男がククッと笑う声が周囲に反響し、暗闇の中で一層不気味になって私の耳に返って来る。


 ……それから程なくしてだ。


 私の予想に反し、


 兄──グレンが、


 私の前に現れたのは……。


         *


 キギギ──……


 錆びついた金属音を立てながら、ゆっくりと扉が開く音が暗闇の中に響く。


 音から察するに、誰かが部屋の中に入って来た様だ……。


 扉が開いた事で、廊下の光が差し込んで──出入り口付近が僅かに明るくなる。


 しかし、私の位置からは随分遠いため、入室した人物の特定は出来なかった。


 ただ、私の位置から見えたシルエットから推察するに……人数は二人の様だ。


 ──ドガンッ!


 来訪者二人が、完全に部屋に入った後──


 その内の一人が出入り口の扉を閉めた事で、室内に轟音が木霊する。


 その音に驚き、私は思わず耳を塞ごうとするが……手足を拘束されているため、それは叶わない……。


 ──扉が閉められた事で、辺りには再び暗闇が戻って来た……。


 今は出入り口の人影どころか、目の前にいるはずの髭面の男の姿すら視認できない。


 「遅かったじゃねぇか……」


 私のすぐ上辺りから、そんな声が発せられる。


 ……声の主は、髭面の男だ。


 ボッ……


 そんな声を合図だと捉えたのか、私のすぐ後ろ辺りで、カンテラに炎を灯す音が聞こえ──

 

 室内は突然明るさを取り戻し、広い部屋の隅まで見渡せる状態になった。

 

 そして、眩しさに顔を顰めつつも、私が視界にとらえたのは──


 「リリア!」

 

 怒りに身を震わせ……今にも人を射殺さんばかりの目でコチラの方を睨み付ける兄──グレンの姿でした……。


         *


 「んー! んー! んんー!」


 私は、布を噛まされた口で、声にならない叫びを上げる。


 無理だとわかっていながらも、叫ばずにはいられなかった……。


 何故、来てしまったんですか!


 私の事など、愛してもいないというのに!


 私の事など放っておけば良いのに!


 ──それに、お兄様……


 聖剣も持っていないじゃないですか。


 いくら神人と言えども、聖剣の加護なしで戦えるとは思えない……。


 もしかして、兄は……。


 色々な考えが頭の中を巡り、私の思考は大いに混乱していた。


 そんな、私の状態を他所に──


 「おう、先生……。良くやってくれた。コイツは俺が押さえておくから、さっさと片付けてくれや」

 

 髭面の男は、兄の隣に立っていた人物にそんな言葉を投げ掛けた。


 兄の隣に立っているのは──小綺麗な格好をした長身の男……。


 なぜだか私は、その男から〝今まで感じたことのない禍々しさ〟を感じ、身を竦ませてしまう。


 〝神人〟である兄からも感じた事のない威圧感と……


 ドロドロと、身体全体に纏わり付いてくる様な不快な空気……。


 『〝アレ〟は触れてはならないものだ……』


 私の身体が、そう訴えかける様に、ガクガクと震える。


 小綺麗な格好の男は、髭面の男の言葉を受け、退屈そうに笑うと──


 「ん……? なぜ、私がその様な事をしなければならないのですか? やりたければ、貴方自身がやれば良いでしょう……。私の役目は〝神人〟をここに連れて来る事です。後は、貴方たちの仕事……。きっちりこなして下さい」


 と言って、一歩引いて後ろに下がり……もたれ掛かる様にして、壁に身を預けた。


 「……ちっ」

 

 傍観者を決め込む小綺麗な格好の男に対して、気分を害した様子で、髭面の男が舌打ちをする。


 しかし、「仕方がない」といった様子でため息を吐くと、髭面の男はカンテラを持った男に目線を向け、顎をしゃくって指示を出した……。

 

 「了解」


 カンテラの男は短く返事をすると、懐からナイフを取り出して、髭面の男に代わって私の首元にナイフを突き付けたのだ。


 そして、それを確認した後、髭面の男はゆっくりと立ち上がり──右手に持ったナイフを見せびらかす様に弄ぶと、そのまま兄の方に近付いて行く……。


 「アンタに恨みはねぇが、こっちも仕事なんでな……」


 兄は、ゆっくりと近付いて来る髭面の男を睨め付け──


 「……リリアを離せ」


 と言いました。

 

 普段の優し気な雰囲気からは想像できないほど、兄の声は低く、怒気を含んでいる様子だ……。


 ──お兄様は怒っているの……?


