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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【リリア・リアーネ(4)】

 兄が屋敷を出てから二週間──時間はあっという間に過ぎて行った。


 今日は感謝祭の当日……。


 (わたくし)は、リーンを連れて屋敷を抜け出す計画を立てていた。


 どの様に従者たちの目を盗み、警護兵の目を掻い潜るか……。


 色々な場合を想定し、考えを巡らせた。


 しかし、私が頭を悩ませずとも、意外と簡単に屋敷を抜け出せるかもしれない。


 いつからか、屋敷の中から人の気配が消え、従者たちの姿が見られなくなっていた。


 私も最初は不思議に思ったが、その理由はすぐにわかった。


 不注意にも、私の部屋の前で愚痴をこぼした従者の話では……屋敷に勤める従者たち全員に、暇が出されたそうなのだ。


 父の独断で……。


 父の我儘や癇癪は、今に始まった事ではないため、疑問には思わないが……。


 ただ、母が存命だった頃から、ずっと仕えてくれていた従者も居なくなってしまった……。

 

 そこは、少し悲しいかも知れない……。


 だが、私が何を言ったところで……何を思ったところで……どうなるものでもないのだろう。


 私は、黙って父の決定を受け入れるしかないのだから……。


 「待っててくださいね、リーン……。すぐに迎えに行きますわ」


 私は、テラスからリーンが居る部屋の方に視線を向け──呟いた。


 外はまだ明るい。


 屋敷を抜け出すなら、夜になってから……。


 父は最近、夜になると毎日の様に出掛けて行き、朝方まで帰って来ない。


 どこに出掛けているかはわからないが……私は父のそんな行動をテラスから何度も確認してるので、間違いないだろう。

 

 つまり、屋敷を抜け出したとしても、朝までに帰れば父にはバレないという事だ……。


 私が頭の中で、そんな考えを巡らせていると──


 ゴン! ゴン! ゴン!


 突然、部屋の扉が乱暴にノックされる。


 ──どうやら、父がやって来た様だ。


 「リリア。今日一日分の食事はここに置いておく……。屋敷に警護兵がいない今、不用意に部屋を出るのは危険だ……。食事を取る以外で、絶対に部屋から出るんじゃないぞ」


 父は室内に入る事もなく、扉の外側から言い放つ。


 娘の顔を、見る気もない様だった……。


 最初から期待などしていなかったが、父は、私に対する愛情など欠片もないのだろう。


 最近は毎朝同じ様な事を言い残し、食事だけ置いて去って行くのだ。


 私の食事を用意する──父が、従者の真似事など進んでやっているのは、なぜなのだろうか……


 それほどまでに、私を部屋から出したくない理由は?


 それに、『警備兵がいないから外に出るな』だなどと……彼らを屋敷から追い出したのは父だというのに……。


 父の考えはわからないが……知ったところで碌な事にはならないのだろう。


 ──御生憎様……本日は、『部屋を出るな』という命に背かせていただきます。


 コッ コッ コッ


 と、足音を残して父が部屋の前から去って行こうとしますが……


 何かを思い出したかの様に立ち止まり──


 「そう言えば、グレンが今日の夜までに家に帰るそうだ……。お前の事を心配してるのかもな。良かったな兄に愛されていて……。ククッ……」


 などと、笑いながら言った。


 ──私の心配?


 私の何を心配すると言うのでしょう……。


 それに、兄は『魔王討伐』の遠征に出ているはず……それを放り出して帰ってくると?


 私の為に?


 ……そんなはずはない。


 兄は、あらゆる意味で〝神人らしい神人〟だ。


 聖務を放棄して帰って来る事などあり得ないだろう……それも、私──


 リアーネの女のためになど……。


 「……」

 

 「それだけだ……。楽しみに待っているが良いさ」


 父は楽しそうに笑う。


 私が無言を貫いた事で、『寂しさに耐えている』と勘違いでもしたのだろう……。


 独りぼっちの寂しさなど、とうの昔に慣れてしまったというのに……。


 「……ふう」


 私は、部屋の前から父の気配が無くなった事を確認し、ため息を吐く。


 直接、会って話をする事もないのだから当たり前なのだが……私の様子から、父に『計画』がバレる様な事はなかった。


 年に一度の大祭なので、感謝祭は夜通し行われるはず……。


 夜からでも十分、街を見て回れるだろう。


 その後、私は父が屋敷から居なくなるまで──


 リーンと共に抜け出せるチャンスが来るまでの間、大人しく待つ事にしたのだ……。


         *


 それからは何事もなく時間が過ぎて行き、太陽は沈み、夜の帷が下りた。


 私は、父が屋敷を出て行くのを確認した後、自室を出るとリーンの部屋へと歩みを進める。


 そして、廊下を進み、中央にある大階段の上辺りまで来たとき──


 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!


