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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【リリア・リアーネ(1)】

 「あの〝出来損ない〟の神人はどうしている?」


 「今だ、ブラッドソードの〝副作用〟に苦しんでいる様です」


 「ふん……。神人と言えども、所詮は出来損ないか……。優秀なあれの兄とは大違いだな」


 「……しかし、今の世に神人は必要不可欠ですから」


 「分かっておる……。だから、こうして手を尽くしているのだろう」


 「ふふ……。これも、仕方のない犠牲というやつですな」


 「犠牲とは人聞が悪いな……。ブラッドソードの副作用では死にはしないだろう……。大袈裟に言うでない」


 「死ななければ、どうとでもなりますか……。まあ、所詮はリアーネの女ですからな。誰も心配などしないでしょう」


 「そうだ。それよりも、今は〝完成された神人〟が必要なのだ。〝出来損ない〟ではなくな……」


 「左様で御座いますな」


 「引き続き、アレの監視を続けろ……。心は死んでも構わんが……何としても、神人として完成に近付けるのだ」


 「御意……。御身の御心のままに」


         *


 「今日からしばらくの間、屋敷に住むことになった子だ。仲良くしてあげてほしい」


 聖務でしばらく屋敷を開けていた兄──グレンが屋敷に帰るなり、私にそんな事を言ってきた。


 屋敷に戻ったその足で、(わたくし)の所に顔を出すのはいつもの事だが、今回は〝オマケ〟がある様だった。


 「……」


 兄の横で俯いて、一言も発さない子供……。


 兄に伴われて屋敷にやってきたのは、(わたくし)より少し下──10歳くらいの男の子だ。


 「そうですか……。お兄様のお好きな様に」


 ──私は、兄に対して素っ気ない返事を返す。


 兄には悪いが、私も自分の事で精一杯で、他人──况してや、見知らぬ男の子に気を回す余裕などない。


 私には『リアーネ家の女子』としての〝役目〟があるのだから……。


 見知らぬ少年のお世話などすれば、〝変に目立ってしまう〟でしょう?


 それは父が許さない。


 私は〝無知で愚かな世間知らず〟──純真無垢な子供でなくてはならないのだ……。


 「……リリア。この子は故郷の村が魔族に滅ぼされた……可哀想な子なんだ」


 兄は私に向かってそう言った。


 俯いて、物言わぬ少年に哀れみの視線を向けて……。

 

 ……『可哀想な子だ』などと、本人の前で言ってしまうあたり、兄は少し空気が読めない所があるというか……あまり、人に気を使うことができない性格だった。


 「お名前は、何とおっしゃるのですか?」


 〝仲良く〟出来る保証はないが、名前くらい聞いておかなければ……。


 屋敷にしばらく滞在するのであれば、接する事もあるだろう……せめて、呼び方くらいは知っておいた方が良い。


 「……すまないが、本人が何も話してくれないから名前はわからないんだ。ジーノ村と言う辺境の小さな村の子供なんだが……。兎に角、しばらく屋敷で暮らす予定だからね」


 ……呆れてしまう。


 名前も知らない子供を受け入れた事もそうだが……兄はこの子の〝事情〟すら詳しく話そうとしない。


 ──この子は、村が魔族に滅ぼされた子供。


 〝世間知らずで無知な妹〟が知るには残酷な内容だ、と詳細を話す事を躊躇ったのだろう……。


 お兄様……勘違いしてます。


 私がこの子の事情を知り、心を痛めるとでも?


 自分の事で精一杯の私が?


 それは要らぬ心配と言うものだ。


 そんな兄に対して、私は──


 「分かりました……。お兄様のお好きな様に」


 再び、素っ気ない態度で返した……。


         *


 その日から、〝名前もわからない少年〟は屋敷の住人になった。


 (わたくし)の部屋から離れた場所に、少年の私室は設けられたのだが……。


 自室で一日の大半を過ごす私は、少年が屋敷に来て以降……少年との接点は殆どなかった。


 ただ、私の部屋にイライラとした様子で訪れた父が──

 

 「グレンの奴め……。私に無断で田舎者の子供を受け入れるなんて」


 などと呟いているのを聞くと、少しだけ少年に同情する気持ちも湧いてくるのだ。


 私と同じ……父、ホフマン・リアーネに疎まれる存在……。


 いや、少し違う。


 父は少年の存在を疎ましく思いながらも、ほんの少しだけ気を遣っている様に見える。


 ──まあ、私に対する態度と比べて、本当に僅かにだが……。


 ……相手が男の子──男児だからなのだろうか。


 それは、〝リアーネ家の当主らしい考え方〟だと言えるのだろう……。


 父は、実の〝娘〟である私の方が、〝名前も知らぬ少年〟より立場が低いと考えているのかも知れない。


 それ自体は、別に気にならない。


 私に対する父の素っ気ない態度は今に始まった事ではないし、既に割り切っている。


 しかし、気がかりな事が一つ……。


 兄、グレンの事だ。


 兄のグレンも、今は私に対して気を使うような態度を取っているが……兄もリアーネの男……。

 