 私のために……?


 「おっと。下手な気は起こすなよ。ちょっとでもおかしな動きをすれば……アンタの妹はブスリだ」


 兄から発せられる尋常ならざる殺気を受けても、私を人質に取り、優位に立っている髭面の男は……むしろニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、その状況を楽しんでいる様だった。


 兄は──現在、起こっている状況を整理するかの様にぐるりと周りを一瞥すると……


 諦めた様に息を吐き……


 目を閉じてしまった。


 ──やめて!


 お兄様、私の事など捨て置いて戦って下さい……。


 貴方は神人なのです。


 私などとは、存在価値も……


 命の重さも……


 全然、違うのですから……。


 「何が神人だ。大した事ないじゃねえか……。揃いも揃って、こんな奴に何ビビってんだか」


 髭面の男は、ニヤついた表情を一度も崩す事なく、兄の左胸辺りに、ナイフの刃をピタリと突き付ける──


 少しでも力を込めれば、容易にその心臓を一突き出来る位置に……。


 「くく……。これで俺は〝人類最強〟を殺した男か……。悪くねぇ響きだ。俺を恨むんじゃねぇぜ──それじゃあ、あばよ」

 

 髭面の男は、持っていたナイフに力を込め──



 ズブリ──……


 その刃は、ゆっくりと、でも、確実に……


 兄の胸へと沈み込んでいく……。


 「ぐふ……」


 胸を貫かれた兄は、呻き声を上げ──


 ドサッ……──


 膝から崩れ落ちる様に、地面に倒れ伏した……。


 「んー! んー! んー!!」


 私は、そんな兄の様子を確認し、叫び声を上げながら無茶苦茶に手足をバタつかせる。


 首元にナイフの刃が食い込み、痛みが走ったが、そんな事は関係ない。


 兄を助けなくては。


 私には『ハイ・リペア』がある……こんな時のために、一所懸命練習したのだ。


 だから、離して……。


 お願いですから……。


 私の必死の抵抗も虚しく、拘束された手足は自由に動く事はなかった。


 「ふう……。神人と言えども、聖剣なしではコレですか……。興醒めですね」


 小綺麗な格好の男は、床に倒れたままの兄を冷たい眼差しで見下ろすと──


 「まあ、良いです。私の目的を果たすとしましょう」


 そう言って、右手を前に差し出した。


 ……すると、小綺麗な格好の男の目の前の空間に歪みが生じ、手のひら大の、穴のようなものが形成される。


 男がその穴の中に右手を入れ、引き抜くと──その手には真っ黒な玉の様な形状の……


 〝得体の知れない何か〟が握られていた。


 そして、男は穴の中から取り出した〝何か〟を、兄の方に向け──

 

 「貴方の神聖力は、私が有効活用させて頂きます……。神人の神聖力ですから、上物中の上物でしょうね」

 

 などと言ったのだ……。


         *


 兄の身体から、無数の光が発せられたかと思うと──小綺麗な格好の男が差し出した〝黒色の玉〟に、吸い込まれる様に消えていく。


 ……さほど時間もかからずに、兄の身体から発せられた光が消え……その光は、全て〝黒い玉に〟吸い込まれた。


 そして──


 「私の目的は果たせましたし、後は好きにやって下さい……」

 