 何者かが、大階段を駆け上がってくる音が私の耳に届いた……。


 最初は『父が戻ってきたのでは?』と、焦りを覚えたが……どうやら違った様だ。


 私の位置から、ガラの悪そうな男が五人──階段を駆け上がってくるのが見えた。


 その中の一人……髭面の男が、階段の上にいる私の姿を見つけ、驚いた様な顔をする。


 そして──


 「おい……。屋敷には、対象以外は誰も居ないんじゃなかったのか?」

 

 髭面の男は、隣にいたバンダナを頭に巻いた男を睨み付けると、声を低くしてそう言った。


 「じょ、情報では確かに……」

 

 バンダナの男は、アタフタと、焦った様に髭面の男に対して弁解する。


 このやり取りを見ただけでも、髭面の男の方が立場が上だとわかった。


 「まあ良い……。見たところただの餓鬼だ。始末するぞ」


 髭面の男はそう言うと、腰に携えていたサブウェポンを鞘から抜き放つ。


 それに倣い、他の四人の男たちも次々に自らのサブウェポンを手にした……。


 「……」

 

 男たちが、何者なのかはわからないが……


 私は今、命の危機を迎えているのかも知れない……。


 怖くないと言えば嘘になるが……そのとき、私の中には諦めの感情の方が強く現れた。


 ……私の身に何かあったとして、誰が心配してくれると──


 憐んでくれるというのだろうか……。


 私がそんな事を考えている間にも、男たちは無遠慮に私の方へと近付いてくる。


 そして、バンダナの男がサブウェポンを私に向かって振り下ろそうとした瞬間──


 髭面の男が呟く様に言った。


 「金髪にブルーの瞳……。もしかして……コイツか? どう見ても、貴族の嬢ちゃんがする様な格好には見えないが……」


 髭面の男は、害せるほどに近付いた事で、私の容姿に初めて気がついた様子だ。

 

 夜になり、明かりの少ない屋敷の廊下は全体的に薄暗く、遠い距離では私の姿がよく見えていなかったのかも知れない。


 「確かに……。特徴が完全に一致してます。コイツで間違いないかと」


 バンダナの男は、サブウェポンを振り下ろす手を止め、私の全身をジロジロと観察する様に見てくる。


 「……」


 髭面の男が、バンダナの男性に目線をやり、私に向かって無言で顎をクイッとしゃくりあげると──


 「了解……」


 それに応える様に、バンダナの男は返事を返し、再び私の方に近付いて来た。


 そして、バンダナの男は素早く私の背後に回り込み──私の腕を、グイッと捻り上げたのだ。


 「あ!」


 腕に鋭い痛みが走り、短い悲鳴を上げてしまう。


 そして、いきなり布の様なものを口に噛まされ、それ以上声を上げる事ができなくなってしまった。


 「んー……! んーっ……!」


 私は、手足をバタつかせて男の手から逃れようとするが……相手は大人の男で、力では敵うはずがない。


 あっという間に手足をロープで縛られ、身動きの取れない状態にされてしまう。

 

 そして、最後に麻袋を頭から被せられ、視界さえも遮られた事で、私は本当になす術のない状態になってしまった……。


         *


 それからの事は、よく覚えていない……。


 男たちの話し声……。


 何かの中に詰め込まれた感覚……。


 馬車が走る様な音……。


 様々な過程があった様だが、暗闇の中に一人置かれた恐怖、不安、絶望感……それらに精神が支配され、まともに考える事など出来なくなっていた。


 そんな中でも、ただ思うことは……。


 ──リーンの事……。


 誰からも必要とされない私を、唯一必要としてくれる人……。


 いや、違いますね……。


 それは私が一方的に想っているだけで、リーンは私の事を認識すらしていないかも知れないのに……。


 男性たちの目的が私なら、リーンは大丈夫なはず……。


 今は、そう信じるしかありません。


 私に出来る事は何もないのですから……。


 そのとき、私は改めて気付かされる事になった。


 ……私は、自分の命が危険な事よりも……リーンに会えなくなる事が……たまらなく怖いのだ。


 「おら。ここでしばらくの間、大人しくしててもらうぞ」


 突然、そんな声が聞こえたかと思うと──


 ドサリ──……


 私の身体は、地面に投げ出された様に、無造作に転がされた。

 