 いつか、兄が態度を急変させ、私を〝リアーネの女〟として扱う日が来るのかも知れない……。


 そう思うと、私は兄に対してなかなか心を開くことが出来なくなっていた。


 私は屋敷の中にただ一人……。


 誰も信用できずに、誰にも心を開けない。


 誰の言葉も信じて疑わない。


 ──そんな〝純真無垢な少女〟など、ここにはいないのだ……。


         *


 少年が屋敷で暮らす様になって、しばらくしたある日……。


 私はたまたま、少年の部屋の近くを通りかかった。


 私の一日は殆どど自室で完結してしまうため、あまり部屋からは出ないのだが……。


 その日は、本当にたまたまだった。


 屋敷の一階に用事があり、部屋を出たのだが……。


 少年の私室が一階へと続く階段の近くにあったため、少年の部屋の前を通らざるを得なかった。


 ──私も普段なら、少年の部屋を気にせず一階に降りていたかも知れない。


 しかし、少年の部屋の扉が開きっぱなしになっていたため、廊下から室内が見えてしまったのだ。


 「……」


 少年は、ただ、薄暗い部屋の中で膝を抱えて座っていた……。


 その瞳には光が宿っておらず、虚空を見つめたまま微動だにせず座っていたのだ。


 ……少年、は屋敷に初めて訪れたときに比べ、ずいぶん痩せこけて、全体的にやつれた様に見える。


 「……寒くないのですか?」


 ──私は、思わず少年の部屋まで足を運び、声をかけてしまった。


 「……」


 少年は答えない。


 それどころか、虚空を見つめたまま、私の方に視線すら向けようとしなかった。


 「風邪を……引いてしまいますわよ」


 今日は暖かい季節にしては珍しく、少々肌寒い日だ……。


 痩せぎすになってしまった少年には、堪える寒さだろう。


 私は少年の部屋のベッドから、毛布を一枚剥ぎ取ると、少年の身体に巻いてあげた。


 風邪を引いてしまっても、この屋敷には看病してくれる人などいない。


 私と同じ様に……。


 いや、私の場合は風邪を引いても隠しているだけで……知れば、兄が世話を焼いてくれそうだが。


 今は、まだ……。


 「貴方、痩せすぎてますわ……。しっかり食事を摂らないと死んでしまいますわよ」


 「……」


 部屋の中を確認すると、少しも手をつけられていないであろう少年の食事が、テーブルの上に置かれたままになっていた。


 食事はしっかり与えられている様で、少しだけ安心したが……まさか、この子は屋敷に来てから碌に食事も摂っていないのだろうか?


 聖剣の加護のおかげで、餓死は免れている様だが、このままでは……。


 餓死寸前にも関わらず、誰にも顧みられる事のない少年……。


 だんだん、腹が立ってきた。


 兄は、この少年を屋敷に招いておいて、少年の状態に気付いてもいないのだろう。

 

 ──手を差し伸べて、それで満足しているのだろうか……。


 偽善者、ここに極まれりだ……。


 屋敷の従者たちも、何をやっていたのだろうか……名前もわからないとはいえ、少年は客人だと言うのに。


 それを、食事も満足に摂れない状態であるにも関わらず、そのまま放置するなんて……。


 ガチャン──……。


 私はテーブルの上の食事の中から、比較的消化に良さそうなスープの皿を手に取った。


 そして、自らの口に含むと──


 「……んっ」


 口移しで、スープを少年の口に流し込んだ。


 私はリアーネの女……。


 どうせ、見知らぬ誰かに捧げる予定の唇だ……ここで、この少年に捧げて何の問題があると言うのだろうか。


 ゴクン──……


 少年の喉が鳴り、スープを飲み込んだのが確認できた……。

 

 相変わらずの無表情で、感情の変化は見られなかったが……何とかなりそうだ。


 私はこの行為を何度か続け、皿の中のスープをカラにする事ができた。


 (この少年は、私の助けなしでは生きていけないのですね……)


 そう思うと、この少年に対して愛着の様な感情が湧いてくる気がして……何だが不思議な感覚だった。


 不純な動機だとわかっているが……。


 そんな出来事があってから、私は毎日の様に少年の部屋を訪れる事になった。

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