 『心の底からツマラナイ』という表情を浮かべ、小綺麗な格好の男はそう言った。


 「へっへ……。わかってますよ、先生。後は俺らに任せてください」


 髭面の男がそう返すと、小綺麗な格好の男は──彼らには一瞥もくれる事なく、部屋から去って行く……。


 それを大人しく見送った後、髭面の男は「ガハハハ」と大声で笑い、それに倣うかの様にカンテラの男も笑い声を上げる。


 カンテラの男は、私の首元に当てていたナイフを下げ、髭面の男の下へ歩いて行った。


 「神人を殺したんだ……。俺たちゃあ、これで有名人ですぜ」


 「ああ……。同業の奴らも、ビビって俺たちには手を出せなくなるだろうぜ」


 二人の男は、お互いに顔を向け合って、兄を害した事をお互いに称え合っている。


 私は、ギリギリと音が立つほどに、口の布を噛み締めるが……当然、布が千切れるはずがない。


 「後は、この嬢ちゃんをどうするかだな……」


 「どうせ、始末するんでしょう? 変態貴族に売り付けたらどうですか? ……餓鬼だけど、これほどの上玉だ。言い値で買う奴だっているでしょう?」


 「今回の仕事で、十分すぎる報酬は出る予定だが……。それも良いかもな。金はいくらあっても困らねぇ」


 ……下卑た笑みを浮かべ、楽し気に語る男たちはある事に気付いていない。


 ……いや、この時は私もその事に気付いていなかった。


 私や男性たちの意識の外で、〝それ〟が行われていた事に……。


 『抜剣レベル(フォー)── 『偽りの死』を発動──使用可能時間は60分です──カウント開始』


 突然、倒れたはずの兄がいる方向から、無機質な声が響いた。


 「「……は?」」


 男たちが発した。驚きの声が重なり、部屋全体に反響する。


 そして、私と男たちは、ほぼ同時に声のした方──倒れているはずの兄に、視線を向けた。


 「……やっと、リリアから離れたね」


 すると、そこには兄──グレンが立っていたのだ……。


 ナイフで胸を貫かれる前の、健全な姿で、何事もなかったかの様に……。


 ああ、良かった……無事だったのですね。


 兄は〝神人〟……『この程度では害せるはずがない』という事なのだろうか……。


 「お、おい! 何で立ってるんだ! 冗談じゃねぇぞ!!」


 ──ブッ!


 兄が、自らの足下に向かって勢いよく息を吐き捨てると──鮮血が床を汚した。


 貫かれたはずの胸の傷は、完全に塞がっている様だが……全くの無傷という訳ではないのかも知れない。


 「おい! 餓鬼を確保しろ!!」


 「りょ、了解!」


 髭面の男の命令を受け、カンテラの男が私の方に向かって走り出す……。


 確かに、兄が立つ場所よりも、彼らのいる位置方が、私までの距離は遥かに近いと言えるだろう。


 しかし──


 「遅いな……」


 『抜剣レベル5──『偽りの生』を発動──連続使用のため使用可能時間が減少します── 使用可能時間は58分です──カウント開始』


 兄はすかさず『レベル5』を発動し、カンテラの男を追撃する。


 『レベル5』の発動と同時に、兄の身体から、〝何か〟が無数に飛び出したかと思うと──それは、蛇の様にうねり、カンテラの男の下へと伸びて行く。

 

 あれは……『黒い鎖』?


 兄の身体から伸びた鎖は、あっという間にカンテラの男に追い付くと……その全身にグルグルと巻き付いたのだ。


 「あ……。嫌だ……け……」


 命乞いなどする間もなく、カンテラの男は──


 チリの様に全身が霧散し──


 跡形もなく消え去ってしまった……。


 「ひい……! こんな……こんなバケモノだなんて聞いてねぇ! 俺は、こんなところで──」


 カンテラの男の有り様を見て、兄に対する恐怖で顔を引き攣らせた髭面の男……。


 踵を返して、逃げ出そうとするが、ここは既に兄の支配下……逃げ出せるはずがない。

 