 「……んんっ!」


 布を嚙まされている所為で声を上げる事は出来なかったが、地面に投げ出された痛みで、私の口からくぐもった声が漏れてしまう。


 私が麻袋の中で痛みに顔を顰めていると、突然麻袋が外され、視界が開けた。


 ──私の前には、ニヤついた笑みを浮かべ、こちらを見下ろす髭面の男が一人……


 そして、男の後方には鉄格子も確認できる。


 しかし、鉄格子の先は薄暗く、灯りがあまり届かない様子で……その先の状況を確認する事は出来なかった。


 「それにしても、なかなか上物じゃないか……。高く売れそうなのに、勿体ねぇな」


 私を見下ろしていた髭面の男が、私に対してそんな事を言う。


 その一言だけで、男たちが何者なのか……大体の予想はついたと言っても良い。


 ──男たちはおそらく、奴隷商売などを生業としている者たち……。


 私がそんな風に考えを巡らせていると、突然──


 「確かにそうですね。まだ子供ですが、貴族の中には変態的な趣味の者もいますから……。そう言った輩には高く売れたでしょう。しかし、今回は目的が違いますので、変な気は起こしませんよう」


 鉄格子の先……暗闇の中から若い男の声が聞こえた。


 私は、その存在に全く気付いていなかったが、鉄格子の先には髭面の男とは別の誰かがいる様だ。


 「へへ……。わかってますよ。コレが上手くいきゃ、そんな端金なんて目じゃねぇくらいの金が手に入るんだ。変な真似なんてしませんって」


 「……余計な事は喋らずに、さっさと準備なさい……。コレからが本番なんですから」


 男性たちの話の内容から察するに……私は、奴隷として売り飛ばされるために、誘拐されてた訳ではない様だった。


 「はいはい……。じゃあ、お呼びがかかるまでお前はここにいな。その後は……まあ、楽しみにしておくんだな。へへ……」


 含みのある言い方でそう言うと、髭面の男は私を見下ろし、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。


 私が怯え、泣き出す事を期待したのだろう……その笑みは随分、加虐的に見えた。


 「ここは何年も前に使われなくなった奴隷小屋だ……。人なんか碌に近づかねぇ。助けを期待しても無駄だぜ」


 男は更に続けるが……助けなんて、最初から期待していない。


 ──リアーネの女である私を、誰が助けに来ると言うのだろうか……。


 父は勿論、兄だって助けに来るはずなどない。


 兄は良くも悪くも、貴族的な考え方の人で……


 兄には、私よりも大切な……アーネスト王国という〝守るべきもの〟があるのだから……。


 私は──


 誘拐された時点で終わっているのだ。


 所詮、私は……リアーネ家にとって、〝使い捨ての道具〟でしかないのだから。


 「……ち。面白味のねぇ嬢ちゃんだ」


 私が、脅しに対して何の反応も見せないことに気分を害したのか、髭面の男はそう言い残し、つまらなそうにその場から去って行った。


 (ごめんなさい……)


 ──謝ったのは、リーンに対してだ。


 『感謝祭の日に街を回ろう』と約束したのに……。


 (約束は、守れそうにありません……)


 どれだけ脅されようと、酷い状況に置かれようと、決して流れることのなかった涙が、リーンとの約束を思うと──


 たった一つの夢すら叶えられずに、私は……。


 髭面の男はこの場を去ったが、鉄格子の先には、今だに人の気配がある。


 おそらく、見張りが付いているのだろう……。


 私は、口に咥えさせられた布を力一杯噛み締めた。


 今の私に出来る事といえば、嗚咽混じりの声を見張りに聴かれない様……必死に耐える事だけだった……。

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