 カンテラの男と同じ様に、黒い鎖に全身を絡め取られ──髭面の男の身体は、空中に霧散して痕跡(こんせき)すら残さずに消え去った……。


         *


 二人の男を消し去った後、兄は私の方へと歩いて来る。


 ゆっくりと……右手で聖剣の柄を握ったまま──


 『抜剣術』を発動したままで……。


 そして、兄は私の目の前までやって来ると、左手を前に差し出し、黒い鎖を操る。


 黒い鎖は、器用に、私を拘束していた手足の縄や、口に噛ませられていた布に巻き付き──それらはあっという間に霧散し、消え去った。


 拘束されていた手足が解放され、自由に動ける様になったが……無理やり暴れた所為で、縛られていた部分に擦り傷ができ、血が滲んでいた。


 動く分には、何の問題なさそうだが……。


 そんな私の状態を目にし、兄は心配気な顔になり、言った。


 「痛かっただろう……。治してあげたいが、神聖力を奪われてしまってね……。ここを出るまで、少しだけ我慢できるかい?」


 私を心配するその眼差しに、嘘はない様に思う。


 なぜ、私は兄の気持ちを疑ってしまったのだろうか……。


 兄は、危険を顧みず、私を助けに来てくれたというのに……。


 私は、ここを出た後、兄とちゃんと話し合い、お互いの気持ちを確認しようと心に決めた。


 どうせ兄も『リアーネの男』なのだからと……疑ってしまった事を、心から謝りたいと思ったのだ。


 「お兄様……。ご無事で何よりです」


 私がそう言うと、兄は心配気な顔から一転──悲し気で、何かを諦めたかの様な表情になり……言った……。


 「ああ、リリア……。すまないね。〝無事〟ではないんだ……」


 「へ……?」


 私は、兄が発した予想外の言葉に、間の抜けた返事を返してしまう。


 「誤魔化しても仕方がないから、真実を言おう……。僕の〝レベル4(これ)〟は、ただ〝死を偽る〟だけの能力なんだ」


 「……?」


 言っている意味がわかりません……お兄様。


 「一度発動すれば、抜剣中は手足を()がれようが、身体がバラバラになろうが、元通りに治る……。でもね、『抜剣』発動前に負った傷は治らない……。『抜剣』を解除すれば……僕は死ぬだろう」


 どう言う事なんですか?


 そんなはずないですよね?


 だって、お兄様はまだ、生きているじゃないですか……。


 「わ、私が神聖術でお兄様の傷を治します……。一所懸命、練習したんです……」


 「リリア……ダメなんだ……。僕の身体はもう〝死んでいる〟……。こうなってしまっては、神様でも治す事は出来ない」


 ダメ……。


 ダメですよ……。


 私はまだ、お兄様に謝ることすら出来ていない……。


 「死者は、生き返ったりしないんだよ……。絶対にね」


 「でも、私は……」


 「リリア……。悲しむ必要はない。僕は結局、君に何もしてあげられない……ダメな兄だった」


 そんなはずありません……。


 私が勝手に、愛されていないと決めつけ、お兄様の事を見ない様にしていただけなんです……。


 「せめて、君を害する者をこの世から排除しよう……。死出の供は多い方が……僕も寂しくはない」


 兄はそう言うと、出入り口の方向に左手を差し出し……そちらに向かって無数の黒い鎖を伸ばしていく。


 うねる様に不規則な動きで、黒い鎖が出入り口の扉まで近づくと──


 黒い鎖に触れた金属製の扉は、何の抵抗もなく……さーっと消え失せた。


 やがて、黒い鎖は、部屋の出入り口を通過すると、左右に分かれた廊下に対して、それぞれ同じ様に左右に分かれ、廊下の奥へと消えて行く。


 ……それからは、建物全体に凄惨な光景が広がった事だろう。


 兄の操る鎖に絡め取られ、失われていく命……。


 出入り口の奥──遠くの方から、悲鳴の様な大声が聞こえては、消えていく……。


 私は、鎖を操る事に集中する兄に声をかける事も出来ず……ただ、傍観する事しか出来なかった……。


         *

 

 『──使用限界まで残り10分です』


 聖剣の無機質な声が、無慈悲にも兄の〝命の終わり〟が近付いている事を告げる。


 事は終わったと言わんばかりに、私の方に向き直ると、兄は言った。


 「さて、リリア……。少し話をしよう」


 兄は私に向かってそう告げると、優し気な笑みを浮かべる。


 それは、慈愛に満ちた、本気で私の事を思ってくれていると確信できる笑顔だった。


 なぜ、私は兄の心に気付くことが出来なかったのだろうか……。


 「お兄様……。私は……」


 「リリア……。これから君は、一人で生きていかなければならない。辛いだろうが……何としても生き抜き……幸せになる道を探すんだ」


 違うんです……


 そんな話がしたいんじゃないんです……。


 私は、お兄様と……。


 「これからは、困ったことがあれば国王陛下──アーネスト様を頼りなさい。彼は僕の友人だ……。きっと、君を助けてくれるだろう」


 「お兄様……。私も、言わなければならない事が……」


 「リリア、泣かなくていい……。僕の死に責任を感じる必要もない……。僕は〝神人〟だ……。国のために生き……国のために死んでいく存在……。遅かれ早かれ、こうなっていた」


 そんなはずはない。


 私がいなければ……


 枷がなければ……


 お兄様は、神様にだって負けないんです……。


 『──使用限界まで残り5分です』


 終わりを告げるカウントダウンは、無情にも……止まる事なく、進んでいく。


  「さあ、もう行きなさい……。ここを出るんだ。君は強い子だから……一人で大丈夫だね?」


 「私は……」


 「大丈夫……。(これ)が露払いをした……。一部は逃してしまったけど……。もう、戻ってこないはずだ」


 兄は黒い鎖を左手で手に取り、私の方に示す様に差し出し、言った。


 「……鎖」


 それを見て、私の口から思わずそんな言葉が漏れる。


 意図した事ではないが、なぜだか口を突いて出たのだ……。


 「……そうか。君にも〝死〟が見えているんだね……」


 兄はそんな私の様子を、驚いた顔で見ると……


 一転、安心した様な穏やかな顔になり──


 「リリア……。ここを出て、落ち着いた後でいいから必ず〝聖剣鑑定〟を受けなさい……。きっと、良い結果になるはずだ。いいかい。父上が何を言おうと、必ず受けるんだ……。そうすれば、誰も君に手出しできない様になる……」

 

 そんな事を言った。


 「お兄様……。それは、どういう──」


 『──使用限界まで残り1分です』


 もう、時間がない……。


 せめて、お兄様に今までの事を謝りたい。


 今まで、お兄様を疑ってしまった事を……。


 「お兄様……ごめんなさい……。私は……」


 私は馬鹿だ……。


 謝らなければならない事が多過ぎて、上手く伝えられない……。


 「リリア。もう、分かっているから大丈夫……。時間がない……。早く行って……。君には、僕の〝死〟を見せたくない……。僕の最後の願いを、聞き入れてくれ」

 

 「……」


 私は、それ以上、兄の悲痛な顔を見ている事が出来ず……踵を返し、出入り口に向かって歩いて行く。


 絶対に、後悔するとわかっていながら……。


 「リリア……。幸せに……」


 兄が発した言葉は、私を思って発した言葉……。


 穏やかな、安らいだ声だった……。


 私は、振り返らずに、兄に向かって最後の言葉を告げる……。


 「お兄様……ごめんなさい……。今までの事……全部……。愛しています……」


 「……うん」


 こんな言葉だけでは、伝えたい事など少しも伝わらない……。


 お兄様……。


 私は強くなります……。


 お兄様に負けないくらい、強く……。


 「母上……。今、そちらに参ります……」

 

 私が部屋から出ようとした──


 その去り際……背後から、兄のそんな呟きが、私の耳に届いた……。

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